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             2017年9月30日(土)

  難波の鼻高男がマスメディアに毒づいたそうだ。希望の党の立ち上げと民進党の解党
 騒動をめぐる朝日、毎日の安倍政権批判振りが気に障ったようだ。
 つまらぬ男である。がしんたれそのものだ。マスコミの真骨頂は批判精神に常にあること
 だ。男の基本法への態度は古き体制への思いだけが提示され、より進んだ平和、人権等
 への気概全くなく、後ろ向きの姿勢だけが目立つ。こうした輩が目立つようになると戦前
 回帰への流れが基調低音となって辺りに響く。 
 有権者の目がますます確りと事象へ対処して行くことが必要だ。


            2017年9月29日(金)

   太陽質量の10倍から100億倍のブラックホールの起源が解明されたとの報があっ
  た(*1)。とてつもない大きさだが、人にはピンと来ないスケールだ。こうしたことから
  宇宙の起源さえ解るかもしれない研究だ。また、欧州では、アインシュタイン予言の重
  力波が観測されたされたとのことである。世界では四回目の観測となる(*2)。
  それにしても、こうした報に接すると宇宙は一体なぜ、何のためにあるのかますます神
  秘に霞む。 観測されている事象は宇宙全体(そうした概念が当てはまるとしての言い
  だが)のほんの一部かあるいは全部なのか混然としている。以前にも記したのだが、
  このはかり難い宇宙を形成する囲い、包みのそのものを、さらに見たいものである。

                             (*1):ANN (*2):朝日デジタル


             2017年9月28日(木)

         希望という名のあなたをたずねて 
                 遠い国へとまた汽車に乗る~(*)


  希望の党へ、乗り遅れまじと赤絨毯の貉が馳せ参じる。矜持も投げ捨て己の保身へと
  動く。そこには有権者の顔など微塵も見えない。一体どういう理念、思いで代議士を務
  めてきたのか摩訶不思議である。高い報酬を得てすることは志の低い騒ぎだけにしか
  過ぎない。憐れである。ここでは自国の有りよう、人々の生活等への目差しは空っぽで
  ある。
                              (*):岸洋子さんの歌


              2017年9月27日(水)

   歴史事実の認識をより正確にしなければ、秘められた怨念は人々の記憶に残された
 ままだ。自国が世界地図から一時抹消されていたとのこと。平昌オリンピックを示す地図
 表記での出来事だったらしい。古代ギリシャでは戦争中であっても、競技大会期間中は
 互いに弓、槍を忘れ競技に勤しんだと学んできた。昨今の世界では、当時と似たような
 国々の軋轢がしばしば報じられている。先日も同じことを記したが、頬を打たれた側の怒
 りは、長い時間を経ても、人々の記憶に居座ったままにある。平和という言葉が、何故生
 み出されて来たのか人は思いの中でいつも反芻すべきだろう。


              2017年9月23日(土)

   欧米を含め大陸の人々は、概して自己の考えをはっきりと述べる人が多い。
  自国は、どちらかと言えば、引っ込み思案気質と言える。大陸は、国々が地続きであ
  った性か、自己主張にあらねば、己の利益を損なう場面が多かったからであろうか。 
  こうした主張に歴史の怨念、言い方が適切でないかも知れぬが、それらが絡むと直ぐ
  に言葉がとげとげしくなって表れるようだ。それ故、自国は過去の歴史を確りと顧み、
  それを含んだ言葉として語られるようになることが肝心だ。
        *隣国中国企業の採用試験の説明会での出来事
                                  *:朝日デジタル

          頬を打たれた者の痛みはずーっと消えないが
          打った側の手は直ぐに忘れてしまう。


              2017年9月22日(金)

   国への訴訟の多くは地裁で棄却されることが大半だ。更に上級審へ行けば尚更却下
  と門前払いされるのが落ちだ。三権分立というが、自国では司法も行政権へ組み込ま
  れてしまっているのでは、といった場面がしばしばある。裁判官も人の子である。その
  思考過程の中で己の傾向が、顔出しすることもあるかも知れない。賠償すれば、それで
  済む問題ではないだろう。原発を稼働させれば、放射能の避けようもない危険が辺を取
  り囲む。以前から言うのだが、人間の手によって作り出されたプルトニュームの一部は
  その半減期が二万年以上と長きにわたって、後に来る人々を待ちうけ、害を与える。
  地中深くコンクリート等で遮蔽したとしても、地殻変動や予見できぬ災害が起こり得る。
  何万年も後のことなど知ったことじゃないとは言えまい。
   
            
               2017年9月21日(木)


   バリ島が五十年振りに噴火の惧れがあるそうだ)(*1)。昔の西欧人が憧れた島であ
  る。今では観光立地として多くの人々が訪れているが、噴火があれば火砕流がそうした
  場所へ流れ出すとのこと。自国では南方と言っていた諸島だ。インドネシアの人々が頭
  を布等で巻き大勢が手をかざしてワ、ワ、ワ・・・と言いながら座して歌う仕草が、独特
  の雰囲気をかもす。自然の怒りは防ぎ様ないが、十分な火の神への用心が要る。
   観光立地と言えばゴーガンが愛したタヒチも昔の面影を薄めているのだろう。
  いまでも香気ある芳しい地であるのだろうか・・
   <われらどこから来たのか?何者なのか?どこへ行くのか?>:「ノア・ノア」(*2)
                                          (*1):AFP 
                                                  (*2):岩波文庫



               2017年9月19日(火)


    優れた学び舎と言われる学校を出たからといって、人物そのものも秀でていると
  は限らないのが普通だ。自国の政治家の多くは、いわゆる一流どころの大学を出てい
  るようだが、その言説、国会討議等での質疑、応答、演説には少しの理想、哲学さえ
  も感ぜられない。なにも難しい言葉遣いで討論せよと、言っている訳ではない。例の
  ケネデイ大統領の話には、確かな理念が見えていた。もちろん、その政策そのものを
  全て良しとするのではない。だが、そこには一国を預かる責任者として研ぎ澄まされた
  言葉があった。 翻って、自国の代議士なる人々にそうした人物が見られるだろうか。
  つまらぬ党利党略に明け暮れする姿だけが目につくばかり。しかも、「この馬鹿― 
  はげ~・・」と激を飛ばすかのような身振り手振りをする代議士貉には呆れる前に、
  自国政治の終焉を見る思いだ。


               2017年9月16日(土)


    最古の「0(ゼロ)」文字が英国オックスフォード大学のチームによって特定された
   そうだ(*)。 3~4世紀のインド書物バクシャーリー写本によるとのこと。 
   数のゼロ文字は紀元前のアラビア、ギリシャ等でも見られるが、文字として特定され
   たのは初めてのようだ。 紀元前、或いは現在のゼロが哲学的に思考された場合、
   数とはされないそうだ。 仏教における無(自国では座禅等)を考えれば分かるだろう。
   あくまでも実効価値に照らして特定していく手順にある。研究対象への面白い対処の
   仕方だ。                                (*):AFP



               2017年9月15日(金)


   裸の王様がますます腹を膨らます。 裸の王様がますます民を貧にする。
   裸の王様がますます矢を磨く。    裸の王様が世界は我を廻ると歌う。
                                         道化師


                2017年9月14日(木)


   福島第一原発事故の被ばく量は小さく、公衆への健康リスクは極めて低いとのこと。
  また胎児への影響も見られないそうだ(*)。チエルノブイリ事故と比べても、その被ば
  く線量がはるかに小さいのが原因のようだ。 優秀な専門科学者等の見解だろうから
  地域の人々も少しは安堵されたかも知れない。だが、人間の手によって生まれた一部
  プルトニュームの半減期は何万年も先の人々へ影響をあたえ続ける。こうした目につ
  きにくい点にもはっきりした説明が必要だろう。この地が消えてしまっている様な先々
  の時間まで責任等持てないとは言えまい。確かに原発は稼働面から見れば、そのコス
  トは低いようだが、それは、単に原料そのものからの視点に過ぎない。 
  一方、新しいエネルギー源として色々と研究模索がある。出来得る限り人間の命、自
  然環境へ影響の少ないモノが生まれたら良い。 暑いときは暑い、寒いときは寒い日々
  でもいいではないか、極寒で暮らす日々、熱帯で暮らす日々の人々の生活もある。
    可もなく不可もなしである。 あるがまま。
                                    (*)福島民友新聞


                 2017年9月13日(水)


   神様も土地取引に御執着だそうだ。おそらく仮面の神様だろう。誤りを指摘した
  ワキツレが懲戒解雇の憂き目にあたそうな(*)。カミもホトケも無いとはこのことか。
  自国の神社は単なる会社組織と同じにある。神主党がまつりに関わると、二ホンカイ
  ギ、ウツクシイ二ホンの何々をつくる会と仲良しクラブになる。而して貪欲なナショナリス
  トと化す。命は自国に奉るべしと、昔の御教えと見間違うばかりだ。神職が今を学ばず
  して古のみにあれば、古事記読みの古事記知らずと相成り候。 かしこ
                                      (*)文春オンライン


                 2017年9月12日(火)


   沖縄戦で集団自決に追い込まれたチビリガマが、何者かに荒らされ遺骨や遺品等
  が辺りに投げ出されていたそうだ(*)。愚かな事を仕出かす者はどこにでもいるが
  、こうしたやからの行動は悪辣だ。おそらく、短絡的に物事を捉え、しかも確信犯的
  動機にある種の恍惚をおぼえながら事を起すのだろう。そこでは過去の時間が抹殺さ
  れ、得々とした犯行者のうら寂しい薄笑いだけが浮かぶ。 昨今、過ぎた大戦の記憶
  が風化したかの如く世界各地で異様な群れ、集団がはびこり、人間の知恵など風前の
  灯と思ってしまう。 自国では、基本法の理念を個々の一人一人が粘り強く推し進める
  動きどころか、政権によって理念が押し殺され、戦も余儀なしとする風潮さえ見え隠れ
  する。学者の憲法論議も必要だろうが、論者自身もっともっと声を確りと上げ、大衆、
  生活者と共に歩を進めていただきたい。
                              (*):琉球新報


                 2017年9月8日(金)


   太陽フレアの粒子が到達しているようだ(毎日)。
  教育出版社界では、文科省(或いは政権)への恋慕の情を抱いたかのごとき教科書
  が、自治体等の教育委員会なる貉拝から採択とのご託宣が多いそうだ。
  学ぶ、習うということは、事の理、真実を基調音として、何故か、どうしてか、本当か
  といったタテ筋、ヨコ筋を確りと理解していく過程だ。 歴史についても勿論だ。こうした
  あたり前の手順が、事実をそれとして表記されていない学習本など教育という言葉に
  対する冒とくだろう。 加えてマスコミ精神とは言い難い、お伺い調の言葉ずらでしかな
  い御よう瓦の筆使いに於いては、なにおかいわんやである。
   真っ当な行動を偏向(*)と言ってるそうだが、君の筆は如何。
                                        (*):産経
                              
               ジャーナリズムの心意気何処


                 2017年8月30日(水)


   自国政治家の知的未成熟、歴史認識のおぞましさ等を、はからずも示していた。
  こういった輩が、議員の大半だとすれば、先の大戦から少しも教訓を得てない連中
  どもが赤絨毯を闊歩しているわけだ。薄ら淋しい気持ちになる。
  世界的にも、短絡的思考に陥った特異な政治団体が目を出している昨今だ。
  よくよく目玉を太くしていかねばならないようだ。 
    カギはまともなそれであれかし、逆十字はもっての外だ。


                  2017年8月27日(日)


   宇宙塵の一回りにも届かないちっぽけな地球星では、超電子顕微鏡でも見つけるこ
  とが困難な人間細菌という傲慢虫群がここそこで蠕動している。大陸と言っても、所詮
  塵あくたのほんの屑にしか過ぎない。その蠕虫の一種が、海洋でも己の触手を広げよ
  うとしているようだ。これも一帯一路の蠢きに則っているかの如し。貪欲は体調崩すこ
  とに連なると、重々知るべし。君の利は、他者の損と連なるべし。
       願わくば、詩仙、詩聖の心情を思うべし。



 ままだ。自国が世界地図から一時抹消されていたとのこと。平昌オリンピックを示す地図
 表記での出来事だったらしい。古代ギリシャでは戦争中であっても、競技大会期間中は
 互いに弓、槍を忘れ競技に勤しんだと学んできた。昨今の世界では、当時と似たような
 国々の軋轢がしばしば報じられている。先日も同じことを記したが、頬を打たれた側の怒
 りは、長い時間を経ても、人々の記憶に居座ったままにある。平和という言葉が、何故生
 み出されて来たのか人は思いの中でいつも反芻すべきだろう。



 2017年8月26日(土) 

                                                         2002年思い出

 通り雨

いやだねまた雨かい 秋も盛りだに・・、
  つねは独り言をぶつぶつ吐いた。

   戸口に並べておいた煎餅や、駄菓子、子供だましの
小さなカラクリを台ごと中に引き込んだ。

   うす暗い空に、大きなかたまりの雲が色を強めて
大粒の雨を急いで落とす。
        
     泥除けによしずを取りあえず立てかけて張った。

    と  カタ、カタ、と聞こえてきた音が、つねの前で
「あれっ・・」と消えた。
        
   「あんれ 竹ぼんとこの おきぬさんじゃねえけ」
「こけたか・・」

   おきぬは、袋が濡れたかと咄嗟に胸元に手を入れた。

 まだ大丈夫そうなのでほっとした。

    転んだ弾みに履いていた片方の下駄の緒が切れ、
うらめしい下駄は番傘と一緒に、泥水となった
雨溜まりにころがり入っていた。
   秋も中を過ぎ、時折冷たい風が吹いたが、
おきぬはいまだにひとえの地味な着物を
    身にまとっていた。
    着物は足元から胸元へかけて雨にすっかり犯され、
    さびしい肌襦袢までしめりを帯びていた。

   「おきぬちやん うちへお入り」
        
  おきぬは、つねの好意に甘えた。胸元から袋を取
  り出し、中まで湿っていないことを確かめてから、肩
 に貼ってあった軟膏留めの油紙をはがし、袋をそれで
   包み直した。
       
   「ありがとう つねさん。・・あまえてすみません 錐を
かしてくださいな」

    おきぬは、鼻緒の切れた下駄を取り上げた。
念のためいつも胸の隠し袋に入れておいた布の
   緒をとって、錐に絡めて器用に一つ目に通して
しっかりと結んだ。

「ありがとう おつねさん」

 「雨足はまだ強いだ 休んでいきな」
        
  「太しおじさん まだ稼ぎから・・」

  「うんにゃ あの宿六 なに やど八さ こん前久し
ぶり銭を持ち帰った、
        
  と思ったら毎日、日がな一日釣りや酒やで大忙しさ
朝出たっきり鉄砲玉の御身分で 
いつ帰ったかもわかりゃしないよ・・」

   「ま 女、 六じゃとても色恋なぞできない相談だ
がね とにかく 女 賭け事には手を出したくとも、
 できないことは本人様が一番ご承知だよ・・お金だけは 
 稼いだ分しっかりとお入れだから・・あきらめている
ところさ」
 「おきぬちやん なんだいいま時分 竹ぼんは元気かい」
        
  「それが・・ここ二、三日具合が悪くなって寝込んじ
まって・・」
        
  「朝方顔が赤くほてっていたので 額に水手ぬぐいを
絞ってやったのに・・一向に・・
   そいで源先生のところからお薬をいただき・・大急ぎ
で・・」
        
おきぬは、雨足をみつめながら話した。

  「通り雨さ いっときすりゃ抜けるさ それに薬を濡ら
しでもしたら元も子もありゃしない・・」

   「竹ぼん 蔵屋さんとこいまも出入りしているのかい・・」

  「それが 近頃とんと商いの扱いが減って うちの人
にはさっぱり声がかからなくなった・・」

   「うちの人は毎日毎日 蔵屋さんとこはもとより 
荷渡しさん 人足扱い所、回船荷預かり所・・と、
  それは足を棒にして・・この前なぞ大工の手伝いは 
    ないかと福屋さんとこへ足を延ばしたのですが 
出入りの職人の一人が俺達も毎日食うか食わずだと
・・何でもお上の取り締まりが厳しくなり 一頃みたいな
  仕事の取り方はご法度だ・・それにお上の仕事も
なくなったと・・」

  「タカ坊はおおきくなっただろうね 病人のそばだろう
・・もう誕生日はお迎えかい」
        
  「はい すぐに帰るつもりでしたので うちの人の隣に
寝かせたままで・・」
       
   「おつねさん ありがとう 小降りになったみたい」

    おきぬは、泥で汚れた番傘をひとえの裾で拭き、
小走りに竹のところへ戻った。

         
   長屋のみすぼらしい戸をこじ開けた。

    竹男がター坊を抱きかかえて、はいはいとあやし
ていた。

 「ごめんなさい 雨が強かったもんで・・おつねさんとこ
で雨宿りしてたの・・」

   「お薬貰ってきたは ・・いま白湯をとります」

    竹男は、黙っておきぬの手際のよい段取りを
みつめ、ありがてえいとター坊をあやした。

  「おきぬ もう大分具合がよくなった。熱もさっきの雨
が連れていってみてえいだ」

  「なにいっておやりさ しばらく静かに養生しないと
本当に悪くなっちまうじゃないか 源先生も
竹は気一本だから病気なぞ屁とも思っちやいねえ
からなと笑っていらしたわ・・」

  「あんた 着物がすっかり濡れちまったわ 
着替えなくっちや」

  「粥とおいしい煮物をつくるは・・」

 おきぬは、濡れた着物を脱ぎ捨て、襦袢も
一緒に勝手の盥に投げ入れた。

   継ぎはぎした手拭を二枚重ねると、白い肌を
ゆっくりとしっかり拭いた。

雨の冷やしのなかで小走りしたせいか、
   おきぬの肌はうすく赤みを帯びていた。

    黄昏のうす明かりに、ひとりの女が浮かんでいた。

   おきぬが手拭いを手洗い桶に浸すと、後ろから
男の手がおきぬの柔らかな体を抱きしめた。

     強い抱擁だ。 やさしさが白い肌に伝わってきた。
        
  「あんた ター坊が ター坊が・・」



    ター坊が二人の姿をにこにこしながら

     「あーぶ あーぶ 」と、這いながら寄ってくる。

 「あんた・・」

「あーぶ あーぶ」

     驟雨はすでに走り抜けていた。
 隣辺りでは夕餉の煙が立ち昇っていた。

   子供達の泥水を跳ねのける足音が聞こえて消えた。

  ・・次郎吉が晒された・・おのれの首を盗んで
往っちまった・・

   瓦の着流しが、溜まり場へ急ぎ口上に売り歩いて
いった。


             
      2017年8月25日(金)その2    

  
                                  
    小夜鳴鳥 2002年アンソロジー
                           
 


   
 灯りがちらちらしてきた。三郎太は厨から種油を茶碗に取り、行灯へ注いだ。

 ぼーっと火がのぼり、煤となって消えた。 卓袱台にあった残り酒を一気に飲み干した。
  
 歳は重ねていたが、子供に恵まれず、依然として畑に立っていた。

  耕作は豆、菜っ葉類を主に作り畑を守っていた。 粟、稗、米類は別の郷士の役目で
 あった。
  三郎太の役目は、任された耕作を農民達へ割り振り、決められた年貢の量を確保する
 ことであった。 実際の仕事は三郎太自身が真っ先に畑に下り、みんなと一緒に野良
仕事をするのが日課であった。
 
 もともと生まれてこの方、自分を侍ともお武家とも思ったことはなかった。
  
 田舎の子供として育ち、いつも鍬や鎌を遊びに野を駆け巡っていた。
  
 草むらで目の合った大きな青大将など何でもないと掴み取り、他の百姓の子供たちへ
見せぶらかし、子等が逃げ回るのを面白がっていた。
 
 父は男がそんな脅かしなんかするもんじゃないと、三郎太をたしなめていた。
 
 そんななかで、読み書き、武術は他の郷士の子等と一緒に、城下の下級武士が通う伝習
 所で習っていた。  しかし、あまりその場の雰囲気に馴染めず、また下級武士子弟のい
 われのない振る舞いが気に食わなかった。
  
 三郎太はいつしか伝習所から足が遠ざかった。だが寺の坊さんが百姓の子供たちに
話しを教える小屋にはよく顔を出していた。
 坊さんの話は何かしら不思議な遠い国の物語で、とても興味の湧く話であった。 
三郎太は、俺も大きくなったら外国へ出かけて行き、いっぱい珍しい物を見、
子供たちに語ってやり、驚かしてやろうと思っていた。

 しかし段々と成長するにつけ、それは叶わぬ夢物語であるとわかってきた。

 郷士は郷士さ、野良仕事が一生の役目だと自分を納得させてもきた。だが悔しい気持
ちもなかった。
  
  しかたがないと思うだけであった。俺の回りの百姓達も一生土と戯れているばかりだ。

 少しも不足はない。みんなここで嫁さんを貰い、子供を育て、土を耕し、竹を燃やして祭
 りを楽しみ、やがてまた生まれた土へ帰るだけだ。

   

   妙はまだ帰ってこない。
  
  野良仕事の傍ら藁や、木の蔓で編んだござ、篭を城下の商家へ売りに行き、帰りに
  三郎太のたっての願いであった硯と細い筆、それに安物の和紙を買って帰るはずで
あった。

  収穫の作物を持っていけば、直ぐに換金できるのだが、荘園主のものである。
  
  勝手な真似は出来ない。 まして百姓の頭でもある三郎太が不始末となったら、
咎めがどんなにかであろうか。
 
 三郎太はそんな妙のこころやりなど思いもかけなかった。

  いつもなら、日の終わる頃には隣に居るはずだと、行灯の灯りが揺らぐのを見つめて
いた。

  妙は城下の大工の娘であったが、三郎太が顔をのぞかせていた寺子屋で見初めた
のであった。
 
  面長な顔で笑われると三郎太は神妙な顔を保てなかった。いとおしくてたまらなかった。
 
  二人は、百姓仲間でいつも冷やかされるほどの中むつまじさであった。

  ただ二人には一向に子供が授からず、このままでは家は終わりかと覚悟していた。
 
  はっとなって目をあけると、妙が黙って和紙と硯と筆を手にしてだまってこちらを見つ
めていた。
 
  おお いつ帰って来たのだ。すまねえ俺のわがままのために苦労を掛けてしまった。
 
   妙は何も言わずに三郎太を眺めていた。
 
  三郎太は筆を見ると、人が変わったみたいであった。

  なにやらぶつぶつと口ごもりながら机上代わりの卓袱台へ和紙をひろげ、筆を走ら
せた。
 
   坊さんの話が頭を掠めていた。空を飛ぶ布があるらしい。
  そうだこれを下にして子供たちを喜ばしてやろう。
  
  空を飛べたらどんなにか面白いだろうなと、妙と耳をそろえて坊さんの口元をみつめ
ていた幼い頃を思い浮かべながら、筆を進めた。

  なあ妙、あの時坊さんは俺たちにウソを話したんだろうか。

  いやそうじゃない。きっと他国では人が布に乗ってどこへでも出かけるのだ。

  そうに違いない・・・そらへのぼる・・・
 
  飛ぶのだ・・坊さんは俺たちに夢をくれたんだ。
  野良仕事に遊ぶ子供等に明日をくれたんだ・・・

  

   三郎太。三郎太。おい上がるぞ。なんだこのざまは。
   おい起きろ。
 
   三郎太はやっと目を覚ました。 ああ、すっかり寝込んじまった。 
   矢田かどうした。
 
   大変なことになったぞ、お主・・・ 矢田はそう言いかけると口を詰まらせた。
 
   お主、妙さんが城下で殺されたそうだ。 それも手打ちにあってのことだ。
 
  三郎太は何のことか判然としなかった。妙が・・
        妙は昨夜ここに・・・
 
  町の者どもの話では、妙さんは商家や町人の家を回って、一日中篭やござを買って
  下さいとお願いしていたとのことだ。 だがいまどき篭など売れるはずもない。
 
  妙どのは、夜更けて、文具を扱う藩お抱えの店へ行き、篭等と筆、硯、和紙と交換して
  下さいましと、必死で懇願していたとのことだ。 
  叶わぬことがわかると、一たんは表へ出たそうだ。

  だがそうっと引き返し、筆などを胸に収めて断りなく店を去ろうとした・・・
 
  店は帯刀を許された藩公認の商人だ。 盗人めと、その場で切り殺されてしまった
とのことだ。

  
  三郎太は妙を迎えるため、寒々とした城下へ足を向けた。
  
  妙は願いをかなえてくれた。筆を忘れずにもって帰ってきてくれた・・・


                     
 
  2017年8月25日(金)その1

       ファ―スト:なんでも一番と得意気な人々が好む言葉。

       ファウスト:生死を己の悪魔と理に擬し命を詠いあげた。





  2017年7月18日(火)
   
   敬愛する日野原重明さんが亡くなったと伝えられていた。蛙は朝日新聞日曜版(西部
  本社版)に掲載されるコラムの記事を読むのが楽しみだった。ユーモアとウイットに富む
  内容は、その日の一日を楽しくさせて下さった。最後の話しでは、ウイリアム・オスラー
  にまつわることが記されていた。患者を一人の人間、全人的にとらえようとしたオスラー
  の理念は「全人医療」の言葉とともに自国に根付いていくだろうと言われた。



  2017年7月16日(日)
    
   人の死に場所さえ権力当局に支配されるとは嘆かわしいと云うより薄ら淋しい。
  願わくば、海に葬られた魂が世界各地へ形見として漂着し、人本来の自由を知る縁と
  ならんことを。



  2017年7月15日(土)
   
   著名な作家が、獄中で病死したとの報があった。末期癌に追い込まれていたそうだ。
  治療の方法は色々あることだろうが、最先端の医療施術の機会さえ奪われたのは哀し
  いことであった。権力が、人の命さえ支配する図は昔の悪しき独裁国家に等しい。
  なぜ権力が言葉に怯えるのか、事件は特異な支配形態に共通する事情でもある。
  人の基本的人権さえ蔑ろにする権力なんぞ最低のまつりでしかない。かって、かの国で
  は、焚書坑儒があった。その悍ましい伝統が営々として今もって続いてあるかの如し。
  一帯一路と銘打った壮大な事業を打ち出した大国である。もし、本当に大国にあるなら
  ば、人々の自由な思い、発想、考え方を大切にして行くことだろう。
          自由な魂の冥福を祈る。



  2017年7月5日(水)

  尋常でない降雨による身近な田舎の風景が各メデイアで報じられていた。蛙の田舎は
  幸か不幸か酷い降雨は無かったようである。こうした今時分の様子は、自国における
  普通の出来事でもある。春夏秋冬それぞれの生起が時節におけるあたり前の事として
  移り行く。台風しかり日照りしかり。四季の移ろいを身近に覚える環境もあまりないであ
  ろう。短い命にある一人として、こうした様を有難いとおぼえる。ゴーギャンが愛したタヒ
  チの幼い娘はそれはそれで自然奔放な命の発露であっただろう。だが、画家自身には
  異郷の一人の言い難い乙女でしかなかった。その償いの心の様が、後のノアノアで記
  されたのかも知れない。  蛙は雨を呼ぶというのでこの辺で。



  2017年6月21日(水)
    
  ・新文書とは個人メモのこと:本来行政文書にあたる文書を、矛先から逸らすずる賢い
   まつり人の慣用句の一つである。

  ・怪文書とは出所不明の確かな事実を示す文書のこと:国によっては首長の明らかな
   行為事実について、虚偽と主張する僕(しもべ)の常套句とされる。  
                                           文科辞典