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                蜘蛛の祀り
                                 2012年10月18日

 
蜘蛛の例大祭

野分に少しも揺るがず天空に身を張る

強い糸に驚かされる

邪な風をそらし 希望を張る

            2012年10月18日


               
           やまと         2005年思い出
    

             2005年2月16日(水)  まこと         


    どうもこうもありやしない。
   なにがここまで、物事を長びかし、引っ張ってきたのかね。
   なにが一体、問題だったのか、分かりきったことじゃないのかね。
   そうだろう君。ああ、きみもそう思うかい。当たり前だ。
   国力を戻し、改めて伸ばすにしても、その基の宝を育むにしても、
   すべては、この問題を、解決しなければ、すこしも動き出さないのだ
   ぜ。
   だが、いまその解決の兆しがみえ始めている。
   さいわい、出動も、あまりそう問題にされることもなくなってきた。
   事実の積み重ね、これは大事なことだ。人々の慣れが、慣行にまで
   なればしめたものだ。
   どうして、国を守ることが、おかしなことなのかね・・あの連中。どうか
   しておる。
   国のために尽くすことは、公の利益につくすことになるのだがね。
   まったく。教え方が悪いから、こうした犯罪の多発につながっているこ
   とだ。教育指針が間違っておる。
   かの、徳目に順じてこその、国民の道徳の確立、道義の国として再
   生が可能だ。もともと、自国は単一民族国家である。その要が、かし
   こくもあられる方である。
   わが遠い国の成り立ちに戻り、自国の伝統、精神の復興こそ、いま
   将に必要となっている。
   皇運を扶翼することこそ、いにしえにつながる先祖の道を生かすこと
   になるのだ。
   それこそが、本来の伝統に基ずく独立国家としてのわが国の真の
   すがたである。
   少し、神の国などといえば、やれ偏向マスコミの連中は、ヤギの如
   くまとわりつく。
    言論の自由があらばこそだ。
   自国の本来の国体を、正直に言うのが間違いとでも思っているよ
   うだ。
   連中も、心配しなくともいいものを。まったく。どんなことを謂われて
   も、言論の自由は守るさ。
   改ざん前の大日本帝国憲法でも、しっかりと言論の自由は守られて
   いたのだ。第二十九条で、法律の範囲内で、言論の自由等はしっか
   りと守られていたのだ。
   それも知らぬ輩であるようだ。今回も、そうした案にして、自由を守る
   ようにしてある。

    どうして、自国の基を記した記紀の心となって、本来の自国となり、
   世界貢献するのが、戦を仕掛けることとつながると思っているのか、
   不思議である。
   先の人を尊び、その徳にまなび、慎ましやかに、世に出でて仕事し、
   国の発展につくすのは、当たり前の、いずれの国にも通用する教え
   ではないか。
   一旦、事有らば、わが尽きることなき皇運を扶翼することは、万国も
   認める、ごく普通のことだ。
   古来より、自国は、万世一系のたおやかな風土にありて、元来戦な
   ど好まぬ民である。
   それを、マスコミともども、偏向教育が台無しにしてしまった。
   これこそ、早急に正すべき重大、かつ喫緊の事柄である。それに
   は、もとより、かの盟主に押し付けられた、外来法の改変がなにより
   の基になる。
   盟主は、自国の真の世界貢献のためなら、その改変は自由であり、
   それこそ民主主義の発展になると、暗黙知にあって、むしろ賛同の
   声が強く聞こえる。
   この悠久の、単一民族国家を脅かす、大国の軍備増強、弾道兵器
   の脅威に対して、しっかと対処するためにも、自国防衛の充実策に
   は、盟主国も喜んでくれている。

    新しい、地域共同体のためには、かってのいい面もあった、共栄圏
   の意思をいかして、自国は、翼を広げていくことである。
   そのためには、過去の誤った、自虐的歴史認識をただし、自国の
   過去の進出が、その地域の発展の基となったことも、明らかにして、
   子供達が、堂々と、自国利益のために世界へ貢献していくように
   道の型を取ってやることだ。
   世界貢献とは、世のため、人のため、緊急のときには、自己犠牲も
   いとわない精神である。
   自国の基本精神、あの忠臣のこころこそ、博愛精神のあらわれで
   ある。貢献の意思である。
           
     あつ・・外れかい またダブルボギーだぜきみ きみのいったと
    おりパットしたのだぜ。




               おもて と うら        2005年あくむ
                                           

             2005年3月10日(木) 黒子


    もともと、新造の信条の上での行動の帰結であった。
   いまとなっては、仕方のない事でもあった。そう思わざるを得ない。
   おのが描く政治体制にこそ、この国の興隆を約するものがあると
   確信していた。
   いまでは、ますますその思いが強まり、早急な改革を期せんと
   忸怩たる日々にあった。
   そうした日の、とあることが縁で、岡村との関係が抜き差しならぬ
   ことになった。
          
    新造さんよ しっかり頼みまっせ この国の行く末はあんたの
    行動に ああそうですが そう心配しなさんな 新造さん 
    そこへんのことなら何も心配ないがね
    あすにでも手下に 命じておきますぜ ええ それは充分注意
    していますがね
    こうしたちゃちな件で 新造さんの道をとざしたら あたしのこけ
    んに関わりますがな
    そいで だ〜れもいないことをしっかりと確かめてくださいよ
    じかんはさっきの時ですがな ええ そうたいした爆発モノでは
    ねえいがな
           
    いえ私には こころあたりはありません こうした暴力は絶対
    許すことはできません
    ああした 言論を封じる行動は しかも力に物言わすのは
    民主主義の崩壊です
    きょうの暴力は 選良 行政にたいする挑戦です 断じてテロは
    許すことはできません
    ええ あたしの国家興隆の志等とは まったく相容れない行動主義
    であります
           
   新造は、少なからずこうした冷たい目に追われるような関係になった
   ことを悔やんだ。
   仕方のない事と思いながら、己の政治信条と基本的にその道筋で共
   通の点にある岡村の唯一立国主義に、共鳴してもいたのだ。いや、
   慣らそうとしていたのだ。
   抜け出すことは、己の目指す道を放棄することになると、目に見えて
   いた。しかも、その冷徹な目によって阻まれるのだと。
   岡村の存在は、はやくから政治関係筋には目の上の瘤として知られ
   ていた。
   だが、まさか新造が、その岡村と関係の浅からぬことと、知る者は少
   なかった。
   知ったとしても、隠れ用心棒の類程度だろうとしか思えなかった。

    こうした物事の取り上げ方は 自国の伝統と誇りに唾するものであ
    ります
    こうした手合いは あらぬ事を捏造して 人心を惑わすことにその
    狙いがあります
    みても分かるとおり れいのヤラセ的伝え方に その原因が隠れて
    いるのであります


              2005年5月28日(土) 執念

    岡村は、うんうんと頷いた。
   だいぶその意識の徹底が、普通になったようであると感じていた。
   いまでは、新造の政治信条は、岡村の団体思想と深く関わって
   いた。
   その思い、意識は、双方全く変わらぬものにみえた。
             
    新造さんよ あんたの考えはこの国にとっては無くてはならぬもの
    になったようですな あんたの政治思想があってこその我が民族
    の勃興ですがな
    自国利益を堂々と言える男が この国を治めることができますがな
    ひと様の国のことなど、考える暇などありますかいな・・ほんま・・・
             
    あたくしは 犠牲となった方々を悼むのは 当たり前と思っておりま
    す どこの国でも慰霊の行いはあります まして先の共栄圏のため
    に亡くなった方々を追悼するのに なぜ他国の干渉を受けねばなら
    ないのか可笑しなことであると思っております
    戦は 見方 立場 当時における環境によって どのようにでも判
    断できる訳であります まして自国には 謂われる虐殺 他国人民
    の強制拉致 慰安婦等の問題はないのであります 歴史捏造によ
    る自虐的自国犯罪の立証には 毅然としてその虚像を暴くべきで
    あります 
    歴代の行政トップが この考えを基として 今後とも自国の将来
    を決すべき事柄であります 追悼は その前提にあります

    新造さんよ 旗に殉じてこその男ですがな
    今後とも 陰に陽に支えていきますがな よろしゅうお願いしまっせ
              
   岡村は、新造の講演を聴きながら、うんうんと、思わずにやりとした。