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              「書きとめ」


      すばらしい歌だった。
    風物詩というが、自国に相応しい歌だ。
    指揮者(ロジャー・ノリントン)が話されるとおり、
    この透き通る響きが、作曲者の生きた時代の
    奏法だとすれば、従来聴いた演奏と少し異なる
    音だった。
     実際、音がうたう響きには、人間の声がする。
    ベートーヴェンの想いが直に伝わる。
    ゆったりとした感のある抑えた音色の一つ一つに
    肉声がのった気がした。けして轟く音といった感
    はしない。むしろ微かな地鳴りだ。
    だが、心底から声が訴えていた。

     この奏法で、演奏者がどのように弾くのか思い、
    バイオリン奏者、ビオラ奏者、チエロ、べース奏者
    の音の押さえ具合を見ていたが、訓練されたプロ
    である。目に付くほどのビブラート弾きの時は、
    さほどなかった。瞬間、抑えた指が小刻みに振るえ
    ることが、目に入ることもあったが、すぐに透明な弓
    使いにあった。ひごろ残響と余しながらの奏法が主
    流にあるので、素人が思うほど容易な奏法でなか
    ったであろう。

      自国の風物詩が、今後も続くことを願う。
     音が生きている限り、音に人の声がある限り
     作曲者が託した想いが断たれることはない。
     
      心よりいず、願わくば再び心に至らんことを。

                       2012年大晦日








                     
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              「書きとめ」


     国家は十年もすればころりと変ると、人が言われた。
    十年どころか、一年、いや一月もない。政財界あげての
    スピード感というシロモノだろう。ゼニは急げだ。
    どうせ垂れ流し続けているのだから、原発稼動が得策と
    の言い草だ。後世のことなど知ったこっじゃねいということ
    か。人々を馬鹿にするにも程を知れ。
    経済諮問会議なるモノが復活したそうだ。顔ぶれをみれ
    ば、株株株の面構えだ。十数年前、大手経済新聞に連載
    されていた学者なるひとの語りを、何度か見たことがある。
    そこの話には、およそ人間の顔など見えはしなかった。
    また当市の商工会議所の講師として招かれたこともあった。
    なにかおかしい、とある人へ語ったことがあるが、その人
    のいうことには、なんでも当時の会議所首長の息子と知り
    合とかなにかであった。別に知り合いでもどうでもいいこと
    であるが、自国の会議所体質の一面を見た感がした。
    おりしも、新聞で、デリバティブ、成長のカギとの見出しが
    あった。はたして、これまで、実際どれだけ新規企業が
    生まれ育ったかしっかりと知っているのだろうか。
    現在の市場投資の蠢きのなかに、真から揺籃の心持、
    開拓者の孵化場として機能してきたかどうか疑わしい。
    市場は所詮、株価の浮き沈みに身を寄せるサガだ。
    上辺の見かけで、経済活動が活性化したと見る慣習から
    脱却すべき時期にある、といったところで、マスコミ等は
    いかにも経済が好転したかのごとき伝にある。もうすこし
    内部に突っ込んだ視点にあればよい。無理なことか。
     すでに国交省では、震災復興予算から各地の土木事業
    へ予算を、転用しているとのことであった。今回の政府の
    鼻息からして、ますます愚かな転用がされることだろう。
    国交省は、今回の転機を我が世の春と歌うやかも。
    大臣という名に吸い寄せられた、こころを空しゅうして
    まつりにあるはずの連携党の言葉の表裏が試される。
     TPP、偽善が問われる。だいたい、農民連合が支持
    すること自体摩訶不思議な現象であったが、そこには
    それなりの理由もあった。組合員として出発したはずの
    者が、組織で妙な力をつけ、議員先生へおさまる図等
    これまでも、農家の多くはみてきたことだ。だが、おらが
    むら、まちの先生を信じているということだろう。団体内部
    の、むかしの恥部をしれば、ああ、といいたくなることが
    多い。だいぶ昔、良心的組織担当者が、あいつ等会合
    の宴席等で、おんなを転がして興じていたもんさ。いま
    じゃ、勲章さえいただいておさまりかえっていやがると。

                        2012年12月29日


              [閻魔大王飯店]

    
   
 *虚言癖でお困りの方の最適な献立がございます。 
   
  一番品:二枚舌のゴマ和え。栄養豊富で、舌足らずの舌鼓
       確実です。
   
  二番品:ししとうの長舌巻き。長いもには巻かれろ舌の風味
       一杯です。厳選産地物。
   
  三番品:小者舌の粗煮。素材のこちょこちょ舌を、じっくり煮
       込んだ珍味です。
   
  四番品:風見鶏舌焼き。こしぬけ柔舌と粋人世捨て舌を、
       閻魔備長炭でほろ苦く焼き上げました。
   
  五番品:ご用舌のソテー。虎の威国士風味と、ついしょう味に、
       お上味をソースにした一品です。
   
  デザート:まことケーキ。うそ舌かすを、まこと風味に仕上げ
        ました。

    *ひまん舌には、特別コーナーがございます。

  特別コーナー:閻魔大王の館では、皆様の舌を丁寧に吟味
     します。煮ても焼いても食えない舌は、即刻引き抜き
     ますので、十分な舌をお持ちください。
     (最低限二枚以上の舌使いをお持ちの方向きです)











    
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              「書きとめ」


    二番信

        いまきたにせどんよかにせどん
 
        とざんかけたら はてっこそなにせどん

        はよいさ よいさ よいやさのさっさ

        あほいのほいのほい〜
       
      おふくろと忘年会をした。
     自分が手をあげたり下げたりしたら、にこっとして
     はあ〜と唄いだした。
     唄の詞をおぼえようと、タオルを頭にかけ手を
     互い違いに上げ下げして、お袋の記憶を
     囃したてた。なかなか後が続かない。
     今度は、帽子をかぶって囃すが、やっぱり詞が
     出てこなかった。そのうちお袋が笑い疲れて
     息子に、踊りを止めてくれと合図した。
      晩餐の献立は、お袋がカボチャのコロッケ、ハン
     バーグ、海老フライにバナナと温州みかんそして
     イチゴだ。息子は、海老に替えて帆立貝、果物に
     替えてキャベツ、モヤシ、オクラ、わかめ昆布の
     サラダにした。主食はご飯で、二人で五勺弱だ。
     ご飯は、もうずーっと一食に一合も炊かない。
      お袋の食欲があることが、いま一番うれしい。


   合点がいかぬのが、まつりさまのうごきだ。
  原発行政が後戻りする雰囲気である。話しを聞け
  ば、原発事故原因が前政権にあるが如しの言い分
  だ。不思議な認識である。そもそも、原発の発起の
  元は、自民党の前身が打ち出してきた政策ではな
  いか。都合の悪い出来事を、すぐに忘れる癖は
  政治家の常であるが、このところのもろもろの動き
  を見ていると、人が一番いやがることをおこした後で
  、なにも無かった様子でしゃあしゃあと、まつりに従
  事する厚顔にはあきれてしまう。 これなど、朝鮮
  動乱勃発が、自国の戦争検証をうやむやにした
  最大の原因どころか、巣鴨から戦争政策に従事し
  ていた人物を引っ張り出して、マッカーシー旋風に
  乗って息を吹き返し、その後の同盟植民地政策に
  邁進して、いまの沖縄の現状をつくってきたのじゃ
  ないのか。 おりしも、今回の政権交代劇は、第二
  の歴史的検証の時にあると、認識することだ。
  原発事故は、かっての戦争の検証との相似の関係
  にあると言えるだろう。しっかりと検証するか、昔
  米国政策にその検証の道を閉ざす隠れ蓑とした
  かっての自国政府、言論団体と同じように、今度は
  経済界の声を、盟主の声となして、コクミンの声を
  聞き違えて、再び原因究明をうやむやにしてしまう
  かの危険な瀬戸際だ。 聞け、君等の交付金等
  政策、原子力会社に町を乗っ取られた地域首長等
  が、原発原因調査は間違っている、一刻も早く再
  開してくれとの、哀しい声がある。これなど、従来
  通りの糞尿譚物語の再演となる姿だ。取り返しの
  つかない将来への悲劇の積み増しより、いまの利
  をもとめる哀しい浅ましい戯画となってしまった。
  経済界なる連中の思考過程など、株価の浮き沈
  みにしか興味はない。株価が有利に動いたなら、
  どのようにして、人々へ活性化策としうるか等への
  考えなど、彼らの顔ぶれをみれば、先ず無理と
  わかる。全国商工業団体など、本来なら中小企業
  、零細企業等への道を指向すべきところ、大企業
  団体とまったく変らない姿にある。とう言うのも関係
  先の彼が、かって、いまもそうであるかも知れぬが、
  青年会議所の組織首長として、新日本丸など護国
  体制復活を目指す座長さえ兼ねている張本人だか
  らかも知れぬ。 それにしても、顔ぶれにもどるが、
  歴史認識で、とても世界に通じない意識の持ち主等
  が大分であるこの姿は異常である。自国の先行き
  に暗雲が立ち籠めてしまった。

               2012年12月27日 2番信



    きのう夕方、四時四十五分ごろ、ドーンと空振があった。
   ああ西郷ドンが怒ったなとすぐにわかった。久しぶりだ。
   ここしばらく、ときおり足音の地鳴りを感じでいた。
   西郷ドンだ。ここというときには、身を挺してマグマを
   高く放り投げる。よかにせぞ。
    
                

               思い出

   その一

  いまの雰囲気にしてこの有様である。これがそのまま風
  と吹き上がり人の生活を覆うこととなれば、これまでどうに
  かこうにか手にしていた自由が、すこしずつ削られていく様
  が目に映る。
  
     戦争は国家目標遂行の上で自由である

     土地収用は国家目標遂行の上で自由である

     言論統制は国家目標遂行の上で自由である

     国家機密情報統制は国家目標遂行の上で自由である

     教育統制は国家目標遂行の上で自由である

     歴史事実改変は国家目標遂行の上で自由である

     特別裁判制度は国家目標遂行の上で自由である

     原子力利用は国家目標遂行の上で自由である

     経済活動完全自由化は国家目標遂行の上で自由である

     軍備活性化は国家目標遂行の上で自由である

     軍需産業活性化は国家目標遂行の上で自由である

     国公立公園見直しは国家目標遂行の上で自由である

     国家神道擁立は国家目標遂行の上で自由である

     主権在天は国家目標遂行の上で自由である

     見よ 希望に満ちた美しき国家像ではないか
   
   言葉を仕事とする人々は、おのれのペンがやがて己を
  封じる刃となることを重々自覚することだろう。
  言葉は、人間本来の生まれながらの自由の確立、型枠
  でなく、すこしでも命ある人間らしい場面の実現へ向け
  シンポし続けることにしかない。 
   歴史が繰り返すとすれば、ペンは重大な責任を負う。

                         2012年9月13日

  
   その二
  
    冤罪

    村木さんが元の仕事場へ復帰されたとあった。
   多額の金をめぐる疑惑事件の関係者を決して良しとは
   しない。しかし、この事件は、検察権力と報道機関が
   仕組んだ特定政党撲滅の一大冤罪事件に相当するもの
   であった。伝えられているように、検察当局の本当の裏
   の中身は解明されぬままお蔵入りとなった。この一連の
   事件が明らかにしたのは、検察当局のみならず。ジャーナ
   リズム内部における陰湿なある党派性が確実に蠢いてい
   たということだ。 そして、いかに媒体の言説が世事の流
   れを左右するかという事実を改めて教えていた。国の行く
   末さえ方向づけてしまう。 ひとびとはもっと確かな目をと
   思うだけだ。・・・

                         2012年9月11日


   その三

    「放射能雲の通った地域にいた方々は極力結婚しない方
  がいいだろう」・・ということを無神経にいう人がいたそうだ。
  人間の傲慢から、ひとびとを土地から追い出した被害の実
  体に対し、それを引き起こしたひとたちが本当に責任を自ら
  のものとして感じているのかどうか、はなはだ疑わしいのが、
  いますすめられている国、もちろん旧来の政権党を含めてだ
  が、東電をはじめとする電力関係の行動である。そのひとは
  謂う。・・・多くの人たちの生活基盤の破壊、失われた未来、
  この先ずっと放射能に脅えて暮らす不安。そういうことをあな
  たたちはどうすることもできない。・・・

            池澤夏樹さんの話より 2012年9月8日


   その四

   だまされるということもまた一つの罪だ、といった内容の記
  事が掲載されていた。明快な真実が示されています。
  人の記憶、感情は風化しやすい。そして、ことが人々の
  いのち、環境の破壊、他の国への侵し、防衛・抑止力
  といった名の暴力破壊力への依存の正当化等、だまし
  の文言にあります。
   言葉は語る「・・いや、現在でもすでに別のうそによってだま
  され始めているにちがいないのである・・」
  (伊丹万作エッセイ集:ちくま文庫=同日付朝日記事より)

                           2012年8月15日


   その五

   いのち

  ・・弱者、みじめな者、中傷されている者、追放された
  者の弁護をするのは、わたしのお気に入りのテーマだ
  よ。強者と権力者には礼讃者は事欠かない。だから
  かれらについては、手早く片づけることもある。だが、
  見捨てられた人びとを忘れたり、見過ごされている長
  所、たいていひどいやりかたでゆがめられさえしている
  長所に光をあてなければ、一生自分を責めることにな
  るだう。・・


   これは生き物の特徴などを子供達に分かりやすく説明し
  ている場面での、おじさんの心意気を話すところですが、
  その書き手の普段の心根でもあります。
  別に困難を自らに抱えることもないですが、いつもの姿勢
  で立場の弱い人へしっかりとした目を向けて、日常を過ご
  していく態度を何気なく教えていました。

  
*本は、ファーブルの「人に仕える動物」より(原 宏 訳。岩波書店)。

 
   その六

   ・・・成人した彼ら彼女らが日本を中心に、

     世界に平和をもたらしてくれることが目標です。

     しかも、核兵器を持ちながらの休戦ではなく、

     戦争を否定した非戦の平和です。・・・


     <100歳私の証し あるがまゝ行く
               日野原重明さんのいのちの言葉>

           2011年10月22日(土)付け朝日新聞     10月24日 


                        2012年12月27日
   







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              「書きとめ」


          初登院おめでとうございます

                未来
                     
         あたしはなんにもいりません 
         ただ黙って死なせて貰えればそれだけで
         どうか先生方々施設を作ってくださいまし
         心置きなく死ねる場所を

         生きているのが恥ずかしゅうございます
         療養するのも難しくなってまいりました
         どうか先生方施設を作ってくださいまし
         長生きしては申し訳ございません

         施設をつくるのにも何かと不如意と存じます
         じゅうぶん承知いたしております
         これ以上赤恥さらしたくございません
         せめて砲艦 いえ砲弾の費用をあたしに

         優生選抜の御世とお聞きいたしております
         これ以上老醜をさらしたくありません
         すこしの手元如意ですみます
         どうか老い人へあたたかいまなざしを

         むかしは姥捨て山と皆喜んでまいりました
         いまでは山すら剥ぎ取られ見る影もございません
         せめていまふうの施設をこしらえていただけましたら
         人より先に身を投じて御世に報わんと存じあげます




               
日本国憲法

  日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらと
 われらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって
 自由のもたらす恵沢を確保し、
政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こる
 ことのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、
 この憲法を確定する。

  そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に
 由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享
 受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものであ
 る。
われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を
 排除する。

 
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な
 理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に
 信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和
 を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めて
 ゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
 われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和うちに
 生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならな
 いのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふこと
 は、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信
 ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達
 成することを誓ふ。



第九十七条[基本的人権の本質]
この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪え、現在及び将来の国民に対し侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
第九十八条[最高法規、条約及び国際法の遵守]
@この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
A日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
第九十九条[憲法尊重擁護の義務]
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。


                         2012年12月26日








                  
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              「書きとめ」


      このところ、なんでもかんでも口出すのが流行らしい。
     よーく見ていると、国民のため、国民のと、いった言葉
     が飛び交う。国民に自分も入るのかしらと訝る。
     かれが言うところの国民層には、2%の経済階層、
     一流大企業従事者層、証券・銀行・金融階層、高級官僚
     ・地方自治体公務員階層、中間階層等をいうのだろう。
     してみると、自分などは論外のさらに外に位置づけられ
     るとしか思えない。かれらの経済事情が活性化すれば、
     自国は万々歳となるらしい。 日銀のお歴々が、即反応
     する図など、全体国家のごとき姿だ。 あと少し、或いは
     すでにひそかに始っているかも知れぬが、公共放送への
     物申すような動きがあれば、許しがたい事だ。老婆心で
     あればよいがと案ずる。番組への口出しで物議を醸した
     当の本人だ。しっかりと注視していく必要があると感ずる。
     政党が、公共放送から話を聴く時には、かならず国会の
     公の場ですることだ。密室の党の部屋で詰問するなど
     絶対すべきことではない。また、当の放送経営委員会の
     委員等が特定意向への番組誘導、あるいは放送局役員
     等が、特定政党の呼び出しに応ずることは、決してあって
     はならない。あたり前のことだが、その通りなされて
     こなかったのが、これまでの事実だ。心しなければなら
     ない。大衆伝達、放送媒体が、権力をおそれたら終わり
     でしかない。自国マスコミ全部が全部、フジヨンケイ古典
     倶楽部、タマゴ棒球媒体ばかりでもなかろう。
      デフレ脱却と言うが、脱却してどこが潤うのか君は知っ
     てるのか。金融緩和してどこが潤うのか解って言っている
     のか。つまるところ各経済団体、証券・金融機関等の運
     用資金の流れ、証券市場活性化を担保するものでしかな
     い。デフレ脱で潤うのは例をあげれば、海外で生産する産
     業等もその一つだ(円安でも潤うのだ。両刀使いだ。その
     助けともなるのだ)。
     企業が活性化すれば、雇用が増えるとの図は、すでに
     米国式経済体制化した自国では無理なことだ。見かけ
     雇用(派遣労働、即物的雇用の増加くらいの効果しかな
     い)。冨の特定企業、2%企業等の会社群に従事する人々
     等が名目活性化の恩恵に与るだけだ。 日銀が雇用も
     責任を持てとは、これまたよく言ったもんだ。それこそ君
     の政治手腕が問われるのではないのか。雇用を生み出
     す環境とはなにかと、政治に携わる者の重大な仕事の
     一つだ。力で対外的に対処する外交、型枠にはめ込んだ
     欽定統制教育など、個を道具化するような行動にある。
      美しい国とはどういうことか。いつも豊かな水を蓄えた
     田、森林、放射能で汚染されない海原の復活を目指す
     国土ではないのか。 君は、原発が人類が作った最悪
     の道具とは、まだ覚えないのか。果てしなく続く放射性
     廃棄物の処理さえままならぬ現実に直面していると、
     なぜ思わないのか。君がいまとろうとする政治政策、
     手段等は、美しい国どころか、国土を疲弊させる道に通
     じるだけだ。
      東北大震災復興にっかこつけて、よからぬ方向へ国
     庫をむけてはならないだろう。 
      豊かさについていま一度考える必要がある。

                       2012年12月23日




黒法師がしっかりと根付いた。
師走の初め水遣りした。あと一回やればいいだろう。
まだ細い枝に新芽が出てきた。元気だ。



山茶花が二度咲いた



蕾が枝のあちこちで
ほころびかけている。



渋柿。
近所の方が、毎年吊り下げていらした。
今年は自分も作ろうと思い。その人から
先日、購入先を聞いていた。
一袋20個入って三百九十円と格安であった。



買ってきて早速吊り下げた。初めての事件を
例の人へお礼方々告げにいったところ、それじゃ
駄目です、といわれた。渋柿は吊り下げる前に
皮を剥き、熱湯をちょっとくぐらしてから吊るの
です、とのことであった。ああと、ため息を吐きつつ
なにも知らぬ自分がうらめしかった。しかし
おそわった通り、皮を剥き、熱湯をくぐらし、
無事、事始終了とあいなった。

 


大げさであるが、
仕事に集中した。
青空に下がる
柿がまぶしい。



なんども見直す。
なかなか良い出来栄えだ。
十七、八日待てば、
甘い滋養のある柿へ変る。
辛抱が肝心。


見つめすぎて柿が消えうせた。
年の初めに会えるだろう。

        
        日々を一つ一つ大切にして、太陽を浴びて行こう。
        昔のひとは、冷暖房などなくて生活していたことなど
        たまに想い見てはどうだろうか。
        小さい頃は、たばこ等なくても少しも不自由しなか
        った。アルコールも、呑まなくても何とも思わなかっ
        た。そう云う風に考えれば経済等どこが間違いか、
        少しはわかります。
         そして思考の慣れの恐ろしさが、どこあたりにある
        か、すこしはわかります。








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              「書きとめ」


    ひゅー ひゅー ビュー ビュー しゅー

    シュロが あたまの葉を激しくふりみだした

    となりのやしは おおきな実をつぎつぎと投げ飛ばす

    となりのガジュマルが 根をあげた

    おお 風の大王様 なんと雄雄しい檄にあられることか

    御身こそ 島が待ち望んでいたお人ならん

    シュロや やしや ガジュマルどもよ みよあの方を

    ああ お熱いお方じゃ 心魂たぐいまれなおかたぞ

    なんという強さじゃ 間違いない 続けものども

    なにもできぬ のほほん大統領など 放っておけ

    われら一族は ただ風にのるままじゃ それだけじゃ

    みよあのご仁 なにもせず 風に振られるだけじゃ

    いつもそうじゃった 強い風にのることなどなかった

    われらを いつも退屈な日々に追いやっただけだ

    強い風に乗れ われらの一族が復興する機がきた

    進め 吹く風に遅れるな 後を追うだけでよい

    葉っぱどもが ひゅー ひゅー 風の後へ従った

    
    大統領 もう風は通り過ぎましたぜ 

    おお あつい陽だ あつい気だ 飯を食らおう

    おいしい飯だ ああ 冷たい水だ 変らぬ味だ

    あしたからまた シュロ やし ガジュマル を植えよう

    旦那 また退屈な日が続くんでやすかい

    みろ おれさまの吸う気は いつもだまっている

    でも なければだれもが あたふたするのさ

    吸ってるとき気がつかないだけよ 

    へえ そんなもんですかね 日常って 退屈なもんで

    あ みえましたぜ ドクロだ あいつらですぜ

    あわてるな はなせばわかる ブハブハ 

    おまえボートを出せ ブハ ブハ ハタハッハ

    へい ドン ガバチョさま わが統領さま

    ウシーッ はなみずめ ウシーッ

    ガバチョさま ズボンがまだで へい


                       ひようたん島便り


                       2012年12月18日夜








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              「書きとめ」


   底冷えがする。室内温度計に目をやると十六度だ。
  思ったほど寒くは無いのだな。お昼ごろ雨模様で過ぎたせい
  かもしれない。足先から腰まわりを、いつもの毛布でくるんで
  万端怠りなきように心がける。 コーヒーカップからゆっくりと
  湯気がたちのぼる。そろりと口につける。いつもより苦い。
  母はあしたまで短期滞在サービスにある。
  時間を金で買う。自由のわびしさよ。まあ一杯だけだ。

   きょうおぼえたこころの様 *1
  将来のこと等:・・・おのおの希望と平和の天空を新たに建て
     直さなければならぬ。・・・
  悲しむべきこと等:・・誤れる教育のために立派な青年をそこ
    なうもの、鑑賞の俗悪なために名画の価値を減ずるもの
    手際の悪い立派なお茶を全く浪費するもの・・・
  あるがまま:・・花をのみ待つらん人に山里の雪間の草の
            春を見せばや・・・

  すべてをおぼえるとき等: *2
   ・・・・継ぎ立ての切炭のぱちぱち鳴る音に耳を傾けている
   と、赤い火気が、囲われた灰の中で仄かに揺れている。
   ・・・自分はこの火の色に、始めて一日の暖味を覚えた。・・
   ・・・

  こけおどしのこと等: *3
   ・・・汝ノ富ミ栄エル間ハ友多カラン
      サレド陽ガ陰レバ孤独二ナラン・・・
  こうして名のある人々の言葉を並べれば、この通信さえなん
  となく、それらしき風にみえます。 しかして了。

  *1:「茶の本」岡倉覚三著 村岡 博訳(岩波文庫)
  *2:「夢十夜」の一篇 火鉢 夏目漱石作(岩波文庫)
  *3:「ドン・キホーテ」セルバンテス作 牛島信明訳(岩波文庫)

                    2012年12月17日丑三つ前








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              「書きとめ」


   どうやら土建国家の再来となるようだ。おしなべて口角沫を
  飛ばす人士の弁を聞けば、おおかた便乗型シャベルカーに
  似ている。この際である。この際箱を作り変えようとういう魂
  胆である。震災復興にかこつけて、あらたな街づくりといった
  構想と似た様相になっていく。本当にいま何が必要かは、こ
  れっぽちも語られない。経済の復興の名に被災者へさらに
  犠牲を強いることなど、しらぬ存ぜぬのごとし。 
   自国の明晰な言葉にある社会科学者の方が、指摘されて
  いたが、阪神淡路大震災における復興に名を借りた過剰な
  箱物づくりへ、どれだけ貴重な復興費が費やされて消えてし
  まったかと。一例でいえば、関西空港等である。
   本来なら、このあたりで自国の身の丈にあった経済活動へ
  変更しておかしくない時期を何度逃してしまうのか。まさか、
  国交省あたりでは、従来からの費用仕様あり方の復活の
  時機来ると喜んではいないだろうか。これは危惧のほんの一
  例にしか過ぎない。震災復興費用、費用予算の分配を、よく
  よく注視、吟味してゆかなければ、自国糞尿譚物語が大手を
  振ってのさばるだけだ。
   避難地域の一部解除があったそうだ。帰りたい人々の心内
  を思えば、いいことのようにも考えられる。だが、国の示した
  基準など、世界基準を上回っているそうではないか。
   また、このところ、研究者のなかには、声高々に、放射能へ
  向かって帰れ、危険などない、脱原発など国を惑わす革命だ
  とか何とか喧伝しているそうだ。くわえて、米国から引き継い
  だ放影研なる調査機関が、なにを思ったか、ひごろダンマリ
  をちょっとだけ開けて、黒い雨の影響なそれほどのことでなく
  他所と同様のえいきょうしかないとのご託宣があった。原爆
  投下があってからどのくらいの時間がすぎたというのだろう
  か。しかも、肝心の書類は、高濃度の放射能に対するもので
  ある故、公表はできかねぬとかなんとかと、言ったものだ。
  この機関の成り立ち等、昨年TVの特集番組(あるいは今年
  であったかもしれません)で確認しているので、なるほどと思
  ったところであった。

   蔑視のことばにどっぷりと浸かった御仁が、沫を飛ばしてい
  た。これなど、まつりに従事する者でもなんでもなく、単なる
  気分でそのときどきの感情を羅列して、自己満足にあるだけ
  のさびしい姿であった。もう十年以上前になるが、御仁が当
  県を訪れた際、ある若い地元記者の質問に、意味もなく切れ
  て、そのまま都の田舎へとんぼ返りしたことがあった。
   こうした手合いが、勝手気ままにまつりを執り行うと、自国
  民度の行き着く先が取り返しのつかない危いものへと向かう
  ことになる。

   こんご、ますます言葉に従事する人々のペンの責任が重大
  になっていく時期にはいった。むかしの右ならへと一様に流
  れるか、しっかりとした理にかなったペンを保持するか、大き
  な岐路にあるといえる。

                        2012年12月15日

  メモ1 音楽家のつぶやき

 ・田園交響曲は絵画ではない。田園での喜びが人の心によびおこすいろいろな
  感じが現わされており、それにともなって田園生活のいくつかの感情がえがか
  れている。

 ・沈黙を学べ、ああ、わが友よ! 言葉は銀にも等しい、だが時にかなった沈黙
  は純金だ。


 ・運命は耐え忍ぶ勇気を人間にあたえる。

 ・柔よく剛を制す。   ・憎しみは、憎んだ人自身のうえにふりかかってくる。

 ・農場、そこでおまえはみじめな境遇からのがれる。

 ・他人の忠告に従ってよいことはきわめて稀である。一つの事柄をよく考え抜い
  た上では、だれが当人以上にすべての事情をもっと具体的に考え得られよう
  か?!

 ・名誉のために生死を省みず、名誉ある生死を願った。そういうスパルタ人は死
  んでいない。

 ・多くきき、少なく語れ。   ・静穏と自由は最大の冨だ。

 ・われわれの遊星のうえに人間の意識が生まれてから五千八百十八年たつ。

 ・内心の平和への精神の傾向は、すべてに立ちまさって強い・・・・・勝利!

 *:べートーヴェン 「音楽ノート」小松雄一郎訳編(岩波文庫)より引用。


  メモ2 独り  
    人は過去の歴史に、厳しく向かい、深く学ぶべきこと
   だと思います。 かって、自国が維新を経て、富国強兵への道
   をひたすら邁進し続け、その挙句が多くの国々を巻き込んだ
   悲惨な戦災結果をもたらしました。 そして時間が経ち、いま、
   あらためて歴史事実の現象を見つめる良い機会でもあると考
   えます。 人は武器が有ると何かしらある高揚する感情すら持
   つようです。報じられています米国における銃乱射事件等典型
   的な武器の害悪を示しています。武器が悪いのではなく、使う
   人間が悪いのだとの詭弁があたり前のごとく通ります。これが
   国家という主体が保持すると、それが強力、さらに経済発展に
   裏付けられたそれであるとき、時として地域社会への脅威とし
   て、その力を陰に陽に誇示したがるものです。かっての自国が
   欧米列強の帝国主義へ倣い、他国の意に反して進出してきた
   ことも、当時としての武力の背景があればこそでした。
    時が変わり、色々と主張はあるでしょうが、隣国の海洋覇権
   主義の言葉が、帝国主義と一致するかのようなこのところの
   尖閣、東南アジアにおける動きにあります。一方、自国では
   従来からですが、アカ、社会主義、組合運動など悪とされ続け
   ておる中で、自国に根強く残る偏狭な国体主義が頭をもたげ、
   今では、堂々と表へ出て我が物顔といった世情となってしまい
   ました。こうした動きにあって、相変らずの力対力の構図では
   外交等あってなきが如き熱風に押し倒されます。
    中華思想が心の思想として、世界へその文化を広げてきた
   ことは誰も知っています。しかし、今の動きはどうかすると、影
   境力の持って行きかたを誤っていると、おぼえます。
   いまの動きは、かっての自国の腕力を背にした覇権行動に
   通じるものでしかありません。 歴史を学ぶ意味がここらあた
   りにあります。侵した方と侵された側では、その言い分に多く
   の違い、こだわりがあることです。 いまの中国及び自国の
   政治家の年齢を思えば、みな戦後生まれが主体です。また
   それぞれの国策として教育の仕方、教えの中心点など大分
   異なることは理解できます。 だが、両国は近い隣国にあり
   ます。 中国、自国政府は、先ずは話し合いの場を持つこと
   が重要です。つまらぬ見栄など人々の友好の前では小さな
   事柄です。是非、両国とも、この地球はたった二国のもので
   はけっしてないと、大きな目を取り戻すことです。
    けっして、愚かなささいな事柄から、再び下劣な争いが
   勃発するのを防ぐ義務があります。繰り返しますが、この地球
   は当事国だけのものではありません。生まれて死ぬ。たった
   この点で結ばれているにしか過ぎない果かない人間同士で
   はありませんか。 両国が、紛争の解決には、こういった仕方
   もあるのだと言うことを、世界の人々へ範を垂れてもらいたい。
   
       心よりいず、願わくば再び心に至らんことを。
     

      『帝国主義』に序す

 ・人類の歴史はその始めより終わりに至るまで信仰と腕力との競争史なり、或

  時は信仰、腕力を制し、また或時は腕力信仰を制す、ピラトがキリストを十字

  架に釘付けし時は腕力が信仰に勝ちし時なり、ミランの監督アムボロースが

  帝王シオドシアスに懺悔を命ぜし時は信仰が腕力に勝ちし時なり、信仰、腕

  力を制する時に世に光明あり、腕力、信仰を圧する時に世は暗黒なり、而して

  今は腕力再び信仰を制する暗黒時代なり。 朝に一人の哲学者ありて宇宙の

  調和を講ずるなきに、陸には十三師団の兵ありて剣戟至るところに燦然たり、

  野には一人の詩人ありて民の憂愁をいやすなきに、海には二十六万頓の戦

  艦ありて洋上事なきに鯨波を揚ぐ、家庭の紊乱その極みに達し、父子相怨み

  、兄弟鬩ぎ、姑せき相侮るの時に当て、外に対ては東海の桜国、世界の君子

  国をもって誇る、帝国主義とは実にかくの如きものなり。・・・・・・・・・・

  ・・君は基督信者ならざるも、世のいわゆる愛国心なるものを憎むこと甚だし、

  君はかって自由国に遊びしことなきも真面目な社会主義者なり、余は君の

  如き士を友として有つを名誉とし、ここにこの独創的著述を世に紹介するの
 
  栄誉に与かりしを謝す。

                明治三十四年四月十一日      内村鑑三

  第一章 緒言より。

 ○盛んなるかないわゆる帝国主義の流行や、勢い燎原の火の如く然り。世界

  万邦皆膝下に承伏し、これを賛美し崇拝し奉持せざるなし。

 ○見よ英国の朝野は挙げてこれが信徒たり、独逸の好戦皇帝は盛んにこれを

  鼓吹せり、露国は固よりこれをもってその伝来の政策と称せらる、而して仏や

  墺や伊や、また頗るこれを喜ぶ、かの米国の如きすら近来甚だこれを学ばん

  とするに似たり。而して我日本に至っても、日清戦争役の大勝以来、上下これ

  に向かって熱狂する、汗馬のくびきを脱するが如し。

 ○昔者平時忠誇て曰く、平氏にあらざるは者は人にあらずと、今の時において

  帝国主義を奉持せざる者は、殆ど政事家にして政事家にあらず、国家にして

  国家にあらざるの観あり。彼それ果たして何の徳あり、何の力あり、何の貴重

  すべきあって、その流行の能くかくの如きを致せるや。

 ○けだし国家経営の目的は、社会永遠の進歩にあり、人類全般の福利にあり。

  然り単に現在の繁栄にあらずして永遠の進歩にあり、単に少数階級の権勢に

  あらずして全般の福利にあり。而して今の国家と政事家が奉持せる帝国主義

  なる者は、吾人のためにいくばくか這箇の進歩に資せんとするか、いくばくか

  這箇の福利を与えんとするか。

 ○我は信ず、社会の進歩は、その基礎必ずや真正科学的智識に待たざるべか

  らず、人類の福利は、その源泉必ずや真正文明的道徳に帰せざるべからず。

  而してその理想は必ずや自由と正義にあらざるべからず。その極至は必ずや

  博愛と平等にあらざるべからず。それ古今東西、能くこれに順う者は栄う、松

  柏の凋むに後るるが如く、これに逆う者は亡ぶ、春の夜の夢の如し。かの帝

  国主義の政策にして、果たしてこの基礎源泉を有して、而してこの理想極至に

  向かって進む者ならしめんか、この主義や実に社会人類のために天国の福

  音なり、我は喜んでこれがために執鞭の士たるを甘んぜん。

 ○しかれどももし不幸にして、帝国主義の勃興流行するゆえんの者は、科学的

  智識にあらずして迷信なり、文明道義にあらずして教熱なり、自由、正義、博

  愛、平等にあらずして、圧制、邪曲、頑陋、争闘なりしとせよ。而して仮にこれ

  らの劣情悪徳が、精神的に物質的に、世界万邦を支配することかくの如きに

  してやまずとせよ、その害毒の横流するところ、深く寒心すべきにあらずや。

 ○ああ帝国主義、汝が流行の勢力は、我二十世紀の天地をもって、寂光の

  浄土を現ぜんとするか、無間の地獄に堕せんとするか。進歩か、腐敗か、福

  利か、災禍か、天使か、悪魔か。その真相実質の如何を研究するは、我二十

  世紀の経営に任ずる士人にあって、焦頭爛額(緊急の課題への没頭)の急務

  にあらずや。これ後進の不才自らはからず、敢えてどうどうのやむなきゆえ

  なり。(くりかえしていう次第です)。         

 *:幸徳秋水著「帝国主義」山泉 進 校注(岩波文庫)より引用

                            注( ):HP管理者の振りです。

  








  
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              「書きとめ」


   今年は例年より寒いと、人が言う。そのとおりだと感じる。
  先日は、北海道で節電要請があったとのこと。こうした話を
  聞くと、大げさなとおぼえる。我が家では、夏も冬も冷暖房を
  使うことはほとんど無い。もっとも彼の地とこの地の寒暖の差
  は比較にもならないとわかっているが、一般的に要請される
  節約への、いわば公的官民強制への腹の虫が治まらぬと、
  言った次第である。井上ひさしさんの得意節でもないが、ク
  −ルビズムはあたしが元祖といった思いと一緒で、節約は
  我が家が本家本元と思っている。 貧すれば鈍するという
  が、わが頭はまだ大丈夫のようである。 夕飯をすませ、
  母をとこへ休ませ、毛布を五枚重ね、目薬を点してやり、一
  日の段取りが終わった。あとは、小さな机に向かい、足元を
  半分に切った毛布で覆い、夜の帳と言葉を交す。アルコール
  は、止めてだいぶ日が経ったせいか、つい呑もうといった気
  は、あまりおこらなくなった。でも、このごろコーヒーを朝昼晩
  一杯、欠かさなくなった。ブラックの一杯だが、これがとても
  おいしい。そして沖縄飴と銘打った飴を一つなめる。ささやか
  なシアワセをおぼえる一時だ。 それでも、このところ物悲し
  い気分におおわれる。なぜだろうと思うが、どうしょうもない
  と、思いを振り払うだけだ。 
   通信ニュースによれば、田舎都で、欽定憲法の復活請願
  が提出されているとのことであった。愚かしいことだ、と思っ
  ても、法の順守概念さえ失った議員連中に、いまさら言って
  も馬の耳に念仏だろう。地方の田舎でも、党の先生達が、
  変える、取り戻すと、いやに猛々しい。 今朝の朝刊で、元
  保守政治家が、この動きの危さを話されていた。気づいた時
  には取り返しがつかなくなっていると。 確かな目にある人
  は多い。でも全体のなかでは、少数に伍するしかない。
   あの東西田舎都でこれまでおこなってきた、まつり世話役
  選出の事実をみれば、どうしてと思うほうが、おかしいのだと
  気づかされる。かなしいことだが、これがこれまでの現実に
  ある。それとこれとは関連などないのだろうが、隣の民と土地
  を我が物顔にするまつりにある国が、迷惑な弾道を打ち上げ
  てみせた。それに対する元何がしという御仁連中が、軍事専
  門家よろしく公共放送の画面に露出する機会が多くなった。
  これも、きせい事実が、表であたり前になった、人も知らず
  慣れてきた、あるいは馴らされたといえる現象の一つだろう。
   それにしても寒い夜だ。夕方、六度と報じていたから、いま
  の時刻では、すでに五度を割っているかもしれない。
   武満徹さんの曲を聴いた。頭から背骨にツーット芯が通っ
  た気がした。音が言葉になる直前で止まっていた。解説によ
  れば、桑の木でできた薩摩琵琶とスゲのバチだそうだ。尺八
  と交差して音を語っていた。むかし見た映画を思い出す。
  シベリウスのバイオリン弾き手に感心した。 解説者が弦の
  ノビの柔軟さを話されていた。素人にもわかる素晴らしい音
  だ。
   用を足した。星が凍てついていた。寒いことは寒い。
  雪の降る街を思う。いい歌だ。詩もよかった。特攻隊で待機
  されていて、敗戦後、動乱前後に書かれた曲だ。歌と詩に
  は、当時の若い人のなんともいえぬ物悲しさがただよってい
  る。不思議と今の時世に合う感がする。零れ落ちそうないま
  ある命を手で大事にすくいあげ温かくみまもり、いのる。
   アダモの雪は降る あなたは来ない も良い歌だ。
  前者が、こころの詩とすれば、後者は身近な悲歌だ。
  どちらも溶けることをしっていて歌う。しゃんそんだ。
  戦後、加藤周一さんが、定型詩等へ挑まれていたころ書か
  れた 花でも見よう という歌があります。どことなく切なく
  醒めた目で時の移ろいを歌われます。
   なんとなく、モヤが晴れそうだが、すぐにおおわれてしまう。
  カフカがカタツムリに閉じこもる思いを、つくづくと思わされる
  今日この頃となった。
   加藤周一さんが、生前、会で話された言葉。(*)

  「代議制民主主義とは意見が分かれているときには、仮に
   多数派に従って行動しょうという約束なのです。その約束
   の中に多数派が正しいということは入っていない。・・・」

  「民主主義の最大の悪は多数派の専制である・・」

  (*)引用の言葉:「羊の歌」、「私にとっての20世紀」 岩波書店

   あなたもコーヒーいかがですか。

                      2012年12月12日








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              「書きとめ」


   この前、米国の学者が、人類は数千年前にくらべて退歩し
  つつあるようだとの趣旨にある話が媒体にあった。
  進歩など、二歩いって一歩さがる道すがらにあるようだから
  かならずしも退歩とはいえないだろう。しかし、当の世の流れ
  をつぶさに見つめれば、人の心のありようは、昔の時間の移
  り変わりと変わらぬようだ。目先の文明の進展は、進歩の言
  葉に包まれるのだろうが、心の様はいつも同じところを行き
  つ戻りつのまにまにある。そういった意味あいで、知の根もと
  では退歩とまでいえなくても進歩は見られないということだ。
   数千年前といえば、自国では、縄文時代にある時期だ。
  まだ狩猟等にその胃袋を任せていた時代だと、後の我々は
  知らされている。米国の学者は、人類が狩猟から地域に定
  着した経済仕組みに変わって、人々に退歩が表れ始めたと
  おおまかに指摘していた。こころのありようはどうだろうか。
  弥生時代に入った時期から、世界歴史基準である紀元号が
  始る頃は、所謂、人の知の活動が最大の時期にあったと、
  いえる。隣国始め、印度地域、ギリシャ地域、ペルシャ地域、
  ローマ地域等を思えば、宗教、哲学、科学等が原始胎動に
  あり、それぞれ基礎が確立されていく時間帯にあったといえ
  ます。 文明の進展は、目に見える前の成果を基に後が続
  いていく。一方文化は、どちらかといえば可視的ではない。
  さらに特定思考を体得することは、個々自身がいつも捉え
  ていかなければればならない、といった不確かさがある。
  それゆえ、後代にいたっても、原始体験が根源的に把握さ
  れにくいと、いえます。考える力はあなた任せでは、まず育ち
  にくいということです。そこで、ブンカには、原始と似ても似つ
  かぬ教えが蔓延る要因になる。それが日常における生活
  判断、世情感受性において、原始がよしとしてきた思考に
  あれば、さほど人間は過誤を繰り返さぬはずですが、時間
  の巧妙な隠れた目くらましでもある忘却という、すぐれた、
  しかも哀しい命の生理作用の前に、あっけなく過誤を記憶
  から遠ざけるたいした淘汰感情にしらず犯されます。
  語弊があるかもしれませんが、日常の生活が大いなる手
  の妙味のなかでとらえられ、時間の移ろいなど忘れたかの
  ごときいつまでも今があると思う意識に陥っているといえま
  す。簡単に言えば、ゲンジツ的に生きましょうと、いうことで
  す。 
   狩猟がいいか定住がよいか。
  獲物を仕留めて獲る、利を奪って盗る。
  定住して考えて生活を立てていく。利は収穫してとる。
   いたるところに獲物を追っかける。
   荒地を耕す。
   弱肉強食か富の分配か。
  これは、例の学者の意見ではありません。進歩と退歩の言
  葉を考えただけです。

   FMで、ローマからローマに展開される交響詩を聴いた。
  金管のもう一つの響きをしった。音は言葉を話さぬからいい。
  夕方の地震があった後、団員は普段どうり演奏練習に励んで
  いたそうだ。 ちいさな津波で終わってよかった。
  
   あすは、日米開戦の日だ。七十一年が経った。
   道元が、お釈迦さんの大悟した日と記した。
  忘れてならぬモノは、忘れてはならない。はかないいのちだ。

                        2012年12月7日


          <こぼれ話>
 
 ・あるがまま 有頂天にあらず 空を身につけることなり 

 ・現代語で檄する復古語に気をつけろ

 







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              「書きとめ」


   自由の獲得は厳しい。ささやかな黙考にはいった途端、
  看護婦さん、看護婦さんと、母が人を呼ぶ。
  うんと、一呼吸して、ズボンをさげたまま、お袋の薀蓄の場に
  駆けつける。母はこちらのあらぬ姿を見て理解したのか、面
  を軽くうなずく。わかったね、と目で合図して、わが自由の席
  へと戻る。席は、もう温もりが消え去り、そろりそろりと冷たい
  場所へ尻をおろす。脈絡の無い考えに戻ろうとするが、今度
  は、本モノが出てきた。自由があっけなく消え去った。

   触れ太鼓がなった。いろいろな音色が飛び散った。
  音をよーく聴けば、その上っ面の百面相とは異なり、根っこ
  の基が同じものが多い。この数の勢いからいけば、自在の
  心はひとたまりもない。百面相を剥げば、どいつもこいつも、
  単一面だったとは、面黒い。自在あればこその面相だ。
  単一型枠は、いのちに馴染まない。
   喧嘩囃子とヒョットコ囃子。どちらが豊穣にあるやなしや。
  いまだ思いが、温故知新ならぬ温故無知にとどまるは、これ
  旧弊という。とり戻すは虚仮脅しの面にあらず、自在の面な
  り。自在とは型枠無しを基とするなり。これいのちと同じなり。
  無あればこそ、人在しるべし。しかして命おろそかにすべ
  からず。和をもって在となすべし。 花の極意なり。

   護る。護るのではない。活かすである。
  いまこそ旬と、亡き人はいった。和は活かすもの、活かされ
  るものである。活かされてこそのいのちである。
  自由はまもるものではない。つねに勝ち取るものだ。
  多くの血が流されて、いま和がある。
   こざかしい知が、あちこちと散った血を喧嘩太鼓で奉りあ
  げ、胡散臭い時間をとり戻そうと喧しい。

   無常ならばこその和である。自在である。自由である。
   一輪の花ならん。

                        2012年12月4日

  メモ:花
               
               
日本国憲法

  日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらと
 われらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって
 自由のもたらす恵沢を確保し、
政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こる
 こと
のないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、
 この憲法を確定する。

  そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に
 由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享
 受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものであ
 る。
われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深
 く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの
 安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫
 と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地
 位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免か
 れ、平和うちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならな
 いのであって、
政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふこと
 は、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信
 ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達
 成することを誓ふ。




 
 
    <こぼれ話>
 
 ・現代語で檄する復古語に気をつけろ
 








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              「書きとめ」


   岩手の漁業従事者の方が、脱政治家の意識で政治を考え
  るようになった、との伝があった。以前のようにあなた任せの
  態度は良しとしない思いである。仲間と、これまでと違った互
  助会的組織で再出発へ始動し始めたとのことであった。
  震災をきっかけに、政治の動きと、政治家の態度への見方
  が変わらざるを得なかったようだ。個々人が、世情の変化へ
  それぞれの目でしっかりと、その実体をしることはいいこと
  だ。すくなくとも何がいいことで、なにが人々にとって良い結
  果につながっていくのかを、個人自身が模索するなかに、
  不確かななかにも、希望の言葉がいきてくる。
   一方では、相変らずの団体組織のままにあるところもある。
  旧来党であるが、あの党は断固自由化を阻止するはずだと、
  実のところ何の内省も見られずに、団体を導く動きに終始す
  る。ムシロを上げる方向を見出す努力をせぬまま、おらが町
  、おらが村の先生さまと、すこしの進歩も見られぬ。個々の
  組合員自身は、様々な思いがあるであろうが、毎度同じで
  は、あなた任せのまつりは少しも改善しないだろう。補助金
  が増えたところで、政策実態が中身から変化しなければ、
  元の木阿弥です。組合員に依存する団体管理組織の保守
  にしかなりません。 岩手の目をつかみたいものです。
   

   よういう輩である。
   陽の季節を首長へ。 とんでもはっぷんだ。 
    単式は望めど複式ならず 短気は自国の損気

   最低賃金を撤廃しろ。 なにを寝言いうや。
    企業のほくそ笑み万歳  派遣労働者万歳 
   
   社会保障撤廃だ。 どうしょうもないおさなごだ。
    自己責任万歳  茶会到来万歳

   できないなら作ればいいじゃ。 おれ様が法律だ。
    ぶっ壊し万歳  ひとりよがり万歳

   
   寒い一日だった。
                          2012年12月2日








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              「書きとめ」


   いてがんそ。母がいう。 まだ便がこびりついているよ。
  もう一度お尻を拭いてやった。つよく拭きすぎたようだ。
  いつもは、母が自分で尻を拭うのだが、きょうは便が尻ま
  わりにまだこびりついていた。ズボンをはかせる前に、しっ
  かりと拭ってやった。 お尻まわりから背骨にかけて、肌が
  くろぐろとなっている。齢のあゆみと、寝返りが以前よりしに
  くくなってきた性だろう。顔、胸、腕、足などは、年の割りに
  肌艶がよい。もっとも、老齢による班は、先刻来、自分の位
  置を占めている。これなど、息子も同様だ。
   このごろ、二人していつまで道行きできるのだろうと、
  思うときがある。天の館へ入るにも、ただではいれぬよう
  だ。姥捨て山があれば、二人で暮らしたいと、思う日々で
  ある。
          
                        2012年11月27日

    
    
    メモ:詠歌
                えれじー

    むかしむかしばかのひとつおぼえのおのこがいた

    おのこのとくいはひとをばかとよびつけることであった

    おのこのわからないものがたり

    おのこのきらいなものがたり

    おのこにいけんをいうものがたり

    おのこはみっつのものがたりをよんでは 

    はは ばかやろう ばかなやつらだ

    と かおをくしゃくしゃにしてばかよろこびにあった

    なんだこのものがたり ばかにつけるくすりはないな

    ははは とよろこんでいたそうだ 

    あるとき わかものがでしいりしたいといったそうだ

    おまえ あのものがたりをどうおもう

    はい ばかなものがたりだとおもいます

    なぜそうおもう

    はい ばかはしななきゃなおらないからです

    そうか ところでなぜでしいりしたい

    ろうしのばかものがたりにかんどうしております

    おれのばかものがたり

    とんでもございません みっつのものがたりでございます

    うーんばかとはさみはつかいようだな よし

    ありがとうございます あいつらはばかなやつらです

    ばかのひとつおぼえのふたりは

    いつもひとをばかとよんでばかよろこびにあったそうな

    おのこがしんだ だびにふされたそうだ

    ひとびとはおどろいた 

    やかれたからだがたちあがったそうな

    バッカーッと せがまえにおれまがった

    ひとびとはかんしんしたものだ

    ばかはしんでもなおらない

    らいはい









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              「書きとめ」


    うす雲に滲んだ陽がのぞく。さっそく、溜まった洗濯物を竿
  に干す。弱い日ざしでも、雲にさえぎられた陽よりは良い。
  母の毛布等も、ついでに欄干にならべた。
  じわーっとした暖かさが伝わってくる。あたたかい陽だ。
  あれやこれやといってみても、誕生時からすでに限られた
  環境にある生きとし生けるものである。陽を友とし、風を仲間
  とし、雨水を恵みとし、海を母としてきた。環境の怒りには、
  自然のなかの弱い生き物として自覚するのみ。治まれば、
  何も無かったごとく、いのちに生きる。生命の逞しさと忘却の
  逞しさが、いまを花としてたどる。 一日は一年の如く一年は
  一日の如くである。 まつりごと成りては朽ち果て、また起こ
  す。あたらしきまつり良い辿りあれば、いのち良きこと多し。
  あしければ、いのち止め刺す。 自然の息を、一握りの意思
  が束ねば、いのち生きず活かされず。活性と謂うも、いのち
  木偶とならんか。 人知隠れ仁知ますます沈むなり。

                          2012年11月24日








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              「書きとめ」


    麻生政権末期の様相に似た政情にある。
   あのときの自民離れの議員連中は、凸凹何がしと言った
   新党を立ち上げ、なかにはどうかすれば、追い風にあった
   民主党と組もうという向きもあった。 いまじゃ場面が変わり
   民主党からの離脱が活況を呈している。竹の子先人等は、
   いま躍動の渦巻き党へ、にじり寄り、大同団結への足音が
   高鳴る。小異を捨て大同へとの意とは程遠い似たもの同士
   の集いと相成った。是大同小異と謂うなり。
    まさしく群貧割拠の模様となった。そのこころは、復古。
   キーワードは、遥拝礼短気主義。解けば、小ぶりの政府、
   腕力強化、中途切捨て、茶会主義同盟也。

      照る日少なし 北風強し 浪 人いざなう 
    
             枯れ葉舞う蛮習の日  2012年11月16日








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              「書きとめ」


   班の世話役の方が、明日15日高齢者食事サービスとして
  夕食に間に合うように、食事届けますと見えた。 
  ありがとうございます。厚かましく二人分でしょうかと、たずね
  ると、八十歳以上の方だけですとのことであった。
  少々恥ずかしかったが、ああどうもといって、わざわざありが
  とうございますと、二度感謝の意をそえた。 でも、あしたの母
  の夕飯の具の心配はなくならない。肉類中心なら問題ないが
  と、思いつつ、万が一を考えて、母のおかずはいつものように
  準備することにした。 

   昨日の記事に、全農が、TPP交渉参加について、各政党
  へ、その意向如何を問うとあった。組織の胸中は、100%
  と分かるが、そうした圧力は止めたほうが賢明だ。意思表示
  するのなら、全国各地でデモ、集会等で訴える方が筋が通
  る。各党が、表向き交渉参加反対と回答したところで、その
  底意はけっして正体を表さないだろう。選挙の時だけの反対
  等、自国政治家の一連の動きをみれば、一目瞭然だ。
   国という名にある政治家は、十年もすればころりと主張を
  変えますと、亡くなった井上ひさしさんが、話されていた。
  いまでは、十年ならず、今日の明日変じるなど日常茶飯に
  あります。それほど、国民への裏切りが、常態化ていると言
  えます。 全農、経済連を始め、その下部組織は、自ら環境
  変化への確りとした意識改革が、深刻な課題になって久しい
  ということを、なによりも思い出さなければならいないはずで
  す。 水田、林業等が国土保全のための重要な位置を占め
  ていることは、明らかです。そうした声は、もう随分と前から
  高らかに上げられています。しかし、どうしたらその意味合を
  十分に分かってもらえるか、またどうしたら各地の地域で農
  村の過疎化に対する課題について活発な考え、声が上がっ
  ては尻すぼみを繰り返すのか、といったことへのはっきりと
  した危機感、検証、啓発、そして反省が足りなかったといえ
  ます。各地では、それぞれ様々な努力が行われてもいます。
  しかし、残念ながらそうした行動が、全国的な動きとして機能
  していないと思えます。なぜか。そこには地域全体を含めた
  行動の底上げが不足しているからです。たかが、選挙の時
  だけに俄か農民の味方みたいな行動にある国会議員など
  論外です。 農、工、商、田舎と町、地域と都市との関係作り
  の方策へ真剣な取り組みが必要です。地域全体ともどもが、
  活性化する道を、早急に図面化することです。
   だいぶ前、診断士としての実地研修で、指導教授から、
  都市と田舎を関係づける方策、例えばエコツーリズムといっ
  た一つの手段などを学びました。思ったほどその活動は伸び
  ていないようですが、そうした関係性組み入れも、地域全体
  が活性化する一つの方策になります。農家だけ、商工だけ、
  行政だけ、といった単位だけでは、都市と田舎の自発的発展
  は望めません。そして、なによりも当事者自身の内外環境へ
  の常日頃の勉強、情報収集が必要です。あなたまかせ、従
  来の補助金、交付金だより、代議士先生なる人士達への期
  待など外に置くべきです。 農林水産業は、国の生業です。
  国の明確な産業としての認識はもちろんですが、地域当事
  者の積極的な商い戦略が一番です。そのための学習です。
  なぜTPPへ反対するのか、なぜこうした行動へ出るのか、
  多くの人々を納得させる意味でも確りとした根拠が要ります。
   昨夜、NHKのクローズアップ現代で、自国林業の存立如
  何について特集がありました。とても参考になるものでした。
  独国における林業の都市化産業への脱皮、雇用の創出、
  地域ぐるみの産業興しへの過程など、自国が学ぶべきこと
  を伝えていました。なにより、一次産業といった既成概念で
  林業を捉えるのではなく、一つの工業としての発展過程へ
  歩みだしている現状を教えていました。
   自国でも、そうした優れた考え方を、示唆されている方が
  います。宮本憲吉さんです。宮本さんの話で、先進国の条件
  は農産物の自給率が高いことにあると、いわれます。
  仏国、伊国では、100%以上、英国では70%以上とのこと
  です。しかも、自給率の高い国では、農業が都市農業として
  定着していると話される。また、TPPにまつわり、開国という
  言葉が盛んに言われているが、自国はすでに十分開国して
  いるとも、指摘される。関税など世界では、トータルで低い方
  に入ると。自国の農産物自給率は、いまおよそ40%しかな
  いという意味を、よく考えることでしょう。 そのほか、ために
  なる考え方など、多くの示唆に富んだ話をされています。 
   例えば、原発の技術未完のままに稼動している現実を目に
  して、科学研究における開発とリスクのバランスを確りと捉え
  ることの必要性を、リスクを確率でとらえる脆さ、危さと対比
  しながら話されています。科学という名の下では詭弁は通用
  しないという姿勢です。
   話が飛び飛びしましたが、事は良く辿れば、けっして乖離し
  たものではないと考えています。そこには一つに糸がつなが
  っています。人間復興という骨太の糸があります。
   農家の皆さん、全農関係の皆さん、経済連関係の皆さん、
  是非、下記(*)にしるしました、HPから、宮本憲吉さんの話
  を聞いて、農業再生の道への図面作成のヒントにされたらと
  思います。けっして特定ドグマ、主義主張の話ではありません。

                         2012年11月14日

 (*)2012年3月10日講演。
    2012年6月4日映像記録 映像ドキュメントより
   http://www.eizoudocument.com/0636miyamotokenichi.html 







    
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              「書きとめ」


    人が原始のままにあれば、一番いいことかもしれない。
   しかし、例えば、こうしてキーを打ち、言葉を記し、わざわざ
   命の哀しささえ誰に語るともなく文を綴る。人が言葉で想
   い、感情さえそこはかとなく表現し、読んでもらうことを前提
   に喜怒哀楽を心のうちで葛藤し、その千切れそうな思いの
   襞さえ見せる状態とはなんだろう。しかも、そのどこまで降
   りても深みにとどかぬ心の様を、その人の生活の糧とする
   文章家のペンとは。 
    かなしみを演じる役者と同じと言える。悲しみさえ生きる
   手段、売り物、生活手段となるのだ。でも、原始の世にあっ
   ても、人々は感情を表してきた。洞くつに描かれた動物の
   姿態、人の狩の様など、あとへ続く者に伝えている。すこし
   開けた時代になると、木片等へ歌が刻まれる。歴史さえ記
   す。近くになると印刷技術等の発展によって、一層人々の
   思いが歌われるようになってきた。 
   発展という言葉を知ることができる。思考の広がり、物事の
   判断基準、社会生活の進展。文明と文化の誕生の軌跡だ
   と知らされる。なりより、人が思考する力を、環境に適応す
   ることで、他の生きものより優れた対応力を持っていた、と
   いえる。生活の卑近的手段から、社会秩序のありかた等
   への様々な課題への挑戦、克服する力へと、言葉を伸ばし
   てきたと言える。 いまでも、一方の目からみれば、まだ未
   開の時間にあると思えることがある。でも、これなど相対的
   な時間差にしかすぎないだろう。人から考える力が無くなら
   ない限り、そこの時間も時の経過という淘汰を経て、開明
   へと向かうことになる。その間、多くの命の盛衰と時が経つ
   ことは、しかたがない。だが、その流れをすこしでも早める
   ことは可能だ。いま、人々があり、こうして言葉にすることが
   できるのは、思考の進展があればこそである。たとえ遅々
   とした流れにあるとしても、過去から受け継いできた言葉が
   抹殺されぬ限り、人々は不明から脱け出すことは出来る。
    希望という言葉、理想という言葉は、即物的言葉ではな
   い。人の時間の破壊と生成の時間の重みに耐えて、確りと
   根付いている言葉だ。 生きものの時間は短い。でも、人々
   は、試行錯誤の時間のなかで、発展している。後退の時間
   が、人々を襲い、侵す環境は、人の思考が停止したときに
   しばしば起こる。 現実という言葉が、理想を蔑ろにする時
   間は、後退の時間を志向するときだ。そこでは、過去から
   引き継いできた言葉は消え失せ、克服してきた時間の再来
   となる。革める、改革の言葉は、進展、発展と同じ意だ。
   けっして過去へ回帰するものではない。維新という言葉は
   命が改まるということだ。人が陥った誤れる判断基準、社
   会規範を、思考の発展へとつなげることだ。
    歴史を傀儡とする言葉面は、維新の言葉の意に程遠い。
   近い時間の維新でさえ、その時間帯における志士の理想
   が、時代を動かした。旧弊からの発展だ。あとの時間に在
   る者は、そこから更に一段と開明された言葉を持たなけれ
   ばならないだろう。ちなみに当時の彼らは、名も無き孤立
   無援の下級武士が主体だ。過去の時間を肌で感じ、言葉
   で憶えぬ者が、どうして現実を語りえよう。
    浅薄な現実に留まる策は、過去の古色蒼然たる時間へ
   辿る道に他ならない。温故知新は、知る力の進展を目指す
   ものに他ならない。古き時間を捉え、いわんとした当時の
   リソウを確りと保持して歩む。現実の言葉へ隠れることなく、
   どうどうと世界へ向かって理想の言葉を語ることだ。それ
   こそ本来の古さを知り得た現実の言葉だろう。
    

                      2012年11月12日


      





      
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              「書きとめ」


    いつものとおり、母が、二泊三日のショートステイへ行っ
   た。この週末短期サービスの間は、自分にとって、魚を摂
   取する日と決めている。肉食系にある母が、平日ディサー
   ビスをうける日々の我が夕餉は、牛、豚、鶏が皿をにぎわ
   す。 母に悪いが、あした土曜日だと思うと、なんとなく嬉し
   くなってくる始末だ。胃袋の欲求不満の解消といったところ
   である。 お昼の後、スーパー店で夕食と、あすのお昼の
   具材を買った。さばのみりん干と、子持ちししゃもだ。値引
   対象品であったせいもあるが、締めて三百二十八円だっ
   た。昨夜は、母としばしの別れの晩餐用に、牛肉二百五
   十グラムぐらいの品を二切れ買った。こちらは半額の値引
   き品であったので、地元キュウリ六個入り百二十円と合わ
   せて、五百五十一円ですんだ。 帰ってから原産地を見る
   と、魚はどちらも中国産、牛肉は豪州産であった。
    価格の安いことは、手許不如意の者に財布養生となり
   ありがいたいことだ。 日々事実が積み重なると、何かひ
   っかかる思いも、慣れてくるようだ。

    鹿児島で過ごしていたとき、母の親戚にあたるところで
   仕事させてもらっていた。業種は、種苗、園芸資材、農薬
   等の卸、小売が主体で、被覆資材等の加工も郡部の自社
   工場でおこなっていた。現在、会社は既に清算してない。
   清算といっても、言葉とおりの清算で、律儀な社長は、些
   細なことまで、しっかりと会社債権者へ債務を弁済し、残
   余会社財産は、株主等へほぼ平等に清算されて店を閉じ
   られた。それに比べて、自分は多くの方々へ迷惑だけを
   掛けてしまった。昔の会社本店跡は、いまでは、駐車場か、
   遊技場となってしまったようだ。西田橋に近い所にあった。
   もともとの本店は、今でこそ新幹線発着の西駅へその本
   駅としての役割を譲ったが、斜陽の鹿児島駅出口右側に
   あった。その前、戦前しばらくは川内にあり、また創業地で
   もあった。 
    会社は、いわゆる経済連指定として、農協等への販売
   や、小売店への卸等が主な内容であった。自分は、小売
   店との受注、メーカーへの発注など、内部業務が主だった。
   そうした中、毒物劇物取り扱い主任者として、東京オリンピ
   ックの選手達が、宿泊所として利用した代々木会場で実施
   された農薬メーカー等主催の、二週間ほどの研修会へ出か
   けた。研修の最後の日、研修者を代表して話をするよう指示
   され、なにを話したか、ほとんど憶えていないが、食糧安保
   という要旨で、大勢の前に上がりながらどうにか話終えた。
    ちょうどその頃、その以前からでもあったが、公害の言葉
   が、正規の言葉として普通に受け入れらるようになり、農薬
   の薬害等が大きく取り上げれるようになっていた。特にベト
   トナムでの枯葉剤に含まれた薬害が、人々へもたらした重
   大な事件がつまびらかにされ、そうした関係農薬の処分等
   へ神経を使わざるを得なかった。 食糧安保といった言葉
   の心地よさなど空虚なものでしかなかったといまでこそ思
   う。自国農業は自分たちの手で守るといった裏では、その
   生産性を高める一つが、病害等へつよい農薬の使用にあ
   るといった一面だけからの見方にあったのだ。しかし、その
   農薬自体が、外国資本の提供する技術、特許に縛られ、
   どうにかすると、種苗さえ特定技術下にあるタネが利用さ
   れる雰囲気もあった。とくに畜産地帯としてある、南九州
   では、牧草の交配種が盛んに喧伝され、デントコン等外来
   種が、主流となっていった。
    これから良く考慮しなければならない点は、農作物種子
   の改良は、どうしてもしなければなんらないのならば、従来
   どうり手間と時間のかかる交配種の改良だけにしぼるべき
   だろう。固定種の多様性は絶対保持していくことだ。けして
   安易な遺伝子組み換え種子の活用は避けるべきだ。
   単一種子の功罪は、すでに知られている。広大な地で生産
   された挙句、のこったのはその品種だけであったという事件
   は聞くに堪えない。自国のタネは、数多くの品種がまだ固定
   種としてある。その特性を活かす、虫に食われても良いで
   はないか。市場性などとつまらぬ中間流通業者の言い、消
   費者視点の転換も必要だろう。
    そして、地域の農業指導者、生産者の方が、今後戦略的
   経営へシフトするとき、大きな視点で、農作物生産拠点の
   地域振り分けも、従来より真剣に考えなければならないで
   しょう。狭い土地である国の実情と、作物特性をしっかりと
   活かして生産活動へ始動する時機にあります。遅いくらい
   ですが。地域によって被覆資材活用も大事ですが、作物本
   来の自然成長をいま一度見直すことも必要です。全国一律
   似たような生産では、付加価値はいつも逃げていきます。
    TPPへの参加などが、昨日も政府はじめ経済界の首長等
   から提唱されています。その真の裏と表への検討もなされ
   ず、単なる経済活性化を目論む動向へ対抗するためにも、
   生産者側では、種子と交配種、組み換え品種等への確りと
   した情報と知識で身を固め、外国等の戦術、しかも自国経
   済界の裏を見抜くことが大事です。広大な地域、適正環境
   で生産された作物が、自国に入り込んだときには、とても
   価格では対抗できぬのは、明白です。生産性の向上へは
   どうしても地域集約化がひつようです。繰り返しになります
   が、地域集約と生産別地域分割です。
    ところで、単一種にかたよった戦略にある外国メーカーの
   思惑と、経済界の首長の思惑が交差する点に気をつける
   ことも必要だろう。自国の財閥系化学会社にあるドン会社
   と問題外国会社とは、つながりがあるこは知られていること
   だ。 
   
    日常品等が安いことは、自分のような低所得者にとって、
   ありがたいことです。でも、よくよく考えると、これは誰にも
   ありがたいことです。安い品が大量にあり、しかも質がよけ
   れば、ますますありがたいことです。で、その利がどこへ流
   れていくのか、怒涛のように開発途上国へ生産拠点をシフ
   トする大中の企業群、最後のフロンティアといってミヤンマー
   等へ、嬉々として虎視をこらす企業、その挙句の結果での
   商品を自国へ還元する。
   ああ安い。あたしもあなたも契約社員。あなたもあたしも
   パート従業員。助かるは。
    利はおのずから庶民を助けてくれた企業に積み増され
   る。そして企業は今日も、自国会社を捨てて辺境の地を
   目指す。利するのは、金融、証券、大企業、それらに従事
   する人々となる。
   自国には、手に糧の手段を持たぬ人々が溢れかえる。
    自由万歳。 自己責任。 冨の偏在の顕在化。
   GDPが向上するはずもない。足元不在のもたらすモノは
   経済活性化ならぬ、不労所得者層の拡大だけだ。

    これも慣れてきたのか。 いや忘れはしない。

    そろそろ一人夕飯の準備の時間となった。
        みなさん 忘れちゃおしめいよ

   まだ話たいことがありましたが、あとの単語で想像して
   ください。

      成りすまし  米兵酒乱  凧と知事

       島奪還訓練中止不満(盟主高官)

      腔腹の歌学と原発事故で死んだ人はいない  

           心霊と保守党首長
    
         デモ認可拒否   官製談合

            新幹線とホタル湿地

                          2012年11月10日









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              「書きとめ」


   そんなところだろうと、思っていた。
  毎日によれば、防衛省がオスプレイ購入配置を計画してい
  るとのことであった。話では、今年ごろから検討を始めたと
  言うことであるが、そうではないであろう。オスプレイの米軍
  基地配置など、もう随分と前からあったのに、国民に知らさ
  れたのはここ一年になるかならないかである。こうした秘密
  主議のもとでは、なにが計画されつつあるのか不透明感が、
  ますます募るだけだ。尖閣問題が継続しているなかで、いい
  按配と、計画への地ならし、世論の既成事実化への小出し
  小出しの情報流しであろう。先日には、米軍自慢の最新鋭
  装甲車なる戦争道具のお披露目が、あったばかりだ。
  だいたい、自国で市街戦を予想した戦争準備など馬鹿げた
  訓練だ。その新型装甲車なども、日本国市場への売り込み
  を目論む盟主軍産勢力の長期的戦略の一環にしかすぎない
  。自国土地の盟主基地専横化はもとより、殺し道具の勝手
  気ままな売り込み市場と化す同盟の裏事情を、もっと確りと
  捉えることが必要だろう。 米軍当局は、米国国民の多額の
  血税を投資した在庫過剰兵器を、同盟の名の下に、巧妙、
  狡猾なマーケテイングで売りさばくことを止めてもらいたい。
  資本の論理だけが先行する国のグローバル化が、殺し兵器
  分野でも、市場自由化、武器TPP万歳などとなった姿は哀
  れなグローバル物語である。そこにあるのは、特定利権構
  図に侵された経済活性化の、恥ずべき資本の暴力しかない。


   地方自治体に肩入れするつもりはないが、この国会議員
  の活動を見ていると、怒りをこえて、その無責任さに、呆れる
  ばかりだ。この際、連中の報酬は一切まとめて、国庫へ返上
  する必要がある。デフレ政策打開などと、与野党、経済界だ
  けの声が、人々の上っ面を掠める。そんな声などおこがまし
  い。 デフレの元凶は何だったのかといった視点などすっか
  り忘れしまっているようだ。足元をわすれた業界の切捨て経
  営、硬直した技術革新の後退、即物的利益獲得に溺れた開
  発途上国への投資先行等を見逃している。
   さっきの議員報酬の国庫への返還だが、直ぐにでも返上
  願いたい。何やかやで一人当たり4000万円あたり費用・報
  酬がかかるそうではないか。それに議員優遇措置などの原
  価をくわえれば、それ以上の無駄遣いが垂れ流しされ続け
  ている。地方自治体では、当座費用工面に大わらわで、金
  融機関からの借り入れ予定に、利子増への畏れで辟易して
  いるのが実情だ。
   ろくにまともに世情を把握せず、なにが国会議員さまであ
  ろう。つまらぬ恥知らずの連中だ。

                         2012年10月30日








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              「書きとめ」


    


ケモノミ道


   子ども等の遊んだ跡が、ケモノミ道となってしまった。
  草を払う用がない。ちいさなケモノ達はかしこい。
  仲間同士、かれら共通の言語であれやこれやと、かまび
  すしい。 ほらはやく これ蜂の巣よ はやく ほら見て
  いっときすると。 はーい はやく掃除いたしましょう
  ああいいわよ 今度はあたしが掃除します 落とさないでね
  どうやら玄関先の掃除が終わったらしい。
  きゅうに静かになった と思ったら 料理作りが始った。
  なにを言うんだろうと、聞き耳をたてるが、ごちやごちや、
  きゃつきゃつきゃつと、かんだかい声の音が風にまざる。
  しんみょうなしずかな声らしい音色が、いみしんちょうにふる
  える。 おさない頃のままごと遊びが、目に浮かぶ。
   中勘助の話を思い出す。はっきりとは思い出せないが、
  なにか知れたくないヒミツのオモイデとしてよみがえる。
  話は、そこはかとなく えろちしずむ さえおぼえたものだ。
  ちいさいころの淡い恋心、かなわぬ思いのつれなさ、はかな
  さといった、いっぱしの情念が、小さなこころでさえ、かきむし
  った。 風にまぎれこんだケモノミチをかぐ。
   ケモノミチもひとつの過程のなかでの道なのだろう。
  獣道は、言葉通り獣が、餌を捕獲するためにつけた道だ。
  しかし、その道は不要な道はつけない。用があって自然に
  つけられた跡だ。ささやかで、しかもなくてはならない道でも
  あった。種をまもるための道であった、と人は理解する。
   人々の道も跡としてできるもののようだ。すこしずつ歩んだ
  跡が道となって開ける。 
   先日、大江さんが日比谷で、魯迅の言葉を例えに、ちいさ
  な一歩、一歩でも、跡にはしらず道が出来上がると、話され
  ていた。希望もしかりと。 自然の理の話でもあった。

   きょは曇り日和だ。まだ子等は二人しか遊んでいない。




応接間
ミミヅクが迎える




早速自宅の掃除だ




                           2012年10月28日








  
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              「書きとめ」


   古き時雨にそう秋の囁き渡る黒鳥は峠に向かう散る夢よ
                            詠人知らず


    これまで、ハグの記憶はない。赤ん坊の頃、お袋から
   抱いてもらっていたのだろうが、まったく記憶に残ってい
   ない。若い母親が、子をあやすのを見ながら、ああ俺もあ
   あして抱かれていたのだと、想うだけだ。 それが、このと
   ころ、自分でハグするようになった。はじめ、なんとなく不
   自然で、われながらぎこちなかった。でも母を抱くことが、
   なんでもなくなってきた。 抱くといっても、軽くほほずりして
   ちょっと接吻するだけだ。ほほに触れると、母がにっこりと
   する。普段は、あなたは誰ですかと、何度も息子に問いか
   ける日常の母になってしまったが、ハグすると、このうえな
   く穏やかで、にこやかな優しい表情を見せてくれる。もう一
   度ほほずりすると、今度は、母からほほを、私の唇によわ
   よわしくおしつけてくる。 いまとなり、ああ、こうした所作は
   生きものの世界では、普通にあることだなあと、知らされ
   る。欧米世界のみならず、他の多くの国々では、普通の
   習慣、あたり前の肌のふれあいなのだと、いまさらながら
   自国慣習、礼儀との違いを、みょうに思うのだ。 いいもの
   良い習慣なら、いつしか自然に慣れてくる。世の中の理
   もそうした大きな流れ、ひとの時間の流れのなかで、確乎
   たる事として自覚されてくる。普遍性、真理という言葉は、
   思いつきでできた言の葉ではないだろう。真理そのもの
   の言葉が、まだ後の時代で、今使われている意味のまま
   にあるとは、断言できない。しかし、真理、理という言葉が、
   過去の時間から受け継がれてきた意味という意では、
   決して変わることはないだろう。命ある物は、必ず滅すと
   いう言葉は、変わらぬ事実であり、理でもある。
   そういった意味合いで、いあまる言葉としての律法は、そ
   れが、どういう契機で生まれてきたかどうかに関わらず、
   そこに理があれば、その言葉を蔑ろにすることは、人々の
   時間のつながりを恣意的に遮断する行為とるだろう。
   歴史が話す言葉、人々の無数の命を侮辱することは、理
   を抹殺することだ。 

    共通点
   短気 馬鹿の多用 直情径行 傲慢 短絡 利己的 
   我欲 権威道徳 
    
    お袋が、また叫ぶ。夢をみたのだろう。ハグする。
   もう、五十年ちかくなる。詠んだ君は、いま何処・・・

                      平成24年10月25日








   
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              「書きとめ」


      
    サンマの恩返しが、日比谷公園であったそうだ。(*)
   東京都による大震災瓦礫処理に対する宮城県女川町
   の人々が、感謝のしるしとしておこなったとのこと。画像
   には、おいしそうな煙りがのぼっていた。なによりも、人々
   のサンマを焼く姿と、わあっうまそうと、お皿にサンマを
   いただく人のコントラストが、おもわず笑みを誘った。
    こうしたささかな交流場面は、こころを和ませる。
   心づくしへの恩返しと、いった話はどこの国でも似たよう
   な話が寓話となって残っています。
   ラ・フォンテーヌのイソップ寓話における「ありとはと」の
   話等、小さいころの良く耳にした一つです。すこし成長し
   てから読むと、なんーだ、ただの教訓じゃないかと、成長
   にともない若い高慢な心に芽生えた浅いへそ曲がり的
   批判力が、心を占めたものです。この齢になって想えば
   素直に聞いた話が、昔のまま甦ります。箴言は、人々の
   過去の時間から今に届けられる通信だ、と思えてきます。
   本来のエスプリだと。自然にウイットに溢れたユーモアは
   人々を、ありのままの姿へと、思い起こさせてくれます。
    むかしから、フランスの文化には、良いエスプリがありま
   す。しかし、その文化も、たまには可笑しげな言葉で歪め
   られることがあります。もちろん、仏国に限らず、自国でも
   これはと、思える言葉などそこかしこで見られます。
    今度の、フランスの人のTVにおける言説には、豊かな
   エスプリは見当たりません。ブラックユーモアにも比べられ
   ません。自国の川柳、狂句にあっても、底辺にある人々へ
   の蔑みとおもえる言葉は、まずありません。あるのは、本
   来の言葉が持つはずの、時の権力に対する庶民の批判
   の歌、抵抗のシャンソンです。
    ちょいと悪戯があっておこったのかも知れません。
   それから、仰々しく自国の抗議があったことへ、鬱憤話を
   されていました。でも、このことは言論の自由とは、異なる
   ものでしょう。 
    どうか、仏国伝統の良質のアフォリズム、シャンソンを聴
   かせて下さい。

    キーパーの選手は、さぞや腹がたったことでしょう。
   しかし、あなたが話した、これからの日本人は、どうあるべ
   きか、それを伝える責任がある。サッカー以外でも行動
   を起こしたい・・・ その志しがあれば、今回の件など、蹴
   飛ばして、大いなる目標へむけて歩んでください。応援し
   ています。あなたが、どういうサンマを歌うかたのしみです。

   *時事通信、ネット情報

                       2012年10月20日


    メモ:色々
      亡くなった方の在りし日の声が流れた。
     放送で、少ない言葉で要を伝える事等学んだような
     気がするといったことであった。ほほと思って聴いてい
     た。その方には、失礼な個人的意見だが、話の中に
     少し気障りな人のことを思い出した。
     これなど全く個人的というか、自己の基本的足と異な
     る人が話しの中に出てみえていた。自分の若い頃、
     その話の主へ、言い難いなにか抵抗感を覚えていた
     ものだ。その人は、確かに物事への目が的確な判断を
     もって示されてもいた。しかし、己ばかりを主張してどう
     して人生の多様性を味われようと、青い者へ指弾され
     ていたものだ。思ったことには、その当の本人の方が、
     文壇なる村へ登場する際から、おのれのペンで幾人
     もの人たちを、貶すというか、己の意見に執着されて
     おり、幾人かの人を抹消してしまうかの如き、処世に
     あったのをおぼえたことです。まあ、おなじペンを持つ
     いわば同期の仲間の方でもあったのでしょうから、
     ことさら、その方達の間では変なことでもない話です。
      せっかく、聴取者へ親切な配慮にあった、尊敬する方
     の肉声を聴きながら、自己の思いを記すことは、恥ず
     かしいことです。
     しかし、どうも自分には、なにかその人を奉るが如き
     雰囲気がしばしが流れる場面をみるにつけ、人の生
     きかたとはどういうことかと、ちょっとたちどまる事が
     あります。例の愚かな自己満足的死に方しか・・・・
     止めときましょう。

      逢引から帰った娘 綺麗な声に響きました。








    
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              「書きとめ」


   
 
  人のふり見て我がふり直せ。
 むかしの人もこうした己の所作の過ちを、何回か犯したことで
 あろう。だこらこそ戒めの言葉として、今に残っている。
  今回の件は、浪花おのこの言に、その理があった。
 記事の内容等読んでいないので、確かなことはいえない。
 しかし、彼の言う事が事実なら、記事に問題があったのだろう。
 彼が、そこまで腹に据えかねるのなら、どうして、いままで、
 人の人格を貶めるTV媒体で、しゃあしゃあと、他人の事件等
 について、横柄、傲慢な言説にあったのか。また、基本法に反
 する教育行政にあるのか不思議なことである。おのれの専制
 的政治手腕は、正しいと思っているのか、おかしなことだ。
  法の真意について、事件のあらましをなぞらえ、記事の理不
 尽を難じていたが、そう本心に思っているとすれば、基本法の
 人権規定を、確りと肝に銘ずることだ。現基本法がいかに確か
 な理念に基づいているか、しっている筈だ。
  
  第十四条[法の下の平等、貴族の禁止、栄典]
 
@すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性
  別、社会的身分又は門地
により、政治的、経済的又は
  社会的関係において、差別されない。
 A華族、その他の貴族の制度は、これを認めない。
 B栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴は
  ない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受け
  る者の一代に限り、その効力を有する。

  第十九条[思想及び良心の自由]
 
思想及び良心自由は、これを侵してはならない。


  政治の世界でも、低次元の粗探しが流行っている。
 その攻防で明らかになった政治資金等の問題では、己の場合
 は正しく、相手の場合は誤っているとの子どもじみた化かし合
 いが、高額報酬を手にする連中の間で、悪の押し付けをしてい
 る。相手の姿など、こちらには全く見えないかのようだ。
  こいつらの言葉など到底信じられない。


   冤罪。いままでどのくらいの人々が、罪無き罪を負わされて
  きたのか、その心情、遺族の人々の心うちを思うとき、言い
  難い気持ちになる。法が恣意的に行われていた戦前はもと
  より、今に至っても、思い込み捜査、強圧的尋問、調がある
  ことを証明している。 伝によれば、当局では、誤認に対して
  罪を着せられた人々への謝罪の場面でも、その謝罪を巡っ
  て、するか否かを内部逡巡しているそうだ。これなど人権、人
  格にたいする冒涜のなにものでもない。ネット事件、ネパール
  の人への冤罪事件など、どうして謝罪に躊躇するのか、これ
  また不思議な自国官僚世界の責任逃れの一端を示すものと
  言える。


   農水省副大臣が、宮崎県の口蹄疫顛末について、不適切
  な言動にあったと、地方版にあった。悪気があって言ったの
  でないことは、理解できる。しかしこうした言説が、政治家連
  中で相変らず飛び交うのは、政治に対する繊細さに欠けるか
  らだ。
  

   伝達にあたる最先端の記者等は、現象に畏れず、これか
  らも、どうどうと物事に当たっていってもらいたい。われわれ
  市民は、あなたがたの努力がなければ、たったほどの情報
  すら手にできかねます。力を恐れてはならない。皆さんの後
  ろには、おおくの日常生活者がその活動をみつめ、仕事へ
  邁進していく姿を支持しています。

  *情報:朝日(2012年10月19日付け)

                        2012年10月19日








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              「書きとめ」


   このところ雑駁な群雄割拠が、なにか一つの渦を巻き始
  めた。まだ雑然としているが、個々の似たものが、同心円と
  なって、確信的中心軸を、それぞれ回っている。
  
    馬子にも衣装  地位さえ整える

    地位は人を作れど素地変わらず

    類は友を呼ぶ 党と呼ぶか 徒党と呼ぶか 是如何

    かくて薫は去り 臭いは集う

    而して善悪相見えず 君小同席せず


                      
                      暗雲 2012年10月16日


   メモ:権力と言葉
    
  事故以来、裏側のだいたいの筋書きは、情報を知る手立て
 のない一般市民でも、そう云うことだろうと、思っていたが、こ
 うしてはっきりと示されると、放送伝達機関の陰湿な体質を、
 あらためておぼえる。一人のタレントが、民間放送から干され、
 その民間放送では、連日これでもかこれでもかといった様子
 で、似たような番組だけが放たれっぱなしだ。電力会社が言
 うところの節電協力等、こうした番組へ協力願ったらどうだろう
 と思うが、相変らずのドタバタ番組が我が物顔にしゃしゃりでる
 だけだ。各局の番組審議委員会の委員に、電力会社の関係
 筋が就任している局が多くあると、その歪さを告発している人
 の声が生々しい。どこまでも悪貨が、良貨を食い尽くすことを
 教えている。NHKの経営委員会の首長を務めていた人が、
 東電の監査役へ勇んで就いていたが、これ等金融畑の関係
 筋も、場面では一蓮托生の人々であろう。 話が飛びますが、
 不思議に思うのは、NHKの幹部が、自民党などへ呼ばれ、
 番組内容等の説明にあった、という記事を時たま見かけます。
 なぜだろうと思う。相も変わらず説明にあたる幹部連中も連中
 だが、その彼等を召喚するがごとく態度にある公党の姿など、
 視聴者を馬鹿にした話である。こうした質問等は、開かれた国
 会ですべき件でしかない。まさか検閲が意のままにあると、錯
 覚しているのではと、思われる節がある。まして、いま党首にあ
 る主は、曰くつきの主だ。自由の核心に気をつけることだろろ
 う。 話をもどせば、一昨年、有力出版社の雑誌で、原発の安
 全性について、例の言いたい放題のキャラクターが、例の原子
 力委員会の委員長と、したり顔でその安全性についてお墨付
 きを与えるが如き放言で、反対する人々を卑しめていたそう
 だ。馬鹿さ加減もここまでくれば、ある意図にそった言動と見え
 てくる。
 
  企業は、二面性をもっています。対社会的責任と利益確保と
 いう面で、責任も、利益獲得も企業自体が継続しなければ、ど
 ちらも実現できかねます。例えば、新聞、雑誌等でみれば、発
 行部数の伸び、ベストセラー本等の発行回転率の向上等当然
 のことでしょう。その手段の一つである、掲載内容等は重要な
 要因となります。読者がいかに自社に目を向けてくれるかが、
 企業浮沈の接点となることです。どれほど、良質な言葉を保持
 しても、購読者、読者がなければ宝の持ち腐れになるだけだ。
  そこで、規模の大きい企業では、なかなか購買者を絞り込む
 ことが難しく、ある場面では、薫り高く、ある場面では醜聞に特
 化した構成、またある時は保守のプロパガンダ、ある時はより
 先鋭化した内容といたったカメレオン的構成にならざるを得な
 いのかなも知れません。 だが、そうであっても、人間性を蔑ろ
 にする言葉、過去の時間、その時間など無いと考える向きには
 無理なことですが、悪しき時間帯へ戻る言葉への悪乗り、煽り
 等は避けることです。とくに自国の行く末を言葉で表す時など
 編集内部で真剣な過去の時間の経過について十分な検証が
 必要となるはずです。言葉が世情を左右することは、我々は、
 とっくに承知済みです。目先の利、特定党への肩入れ等言語
 道断です。 そこで、言葉を生業とする作家、寄稿者等の人々
 は、ずいぶんと前にも言ったことですが、その朝餉夕餉の習得
 先である企業等が、いつもながらの悪しき両刀遣いに終始す
 るのなら、はっきりと否の態度にあることを願いたいものです。
 いままでの恩義に反することでもあるでしょうが、言葉として世
 間に受け入れられた人々には、出稿の機会はまだまだどこで
 もあると考えます。どれが真で、どれが異かの判断は難しい事
 かもしれません。でも、今後、世情の向きが、怪しげな道へ踏
 みだすやかもしれないときにあっては、沈黙は、言葉を放棄す
 るに等しいと思っています。

                     
  *参考情報:朝日「原発とメデイア 255」2012年10月16日付けコラム。


   メモ2:見当違い
   
   どっちが危険のか。沖縄は植民地ではない。まして君等の
 土地等ではない。オスプレイの配置訓練を即刻止める事だ。
 同盟がある。どうして君等に都合よくできた条約が平等と言
 えるのだ。不平等条約そのものだ。凧上げは、その配備撤回
 の、手に何もない人々のどうしょうもない意思表示だ。
  政府は、一体どちらの国の報道官なのか。ある面で、業務
 妨害にあたるとの言葉は、誰に向かって言っているのか。
 米軍のやることには、一切口出しできぬとは、傀儡にしか過ぎ
 ぎない。悲しむべきことだ。沖縄の皆さん、あなた達を支持す
 る人たちは、大勢います。おかしげな構図には、否の声を、き
 っぱりと届けましょう。


  


 


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              「書きとめ」


  痛ましい人殺しの事件が、報道されていた。よわい十四歳の
 少女とあった。目の見えぬ愚かな殺人だ。殺した者の言い分に
 は、少しの理もない。欧米よりの考えにあったから、と言うのが
 その殺しの理由になっていたそうだ。愚かというより我欲その
 ものにある。人間の存在について確りと考えたことなど全くない
 であろう。少女の考えの根底にあるのは、どこそこの立場では
 なく、はかない限りある命のための主張ではないか。 彼らが
 主張する教条のどこに人々を解放する正当性があろうか。
  当事国の宗教者指導者は、心底その教えの意を伝えなけれ
 ばならない筈だ。指導者自体が、カミのためなら殺人を許す等
 それこそカミにたいする冒涜そのものだ。自らの宗派、宗教組
 識の維持、保存のためだけに、その教義を利用することは、人
 を、狭い家畜のごとき状態のままにして置くことを意味する。
 なにも当事国の宗教ばかりでもないが、宗教者はもっと人間の
 歴史について謙虚にまなばなければならないでしょう。この狭
 い地球の誕生さえまともに教えたことなどないであろう。
 まだ人類が、歴史に名を刻み始めてから、たった数千年しかな
 い。はかない命を、はかりがたいコトで、我欲を満足させること
 は、誤りにあります。

    *訂正:少女は意識不明の重態ということです。
     どうか回復あることを願っています。


  常ならぬ世なれば、人はまた一人、またひとり亡くなっていく。
 亡くなった作家が言われた言葉は、言葉、行動が人々へ少な
 からず大なり小なり影響を与える人の、対社会的責任に言及さ
 れていると、思えました。「戦争前とちがって今の日本では大概
 のことは何も言っても大丈夫なのに、あんな事故が・・・」。

  言える時代にあるのに言えないとは。

 みながみな言葉に出していえることを義務に感じることでもな
 く、また行動に訴えることでもないですが、理に反するコト、狭
 いおぞましい世相に流れ等がある時、なんらかの意思を表すこ
 とは、言葉等で生活する、知る人々の責任でもあると考えま
 す。 チシキ人、ブンカ人の対社会的責任でしょう。


  作品当初から、哲学的でありながら、日常のありようを表現さ
 れてきた知識人が、13日、日比谷であった市民集会で、世論
 無視の政府行政等へ、否の声を上げられていたとのこと。
 変わらぬ持続する力というか、対社会的責任をしらず身をもっ
 て行動にある人の姿をあらためておぼえたことです。
 時間の許すときには、すこしでも運動してください。

 *事件等の情報は、朝日(2012年10月14日西部本社版)より。

                        2012年10月14日








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              「書きとめ」


   ひんやりとする肌合いの日だ。寒暖計をのぞくと二十七度
  ある。みかけは、まだ夏だ。放射冷却の性なんだろう。
  走っても、あまり汗をかかない。体重計が、七百グラムしか
  減りを示さなかった。夜には、あっという間に一キロ強は
  元に戻ってしまう。距離を伸ばそうかなと思ったりするが、吐
  く息、吸う息、足の張り具合をみれば、ちょうどバランスが取
  れていると感じる。いまさら長距離選手になるわけでもなし、
  てげてげのところで抑えなくてはと、欲を押さえる。
   研究の最先端では、どんぐりの背競べとはいかない。
  端から見るにつけ、聞くにつけ、どうも功名心が先走るよう
  だ。競争心が起るのは、仕方がない。でも、そこに虚が入り
  込むことは、競争以前の問題だ。それほどしてまで虚名を
  手に入れたいのだろうか。おそらく、一時的魔の手に誘われ
  たのだろう。 初心とは、技をひと通り取得した人が、陥る初
  めての挫折のおり、はたして今の技が、独りだけで習得した
  ものなのか、否かを、しることです。初心忘るべからずとは、
  たんに初心者の洋々とした青雲の志、無垢な心意気を言って
  いるわけではありません。技が熟したとおぼえし人こそが、
  落ちいりやすい誘惑の時を、初心という言葉で、戒めたの
  が、世阿弥の言わんとしたことです。己とあらためて問い、
  誤りをあらためることは、たいしたことではないでしょう。
  ひとはちょくちょく誤りを犯します。堂々とまだ未熟だったと
  顧みて、虚をただせばいい。つまらぬ名誉に固執しないこと
  です。立ち直りの技こそ、本当の技になります。

   日野原重明さんが、参考になる話を綴られていた。(*)
  物事が出来上がる過程を、薬を通じて表されていた。
  「いのちの大切さのために医学は何をしてきたか、その反省
   と将来」との題で講演されたとのこと。全部が言われる通り
  のままで、進むことはないでしょう、また製薬会社と行政との
  問題など過去に随分とありました。言われることは、人間の
  尊厳を守ること、畢竟物事に携わる人々の倫理にある、との
  意におぼえました。いま、おきている科学者等の対社会的責
  任、シエールガス開発(米国)に於ける企業の利だけを先行し
  た問題等へ、一石を投じられたと、見てもいいのではと、読み
  ました。
  
  (*):朝日コラム(2012年10月13日付け)

                        2012年10月13日

  






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              「書きとめ」


   沖縄の小学生の子が、住民の声を無視して、オスプレイ配置
  を強引に行う政府に、怒りを表していた。大人の二枚舌につい
  ても、その偽善を見抜いていた。子等の目は確かなものだ。
  善悪の判断が、まだ幼い心には育っていない、周りの環境が
  判断の客観的目を損ない、そのように仕向けているのだ、とい
  った指摘は、すこしも当たらない。(*)
   年齢から、小学五、六年生であろう。自分の頃を、思いだすと
  朝鮮戦争が終わり、ああ殺し合いが終わったんだなと、単純に
  思っていたぐらいで、外の動きなどへは、あまり関心等なかっ
  た。いまでも、心にひっかっかるものがあるとすれば、母が担
  任の先生へ、盆暮れにお礼といった様子で、なにかしら贈答し
  ていたことだ。母は、まともな学びの機会等なく、おさなくして嫁
  ぎ、敗戦となって、しばらくすると、当時では不知の病とされた
  脊髄カリエスを患い、子育て、家事一切を、お手伝いさんへま
  かしっきりの日々が長く続いた。そうした負い目が、子等の学
  びへは、劣等感と相俟って、とうの教えの直接の先生へ、どう
  か子等を立ててくださいと、いったふうになったのだろうと、思
  う。 そうした母の様子をみて、ちいさな心に、恥ずかしい、他
  の子等に悪い、ああだから先生は、自分に優しいんだと、心に
  刻まれていた。そのころは、はやく上の学校へ上がりたいと、
  思うばかりで、なにかどうしょうもないやるせない気分にいつも
  覆われていた。 いまでこそ、二人だけの老々介護になって、
  母のありがたさをおぼえる毎日だが、そのころ感じた心の後ろ
  めたさは、いまもって記憶の隅にある。 
   子どもは、子どもの目でしっかりと、日常生活、社会生活等を
  観察、子等なりに理解しているものだ。

   鬼畜米英と、軍事独裁護国体制の下で、伝達、報道機関、
  言論等は、煽りの火をたぎらせた。熱は、隣国人を、特有の
  蔑視の名で蔑み、厭わしい殺し合いへ、勇ましい言葉で邁進
  させる役割を担った。 時が経て、歴史が反面教師となったか
  どうかは、残念ながらあまり良い師とはなっていないようだ。
   今における他国の自国への蔑視、破壊行動など、かっての
  自国の姿をみる思いがする。 だが、これに反呼応して、愚か
  しい反応となることは、また過去の時間を蔑ろにするものだろ
  う。愛国無罪の煽りを難じようが、相手国の体制を嫌おうが、
  相手国の民度を勝手に計ろうが、懸案の課題が一つでも解決
  することなどない。 言論、伝達機関等が、心しなければならぬ
  ことは、かってのごとく、すでにそうした体をなしつつあるが、反
  呼応を短絡的に喚起しないことだ。
   小田実さんが、七年前、孫文の日露戦争の演説の中身を、
  勝手に読み間違える愚かさについて、理解するとはどういうこ
  とか、といったことを示唆されていた。
   日本にも、良い人、悪い人がいる。中国にも良い人、悪い人
  がいる。それゆえ、けっして、独りよがりに「日本人は」、「中国
  人は」等とはいわないとのことであった。
 
 :沖縄の小学生の声(2012年10月11日付け朝日西部本社版)

                          2012年10月11日








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              「書きとめ」


   
   たこたこあーがれ 天〜まで上がれ
  小さい頃、よく歌いながら凧揚げに興じていた。父に作って
  もらったり、仲間と竹など編むと言うより簡単に骨ぐみを作っ
  て、さらしの紙にごちゃごちゃと、絵を描いて貼り、紙が無い
  時は、新聞紙を貼り付けたりして、糸を結わえ、外を駆け回り
  ながら、凧さんどうか空へ上がっておくれ、飛んでくれ、と念じ
  、皆と声をあげたりして、凧糸を引っ張っていた。
   いま、凧が沖縄では、オスプレイ配備に抗議して、空へ舞い
  上がっているそうだ(*)。太いギョロリとした目が、基地をに
  らみつけている。人々の声など聞こえない風で、なし崩しに
  盟主防衛戦略だけが、当然のごとく沖縄の空を犯し続けてい
  る。沖縄の自治体、多くの住民が反対などしても、虚しく既成
  事実だけが、日米政府のみならず、本土からも見放されて、
  積み上げられていく。 たこ揚げに対して、ネット上でいつも
  の名を隠した卑怯な連中が、無神経な批判の声を浴びせて
  いるそうだ。作家の目取真俊(めどるましゅん)さんが言われる。
  「・・沖縄はできることをしてきたが、全く無視されている。沖縄
  に関して、日本の民主主義は機能しないのです。抵抗するの
  はあたり前の権利です」と。
   米軍は、凧をどういう風に感じていることだろうか。一部の
  住民の慰みとでも映るのだろうか。 かの国の独立宣言文の
  起草者の一人であったフランクリンが、嵐の中で、雷と電気
  が同じであることを証明した逸話があります。彼は、現象に対
  して出来うる限り、そのときの真実と考えられる知識で、真を
  明かそうと努力した一人です。彼はまた、弱い立場、被抑圧
  された人々への力に対して、はっきりと否と声を上げた一人
  でもありました。もちろん、植民地の人々が、原住民に対して
  犯していた事象に対しての目は、まだあまり育っていなかっ
  かもしれません。だが、当時の歴史的事実と時間を受け止め
  て見る時、当時の欧米諸国による未開発国への侵略等厭わ
  しい、悲しむべき歴史時間帯と重なっていた時にあったと、思
  い、少しはその立場を理解できます。なににましても、彼が優
  れていたことは、虚を嫌い、理にかなうことへの行動には、躊
  躇しなかった人であったことです。 
   戦争当時はもちろん、敗戦後も、ずーっと犠牲を、沖縄へ
  強いてきたこの歪な構図に対して、どうして否の声が届かぬ
  のか、皆自分自身の事として、考える必要があります。
  フランクリンがいった、弱者への思いを、為政者は確りと受け
  止めることだ。

     (*)朝日(2012年10月9日付け西部本社版)記事

                          2012年10月9日

   メモ:忘却
   はじめに、お母さんへ報告したとのことであった。
  親子ともどもうれしかったことであろう。努力が報われた瞬間
  でもあったことでしょう。賞が始ってから一世紀あまり、数多
  くの悲喜こもごもが、人々へ訪れたことだろう。

   賞は、現在では六部門あるそうだが、ときおり、あれっと思
  われる顕彰がみられることがあります。それは、大方の人が
  すこし違和感をおぼえるであろう、政治家への賞の授与です
  。平和賞という部門です。なにも関係のない、生活者の一人
  でしかない者が、あれやこれやと言う筋合いのないことでしょ
  うが、なにかしっくりとこない賞の部門です。もったいない女
  史、スーチーさん、中東の春の一人であった女史、ガンデイ
  人士等ならおおいに納得できます。また、こうした不正への対
  社会的闘士、本来の自由獲得へ奔走する人々こそ顕彰の
  名に値することだと思います。余計なお世話でしょう。だが、
  もしこうした声が届くのなら、どうか地道に人間の生まれなが
  らの権利を守り、抑圧する力と対峙する人々へ、しっかりと目
  をむけていただきたい。 よく思っている事柄ですが、経済の
  発展段階の随所で、しばしば起る害悪、いわゆる公害等へ
  白い目を向けられながら、敢然とその根絶へ立ち向かい、
  企業の専横、行政の無作為、害悪等を告発してきた人々の
  努力に対しても、各国の姿を調査して、時の経過に埋もれて
  いく人々へ、目がむけられてよいのではないかと。これ等の
  事件、人々は十分に賞の名に値することだと考えます。
   世界各地では、すでに記憶が風化し、消え去った人々が
  数多くあることでしょう。 もちろん、こうした人々は、別に賞
  を貰うために、活動にあったことでもなく、賞など意識もしな
  い人たちでした。  例えば、自国では、水俣病に対して一生
  を捧げたといってもいい医師がいました。こうした話を耳にさ
  れると、なにを君はつまらぬ素っ頓狂なことを言うかと、一笑
  に付されるのが落ちでしょう。 だが、ダイナマイトを造った人
  が、なぜ、平和賞を設けたのかと、いった思いを考えていい
  のではないかと思っています。







  
  
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              「書きとめ」


   サッシ戸を開ける。
   ああ おもわず胸がふくらむ さわやかだ
  ひやりとする陽とまじりあった風を、思い切って吸い込む。
  
   ほやほやですね。 店のレジ係りの言葉が浮かぶ。
  乳母車に、初々しい肌の透き通る赤ん坊がすわっていた。
  何ヵ月ですか。 二ヵ月です。 レジと目が合った。 
  ほやほやですね。

   ひとしきりほやほやな風をすいこむ。
  寝坊した頭が、目をさます。 
  爽快な朝をむかえるために、あなたはお母さん預けたの。
  まぶしい陽がほほえむ。

   ウソをつかないでね。 
  母を滞在サービスにお願いするとき、すこしだけだよ、と
  母に説明した。 

   ウソをつかないでね。 

                          2012年10月7日


  メモ:科学と歴史
  
  今朝の声欄(*)に、京都の方と、愛知の方の意見が載っ
 ていた。原子力に対してもっと謙虚にと、領土問題の存在認
 め、交渉をと、の声だった。心有る声にあった。
  原子力技術に関しては、その過信にたいする人の驕りを
 見て取られていた。先月、日本学術会議が、高レベル放射
 性廃棄物について、地底深く埋め、時間の淘汰による処理
 の仕方を、いったん棚にあげ、全て初めから廃棄の根本問
 題を検討してはどうかと、いった提言があった。
  原子力に関して、廃棄に関しては、まったくその処理の仕
 方が確立されていないどころか、その高レベル放射性廃棄
 物は、現在のたった今の時間の推移とともに、継続して排出
 され続けている。この事実を前にしても、その持つ意味を、
 人々はなかなか理解しょうとしない。というより、そうした根本
 的問題の深刻さに対して、科学者等の声は聞こえず、マスコ
 ミ等も、その点についての深い意での世論喚起はされていな
 い。哀しいことには、目先の利、目先の立地地方自治体の原
 子力利回りに、その行く末さえ目が眩み、糞尿譚物語が臆面
 もなく綴られているのが現実になってしまっている。
  問題は、テーブルに就いて、問題を一から検討することでは
 無い筈だ。沈思された思考とは、けしていえない原子力規制
 委員会の声は、従来の保安院と大して思考の基部は変わって
 いない。こうした中での学術会議から提案のあった円卓会議
 は、廃棄についての処理手段の再思考ではなく、即刻原子力
 を停止することの提言が、最大の重要課題だろう。議論が、
 できたとしても、その間、危険極まりのない高レベル放射性物
 質は、どんどん排出され続けられているのだ。どうしてこうした
 素朴で、後世のいのちへはかり知れない影響を及ぼす事へ
 の視点を、なおざりにするのか、驚くべきことだ。
  ・・人類が生きていくうえで非常に大事な技術・・と、旧来の意
 識から抜け出せずにいる科学等、科学の名に値しないだろう。
  残念だが、放射能廃棄の処理の仕方は、原発廃止とは別の
 次元で、その処理法を研究していくほかはないだろう。その時
 には、いまもって原発を謳歌する他の国々にも、円卓会議への
 参加を行うことだろう。まさか、こうした問題においてさえも技術
 の共有が拒否されるとしたら、後世から、まだ後世があるとして
 の話だが、厳しい目で歴史から糾弾されるだろう。この問題
 は、単なる一国、原子力産業の衰勢の問題とは、全くことなる
 ことだ。いずれにしても、自国原発は、直ぐに全面廃止へと行
 動する責任がある。商いがどうのこうの、産業がどうのこうの
 と、おろかな言動に終始している間、廃棄物は、とまることを知
 らない。
  領土問題の声も、おおかたの人が、少なくとも納得できる声
 であった。双方が、おのれが正しいと言い張る間は、交渉どこ
 ろか、つまらぬことで互いの憎しみ、嫌悪感が増すだけだ。
 そこには、空虚な意地だけが、独りよがりに人々の心をかき乱
 す。今回の発端は何がそれであったかは、よくみれば、はっき
 りわかる筈だが、どうも言いだしっ屁にあるのは、どこであった
 かを、忘れてしまったかのようである。いきなり足を踏まれて、
 はい冷静に話し合いをいたしましょうといったところで、相手側
 が、はいそうですね、とはならないだろう。外交の基本さえ知ら
 ぬようにある。国の矜持は、つまらない主義主張に絡められる
 ことではないだろう。堂々と、あなた方の言いにも理があります
 ねと、はっきり態度でしめし、互いになっとくしてテーブルに就く
 ことだ。 よく未来志向でと、きいたような声で過去を引きずる
 な、とのいいかたがある。しかし、それは、過去の歴史を、確り
 と教え、教わってきた経緯があればこその話である。 敗戦後
 自国の教育で、まともに近現代史が教えられてきたかと言え
 ば、それは皆無といってもよいものだ。その原因等は、例の
 動乱勃発を機に、盟主反共主義にそった内政外交を余儀なく
 されてきたといった点が、最大の歴史教育欠陥事由にありま
 す。反共のためなら、巣鴨から岸信介、戦犯の大物等を、放
 免せざるを得なかった、連合国占領軍当事国の事情と相俟っ
 て、是幸いと、旧護国体制へ参画してきた、言論・文化グルー
 プが、外蓮味たらたらと復活してきたのも、妙なあやふやな護
 国体制ぼかし、妙な自虐史観といった言葉に、検証さえ逃がし、
 加えて文部省の教科書検定等へのあからさまな介入といえる
 行政作用等が、まともな教育をしてこなかった最大の事由だ。
  相手の歴史教育が、事実以上に書き換えられている、という
 以前に、自国の歴史と、まともに向き会うことが、未来志向の
 一歩になる。けっして過ぎた時間をおろそかに、うやむやにし
 ないことだ。 

  *声欄:朝日(10月7日付け、西部本社版)

  それにつけても、自国では、国のあり方、行く末が、おおくの
 場面で、いまも尚、盟主の傲慢な占領政策に覆われているの
 が、悲しい現実だ。オスプレイにしても、歴史教育にしても、直
 接的でなくとも、陰に陽に、その影響を歪な方向へと、向けさせ
 る切っ掛けとなっている。腹立たしいのは、そのもとで、過去を
 うやむやにする、文化とういう名の言論、論壇、雑誌等の無責
 任さである。












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              「書きとめ」


   自国に限られたことでもないのかもしれないが、この国は
  よくよく行政等の施策、その方針作成過程において、情報を
  住民から切り離し、内密にしていくのが慣例であるようだ。
   毎日によれば、未曾有の原発震災に遭遇した福島におい
  ても、そうした慣例から脱却できぬようであった。 当局は、
  住民にいたずらに恐怖感、流言飛語とならぬようにとの配慮
  があったかのごとき言い訳にあった。すでに明らかになって
  いる子どもの甲状腺ガンの発症が、チエルノブイリでは、事
  故後四年経ったときに、その発症が表れたとのことで、福島
  では、原発事故とは関係ないと、断じている福島健康調査会
  の秘密の準備会で結論づけていたとのことであった。
   いったい被災地である行政当局は、住民の代弁機関として
  この人災へ立ち向かわなければならない筈なのに、どうして
  調査を一定方向へと向けようとするのか、恥ずかしい失態と
  いうほかない。ただでさえ、膨大な事後処理に追われている
  と、じゅじゅう理解するが、そこでは、先ずなによりも地域住
  民の真からの安全への誘導、健康調査にあることです。
   また調査にある専門家等は、先入観に囚われぬ知見と、
  妙な利害関係にある筋との関係をはっきりと絶って、調査に
  あることだろう。ここでも、科学者等の対社会的責任、人とし
  てのリンリが問われている。素人世論と斜交いに薄笑いを
  目に浮かべないことだ。  
                    
                        2012年10月3日








  トップへ  九条の会三木睦子さんの志しを受けついで

              「書きとめ」


日比谷公園 2012年9月29日

グリーン住環境フエアーにて


    日比谷公園では、緑を主体にした住空間の環境に配慮した
   催事が行われていた。あまり代わり映えがしないと感じたが
   中には、都市計画に緑をたくみに取り込んだ都市空間の設計
   模型があった。自然と共生するのが、本来の人達の生活と思
   うが、自国ではなかなか地域全体的な自然環境を考慮した街
   造りが、進められていないのが現実のようだ。なにも無理し
   て自然の造作を取り壊し、別の大都市へ樹木等を移さなくとも
   いものにと考えてしまう。まあ、ビルデイングに囲まれた都の人
   達には、必要悪でもあろうか。
  


ベンチでサンドイッチを頬ばって
いたら、足元に少し大きな穴が
あった。大きな蟻の巣だった。
田舎の蟻より大きな巣だ。
ここでも格差があるのかな・・・



インデイー
ハスキー犬だ。大型の犬だ

今日出合ったなかで、一番
楽しい一時であった。おそるおそる
撫でてみたら、おとなしく優しい目で
迎えてくれた。飼い主のかたは
誇らしげにあった。


                             2012年9月30日

    

九条の会

三木睦子さんの志しを受けついで
20012年9月29日









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              「書きとめ」



海に黙って放射能を垂れ流すな!!

クラゲがやむにやまれず
陸に這い上がった


霞ヶ関
  2012年9月28日午後6時40分




声なき声が声になった


ほら貝が地のそこから響く
原発ヒトデ どこへ とんずらする



原始が叫ぶ
誰だ この地を我が物顔にするのは
こざかしい脂肪知で雇用がなくなるという主は


福島の方が 無念の思いを訴えられる


敗戦の検証ままならず
原発因果の検証ままならず
言葉の加担の検証ままならず
かくて 悪貨は良貨を駆逐する



被爆から被曝 何度晒されれば 気がすむのか
原発の終わり無き憐れな顛末を 世界の人々へ打ち鳴らそう
冨は何かと


ジェロニモの歌はいつも哀しい
ジエロニモはいつも独りだった
ジェロニモはいつも独りで闘った
ジエロニモはいつも誰のためでもなく歌った
ジェロニモはいつも大地の命だけを歌った


                 難民

難民のささやき 難民の絶望
難民の願望 難民のためらい
難民の決断 難民のささやき
そこらじゅうで 日本中で

この雨には濡れたくはない
この風にあたるのはちょっとやばいと思う

爆発の日 暗い街を 自転車で駆け抜けた
やりたかったことは あきらめた
メールを一本 友だちに送るたびに
友だちをなくしていく
またなくした

耳をふさいで 耳をふさいで
ただ普通に呼吸をしたいのだ
全部なかったことにして
なんも知らんふりで
ただ普通に生きていたいんや

役立たずのラケンロ〜ル
役立たずのパンクロック

西へ流れた 南へたどり着いた
あの人は町を捨てる
それを見ている 見ている

大人が立ちすくんでる
大人が立ちすくんでいる
そこらじゅうで 日本中で

心をひとつにして パニックを避けながら
太い太い絆とやらにつながれて
絆とやらにつながれて
福島の俺の友だちは
いまもめちゃくちゃ被曝してる
鏡石の友だちも福島市の友だちも郡山の友だちも
めちゃくちゃ被曝してる

子どもは学校へ 大人は会社へ
子どもは学校へ 子どもは学校へ
子どもは学校へ なにがなんでも子どもは学校へ
放射能の雨が降ろうと 風が吹こうと
子どもは学校へ

母親が途方に暮れている
百姓が絶望している
酪農家が首をくくった
こんだけうまい魚がいっぱいある島国に住んでいるのに
魚も食われへん
魚を買うときいちいち考えなあかん

役立たずのラケンロ〜ル
役立たずのパンクロック
役立たずのヒップホップ
役立たずのTRYロックフェス
役立たずのサウンドデモ
役立たずの 全部役に立たなかった
なんの役にも立たんかった

さんざんロックンロールは役に立たないとか
さんざんハードコアパンクは役に立たないとか
ヒップホップは役に立たないとか
サウンドデモは役に立たないとか
さんざんそんなことを言ってすみませんでした
めちゃくちゃ役に立っています
俺たちのやっていること めちゃくちゃ役に立っています

めちゃくちゃ役に立ってる
国会包囲はめちゃくちゃ役に立ってる


「難民」:ジェロニモレーベル
 映像ドキュメントに寄る










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               「書きとめ」



  
          派遣労働賛歌


        お茶会審査会ができた

        かんしゃく餅が吟味するそうだ

        悪夢のまにまに悪夢が甦る

          ちいさな政府でっせ

          気勢官話ですがな

           自由が一番

          へへそうですがな
     
          教育は統制が一番

          学びは監視が一番

        金は天下のまわりもんでっせ

        茶会は自己責任ですがな

        一次産業なんて時代遅れでっせ

        時は金なり 知的産業の時代でっせ

        あたまを使わなくっちゃね

        試乗開放でっせ 乗り遅れちゃあかんで

        金が世界との絆ですがな ほんま

        お茶会が基準を示した

        新事由主義と気勢官話でっせ

           反本丸でっせ 

                     
                    2012年9月28日 








  
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               「書きとめ」


     

   物事に精通している人を、一般的に分野別に専門家という
  のだろう。自然科学者、社会科学者、人文科学者等の研究
  専門家の人々を指すのだろう。そこに流れる基部は、一体
  何だろうと思ってみる。なにも難しく思わなくても、素朴に考
  えれば、原初の科学者等を惹きつけ、今も人の動機となる
  のは、未知の環境の真っ只中に放り出されたままにある人
  間の、飽くなき真に対する継続した知への強い意欲であった
  と、思う。そこでの知へのきっかけは、単純な、生きるため
  に、どうすすれば、現状の問題を解決できるか、どうすれば
  揉め事を解消できるかと言った、日々の生活改善、社会規
  則等の課題への対処が、思考の大部分を占めていたこと
  である。そのきっかけとなる最大の動機は、生きる命にとっ
  て、こうした改良は、いい事か否かにあったと思います。
  もちろん、長い時間等を経て、利益という概念が当然となり、
  商工業の発展とともに経済学等のみならず、純粋科学等に
  おいても利益概念が、重要な要因となってきました。
  儲けが悪いということはなく、また、科学者として身を立て名
  を馳せるのことも、すべて悪いとは言えません。 でも、何か
  落とし忘れてきたモノは、無かったか、と思われる時間帯が
  、人の歴史時間にちょくちょく見られます。
   専門家の研究対象、学問への関わりのなかで、対社会的
  責任が想起されることも、近現代社会では自然の流れにあ
  ると思えます。古代科学者の真に対する真摯な態度、その
  結果でもある倫理観は、現在でも消え去るどころか、厳然と
  流れているのが事実でしょう。 知識人という言葉は、あまり
  好きでないのですが、今朝読んだ記事(*)にある人たちの
  対社会的行動、科学者としての責任を果たしていかれる姿
  を直におぼえ、そこに流れる哲学を感じ取りました。それは、
  単なる政治的ドグマなどとは無縁の、人間として向かわなけ
  ればならない動機に根付いたモノでした。 
   みながみな、行動にあることは難しいことでもあります。ま
  た行動即デモでもありません。しかし、それぞれやれる範囲
  で、できる行動があると考えます。 
   声無き声がある、と権勢にある政治・企業家等が使う常套
  句がありますが、害ある事実を前にして声をつぐむのは、害
  へ結果として加担することとなります。
   いえるべき時代に言えないとは、哀しいことです。

   *:記事は、原田正純さんと宮本憲一さんとの対話です。
     朝日(9月27日付け、西部本社版)記載。

                         2012年9月27日







 
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               「書きとめ」


2012年9月26日 午後7時25分

もうすぐ十五夜だ



   西之表市の市長が、自衛隊施設関係者による、馬毛島の
  米軍空母艦載機の離発着訓練場を前提とした調査に対し、
  強い憤りを表されていた。 新富町では、新田原基地への
  宮城からの戦闘機の移動、それに伴う訓練回数の増加等
  につき騒音、具体的訓練計画手順の不透明さに対する地元
  住民の怒りへ、施設当局側が、地元議会関係者へ説明を行
  なっていた。 狭い自国のさらにちっぽけな島であり、霧島・
  屋久島国立公園指定地域にある馬毛島の盟主空母化への
  こだわりは、異常にある。オスプレイ訓練地の未発表ルート
  の一つとなっているのかしれぬ。
   このところの防衛省の施設設置担当部門の動きが、活発
  化している。 この時期、この政権にしてこれ等の基地設置
  を前提としたこの動きである。 これが、八朔ミカン党が、総
  理と待望した人士が、政権首長へと成りあがり、党理念でも
  ある基本法改悪へと実動し始めたら、土地強制収用等お茶
  の子さいさいとなるだろう。強権政治に、使いかってのよい
  法は、次第に場面によって、人々への厳しい棍棒となって打
  ち下ろされるだろう。 盟主の防衛頭脳集団は、自国基本法
  の改悪等、以前から例の巨体の持ち主をはじめ、ゴーサイ
  ンを陰に陽にあらわにしている始末だ。人士は、かれらと従
  前から緊密な意思疎通にある盟主詣での呉越同舟の一人
  でもある。希望を摘み取る隔世遺伝が、人士が望む現実と
  なる世情へ動き出したのかも知れぬ。 
   この前、国防総省の長官が、オスプレイ等に関して、設置
  は、米国の防衛のため、ひいては自国のため・・と、正直な
  話を口にしていた。多くの人がしっているように、自国基地
  は、しょせん米国のためでしかない。話のなかにあったよう
  にいざといった時に、自国基地は盟主防衛のため、当座の
  危機しのぎの場となると。
   過去の時間を正面から受け止めない動きの中心にある者
  が、主役に躍り出る実情。その蠕動を手助け、世情を巧み
  に誘導するトクシュ媒体、特高週刊誌。 

     ああ 美しき国よ いまこそ我が手に 

         そうですがな はは 八朔立てなはされ
  


      メモ:いつか来た道         2012年9月26日

      「あたらしい憲法のはなし」
                 1947年文部省解説

 「よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争に

 よって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそう

 としないということをきめたのです。おだやかにそうだん

 をして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いく

 さをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼす
 
 ようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、

 国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないこ

 とにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。

 そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友

 だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえ

 てゆけるのです」











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               「書きとめ」


   おなじ属なので、おなじ思考になるのは分かる。
  彼等の唱える国の行く末を聞くにつけ、自国がますます了
  見の狭い肩肘張った過去の体質へと、後戻りするのが手に
  取るように見えてくる。 軍事力増強をもって、ガイコウを進
  め、戦を厭わぬ不退転の精神で国運を高める道こそ、美し
  き国となる手立てだと、さびしき檄となる。 
   過去の時間を学び、反面教師とする風は自国でも育たな
  かったようだ。言葉の端々から聞こえてくる中身は、富国強
  兵、時間が逆転したかのごとき、隣国同様知らずテイコク主
  義の意図すらおぼえる。国の行く末が狭く閉ざされ、子ども
  等の伸び伸びとした空間が消え去る。 これに八朔視監が
  供えられると、ことば通りのお先真っ暗だ。
   こつこつと歩むしかないと、いまさらながら感じる。
  小林と都城で、原発への異議申し出があった。人数が少な
  くとも、小さな一歩だ。 小さくても声をあげて歩もう。

                          2012年9月25日

  メモ:力と言葉
 
  遠来より良い通信が届いた。 1947年に文部省が発行し
 た「あたらしい憲法のはなし」の解説が、教訓にみちていま
 す、といった内容でした。戦後間もない時の心と、現在の心
 とのギャップを正すものでもあります。
  今朝の放送によれば、お隣の台湾の漁船等が、争いの
 もととなっている島の周りを、異議の意をもって周回してる
 とのことである。愚かしいことにならないよう、双方ともに
 相手の態度はこちらの態度といったことを、よく心に留めて
 行動してもらいたい。 また、時事通信によれば、中国共産
 党から、自国の一部の人たちへ招請があったそうだ。
 問題がこじれてしまった両国のわだかまりを払拭するため
 の相手国からのせっかくの言葉である。こうした機会を大事
 にしていきたいものです。
  投げられた球には、誠意をもって受けるのが礼儀だろう。

  以下に、戦後、文部省の「あたらしい憲法のはなし」の解
 説を、通信(*)より記しさせてもらいました。

 「よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争に

 よって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそう

 としないということをきめたのです。おだやかにそうだん

 をして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いく

 さをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼす
 
 ようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、

 国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないこ

 とにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。

 そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友

 だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえ

 てゆけるのです」


 (*):九条の会の通信









        
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               「書きとめ」


墓のホウズキ 

彼岸のホウズキ




お盆のホウズキが身ごもっている
お水が欲しいわ・・・



墓守がいう

まったく薄情なダンナだよ




半月になった

どこからとなく嘆き声が・・・



早く戻りたい

満月まで 幾日かしら

おのこども ああ うんざりだわ

西洋アサガオ

この国に身をよせてどれほどの
喜びと悲しみが通りすぎたのでしょう
ひとはどうしてわがことだけを・・・


相棒のトム

旦那が みやげを提げてきた
珍しいこともあるもんだ



いつの頃か ふっとやってきた・・・

トム爺さんありがとう
何に使おうかしら みどりの仲間達をかざろうかな


                            2012年9月24日








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               「書きとめ」


    


一昨夜の月
満月へと向かう



  
   132億光年離れた銀河が観測されたと記事にあった。
  ビッグバンから5億年後に生まれた銀河だそうだ。
  ビッグバンが無窮の中での一つの現象であったとすれば、
  さらに遥かな彼方に無数の同じ現象で生まれた宇宙、銀河
  団があるのかなと思われる。 だが、今のところの望遠鏡の
  精度からすれば、132億光年後、やっと光をみることができ
  るのが限度なのだろう。 それでも、地球の住民にとっては
  神秘的未知の世界を、てもとに手繰り寄せた気分になる。
  われわれが住んでいる銀河、まして太陽系などまだまだ生ま
  れていなかった時間である。一億年など、宇宙年齢からする
  と、あってなきがごとくの時間と距離にしかすぎない。
   先日も、約6500万光年先のくねったような銀河が、チリ
  にあるパラナル天文台で観測されていた。こちらは、だいぶ
  近くにある銀河である。6000万年前といえば、地球では、恐竜
  の時代が終わりを告げたとされる時期だ。人間の欠片など、
  まだまだ物質元素の段階にとどまっていて、はたして人間種
  になるかどうか皆目わからなかった時間帯でもある。猿人が
  現出したのが、400万年前後、もちろんその姿への進化過程
  はさらに遡ることになるけれど、原人となるのが200万年前後
  、そして所謂歴史がはじまるのは、ずーっと後である。宗教
  などうまれてもいなかった。 こうした時間をみると、人々の
  人間としての時間がいかに短い時間帯にあるかがわかる。 
   こうした時間経過を経験したのに、人間種はいまだ我々が
  地球の主かのごとき振る舞いにある。そのうえ、いのちの
  有限さえ忘れたかのごとき、傲慢、身勝手な喧騒に明け暮
  れる。 歴史に学べと言うが、歴史を傀儡とするばかりで、
  一向に過去へ向き合うどころか、現在の利得に利用するだ
  けだ。けっして反面教師とすることなど見られない。過去の
  過ちを換わって同じ過ちへと知らず足を向ける人々、国々
  が当たり前の姿となる。 論語は、時代時代によってその
  読み方が変わる。しかし、それは時の権力、時代趨勢が
  その文言を玩具とするだけで、本質を見逃すことが多い。
   こうした時期であればこそ、いまいちど言葉をしっかりと
  おぼえたい。
       過ちを改めざる、これ過ちという・・・

    馬鹿は死ななきゃ治らない・・と、人が唄った
    馬鹿は死んでも治らない・・と、いまの人が唄う

                         2012年9月21日



秋の蝶は控えめだ
しずかに佇む




蟻の巣の入り口
冬越しに余念がない












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               「書きとめ」


   朝食後、母にお菓子をやろうかと、耳元で話す。
  案の定、母が頭を横に振る。きのうの弟嫁さんからの物
  だよと、言うと、母は上目遣いに頷いた。あたたかい味が
  味覚に残っているのだ。菓子の包装をとり、食べやすいよう
  に切り分けて小皿にのせた。 なごみ鯛という銘柄の菓子
  だ。固めのアンコが中に詰めてあり、とても美味しい品だ。
   どこの地方、国でも土地特有の名品、物産品があるが、
  菓子の特徴は、どうも見た目の形にありそうだ。食べてしま
  えば、いい味だけが残り、どこのものだったか、あまり感じな
  い。でも、味を包み込む表皮の形が、土地柄、地方の雰囲
  気を伝えてくれる。アンコの味だけで、地方を見分けること
  は難しい。それほど技が、各地に行き渡っていることかも知
  れない。 言葉の世界でも似たような思いをおぼえる。
  奥の細道の作者が、国破れて山河あり、城春にして草青
  みたり・・・夏草や兵どもが夢の跡・・・と記す。作者が杜甫
  の歌を浮かべつつ、平泉にまつわる哀しみをなぞらえた。
  歌と俳人の句が詠われた時機、環境は異なるが、その言
  葉に流れるかなしみ、どうしようもない時のながれにある
  いのちの常ならぬ様に、おなじこころの思いを覚えさせま
  す。自国は、近隣の優れた文化を昔から取り入れ、確りと
  受け止め、語られる文化の意を把握してきた。いまでも、
  外の優れた文化を受容する気風は、変わらない。
   自国から、影響を与えた文化があったのだろうかと、考
  えてみると、古くから近隣の文化等の摂取と同化には、
  熱意があったが、こちらから文化等が出て行ったことは
  少ない。もちろん近現代においては、西洋、和学を修めた
  学者、宗教家、芸術家等が数多く世界へ影響を与えてい
  ます。はっきりと影響を与えたのは、かなしい事実だが、
  戦争という巨大な暴力でしかなかったと言うことです。
   力で打撃を与えた側と受けた側の思いは、全く違った
  思い、記憶として残り続けます。受けた側の記憶は、怨念
  となって、理性といった常套文句さえ、蹴散らします。
  与えた側の教えは、いやなことは早く処理して単なる一つ
  の過去の事実として時の忘却に、その責任を負わせがち
  です。受けた側のおしえは、理性といえども公平という言
  葉さえ、悲惨な事実の前では、雲散霧消してしまい、恨み
  として、と言うより、わすれるなこの恥辱をと、徹底的に
  刷り込まれます。 開かれた思考をと、言ったところで、
  大衆には、ふん力で国土を陵辱した輩にどうして、思考
  を開く必要があるんだ。といった心情が普通でしょう。
   
   国破れて山河あり、の意を隣人ともども思い出してもら
  いたい。かの詩人が囚われの身で、身の回りの出来事、
  自然を思い煩い、家族の頼りだけが、何よりの慰めであっ
  た、そういった心情等を。有史以来、権力同士の領土覇権
  争いに巻き込まれる人民同士の憎しみこそ厭うべきことで
  あると。ちっぽけなこの綺麗な地球に生きる命にとって、
  国境、海洋利権等をめぐるさもしい争いなど、実に愚かな
  我欲にしかすぎません。 みたまえ、海洋生物は、つまらぬ
  線で引いた海図なるものなんか見向きもせず、きょうも
  君達、そして私達のために、その身を惜しげもなく与えるで
  はないか。いのちのかなしい摂理を弁えているのだ。
  恥ずかしいことである。この地をわがもの、たがものと喚き
  散らすのは。 
      
         ・・烽火連三月  家書抵万金・・

                        2012年9月18日








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               「書きとめ」


   夕方になって風が弱まった。 仲間達は、きのうの内に
  部屋に取り込んで事なきを得た。小さな仲間の小屋は、
  ビニールが飛ばされ、丸裸であった。幸いビニールは破れて
  いなかったので、早速小屋を覆うって、そうっと鉢を抱えて
  小屋に戻した。彼等は部屋では、かしこまっていたようだが、
  小屋へ戻った途端、のびのびと背を伸ばし始めた。
   彼等は、そんじょそこらの風雨にはねばり強く耐える。
  だが、じわじわと迫る嵐に、なにか落ち着きがなくなってい
  た。肉厚の葉を、ゆらゆらと揺らし、ひゅっと突き抜ける風
  に、ああ手が折れる、と叫んでいた。まだ、植え替え後の
  養生のまにまにある身だ。わかった。すぐに部屋へ入れる
  ことにしたのだ。おかげで、大事に至らなかった。

   午前中、それも九時過ぎに、宅配便が届いた。
  早いですね。風がおさまってきたから一安心ですね、と
  運転手さんにサインしながら話しかけた。運転手さんは、
  受け取りを手にして、いやこれからが大変です、と言った。
  幹線道路等が台風の影響で運行が遅滞しており、集配業
  務が普段よりとても混み合います、と話してくれた。
   でもどうして、この荷物が早く着いたのか・・・
  小荷物を手にしながら、ありがとうと、思った。敬老用品と
  記されていた。風のなかでも、気遣ってくれたのだなと、
  おもいやった。 弟嫁さんからの品だった。彼等もそろそろ
  高齢者と言われる歳になる。いつもきまって律儀に思いを
  届けてくれる。さっそく父の前に供えた。
   嵐が過ぎた夕方前、短期滞在サービスから戻ってきた
  母に、お菓子が届いたよと、耳元で大きな声で伝えた。
  電話してくれた。ああ、したよと、大声で答えた。

                          2012年9月17日



キーを打つたら
小さなクモが出てきた。
一月前、おなじクモが無数
に網戸にしがみついて
いたが、あっと言う間に
姿をかくしていたのに・・




大体 前肢後肢含めて
8ミリくらいだ。
もうちょっとばかり大きくなっても
いいんじゃないかしらと思う。
あらたに生まれた
子どもかもしれない。








  
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               「書きとめ」


  我々は、たまたま誤りを犯す。また、人々は、意識的不用意
 な言葉、意図的作為で、重大な事態を引き起こすことも、また
 よく知っている。 自国でもこうした事柄がちょくちょく起きてい
 ます。後先なしの我欲が言葉を弄するのだ。作為が、人のよ
 すがとなっているコトに対する我欲の発露となったとき、それ
 は、いろいろな殺伐とした暴力となって我欲を超えて人々へ
 跳ね返ります。 中東における人々の怒りが、高慢な我欲へ、
 見境のない暴力へと変ずる。こうした事態まで呼び込む事を
 意識していたとすれば、その我欲は許しがたい利己主義の何
 ものでもない。 そこで見るのは、人々にとって永年の課題
 が、幾百年もの間、そのまま留まったままにあるということだけ
 だ。
  
  日野原重明さんが、ビートルズの歌詞から<あるがままに
 受け入れなさい>と記されていた。言葉は難しい。あるがまま
 受け入れることは、イノチの不条理をそのまま受け止めようと
 いう、生死にたいする心のありかた、各自の有限への心の
 処し方が、言葉の基部に流れています。それは決して現実の
 不条理をそのまま受け入れましょうと言う意ではないでしょう。
 正すべきことは、確りと正して行く、イノチに向かっては、ある
 がまゝ行く、あるがまゝ受け入れるということでしょう。
  氏が「争いをやめない世界の国々の将来を案じ、今後も
 平和を訴えて続けたい・・・」、ここにはたんなる受身の言葉
 は見られません。氏のご誕生日の曲が「ファシズムと戦争の
 犠牲者に捧ぐ」ということでした。 
  しらぬものが、無知という言葉を使うのは憚れますが、あえ
 て言います。無知と不明とが絡み合うと、相手などお構いなし
 にいがみ合いだけが、相互を行き来します。そこには正当性
 の取り合いだけが主役として演じられるだけだ。言葉など到底
 出る幕はない。熱気と我の高揚だけが闊歩する。憎しみが
 怨念と化し、正当性の唯一化へと化ける。
  先日、ヨーロッパでなくなったカトリックの方が、基督教は、
 二百年遅れていると指摘されたと記事にあった。 話では、
 基督教は、本来の教えから逸脱し、祭司等のけばけばしい
 司祭服、基督教組織の肥大した、いわば官僚化した宗教法
 人、といった意味合いの事柄であった。そうであろうと思う。
 自国においても、仏教等はとっくに、初めの人の言葉、行動
 から遠ざかり、仏教学、言葉の組織学、教えの教理の教条化
 が顕著にある。別に教理が確りと把握されるのは悪いこと
 ではない。本来、教えは人の弱さ、まつりに見捨てられた現
 状を正すことに、その役割があったはずだ。時がその原初の
 姿を変えるのは、宗教に限ったことでもないが、人の命が
 有限から無限へ変じたわけではない。初めの人の根本的
 行動理念である、無我の観得を全ての人が体得できるわけ
 でもない。しかし、宗教は、いわばひとの心のありさまを預か
 る役割にもある。それゆえ、無知と不明に対しては、気をもっ
 て、すこしでも真実のことを伝えていく責任があります。便法
 はその一つの手段です。でも、その便法は真理にそくしたそ
 れでなくてはならないでしょう。いいたいことは、宗教は、そ
 れぞれ誕生した地、民族性、地域性等で各種ありますが、
 ほとんどの教えは、もとを正せば、その基部はおなじトコに
 あります。たとえば、観無量寿は、限りある命の者が存在の
 はかり難い事実を、ただひたすらこころの観をとうして無を
 観じたあの瞬間の、えもいわれぬはるかなる幸福観、大慈
 悲です。でも、初めのひとは、そこに決して安住することは
 なかった。そこから立ったのです。無我を内包した忘我の
 ままにです。  各宗教の姿は、それぞれ誕生地の地域的
 個性の具現化にしかすぎません。ただ、その表現、方便が
 異なるだけでしょう。 そう云うわけで、世界各地の真摯な
 宗教家は、共同して自らの虚を謙虚に認識し、教えの意を
 出来うる限り、正しく伝え、各教えは、元来おなじモノだと
 諭していく義務と責任があるといえます。宗教の組織保持、
 宗教家の怠慢は、ますます無知と不明のいわれのない暴
 力と暴力との無益な熱をたぎらすだけです。どうか、一歩足
 をあげて貰いたい。 幸い、自国は、ほめられたことではない
 かもしれぬが、むかしから多数の神仏が混在するお国柄
 だ。カミは死んだと述べなくとも、そこあたりの妙は先刻体
 得ずみにある。また、近現代実存主義などもすんなりと理解
 できます。それも若干、無と無我で違いがあるものの、哲学
 への接近の仕方で少し差があるだけで、本質的にはたいし
 た違いはありません。 
     あるがまま受けいれる。そして立つ。

                         2012年9月15日

 メモ:自転車操業
  もう忘れ始めたかのごとき、言葉が飛び混じる。
 甚大な取り返しのつかない事故が勃発したにも関わらず、
 関係諸国との関係、特に日米協約絡みの発言、いま原発を
 廃止すれば、せっかく保持した優れた原子力管理等の技術
 等が失われる云々。いったい何が起ったのかはっきりと事態
 を把握できぬようだ。廃止行程段階が不透明だ、経済的成長
 の勢いを削いでしまう、代替エネルギーのコストが、巨額に上
 る。こうした言葉のなかには、起きた事故より彼等が言うとこ
 ろの強い国にして行くうえで、原子力は必要悪だとの意が汲
 み取れる。いま起きている現象は、一つの事故過程の処理の
 仕方の良し悪しの判断と捉える。 彼等は、原発利用へ踏み
 出したきっかけを、とっくに忘れてしまったかのようだ。いまで
 もそうだが、盟主の意向、敗戦後間もなく占領国のエネルギ
 ー政策の一環として、自国へ戦略的に植えつけたものだ。
 彼の国で、すでに重々認識されていた核燃料再処理問題の
 解決策として、原発立地政策、原発で核燃料を使用すること
 で、とめどもなく、おわりのない核物質の増殖する過程を一時
 的に治める機会としてきたのだ。プロメテウスの火は治まら
 ない代物だと気づいた時には、膨大な核燃料の再処理のしっ
 ぺ返しが襲ったままいまに至っている。そこで考え出したの
 が、核空母、核戦艦、原潜、劣化ウラン弾、ひいては核弾道
 兵器の廃止どころか更新に頼るしかない状態を余儀なくされ
 ているのが正直な実情だろう。 
  核利用は、終わりなき悲しき自転車操業を強いられる羽目
 になっていることを、確りと認識することだ。自国の原発立地
 にある地域の人々は、目先の経済効果のみに関心を奪われ
 、後に続く人々たちへの重大な責任をも負っていることを覚悟
 していかなければならない。コンクリート賛歌などの愚かしい
 薄っぺらな利権活性化とは、異なった負の遺産を負うのだ。
  政治家のなかには、現在の人々の意思は、単なる感情にし
 か過ぎないと言うものがある。こうした取り返しのつかない事
 態を創ってきたのは、君等先輩の代議士等に誘導されて今
 にあることを忘れるな。 朝鮮戦争で戦後検証が回避され、
 うやむやにされてきたことを、よもや忘れたワケでもあるまい。
 なにが戦後に楔を打ち込むだ。打ち込まれなくてはならない
 ものは、甚大な犠牲を大勢の人々へもたらした戦前の護国体
 制そのものだ。 
  歴史はいうに及ばず、原子力の自転車操業は少しでも早く
 やめることに如くはない。 伝達は忘却を演出しないことだ。
 
 
 
 




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               「書きとめ」




植え替えたサクラ欄。
十五年前とほとんど大きさは
同じだ。それまで6CMの小さな
ポリポットで、しかも少ない砂地
に、ほったらかしたままだった。
いまからもどこまでも一緒だ。



   今朝は黄砂が盆地周辺をすっぽりと覆いつくしていた。
 いつも目を洗ってくれる鰐塚山麓が、裾野から稜線までぼーっ
 としたままだ。 長らく付き合っていてくれる仲間に水遣りしな
 がら、FMから静かに流れてくる音を、聴くともなくきいていた。 
 偉大な芸術家の思い出という曲が、なんとわなしに、このとこ
 ろのふっきれない虚しさを慰めてくれる。
  ラフマニノフが作曲した交響詩<死の島>や、ファウストを
 モチーフにした曲が重ね合って響く。 以前、引退した人向け
 の仕事をしていたとき、同僚が語った。わたしはひっそりと死
 にたい、それも誰にも知られず、跡形もなく消えてなくなりた
 い、と。ひとはそれぞれ、死へのありかた、命の行く末にそれ
 なりのカクゴをおぼえているようだ。ジンセイとういう不条理へ
 のわかれのコトバと、言い難いおおいなる美への対峙と内包
 だ。 そのこころのありようをしらず的確に表現している詩、
 絵画、造形、曲等は、偉大な芸術家の思い出である。

                         2012年9月14日




玉すだれ

まだ間に合ったかしら。

一輪だけ咲いていた。











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               「書きとめ」


       
   いまの雰囲気にしてこの有様である。これがそのまま風
  と吹き上がり人の生活を覆うこととなれば、これまでどうに
  かこうにか手にしていた自由が、すこしずつ削られていく様
  が目に映る。
  
     戦争は国家目標遂行の上で自由である

     土地収用は国家目標遂行の上で自由である

     言論統制は国家目標遂行の上で自由である

     国家機密情報統制は国家目標遂行の上で自由である

     教育統制は国家目標遂行の上で自由である

     歴史事実改変は国家目標遂行の上で自由である

     特別裁判制度は国家目標遂行の上で自由である

     原子力利用は国家目標遂行の上で自由である

     経済活動完全自由化は国家目標遂行の上で自由である

     軍備活性化は国家目標遂行の上で自由である

     軍需産業活性化は国家目標遂行の上で自由である

     国公立公園見直しは国家目標遂行の上で自由である

     国家神道擁立は国家目標遂行の上で自由である

     主権在天は国家目標遂行の上で自由である

     見よ 希望に満ちた美しき国家像ではないか
   
   言葉を仕事とする人々は、おのれのペンがやがて己を
  封じる刃となることを重々自覚することだろう。
  言葉は、人間本来の生まれながらの自由の確立、型枠
  でなく、すこしでも命ある人間らしい場面の実現へ向け
  シンポし続けることにしかない。 
   歴史が繰り返すとすれば、ペンは重大な責任を負う。

                         2012年9月13日


  メモ:八朔蜜柑
   ニュースに討論者の声が流れていた。現実味がない。
  そう簡単にできるものではない。そうであろうか。
  浪花男は、己の意向のまま、教育条例等を、基本法から
  逸脱したカイカクを次々と打ち出し、そのとおり実践してき
  ているではないか。あなたたちが所謂リョウシキなる視点を
  いまだ持っているなら、みたまえ田舎都では、あずま男が
  なぜ圧倒的指示を得て首長に存えているかと。
   いま起りつつある動きを、たんなる大衆迎合と流行の言
  葉でとらえることは危い事だと、しっかり認識することだ。
  政策が稚拙でも、強圧政権が成り上がるときには、時の風
  を我がことへと引き込む術に長けている。それを迎合と言
  うのだと指摘すればそうであろう。しかし、馬子にも衣装だ。
  徐々にそれなりの論理をもって世情へ浸透していく。経験
  がここでも活きてくる例だ。それゆえその正体をしっかりと
  明かしていく必要だある筈だ。それらは、切磋琢磨といった
  言葉で流すことでは最も危険であろう。過ぎた時間を見た
  まえ、かの独裁者がのし上がってくるときの道筋を。初め
  は、げんざいの男の特徴である高慢さより、よりむしろ節度
  あるへりくだった態度にあった。それが衣装が似合うように
  なってくると、かれ流の救民主義が彼自身を覆うようになっ
  た次第だ。かなしいことだが、選挙民はその時の感情に流
  され易い。 そうだと実感するはずだ。きみらが前回圧倒的
  多数で政権獲得したときの世情の流れ、伝達媒体の後押し
  気分等々、相乗効果があればこそであった。 
   君等の仲間衆は、旧保守と弱者を見限った者同士の集い
  だ。もともとあまり期待してはいなかったが、いまは、きみら
  がどれほど基本法を一層活かそうとする心構えにあるかど
  うか、ほとんど信用できぬ。それゆえ、君等も心うちでは感
  じているだろうが、男は、なによりもその基本法の改悪を信
  条としているものだと。考えてみたまえ、基本法がそうした
  思考にある衆にとって、改悪されれば、男めらには使い勝
  手の良い棍棒を手にしたと同然だと。君等が無理だと考え
  る選挙改革など、いとも簡単だ。教育改革など、かしこくも
  型枠にはまった形式とおさまり、秀逸選抜育成教育がだけ
  が、学びの中心となるだろう。学びの場は、さもしい監視
  の目だけがこころを舐め回す。落ちこぼれなど、自己責任
  として社会底辺へ捨てられるのが落ちだ。 
   もう一度男めらの正体を、自己に写し、どこが似てどこが
  違うかを認識することだろう。君等がこれからもどうにか
  根付いてきた現在の民主主義を確りと維持していく気があ
  るなら、いまあるそれは、どれほどの多くの人々の犠牲の
  上にあるかを、あらためて受け止め、気づいた時には手遅
  とならぬよう、心して言葉どうりの政治家として精進、行動
  してもらいたい。 
   

   





 
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               「書きとめ」


   世情の気分、熱気を高揚、煽り立てる言葉が、一段と横
  溢する今時分となった。そうしたなかで、今も昔も先導をつ
  とめるのは言葉である。言葉が人の意思を伝える手段とし
  て重要な手立てであることには誰も疑いを持たない。
  また、言葉がいつも事実、真実を伝えているとは、誰も思
  ってはいない。人が、こうしたギャップを知っているのは、
  過去から継いで来た長い時の経緯、経験があればこそで
  ある。 そして、そうした時の経過を忘れるのも、また人の
  常である。これなど、人が学んだ時間を、個々人が改めて
  学びなおさなければならない命の流転にある有限の悲しい
  生理作用だろう。赤ん坊がイチから学びなおすようにだ。
  生物特有の遺伝は、考える力の頂にあると、いまのところ
  思われている人間種には、命にとって良いことを体得する
  遺伝子は育たなかった。とういうより思考そのものが、その
  本来の遺伝子を担うはずであったところ、この種にあっては
  生理作用の根源へのシコウに対して拒絶反応を示してきた
  と言える。 どうだろうか、この前の時間における戦へ、官
  民ともども熱風に煽られた世情、言論文化総出で護国体制
  礼賛、政治の総翼賛体制等々、こうした中で最大の力を
  発揮したのが言葉そのものであったと思い至らないのだろ
  うか。いまある人々が、初めて学ぶのはいまる事実現象か
  ら憶えるのが生理作用としてあたり前にあるのか知れない。
  過去の時間を学んだとしても、シコウがしっかりと作用して
  こなかったので、異物混入への拒絶が起りやすいのだろう
  か。 でも、シコウのガクシュウは個々人の学習と環境に
  大いに作用されるものだろう。それゆえ言葉は重要であり、
  教える側のキョウザイが要点となってくる。これなど政治に
  おいて異なることはない。 
   学ぶ者と教える者とを結ぶものは、言葉しかない。
  今起きつつある世情において、言葉に対する態度がいま
  まで以上に問われている。 
  ひとが、考える力を手にしてきたのは、すこしでも良い方向
  へ向かおうとする命の遺伝子の生理作用である。

                          2012年9月12日








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               「書きとめ」

  
  
  


はぐろトンボが 夏の終り
を告げまわる



ばったが
秋を告げた




色付くにはまだ早いかしら




季節はずれの毛虫が謳う
椿の葉をガリガリと



ちいさなクモは押し黙った
だまっててばと ぷいとお怒りだ
お目当ては アリさんだって





雄が飛びまわり せっせと踊る
雌ははっきりしてよと羽をひろげたままだ
ああ  じらさないで




ふん なんにもねいや
またったく これでも相棒かい
あいつ いつエサにありついてんだい
貧乏ダンナはこりごりだ
やっぱり獲物は外だな
せっかく部屋へあがってやったのにさ
あばよ


    とか何とかいって、トカゲが部屋を出ていった。
   すっかり晴れ上がった一日、昼前から相棒があちこちと
   這い回っていた。なかなか獲物にありつけない様子だ。
   さいしょ見たとき、ちいさな光沢のないトカゲがちょろちょろ
   していた。おや、あいつだいぶ痩せたなと見ていたら、
   二度目に現れた姿は、いつものかれだった。そうか嫁さん
   貰ったのかとおもった。いや子どもかもしれないと考える。
   とにかく、ああカノジョダ、ははんお前だろう、といった具合
   で、かれらの時にすばしっこく、時にゆうぜんとした動き
   に気をゆるせなかった。 はやくも越冬の準備へ入ったの
   かしらと思えた。ひとなつっこいあいぼうである。

    秋風が吹き出すと、その意のあるチラシが何回か郵便
   受けに投げ込まれる。経歴等みてみると、やっぱりそうか
   とみょうな頷きをしてしまう。別に官僚出身が役立たずとは
   思わないが、こうもどこもかしこも役人出が選挙立候補に
   目白押しだと、この国の末は博士か大臣かの伝統は相変
   らず続いていることを知らされる。利発な子どもが優秀な
   学業で高等教育を終え、著名な大学の肩書きをもって官
   吏となり、手ごろな時機に、代議士へ、地方首長へと動き
   出す。なかには、出先として寄った地方公共団体の首長へ
   手際のよい手立てで、ここぞと成り上がる。なかには、官
   僚中の官僚出身の主が、代議士先生を相当期間経て、
   やおら脱官僚政治をと、のたまう身分にあいなる。
   なにかおかしい。脱官僚とは、官僚から政治家へ脱する
   ことなのだなあと、日本語の脈絡をたどってしまう。
    
    せいじ家が目指す国家像。
   りんとした強い国家を・・・
   安全保障の確立のため集団的自衛権を・・・
   やりのこしたことがある 本丸を攻めるのだ・・・
   八朔は、房を束ねて柑を変えるのだ・・・

    そのこころは
   かしこくも鎮座ましますシンコクのフッコに御座る
   キョウイクは首長が統制するものでっせ・・・
   黄金のダンマリがつつく そうそう ちいさなちいさな・・
   なにしろ自由主義でっせ 民間へすべて任せなはれ
   おやっ あなたはもと官僚ではござらぬか・・
   へへ 脱官僚でっせ いまお目付け役ですがな ははは

                      平成24年9月11日

   メモ:冤罪
    村木さんが元の仕事場へ復帰されたとあった。
   多額の金をめぐる疑惑事件の関係者を決して良しとは
   しない。しかし、この事件は、検察権力と報道機関が
   仕組んだ特定政党撲滅の一大冤罪事件に相当するもの
   であった。伝えられているように、検察当局の本当の裏
   の中身は解明されぬままお蔵入りとなった。この一連の
   事件が明らかにしたのは、検察当局のみならず。ジャーナ
   リズム内部における陰湿なある党派性が確実に蠢いてい
   たということだ。 そして、いかに媒体の言説が世事の流
   れを左右するかという事実を改めて教えていた。国の行く
   末さえ方向づけてしまう。 ひとびとはもっと確かな目をと
   思うだけだ。 だが、かなしいことながら、いなかのセイジ
   一つを見つめても、なに一つかわる気配がない。とういう
   より、もともと旧弊セイジカが居座ったままにある。しかも
   まだ若い年齢にあるセイジカなのにだ。どうしても肩を張
   った威風堂々の型枠が好みらしい。たしかその主人も官
   僚出だ。


   メモ2:素養
    なにを学んだかしらぬが、フットボールは自己優越を
   かざすことにあるらしい。なにを基準にしてそういう言葉
   が出るのか愚かしい倶楽部気風だ。理想も糞もあった
   もんじゃねいだろうが。君等は日頃からどのくらい学ん
   でいるのか。まさか一日ボール漬けでもあるまい。
    君等の先輩には、確かに外交官としておぞましい被弾
   を浴びて殺された人がいた。また、すぐれた素養のあるも
   のもあるだろう。しかし、相手を見下すさもしい言葉など
   おのれの浅はかな素養をみせつけるものでしかない。
    かのラグビーの誕生の地の伝統的チーム倶楽部、な
   かでも、オックスフォード、ケンブリッジ両大学の倶楽部
   の学生は文武両道の人たちが多数とのことだ。もちろん
   そこの出身者が、社会的階級格差のトップにあること
   とは別の問題だが。 
    この際、倶楽部はシーズンを辞退するか、廃部すること
   も考えてしかるべきだろう。
   
   







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               「書きとめ」


   
   予報があたりそうだと思って、急いで敷布を欄干からおろ
  した。やれやれと机に向かうと、陽がのぞく、もういっぺん
  予報欄へ目を通す。お昼過ぎまで雨のマーク。宮崎70%、
  鹿児島80%の降水確率だ。きょうはマークを信じることに
  した。 十五年ぶりに植え替えした蝙蝠蘭、胡蝶蘭、トックリ
  蘭等が、おそれていた葉先の萎れもなく、うまく根付いたよ
  うだ。静かな色を見せる。なんともいえぬこうふく感をおぼえ
  た。なにしろ、それぞれ細いヒゲ根が幾重にも絡まり、固く
  締まってしまい、彼等が命を続けられる限度まで根を切り詰
  めたので、ここ一週間心配していた。なかでも蝙蝠蘭はほと
  んどそのヒゲ根を取り払ったので、心配でたまらなかった。
   でも、本当によかった。彼等の静かなたたずまいは、戸を
  開けて、ふっと晴れた空をおぼえるときと同じ感覚にある。
  ああ、いまあると言い難い瞬間につつまれる。むかしの詩人
  が、・・・山気に日夕に佳し 飛鳥相ひ与に還る 此の中に
  真意有り 弁ぜんと欲して己に言を忘る・・・いのちの観、
  シゼンとの一体感でしょか。 ひとびとは、ふつういまある
  ことを、しばしばわすれがちです。どうかすると、えいえんに
  いのちがあるかのようなふるまいにあります。いのちをない
  がしろにすることどもがここかしこでおこっています。せいじ
  のおろかな しゅうだんてきじえいけん りんとしたつよい
  くににする ひみつじょうほうろえいほうあん どこに かん
   があるのかけんそうにながれていきます。 

   「放射能雲の通った地域にいた方々は極力結婚しない方
  がいいだろう」・・ということを無神経にいう人がいたそうだ。
  人間の傲慢から、ひとびとを土地から追い出した被害の実
  体に対し、それを引き起こしたひとたちが本当に責任を自ら
  のものとして感じているのかどうか、はなはだ疑わしいのが、
  いますすめられている国、もちろん旧来の政権党を含めてだ
  が、東電をはじめとする電力関係の行動である。そのひとは
  謂う。・・・多くの人たちの生活基盤の破壊、失われた未来、
  この先ずっと放射能に脅えて暮らす不安。そういうことをあな
  たたちはどうすることもできない。・・・
   最後に記された言葉に、・・あなたがたに可能な唯一の
  誠意・・とは、といった意味合いで、当事者へ、とるべき算段
  が語られていた。 
  :「〜」、・・・〜・・は、「終わりと始まり」欄の幸福の未来。
    池澤夏樹さんの言葉より(2012年9月8日付け、朝日西部
    本社版)。

   一ヵ月くらい前だったか、いつもは直ぐにスイッチを切るの
  だが、音楽の楽しみを聴いた後、流れる音と話をなんとなく
  聴いていた。劇の大筋は、蝦夷の人達にまつわる話であっ
  た。ききながら思った。内容より、創り手の視点がしっかりと
  訴えてきた。ああ、このひとはしらず、ひとの引き起こす愚か
  しい偽善、ふせいへはっきりとせまるひとなのだなあと。
   劇は、叙事詩にあって、なにか ろみおとじゅりえっと 
  を聴く思いがした。自分は、むかしからシエイクスピアの真価
  は、叙事詩、それも身近な事件、喜劇等にあると思っていた
  が、それと同じ感じをもった。もちろん歴史的劇も優れた詩劇
  として世界から認められていますが、自分はそれらはむしろ
  抒情詩に思えます。歴史的事件を下敷きにした、彼のテツガ
  クを散りばめたものでしかなかったと。 それらは、かれの
  パトロン達への知的満足で、かれの正体をオブラートに隠し
  たのだと。当時の彼等が生きた時代で、本気で貴族社会の
  偽をつけば、どのような結果があるか、先刻承知していたこと
  です。そこへいけば、かれの悲恋劇、喜劇など生き生きとし
  たジョジ詩そのものです。 そういった意味で、創り手の視点
  をおぼえたものでした。 
   *劇の作者は、池澤夏樹さんでした。(間違いなければ)

                         2012年9月8日








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               「書きとめ」


   「現在体重が38Kgです。この半年の間大きな変化もなく安
  定しています。手すりを使っての立ち上がりでも、ふらつき等
  無く下肢に力が入っています。日中排便が中量ありました。」
  いつものデイサービス介護報告にあった。 
   こころなしか思っていたのだが、母が以前よりやや痩せてき
  た。いまでも、上腕部、太ももは見た目は張りがよく、肌つやも
  いいのだが、腕のうら、太ももの付け根あたりに皺が目立つ。
  足腰もだいぶ弱ってしまった。常時付き添って、身体の機能
  回復を手伝えればいいのだがと思う一方で、自分の時間を
  確保したい気持ちと相反する毎日である。 サービスから
  帰宅して、しばらく夕飯までテーブルの前にひとりぽつねんと
  座っている老婆を見ると無性にさびしくなる。不祥の息子と実
  感する。 そうはいっても、いざ食事時になると、母は息子の
  きびしい監視の下で夕餉となる。料理はあまり代わり映えの
  しない献立に終始するのだが、母の好みにそった肉食類が
  主なので、ほとんどもらさず食べてくれる。野菜の代わりに
  盛った果物類も食べてしまう。食欲だけは旺盛なので一安心
  だ。それゆえか、痩せたといえども、腹部まわりは、息子より
  だいぶある。服装はつりあわず、ズボンだけはLLサイズだ。
   息子は思っている。母の不恰好は自分の性だと。以前、
  母の口に合う献立は何かと思い悩みながら、あれこれと試し
  てみた。栄養アンバランスにならないようにと、野菜と肉、
  魚と野菜汁と、一つのパターンで毎日のように口にあげた。
  しかし、好き嫌いのはっきりとしている母は、嫌いなものには
  一切手をつけない。その意志の堅固さには手をやかされた。
  そこで、かわいそうであったが、息子が無理やり母の口に
  箸をとり、膳の上のひとつひとつを入れ込んだ。いまでこそ
  母の意志をしっかりとおぼえたので、こうした馬鹿げたことは
  しない。そのおかげだろう、母の腹部だけが脂肪過多といっ
  た姿になったのは。おろかな ふぉあぐら しこみにあった。
   床へ就かせて、目薬を点した。 
  おやすみ ありがとう きょうの会話だ。

                            2012年9月6日


コウモリ蘭

十五年ぶりに植え替えした。
その間、何も手をいれなかった。
よく大きくなったものだ。
大体、立て50cm、横60cmは
たっぷりとある。甲斐性のない
主人に文句一つ、二つとはいわず
おおくいいたかったはずだ。



  メモ:王様と傀儡

   「辺野古ならば密集地の上を飛ばず、これほどの異論は出
  ない。・・・普天間飛行場が特に危険であるという認識はして
  いない。『世界一危険な飛行場』という言葉が独り歩きして
  いる」 沖縄米国総領事の着任会見での話しだそうだ(朝日)。
   言うところの基地の移転を進めることではなく、早期に沖縄
  基地から撤退するのが本道ではないのか。なぜ他国なら
  環境問題、文化的遺産、基地騒音は問題にならないと考え
  るのか、可笑しな話にある。ハワイでは、住民の声、また米
  国本土でも、住民の環境、歴史的遺産への影響等への危惧
  の声に、オスプレイ訓練を取りやめたではないか。なぜ、狭
  い他国の地なら自由に飛べるのか。愚かしいことを述べる
  ことは止めてもらいたい。自国国土の山岳地帯は、少なから
  ず、貴重な資源、生物の生息地帯であり、また国立、国定公
  園が殆んどだ。
   もうこの際、小さな国のさらにちいさな狭い沖縄から出て
  行くのが良識だろう。ゴルフ場つき、維持費管理つきの基地
  面積がどれほど土地を痩せ衰えさせてきたか知っている筈だ。
  ベトナム戦争で使用した非人道化学兵器の枯れ葉剤の残渣
  は、いまでも残っているのが現実だ。これ以上自国の土地を
  我がもの顔に使用することは許しがたいことだ。
   命を確率で判断するな。 








 
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               「書きとめ」


  
  
   あの人はノルマ国との戦いで勇名を轟かせた方だわ。
   なにを話されているのかしら。

   どれどれ誰だ。 ああ、あいつか。 ふふんあいつね。
   あいつは何だな、あの戦から帰還して何を血迷ったか
   知れねえいが、世にもめ事をしきりに撒き散らしている
   そうだ。うん公吏関係筋の言うところにゃ、若い衆を
   たぶらかし、本当のコトを教えると放言して廻り、しきり
   に言葉をもって、あることないこと好きなように話して、
   世さえ転覆しかねない愚か者とのことだ。

   どうされたのでしょう。なぜそのようなおぞましいことを。
   戦士が言葉を手にすることなど、女々しいことですわ。

   しかも悪いことには、あいつは若い何も世の中の事など
   すこしも知らぬ甘ったれた連中に、ヘイワ、チについて
   高名な方々の講話、秩序だった弁論を、ことごとく覆す
   高慢な言説に終始しておるそうだ。 公吏筋では、これ
   以上世へ悪を広めることは許しがたいとお怒りだ。

   ノルマの国の戦が、あのかたの考えを間違ったものへ
   と変えたのね。おかわいそう。

   馬鹿。なにがお可哀想そうだ。この国へ唾する輩だぞ。

   だって、このまえも、あたしのところへバッカス様へと、
   差し入れものをもってお見えくださったの。あの人だけ
   だわ、安っぽい衣に身をやつし、踊りだけしか能のない
   あたしめらへ、なんのわだかまりもなく、にこやかに、
   いつも話を聴いてくださる。饗宴の卑しいつまみ者に
   でしかないあたしめらにですよ・・・

   へへつ。あいつの本性が現れんるんだ。うわべは高尚
   な話を若い衆へ弁舌するが、裏ではお前のような
   ハシタナイやつでも、へへ、おまえの柔肌が欲しいのさ。
   そうさな、おまえのヘソの刺青などお好みだろうぜ。へ。

   

   「 お亡くなりになったのね。どんなお酒をお飲みなさ
     ったのかしら。 あのかたは、いつも仰っていた。

     あたしは なにもしらない なにもしらないことだけ
     をしっている だからいつも といかけるのだと

    どういうことなのか、もうお話をきけない。
    言葉をとじこめ、あらぬことをとりかざして演説される
    方はなんでも知っている人々なのね。
    あのかたは愚かな無知の幼子だったのね・・・」

   
 
    わたしは、この走り書きを見て、江戸中期において、
   少ない資料から、限りある命の事実へ、真、少なくとも
   おおいなるムへ対峙した思考の考えが、あったのだと
   おもうと、むしょうに書き手が懐かしく、わが事のように
   思えて仕方がなかった。昨夜も、いつものごとく女のもと
   へ寄ったが、途中で官憲に呼び止められ、しばらく女
   との関係、なぜあのような下らぬ蓮っ葉へ貢ぐのかと
   、つまらぬ調書を取らされた。それも五回目のそれだ。
    あの走り書きは、しばらく女の三畳の襖の裏に貼り
   付けておこう。
    いつになれば、ジユウな時代がくるのやら。
   サイレンか。 灯をけすか。



                 2012年8月31日

  
   メモ:意図と煽り

    山本美香さんが殺されて、報道ジャーナリストの強い
   偽を抉り出す志しをおぼえたものです。よく伝えられてい
   ますように、こうした人々がいなければ、あちこちで行わ
   れているギゼンなど、一般のひとびとは知る由もありませ
   ん。いまさら言うまでもなく、伝達に携わる人たちは、現
   象に対する確かな目と言葉が重要な要素です。それは
   流れる世情の浮き沈みを伝えるときにも大事な力です。
   ゴシップという記事が、いきる時はと言えば、そこの俎上
   にある人々がコウテキな活動にあり、かつそこに不正、
   が潜み、しかも一般社会へ悪影響等を及ぼしかねない
   事情が存するような件で、その言説がいきてきます。
   でも、そのまな板に乗せられた人々が、なんの不足
   もなく、世の流れに偽を撒き散らすこともなく、ただ世を
   すこしでも良い方向へと動くことが、なにか悪、犯罪人
   のグループがごときペンは、一方で時の力の片棒を担ぐ
   喧伝としか伝わらない。これなど言葉を邪な気へ使った
   暴力そのものでしかありません。なぜ、そこのあたりを
   調査せず、単純なアカ物語に仕立て上げるのか奇妙な
   週刊雑誌にある。 もう幾度となく記しましたが、記事を
   書き連ねる彼らも、そこそこの大人であろう。そして、
   さやさやかな家庭もあり、しっかりとした息子、娘さん、
   家事を託す大事な奥さんもあることだろう。ふーっと我
   にある時、相手の家庭、子ども等のことなど考えること
   も必要なことだ。もちろん、はっきりと世を犯したなど、
   その行動が、コウテキなものとなり、弾劾されることが、
   当然にあるなら、断固その不正をあきらかにすることが
   、ジャーナリストとしての使命でもあろう。 そこらあたり
   を十分弁えなければ、単にペンをもった不正と権力に
   方する喧伝の張本人となるざるを得ないだろう。 








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               「書きとめ」


   外の国へ滞在が長くなれば、たいていの人々はその土地
  に慣れ、その文化、習慣等へ馴染み、考え方も少しは分か
  るようになるらしい。でも本当のことが理解できるのはなか
  なか難しいようでもある。 とくに、物心ついたころから、すで
  に身近に外国人がいて、しかも彼らからチョコレートを沢山
  手に貰い、観る映画はなにかしら英語なる言葉を話す人々
  が馬で駆けたり、頭に鳥の羽をつけた人たちが殺される物
  語に溢れ、アカは怖い、キョウサンは恐ろしいといった話が
  横行する社会で学び育ち、アメリカは偉大な国だ、かの国は
  世界のために活動しているのだ、民主主義は素晴らしいモ
  ノなんだ、等々、とにかく同盟は正しいモノだ、労働運動は
  人々を疲弊させるものでしかない、ニホンが隣国の脅威へ
  向き合うには、米国の力が必要不可欠のものだ、学生の分
  際ですねかじりながらデモに参加するなどアカのハシリだ、
  といったことで、キョウノ授業は終わります。といって、先生は
  民主主義のできた歴史をかいつまんで教えてくれた・・・
  そして今につづく環境がある。
   そうした風景のなかで大人になった者が、外の国、特に
  米国で仕事をし、そのひとなりに批判力、物事に対する分析
  力を持ちえた人が、自国の覚醒を促すとき、果たして己の
  学んだガクシュウ環境、社会民度を、真に把握してその言
  葉にあるのか確かでない。もし民意の向上を望むのなら、
  戦後世情の環境、動静、そしてその中で行われてきた教育
  について、よくよく思考をめぐらすことでしょう。そうしたささ
  やかな自己検証なくして、自国の現象を一言で伝えること
  は難しいでしよう。特に頭脳集団の言説による言葉を無意
  識に受けた言葉は、彼ら組織の成り立ちまで知った上での
  それでなければ、なかなか説得力を持ち得えないでしょう。

   かの国のそうした対日政策への研究組織経緯をよく調べ
  た著書(*)があります。もちろんその論を全てよしとするも
  のではないですが、またこうした詳細な分析は、本来自国
  の研究者、積極的学者によってつまびらかにされてもらい
  たいのだが、とにかく一読にあたいする著述にあります。
  内容は、少々難しいとこもありますが、結構くだけた語りに
  あるときもあります(これは訳者のこころ使いにあるのでし
  ょう)。すぐれた研究者の肌を覚えます。といって四年前に
  読んだ本です。記憶の劣化が始っています。

  *:「歴史と記憶の抗争」ハリー・ハルトゥーニアン著
     カツヒコ・マリアノ・エンドウ編・監訳 みすず書房

                          2012年8月28日


    メモ:2009年11月05日別府にて
    
      2009年晩秋 別府 アーサー・ビナードさん
        
 ・・・機内のなかで全国紙の論説委員の記事を読んで不
 快を覚えたとのこと。 記事によれば、米国は自国政権
 に対して苛立っている云々とあったが、そんなことは無い
 ときっぱりと言われます。 先週までサンフランシスコへ
 帰省していたが、米国の新聞には日本に関する記事な
 どほとんどなく、また国民の関心に沖縄基地のことは全く
 無い。あるのは思いやり予算を狙って誇張された要求額
 の実行を求める油・軍需産業関係の政治家、ロビィスト
 達の意向だけだろう、と明快だ。・・・











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               「書きとめ」


   ずーっと感じていることですが、このところ報道を受ける者とし
  て、あらためてジャーナリズムの報道姿勢と受け手といった構図
  で考てみた。受け取る者としての信条、個人的生き方が大いに
  関係するのでしょうが、これが報道にある公器かしらんと思える
  媒体が多々あります。七十ばかりとなって、記事等をその中身の
  意味を考えながら読むようになってから、五十とあまりとっくに過
  ぎてしまった。しかし、いまでも目にし、注意をさそい、知る情報
  としての媒体は、ニ三種の報道体にある。 その内の一つは、
  世間の情勢変化、購読者数の変化など、経営主体の浮き沈み
  流れのなかで、報道機関自体内部の組織、編集等の内部的い
  ろいろな試行錯誤をおぼろげながら感じてきてもいた。経営は
  生きものですから、各企業としての時々刻々とした変化へ対応
  していかなければならないことはどこの企業経営でも同じでしょ
  う。でも、先にあげた媒体等は、曲がりなりにも、報道の核とな
  る姿勢は、いまでも貫いているようだ。その姿勢とは、あたり前
  ながら力の裏を突く目、権力に対する不正は見逃さないといった
  ことです。 言論媒体の自由は、一般国民の自由の表象、統治
  への監視、弱者への防波堤の指標ともいえます。ジャーナリスト
  は心して命を貶めるモノ、ウゴキにたいして動ぜず、ペンと言葉を
  しかりと堅持して、これからも出来うる限り真相へ迫っていっても
  らいたい。

   記事(毎日)によれば、原子力委員会の主が、秘密会議を全般
  的に原発維持の主意でずーっと主導してきていたそうだ。
   これが科学者として権威にあった者の主催であるから、彼等の
  学者としての内なる内規はいったいどんなリンリ構図を示してい
  たのか恥ずかしいことである。表と裏に人がある場面は、生きる
  道で、時に表れる、悲しい人の過ちでもあります。しかし、以前に
  も言いましたが、嘘を平然とのべることは、歩むものとして決して
  許されるものではない。核という底知れぬ破壊と損害を、後に続
  く命へ半永久的に残し、その最終処理さえ不透明にある事実へ
  思考を停止したかのごとき態度、言説は、権威の名にも値しな
  い。 

   二日前の記事等(毎日、朝日)に、オスプレイのハワイにおけ
  る訓練が、歴史的遺産、降下気流による森林被害、住民への
  騒音被害等により中止されたとあったが。きょうの報道等によれ
  ば、防衛省オスプレイ事故調査担当者等は、米国国防総省の
  既定説明の内容と同じにあった。調査自体どだい無理な話で
  あった。これが大人にある人物の表向きは真面目な調査任務
  の結果であるので、笑うにも笑えぬ譚にある。うら寂しい。
   きのう夕方のNHKの放送で、そのことが報じられていたが、
  ハワイ等で、住民の反対のため、オスプレイ訓練が中止された
  との件は、ついぞアナウンサーの口に上がらなかった。直接取
  材していなかったからかどうかは知らない。でも、NHKは公器中
  の公器である。しかも、沖縄をはじめ、訓練が予定されている自
  国の被害への懸念はないかのように、ただ、防衛省の発表だけ
  を形式的に伝えるのは、おかしい。ゆるやかな自己報道規制が
  働き出したのかと感じる。かっての誤れる大本営発表的動きは
  二度とあってはならないことだ。むかし軍閥、いまじゃ経営委員
  会をしめる経済界、それらに連なる総務省、旧保守党がその規
  制元ではあるまい。こころある職員は、確りと報道の自由を堅持
  するよう心がけて貰いたい。 
   また、当の公器についての逸話になるが、一昨年、某原子力
  委員会の委員長と某傍若無人のタレントが、原子力の安全性に
  ついて好きなような発言に終始した番組があったそうだ。
   おもえば、どうも経営委員を退いた会長等の番組改編への動
  き等が裏でひそかに、ことを荒立てなく、しずかに影響を与えて
  いたのではと思えて仕方がない。何度も記しますが、この頃から
  民間公器とNHK公器との同質化が進行し始めたように思えるの
  だ。公器で糧を得るタレント達の働く場を狭めることはないが、
  似たような番組は公器の視聴料のばら撒きに似る。 
   NHKには、本当のことを言葉にしたがため、働き場を失った
  優秀なタレント(本来の意におけるタレント)を、積極的に適した
  場、番組へ登用していくことだと考える。おぞましく人を貶め
  る読売系民間番組で、著名な俳優からけなされながらも、なお
  自分に忠実にある道を歩む元タレントの光る才能を伸ばす役目
  があるはずだ。事実に近いことや、真実にちかいことを見逃すこ
  とは公器としてあってはならぬことだ。しかも広告料でなく国民の
  ささやかなお金で経営を成り立たせている組織ではないか。

   さっき、FMで音楽の楽しみを聴いた。北欧の静かな土着性に
  ながれるゆったりとした曲想が耳を洗ってくれた。ハンマークラ
  ヴィーアに想起されて記したと解説にあった。そうした感はあまり
  しませんでしたが、それでもシベリウスの人柄に溢れた曲にあっ
  た。きょうは作曲者が覚えたベートヴェンをナイトキャップにして
  床へつこう。いい曲はいつも人を静かに迎えてくれます。
  
                            2012年8月25日









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               「書きとめ」


   入れ歯が落っこそうになった瞬間、母はとっさに手を出し
  て途中で入れ歯を胸元で押しとめた。歯の汚れを落とすた
  め、その入れ歯を受け取りながら、母の俊敏な動作にびっ
  くりさせられた。食事のとり方が、いつもゆっくりとしており、
  息子なら二三口ですむご飯の量を、たっぷり三十分は掛け
  て食べるのが普通だ。だから今朝の母の動作におどろいて
  しまった。人は年経ても、あっと思うとき、反射神経が目を
  覚ますようだ。記憶は普通、加齢ともに薄れていくのが自
  然のようだが、体自身がおぼえ込んだ危険等に対する反
  射神経は、そう簡単には衰えないのだろう。この神経の反
  応機能は、ほぼ生理的なものなのだろう。痛みには痛みか
  ら本能的に身をさける動作、危害からは危害を咄嗟に避け
  る行動など、命の学習効果と、生理機能が渾然と一体化し
  たものとして神経へと昇華していくのかと、思える。でも、生
  まれたままの赤子でも、痛みには咄嗟に避ける行動にある。
  どうしてと、少し考えてみるが、なるほど神経が学んだ効果
  は遺伝子の一部として繰り込まれるのだと、あたり前のこと
  かもしれないことを、真面目に思ってしまう。 

   台風の影響で、雨が降ったり陽が照ったりの不順な日が
  続く。いまのところ、激しい雨は降らない。夏特有の不順だ。
   宮崎市で、不順な雲間に、明るい陽が一輪咲いていた。
  地方テレビ放送によれば、宮崎市と韓国の姉妹都市が、行
  事の一環として、中学生の交流交歓を行っているそうだ。
  映像では、韓国の中学生が互いの友好を目指して、交歓
  側の一方の相手先である宮崎市の市長へ挨拶を交わして
  いた。聡明な顔つきにある子ども達にある。宮崎での夏休
  みを楽しくすごしてください。 相手を互いに直接知ることは
  大事なことだと思う。 刷り込まれた互いの学びが、全て
  悪いとはいえないが、当人自身達が身をもって覚えた事柄
  は、新鮮な驚きと、新たな知識の発見として、しっかりと知
  へと昇華していくことだろう。 

                        2012年8月23日
  

  メモ:毎日によれば、ハワイで計画されていたオスプレイ
     訓練が、地域の歴史的遺産への被害、騒音被害、
     オスプレイ自体からの降下気流の影響等から廃止
     されたそうだ。 反して植民地下にある自国では、
     沖縄住民等の声は一切無視されたままでの計画
     実施となっている。米国ペンタゴンは恥を知らぬら
     しい。 自国防衛相のオスプレイ試乗、発言など邪
     な喧伝でしかないことを証するものだ。 まえに記し
     たが、飛行物体の降下気流が、木立をなぎ倒して
     飛行する記録を見た人なら、これがなぜ安全と言え
     るのか不思議で無神経な言葉でしかないといえる。
      自国は盟主軍産の兵器を買うのが使命にあること
     のようだ。先日は、防衛省が数百億円掛けて無人
     偵察機を購入予定だとあった。自国をどこまで儲けの
     場とすれば気がすむのか。恥をしることだ。

  メモ2:歴史教育を怠ってきた付けが回ってきたと、議員
      の声があった。近現代史の教育が殆んどなされて
      こなかったと。指摘したことは多くの国民が感じて
      いることだ。先生は言う、ここで正しい歴史教育を
      教えて行くことが肝心だと、そういった趣旨の発言
      であった。指摘した歴史教育が、言葉とおりに正しく
      行われて来たならば、ちったあ自国民の民度は今
      より一段も二段もあがってきたことだろう。
       歴史教育、近現代史を教育課程で、閉ざしてきた
      のは果たして国民に責任があるだろうか。自国に
      少しでも進歩を与え、希望という言葉を人々へ定着
      させたかも知れぬ例の大正デモクラシーの萌芽が
      何故、どういう原因で、どういう種類の圧力で、どう
      いう統治体制の下で圧殺されてきたのか。そして
      維新以来、先進諸国の植民地主義に遅れまじと、
      隣国併合、大陸への進出、やがて大戦への端緒と
      なった軌跡を正しく教えてこなかったのは、一体な
      ぜなのか。どういた理由があればこうした事実を正
      しく教えてこなかったのか。さらに、戦後の人々、世
      界の人々にとって最上の贈り物である基本法が生
      まれたのは、どういった犠牲があったればこそか。
      それに基づく歴史教育がなぜ直ぐに頓挫せざるを
      得なかったのか。それは、朝鮮動乱勃発を契機と
      して、対共産主義と対峙すべく巣鴨から戦犯の
      旧官僚を引きずり出して、この自国を米国の衝立て
      とし、共産主義国等への自国繁栄過程を、民主主
      義国家モデルとして宣伝材料の一つにせざるを得
      なかったからにしか過ぎない。その結果、戦前の
      言論統制下の軍事独裁護国体制への歴史的検証
      さえも封じざるをえなかったのが、大方の戦後歴史
      教育、さらに維新以来の富国強兵政策がもたらした
      誤れる教育課程の犯した教育への正す目を押しつ
      ぶす動きへとなってしまったからに過ぎない。
       ここにおける戦後教育の誤りは、朝鮮動乱を下敷
      きに盟主意向にそった動きに従順にあることが、
      護国体制を生き延びてきた政治家、旧官僚にとって、
      千載一遇の生きながらえる機会となったわけだ。
      だかろこそ正しい歴史教育へむかうどころか、旧弊
      体制をよしとする胸のうちで、歴史教科書等で歴史
      事実の霞んだ方向へ次第に導き出してきたのが
      自国歴史教育課程の事実関係だ。そう言った意味
      で、文部科学省の責任は重大だ。
       こうした一連の動きを確りと把握した上で、歴史
      教育の正しいありかたを見ることが肝心要である。
      けして教育勅語的歴史回帰教育であってはなら
      ない。もう後退はゆるされはしない。
       議員の発意がどこあたりにあったのか判然としない。
      時たまナショナリズムはいけないといった言葉を挟ん
      でいたが、彼自身の母体の浪花における動き等を
      みれば、旧弊護国体制へ現代的復活を目指す男へ
      の秋波など不思議なことだ。 もっともこのところ竹の
      子政党群をはじめ、秋風をおくる流れが流行となって
      いるが。 教育するのならそういった一連の彼等自身
      からだと、思ってみたところで、せんかたない実情だ。
      悲しいことである。危険な域に達した観がする。 

       定数削減は、早急な課題であるが、比例代表区の
      削減は可笑しげなことだ。小選挙区の大幅な削減
      こそ身を切ることになる。すこしでも粗雑な連中を高
      額な国費浪費から避けるためにも、また自国将来へ
      子らの希望を託す為にも小選挙区の糞尿譚物語から
      脱することが国益に叶う。また、一票の格差是正へ
      近づく正直な道となる。 我が身が可愛いのかい。
      歴史を顧みれば、身を捨ててこその改革である。


   メモ3:熱風と秋波
         
          思い出(2011年11月28日) 

        みよ 金色に輝く雲 歓喜の浮波を

         きけ 改革を求める民衆の波を

         みよ さかのうえの希望を

         きけ 手にする民衆の黄金を

         
         馳せ参じよ  起立日本

         取り込め    あんたの党

         大同団結   主権新党

         
        まつりは商いでっせ お客さん集めなはれ
        金を集めなきゃうそでっせ
        あきんどにまかせなはれ 
        おやくにんは知らんさかいな 使うだけや
        ちいさいまつりが一番やがな ほんま
        わてらにまかせたら なんぼでももうけまっせ
        きょういくでっか よみかきそろばんですがな
        よけいなことかんがえんこっですな
        笑いが一番 わっははは 
         

        さかのしたのくもは日さえさえぎられているわ

        くものうらはだれも気づいてくれない

        でもなんという逞しさなのでしょう

        そうなんだわ あのひとのいうこと

        きっとわたしたちを幸せにしてくださるわ

        ちいさなまつりなんですって

        おみこしあたしにもかつげるのかしら


        あれ ここもあそこも同じだわ
        番組間違えたのかしら 
        えすえすCなんとかですって わいわいHBよ
        おもしろおかしくいかなくっちゃね
        よけいなことかんがえなくてもいいのだわ
        ああ なにか眠くなったわ ねむくもないのに
        みなさん みなおなじ顔だわ おなじ口紅
        おなじアイシャドー これが平等なのね
        まかせておけばいいのね 楽だわ
         
                              11月28日
         
     メモ おかしいと思ってみても、東の田舎の現象
        西の田舎のげんじつをみつめれば少しの
        不思議もないのだろう。
        少数が理にかなうとしても、田舎全体をみつ
        めれば、圧倒的に従来のほしゅ党の支持層
        が根強いお国柄である。 出たとこ勝負の
        竹の子政党をくらべてみても、みな一様に旧
        来の保守党とおなじ狢の政策主義を基本と
        しているだけだ。 こうした同質の土壌での
        まつり改革であるからその真意を見分ける
        ことが難しいのだろう。 
        わかさ、ろうれんの清新、熟練の意見が
        その土壌をつくるのだからせんかたない。
        これがいまのところの民主主義だ。
        気づいたときには、手遅れだと思うのが
        世の常とすれば、恐ろしいことである。
        いきいきした若さを骨抜きにした原因が
        従前からのまつりの経済失政が最大の
        もとであることはだれでもおぼろげながら
        わかるだろう。だがそうしたことなどおくびに
        もださぬ放送メデイア、マスコミ媒体というよ
        り、そうした作りに仕向ける暗黙の動きが一
        層その恐ろしさを倍加している。
        なにしろ独裁を指導力と勘違いしている若者、
        本来権力を批判する立場の報道機関の人間
        が、一定方向へ仕向ける口出しは正義だ、と
        のことばがあるくらいの民度である。

          


      
      




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               「書きとめ」


   男心となんとやらというが、夏の空もなかなか負けてい
  ない。まぶしい陽に洗濯物を干し、出かけて帰ってみれば、
  濡れ衣となっていた。浮いた話ならすこしは身につけられる。
  こんちくしようと思って、また強い日ざしのなかに衣を干す。
  いっときもせぬうち、まってましたとばかり驟雨だ。
  きょうはどうかと天気予報欄をまじまじとみる。傘のマークが
  初めにあり、後は傘マークが続く。降水確率は80%とある。
  お隣の鹿児島はといえば、雲マークが二つ、傘が一つ、
  太陽が一つ、のこりは星空マークだった。肝心の降水確率
  は40%を示していた。よし鹿児島に掛けたと、濡れ衣を
  かけた。
   ことをあらだてることなく晴れればよいと思うばかりだ。

  


浮気な空にちょっぴり青がのぞく
また日が照るぞ




   「科学はひとの幸せのために」と、昨日夕方の民放TVで、
  放映されていた。自動姿勢制御装置をつけた小さなヘリコ
  プターの開発を続けている人々の希望をもった研究に従事
  している姿だ。いろいろな方面で利用できる可能性のある
  技術だった。一部、場合によっては、個人情報の漏洩等
  になることが懸念されたが、チームのコンセプト、使命が
  はじめに話された言葉にあれば、そうしたことは老婆心で
  あろうか。ともあれ、被曝線量の調査等への利用は小さな
  機体であればこその使用価値であろう。科学技術開発へ
  携わる人々のあるべき姿勢がいわず語られていました。
   先日、ある研修会をのぞいた。ステンレス建築資材等を
  製造される中小企業の社長の話があった。建設資材製造
  を主体に起業し、製品自体への評価も高く、どうにか経営
  を継続してきたが、厳しい環境にあって、なかなか赤字経
  営から脱却できなかったそうだ。そうしたなか、情報交換の
  場で、新しいヒントを他社から貰ったそうだ。
   経営革新事業となったのは、コジェネレーションの技術
  革新で、そこから研究が始り、従来型に比べて使用効率、
  コスト面で格段に改良された製品技術開発に成功したと、
  話された。写真等でしか拝見できなかったが、その熱交換
  器は、確かに従来型に比べて、メンテナンスの面から見て
  も、いわゆる小さな確かな革新といえる技術が示されて
  いた。某温泉郷の某施設にて、伝統の緑色の湯を復活さ
  せたいという願いをかなえた件。異なる某温泉施設におけ
  る温排水から熱回収を行い水道水を加熱し給油ボイラーの
  燃費削減に役立っている件。水耕栽培における液肥温度
  安定システムの件。等々興味ある試行錯誤の話があった。
  現在では、機能性多孔質セラミック、超高比表面積活性炭、
  オパールガラス(装飾用)の製造等の開発もされているとの
  ことであった。企業は利益がなければ、存続できぬが、従
  来から言われてきているように、企業は人なりである。
  人を大事にしない物事は、なにごとも長続きはしない。
  もちろん仕事に従事する人たちも、ことに当たっては真剣
  に各責任に向かうことです。中小企業だからこそ言える言
  葉だとは、けっして思いません。トップが率先して研究開発
  等へ牽引し、企業全体がいい物、ひとへ希望を与える事へ
  資源を集中してこその企業と起業のこころです。
   話された、企業の熱交換器は新しいエネルギーへの小さ
  な、そして確実に大きな一歩となると思います。
  地元の企業です。応援は声しか出せませんが、是非人へ
  希望をあたえる会社として成長願いたい。
   ちなみに、企業は、当県の経営革新事業支援を受けて
  います。
  



さあ 季節到来
おいらの出番だ




   熱交換器の話ではないですが、このところの隣国等との
  扇情的対立、煽りの熱等、もしこの器が使用できたら、
  どんなにかこの地もすみよいものになるだろうかと思う。
   かっての自国では(いまでもちょこちょこ見られることが
  ありますが)隣国の人々を言われもなく蔑視した言動が、
  ありましたが、いまでは隣国の人々が熱風にかまけて、
  レイセツのドウリを仕舞ったかのごとく力混じりの怒りにあり
  ます。どこの国でも、英雄的行動が囃されることはよく見ら
  れます。その相手側では、浅はかな思考にある人々にとっ
  て、その英雄喧伝は恰好のさもしい行動原理に至るバネ
  となって、英雄国に跳ね返ります。 つまらぬことです。
   人々の段階で、熱に浮かされる事件が、いかにおぞまし
  い事がらへと導いたかは、すでに歴史という時間で学んで
  きたことです。むかし、相手がこうした事を仕出かしたから
  今度は、同じ仕出かしをしてやるといった行動は、決して
  時間を学んだとはいえないはずです。歴史は繰り返すと、
  いいますが、それは、人々がかっての時間をけろっと忘れ
  てしまうからです。自国ともども、人民の段階では、浮つい
  た扇動、煽り等へのっかることは避けることです。
   相手の態度はこっちの態度というではないですか。
  おのれが、相手の立場にあればどういう思考、行動にある
  だろうかと、冷静に己を顧みることも大事なことだと考えま
  えます。
   すこし話が変わりまが、けして他国の軍事力を背景にし
  た、外交などではなく、全うな言葉と理にかなった外交に
  努めることだ。自国政府には堂々とした言説にあることだ。
  とりまきブレーンは、この際と、盟主武力を背景にと、ゆめ
  ゆめ思わぬことだ。
   経済界の主達は、特に製造企業等はこの機会を捉えて、
  従来型の他国への進出だけに血なまこにならず、自国へ
  の回帰も真剣に考えてもらいたい。人件費、供給地点の利
  、他国との競争等を絡ませても、自国には優秀な人材、
  労働力が潜在しています。コスト概念を新しい視点から見
  つめ直すのも、企業成長にとって必要なことではないのか。
  
    
墓の花屋の シロ 

お前さん なにをそんなに
お急ぎだい


      墓の花屋のシロ



   オスプレーの開発者には、先にあげた研究者の言葉を
  送りたい。「科学はひとの幸せのために・・」




さといもの葉
もうすぐ収穫だ





いもがらぼっと美味しい
季節になるぞ




                       2012年8月20日








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               「書きとめ」


   自国をがんじがらめにした軍事不平等条約同盟の型枠に
  嵌めこんだまま、お節介にもまた、同盟のあるべき姿なる
  報告書があったそうだ。自国の行く末を、かの国の主導権
  のなかでどうして決める必要があろう。直近の隣国等との
  懸案事項は、その当事者同士で冷静に話し合いにのみに
  よって帰結への道筋をつければいいことであり、米国が出て
  くるひつようなどない。 記事(16日付け朝日)によれば、
  いつもの分厚い体躯の主と著名な大学の教授連中による
  アジア専門家の報告書とのことだ。 いわゆる辿れば米国
  における日本学の流れにある専門家チームだろう。
   もともとこの流れは、米国型統治機構を自国に根付かせ
  ようとしてきた軍産学官の頭脳集団でしかない。さらに一段
  と彼等路線への絆戦略を強めたい一心にあるのが透けて
  見える。どこの文脈をみても、君等は盟主を素通りしては
  ならぬとの触れにある。要するに彼らの利権を蔑ろにするな
  といったとこだ。極めつけは、原子力発電に対する活力維持
  、温室効果ガス削減などから原発再開は、正しい責任ある
  措置だと言い放つ。どういう神経にあるのか不思議な連中
  だ。自国の卑劣な真珠湾攻撃は多くの自国民は恥ずかしい
  と思っている。だが、はっきりと敗戦必至にあった中で、核
  実験場とされた広島、長崎のひとの思いが分からないのだ
  ろうか。君等の国の投下を命令した人の孫の方が被爆地を
  訪ねられた。そして、核は廃絶すべき人類の使命だと、いう
  趣旨にある話をされていた。 こうした動きへの行動こそ、
  世界のリーダーだと自負するのなら、率先して指導力を発揮
  するのが、研究チームに課せられた課題ではないのか。
   一パーセントの冨の活性化より、大きな命の活性化へ
  舵取りをすべきだ。そこにしか希望はない。 
   懸案の中国へは、君等が我等に説教した徹底した話し合
  いの精神をもって君等自身が対処すべきではないのか。
  愚かしい人殺し兵器対軍備拡張対抗でなく、言葉で徹底的
  にタタカウことだ。 裏で、軍需産業ムラの利も考慮してなど
  といった思惑は一掃して、君等のこころの道、リンリに問い
  かけることだ。 ところで、日本学の発生の流れで、その資金
  拠出元は主にどこであったか知ってることでしょう。日本企業
  と外務省が組織して統括した国際交流基金にあったというこ
  とを。こうまでして、自国統治をあなた様方へ委ねた忠実な
  僕としてそーっと貢いできたのだと。 ここらで、同盟のあり
  かたを武力ではなく、新しい道を研究していってもらいたい。

                        2012年8月17日
   






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               「書きとめ」


   きのうTVで、宇和島の闘牛が放映されていた。
  なんとなく郷愁をおぼえた。曽祖父の出身地だ。
  子どものころ、たんなる四国生まれだといったことで、俺には
  海賊の血が流れている、村上水軍だと、単純にローマン的
  牧歌的みぶるいにあったものだ。それが実際は、言葉通り
  の海賊行為を行っていたり、時の権力との確執の中で、
  結果として権力統制の一部へ組み込まれていってしまった、
  という事情を知ったのは後になってからだが。
   なかなか歴史の事実をしることはやっかいなことである。
  別に村上水軍のことでもないが、後世になって、地元の歴史
  を掘り起こすといった動きの中で、ことさら悪気も見られず、
  特定意図もなく、単に歴史探訪の動きの中で、なにかしら
  過去の史実から英雄伝説的物語が生まれることがしばしば
  ある。それらが観光目的伝承化ならまだご愛嬌との意で、な
  るほどと笑みしてながめられる。なにしろ神々の国である。
  良い意味でのパロデイーなら楽しめる。 でも、事実が全く
  違ったものへと変質していき、それらをまともに受け入れる
  人々の感情が、あまり疑いをかけなくなる空気が醸成される
  ことへは、しっかりと気をつけていかなければならないでしょう。

   だまされるということもまた一つの罪だ、といった内容の記
  事が掲載(14日付け朝日)されていた。明快な真実が示され
  ています。人の記憶、感情は風化しやすい。そして、ことが
  人々のいのち、環境の破壊、他の国への侵し、防衛・抑止
  力といった名の暴力破壊力への依存の正当化等、だまし
  の文言にあります。
   言葉は語る「・・いや、現在でもすでに別のうそによってだま
  され始めているにちがいないのである・・」(伊丹万作エッセイ
  集:ちくま文庫=同日付朝日記事より)
   繰り返しになりますが、歴史を出来うる限り、事実に即して
  把握することは難しいもののようです。
   その最大の因は、事実の過程を検証しないまま、次の世
  代へぼやけた恰好で、ことの核心を記述していこうとする動
  きにあります。言葉の人の語りをまつまでもなく、現在自国
  で動く政府、政治家の言動をみれば一目瞭然です。
   歴史は、大まかにみても、世界で共有できるものへ変化、
  しかも、認識した事実をはっきりと確かめて、それぞれの環
  境にある人々が、経過してきた歴史過程に嘘をつかない事
  が求めらられます。 しかし、ここそこで人をだます行為が頻
  繁に発生しています。 
   筆舌しがたい苦難の歴史過程にある人々が、いまでは、
  平気で昔からの他の人々の地を略取し、勝手に植民地化
  している現実。 暴力で地と人の血を奪う力を、いまのところ
  残念ながら最善の策でしかない国連の提案を拒否する、
  利権を有する国の思惑。 かっての帝国主義へ邁進するかの
  ような大国。 いえばきりがない、騙しが横行しています。
   そして、なによりも、把握された歴史認識を正しくうけいれ
  る勇気が為政者には求められます。
   かって犯した歴史的犯罪への追求と、現在における利権
  主張とのギャップ等、よく自らの心に照らして言葉にすべきで
  しょう。
   顔を殴られた人々の犯罪にたいする思いはそう簡単に消
  えることはないでしょう。おかした側は、ややもすれば、もう
  済んだこととして物事を処理しがちにあります。一番いけない
  ことは犯した罪を忘れやすいということでしょう。
   だからと言って、いま為政者の言説にある内容が、過去の
  罪と関連した事実ならまだしも、懸案の事項と関係あるかの
  ごとき言葉はつつしむべきではないのか、と考えます。 
   こうした歴史的因縁が怨念となってしまったのも、騙された
  国民が騙されたことなどとっくに忘れてしまっているというか、
  そうした世論風潮にあることも要因かもしれない。
   なんといっても、最大の因は、過去の過ちを正直に検証し
  てこなかった国にあることは否めません。

   もう、お互いだまされることなく、よくよく気をつけましょう。

   
   まったくどうしょうもない愚かな連中だ。
  歴史事実を慰霊という名目で騙す先生連中が、神社へ参り
  詣でたそうだ。 
  これ以上霊をだましては、亡き人々へ手向けもでできぬだろ
  うに。
   遺族(国民全て)は、金輪際だませれてはならない。

                      2012年8月15日






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               「書きとめ」



                迎え火


     あら お帰りなさい 早かったのね

     浴衣はこっちですよ いつものところ

     なんだかお痩せになったみたい

     おいそがしいのね

     お湯を浴びてくださいな

     あなたの好きな田楽芋よ

     幸吉はあす帰りますって さっき電話ありました

     あら お呑みにならないの おすきな黒じょかですよ


    「お母さん あたしに頂戴 あたしが点けるわ」
    「すこし立てるようにするのよ 気をつけてね」
    「わーつ ぱちぱちいってるわ あ 燃えてきた」
    「わーつ 赤くもえてきたわ」

    「だだいまあ」
    「お母さん 提灯どこへおきしょう」
    「おばあちゃんとこよ 台あるからそこへ置いて」
     
    「お母さん 母さんったら 母さん」
    「なによ 声だして どうしたの 提灯下げたまま」
    「お婆ちゃんが 目をとじたまま 薄笑いしている 」
   




     
                      2012年8月13日

                            

               
                   思い出

                       小夜鳴鳥 2002年アンソロジー

                   


   灯りがちらちらしてきた。三郎太は厨から種油を茶碗に取り、
  行灯へ注いだ。

  ぼーっと火がのぼり、煤となって消えた。 卓袱台にあった残
  り酒を一気に飲み干した。
  
  歳は重ねていたが、子供に恵まれず、依然として畑に立って
  いた。

  耕作は豆、菜っ葉類を主に作り畑を守っていた。粟、稗、米類
  は別の郷士の役目であった。
  
  三郎太の役目は、任された耕作を農民達へ割り振り、決めら
  れた年貢の量を確保することであった。
  
  実際の仕事は三郎太自身が真っ先に畑に下り、みんなと一
  緒に野良仕事をするのが日課であった。
 
  もともと生まれてこの方、自分を侍ともお武家とも思ったことは
  なかった。
  
  田舎の子供として育ち、いつも鍬や鎌を遊びに野を駆け巡って
  いた。
  
  草むらで目の合った大きな青大将など何でもないと掴み取り、
  他の百姓の子供たちへ見せぶらかし、子等が逃げ回るのを
  面白がっていた。
 
  父は男がそんな脅かしなんかするもんじゃないと、三郎太をたし
  なめていた。
 
  そんななかで、読み書き、武術は他の郷士の子等と一緒に、城
  下の下級武士が通う伝習所で習っていた。 しかし、あまりその
  場の雰囲気に馴染めず、また下級武士子弟のいわれのない
  振る舞いが気に食わなかった。
  
  三郎太はいつしか伝習所から足が遠ざかった。だが寺の坊さん
  が百姓の子供たちに話しを教える小屋にはよく顔を出していた。
  坊さんの話は何かしら不思議な、遠い国の物語でとても興味の
  湧く話であった。 三郎太は、俺も大きくなったら外国へ出かけて
  行き、一杯珍しい物を見、子供たちに語ってやり、驚かしてやろう
  と思っていた。

  しかし段々と成長するにつけ、それは叶わぬ夢物語であるとわか
  ってきた。

  郷士は郷士さ、野良仕事が一生の役目だと自分を納得させても
  きた。だが悔しい気持ちもなかった。しかたがないと思うだけで
  あった。俺の回りの百姓達も一生土と戯れているばかりだ。
  少しも不足はない。みんなここで嫁さんを貰い、子供を育て、土
  を耕し、竹を燃やして祭りを楽しみ、やがてまた生まれた土へ帰
  るだけだ。

   
   妙はまだ帰ってこない。
  
  野良仕事の傍ら藁や、木の蔓で編んだござ、篭を城下の商家へ
  売りに行き、帰りに三郎太のたっての願いであった硯と細い筆、
  それに安物の和紙を買って帰るはずであった。

  収穫の作物を持っていけば、直ぐに換金できるのだが、荘園主
  のものである。
  
  勝手な真似は出来ない。 まして百姓の頭でもある三郎太が不
  始末となったら、咎めがどんなにかであろうか。
 
  三郎太はそんな妙のこころやりなど思いもかけなかった。

  いつもなら、日の終わる頃には隣に居るはずだと、行灯の灯りが
  揺らぐのを見つめていた。

  妙は城下の大工の娘であったが、三郎太が顔をのぞかせていた
  寺子屋で見初めたのであった。
 
  面長な顔で笑われると三郎太は神妙な顔を保てなかった。
  いとおしくてたまらなかった。
 
  二人は、百姓仲間でいつも冷やかされるほどの中むつまじさで
  あった。

  ただ二人には一向に子供が授からず、このままでは家は終わり
  かと覚悟していた。
 
  はっとなって目をあけると、妙が黙って和紙と硯と筆を手にして
  だまってこちらを見つめていた。
 
  おお いつ帰って来たのだ。すまない俺のわがままのために苦労
  を掛けてしまった。
 
  妙は何も言わずに三郎太を眺めていた。
 
  三郎太は筆を見ると、人が変わったみたいであった。

  なにやらぶつぶつと口ごもりながら机上代わりの卓袱台へ和紙を
  ひろげ、筆を走らせた。
 
  坊さんの話が頭を掠めていた。空を飛ぶ布があるらしい。
  
  そうだこれを下にして子供たちを喜ばしてやろう。
  
  空を飛べたらどんなにか面白いだろうなどと、妙と耳をそろえて
  坊さんの口元をみつめていた幼い頃を思い浮かべながら、筆を
  進めた。

  なあ妙、あの時坊さんは俺たちにウソを話したんだろうか。

  いやそうじゃない。きっと他国では人が布に乗ってどこへでも出
  かけるのだ。 そうに違いない・・・そらへのぼる・・・
 
  とぶのだ・・坊さんは俺たちに夢をくれたんだ。野良仕事に遊ぶ
  子供等に明日をくれたのだ・・・

  
   三郎太。三郎太。おい上がるぞ。なんだこのざまは。
  おい起きろ。
 
  三郎太はやっと目を覚ました。 ああ、すっかり寝込んじまった。
  矢田かどうした。
 
  大変なことになったぞ、お主・・・ 矢田はそう言いかけると口を詰
  まらせた。
 
  お主、妙さんが城下で殺されたそうだ。 それも手打ちにあっての
  ことだ。
 
  三郎太は何のことか判然としなかった。妙が・・妙は昨夜ここ
  に・・・
 
  町の者どもの話では、妙さんは商家や町人の家を回って一日中
  篭やござを買って下さいとお願いしていたとのことだ。
  だがいまどき篭など売れるはずもない。
 
  妙どのは、夜更けて、文具を扱う藩お抱えの店へ行き、篭等と
  筆、硯、和紙と交換して下さいましと必死で懇願していたとの
  ことだ。 
  叶わぬことがわかると一たんは表へ出たそうだ。

  だがそうっと引き返し、筆などを胸に収めて断りなく店を去ろうと
  した・・・
 
  店は帯刀を許された藩公認の商人だ。
  盗人めと、その場で切り殺されてしまったとのことだ。

  
   三郎太は妙を迎えるため、寒々とした城下へ足を向けた。
  
  妙は願いをかなえてくれた。
  筆を忘れずにもって帰ってきてくれた・・・

            
                      
 
 








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               「書きとめ」


   むかしから、自国の人々は多くの場合、話へたというか、
  思いや、思考の伝え方があまり得意ではないようだ。
  幼少期、青少年期にある若者が特定の事柄についてどう
  感じているかを、的確に話すことはすくない。だが、大人に
  なったからといって、そうたいして上手くなったとも思えない
  。 これなどは、小さい頃から自分の感じたことを話す機会、
  学びの場がすくなかった性だろう。 学ぶことといえば、決ま
  りきった教科書で学ぶことが中心にあって、書かれた内容
  や、現象等に対する個人的意見を交わす場面が少なかった
  ためであろう。つまり他者との討論等の機会が、あまりなく、
  自己の意見を相手にうまく言う習慣を身につけてこなかった
  ためだろう。 だからと言って、自国の人々の大多数が、意
  見も言えぬ無思考にあるとは、けっして思わない。
   これ等は、自国のよい伝統の一つにあげてもいいと思う。
  なにも言わずにただ黙っていることは、相手側にとって失礼
  にもなる。だが、おのれの主張だけが先にありでは、なにか
  しら淋しい感じにもなる。 自国民の心の琴線の爪弾く様を
  しらずおしえている。  思ってみれば、大陸に連なる地域に
  ある人々は、古来より頻繁に他国との交易にあり、あるいは
  権益獲得に覇を争う日々が続いてきた歴史にある。先ず、
  自らの権利を守らなければ、あすの糧さえ手に入らぬことが
  現実的日常にあったことです。そこでは、まずなによりも相
  手より早く自らの権利を主張しなければ、相手に負けるとい
  った風の強い文化気風にあったのだろう。もちろんこれなど
  おおまかな話です。 一方、島国にある自国は、大陸にくら
  べれば、他国から攻められたり、権利を巡る覇権争いは、
  近代の殖産興業に邁進していく過程をのぞけば、あまりなく、
  どちらかといえば小さい島国のなかで文化を育ててきたと
  いった経過にあります。そうした環境のなかでの学び、近代
  における寺子屋での学びなど、つよく自己主張する必要も
  なかった性にあるでしょう。こまかくいえば、儒教教育などの
  お上にかなう政策的目的もあったことですが、大きな流れと
  して見た場合、礼節をしらず身に着けてきたと、いえるのか
  もしれない。
   亡くなった井上ひさしさんが、七年前の会で、平和のため
  に、人のために、といった言葉を使うとき、なにかしっくりとこ
  ないと、話されていた。そして平和の言葉を使うときには、
  日常を守るという言葉に言い換えていると。  これなど、
  正真正銘の自国文化の継承にあります。けして悪いといっ
  ているのではないのですが、良きにつけ悪しきにつけ大陸、
  西方の人々の、われが、われがの態度、心様を由としない
  ということのようでした。シャイなココロのありよう、奥ゆかし
  いといったところです。ここには話しかた、相互の思いの伝
  達のしかたが巧まず示されています。なにより争いごとを避
  けるひとのこころが聞こえます。 

    智に働けば角が立つ情に棹させば流される・・・(草枕)
   
                        2012年8月12日


             メモ:仲間 
家主蜘蛛

台所の下に友がいた。
大体12CMくらいの大物だ。


       メモ2:そうじ


墓掃除した。
大きく伸びた雑草があった。
引く抜くと敷いた小石まで
根にまとわり付いていた。




墓の花屋さんのホウズキ。
きょうは書入れ時だ。
あした何時ごろ空いていますか。
昼過ぎです。朝と夕方は混みます



そろそろお寺さんの納骨堂へ
遺骨を移さなければと思う。
田舎に残ったのは
老母と老息子の二人だけだ。



ほうずきが 
       墓石撫でる
亡き人うれし




真っ白な花があった。
天国の花かも知れない。

            


百日紅



家で、みどり蜘蛛が迎えて
くれた。手の上に乗ると、色が
すこしずつさめていく。
蜘蛛にも擬態する種が
あるのか知らん。
七、八ミリの大きさだ。

           









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               「書きとめ」


   夏の雷様は正々堂々としている。自分のありかを遠くから
  おしえ、待ち受けるものへしばしの猶予をあたえる。
  おかげで今日は、早速洗濯物を取り込んだ。 
  雷様が轟くときには、おおかた風雨混じりだ。そこで万端怠
  りなく、風向きをはかって戸の開け具合を違える。こちらから
  吹くなと思ったときは、すこーしだけ開けておく。一方は大きく
  開けっ放しにしたままだ。こうすれば、雨の吹きこみを避ける
  ことができる。蒸し暑さも凌げる。 しかし、今日の雷様は轟
  きはじめてから迫るまで、だいぶ時間がかかった。悠揚迫ら
  ずといった按配で、遠くに黒雲をたなびかせたまま、一向に
  近づく気配がしなかった。 小さい頃は、ピカット閃光が走る
  と、指でイチ、ニイ、サン、と数えて、ああ、七だったから、凡
  そ五キロから六キロぐらい先に雷様がいらっしゃると思って
  いた。音の速さはだいたい秒速七百五十メートルぐらいと
  教わっていたのを実感するためだった。おとなのいまでも
  その癖は直っていない。 近づき、風が強そうだったので戸
  の開け具合をもう一度確かめ、すこしさっきより狭めた。
  さあ、雷様どうぞいらっしてくださいと、畳の上に仰向けに
  大の字に寝転んだ。すると風がヒューヒューとなき出した。
  切なく何かを探し求めている声にあった。風も悲しい時が
  あるんだ、と思いだし、すこし戸をひろげた。泣き声は直ぐ
  に、和らいだ。 薄暗くなった部屋で、風の色々な叫び声
  のなかに、むかし読んだ本の土を思い出した。貧農の農家
  の姿が浮かぶ。しかしその内容は殆んど忘却の彼方にあ
  る。最後の主人公が銭をジャラリとならす場面だけが、いま
  記憶に残っているだけだ。また読んでみようと思う。

   琉球新報等によれば、枯れ葉剤が、返還当時基地内に
  多量に隠されていたそうだ。当時、米政府は存在しないと
  声明をだしていた。自国政府はそれをそのまま受け入れ
  調査請求を断り、少しの調査すら手付かずだったとのこと。
  そのご、南方の島へ移され埋没されたそうだが、それから
  枯れ葉剤が地表に滲め出し、一部被害が発生していたと
  あった。ベトナムにおける枯れ葉剤の人体への被害が多く
  明らかにされていた時期にあっても、同盟という名の下に
  人々への加害、そのおおくの被害事実にたいして頬かぶり
  してきた両国政府のその非人道性、自国政府の責任は許
  しがたいものである。その轍はいまもえいえいとして悪しき
  ものとして引き継がれている。 オスプレイの事故率につい
  て、米軍当局が、すでに衆知の事実記録をようやく明らか
  にして発表したようだ。その数字からして、機の危険度が
  高いということを彼等自身隠すことはできなかったからで
  あろう。 現在政府のダンマリ姿勢、くわえて情報漏えい
  罰則等への動きなど、自国民を騙しても、特定国、自国利
  権者のためなら、報道・言論の自由、情報開示等の知る
  権利さえ断つ気だ。 六日、広島の被爆平和祈念会場で
  哀悼の言葉に、現憲法堅持を明らかにした自国首長には、
  かっての言論統制にあった旧弊体制等の動きへ復帰する
  ことがあってはならないと、肝に銘ずることだ。 防衛省は、
  米軍関係者と組んで、同盟にたいするパネルディスカッシ
  ョンを開くということだが、はじめから答えがわかったことは
  止めることだろう。同盟ありきではなく、改廃への動きを確
  りと示す道なら頷けるが、目先のオスプレイ配置への誘導、
  抑止力、同盟の安全・安心への目くらましといった、従来
  どうりのディスカッションなど意味がない。それに選別され
  た人たちが、結果としてやらせになるのは目に見えている。

                        2012年8月8日








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               「書きとめ」


   年間一人当たり大体四千万円位の費用が費やされる
  安全、安心の大そうな待遇にある連中(共産党は各党へ
  配分される費用を拒否しているので除く)が、ああでもない
  こうでもないと、愚かしい政争に明け暮れている。
   人々へ議案の提案について、その可否を問わずに、決断
  する政治、一方では、機到来と民意だと気勢があがる。
   多くの人々が、重要法案については、先ず民意を問うこと
  だとする意見が大多数にある。その意では、政府の姿勢、
  並びに自公民の態度は、糾弾されてしかるべきだ。
  税と社会保障制度の一体改革は、一刻の遅れもできぬ、と
  馬鹿の一つ覚えのごとく、政府、財務省当局・自公は喚く。
  しかも、マスメディアまで世論誘導へひとしきりにある。
   法案が通った暁には、一部が社会保障政策にあてるが、
  一部は公共投資等へあてる逃げ道の条文を盛り込んだ。
  その浅ましい条文へ誘導した自民の議員の責任も重大に
  ある。さらにこの党は、どたばたに乗じて、安全保障という
  言葉を、政府原則等へ入れこんだ陰湿なダンマリでもある。
  自分らの責任には見向きもしない。

   今朝の声欄(8月7日付け朝日)に、熊本の方の衆議院
  選挙制度改革への強い憤りが載っていた。民主党が提出し
  た衆議比例区の削減にたいする暴挙への声だ。あたり前の
  声にある。一票の格差解消は、比例代表制度が最善の道
  にある。安心、安全のたいそうな処遇にある先生連中は、
  地域の声が届かぬと、多数の先生方が小選挙区擁護の論
  陣を張る始末だ。だいたい、国会議員は、自国全体を見据
  えて政治に向かうべきだ。このことは、基本法にとっくにそ
  の行動規範が明記されている。どうしても、各自・各地の利
  益地盤の声を政治に届けるのが議員の使命だと、頑迷に
  思うのなら、各県会現議員から役目を担った者一、二名選
  出し、そのものが、特別に臨時的に国会へ参会する方法を
  とればよい。高額の待遇にある連中を小選挙区の巷に配置
  する要は少しもない。 
   声の方はさらに、民主主義は多数決の意ではない。多様
  な意見を聞き活かすことにこそ、その真意があるとの趣旨
  を、記されていた。 そのとおりである。小選挙区制度こそ、
  一票が死票を積み上げ、二大政党制の悪しき一つである、
  多様な声を閉ざす引き水となるだけである。自国政治家の
  現在の質を顧みればなおさらだ。

   ロイターによれば、おやっとおもえる記事が配信されてい
  た。国内総生産の代替指標の一つとして、ブータン国の
  国民総幸福を用いるとの配信だった。その言葉の主が米国
  のFRBの議長であるそうだから、ほうーっとみつめた。
   実際、これらが彼の国の指標になるには、相当な決断、
  勇気がいることだ。でも、そうした言葉が米国、しかも金融
  政策の要の人物からのそれであるので、かの国にちょっぴ
  りでも資本の横暴への反省がうまれつつあるのかなと、思っ
  てみたしだいだ。そして、経済の価値をはかるとき、教育水
  準、余暇活動、社会的地位の上昇、職務保障等々、さらに
  所得配分への目等を指標へ活かすとの話があった。
  たとえ希望的言葉であったとしても、米国にそうした考えが
  しっかりと根付いていけば、すこしは話のわかる相手となる
  可能性が無きにしも非ずといったところである。
   ところで、ここで話されている事柄は、かっての自国では
  曲がりなりにも、それらの事柄は経済の価値をはかるとき、
  普通の指標でもあった。ところが、現在では、経済的価値は
  経済・生産第一主義がその主体となり果ててしまった。
   生きる命にとって、重要なことは、最低生活保障は当然
  政治の中心課題にあるはずだ。しかし、現在進行中の自国
  は、いみじくも米国FRB議長が危惧する傾向へどっぷりと浸
  かってしまった。 
   そうはいっても、彼の国では、まともにそうした事柄が政策
  に活かされることは難しいことであろう。あのお茶の会の悪
  辣な行動、資本を自由と見誤った1%の経済人が巨万の富
  を操作するお国柄である。雇用の改善といっても、大多数は
  語弊があるが、しがないサービス産業の身分保証のない低
  賃金に泳がされた人々であろう。 また、GNP、GDPをGNH
  とした敬虔なブータン国でさえも、物欲がないわけではない、
  といった話が、二、三週間前の朝日の特集記事に載ってい
  た。 わたしたちは、本来の自由をたゆまず捉え、確りと意
  識し、考えを進めていくほかない。断末魔の声の断崖にあっ
  ても、希望を忘れることはできぬ。

                        2012年8月7日

     
         メモ:共食い         


ハエとり蜘蛛が共食いして
いた。体長約8ミリの蜘蛛が
左に仲間を捕えて糸と唾液で
丸めてしまった。



丸く餌にした仲間を
さらに固める




裏側から見ました。
彼らにとって、生きる
日常の一こまです




  




  
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               「書きとめ」


   砂ぼこりが目立たず、広々と整備された場所からの
  離陸である。試乗の快適さを、しゃあしゃあと御仁は話す。
  みっともない姿にあった。 彼は、米国内で公開飛行の
  映像等を見たこともないのだろう。強力な回転翼が引き
  起こす猛烈な砂塵、直下の木立の枝をなぎ倒し、削ぎ
  落として飛行する宙ぶらりんの恰好を。飛行音は、通常の
  生活に懸念されるほどのものでない。なにをか況やである。
   二、三日前、風が去った後、家の頭上をヘリコプターが
  一機何回か旋回していた。やけにうるさい音を流し続ける
  なと、見上げて見た。普通の機体と違う。何のための旋回
  だろうと、あれこれとめぐらしたが、ああ、緊急医療のため
  の機体だろうと思った。しょうがないと戸を閉めた。でも、
  色はモスグリーンであった。そうか例の機体だと、直感した。
  その音が直ぐに去れば、うるさいな、といった感じでやり過
  ごしてしまうが、これが日常的に繰り返されると、はっきり
  とした騒音害だ。たまったものでない。この機種でこの有
  様だ。御仁がいうところの安全、日常生活に差し障りない
  機種が配備活動した時分には、深刻な爆音被害が人々
  にもたらされることは確かだ。 ペンタゴンの傲慢さと御仁
  の侮辱的言葉に染め抜かれたさもしいベールが、小さな
  国を被う。 
   無駄な税を食い尽くす連中が、また、盟主の無人偵察機
  を購入する予定との伝があった。一機100億円強の戦闘機
  の賄費さえ、おろかしい無用の税の出費にあるのに、何を
  考えているのかおこがましい限りだ。これなど見ても、自国
  が、完全に盟主国防総省の産軍複合体戦略に取り込まれ
  ているかが分かる。 中国の軍拡への対抗、抑止と自国の
  安全に資すると、いつもの如くの喧伝だ。喧嘩の相手が
  コブシを強めれば、一方も負けじと対処することは、明白な
  ことだ。軍拡競争という、下らぬクニの意地だけがのさばる。
   作ったモノは売りさばかねばならない。それが、血税から
  のモノであればあるほど、不良在庫としてしまっては、当事
  者等の責任追求とともに、予算獲得さえ困難になる次第だ。
   お得意さんが食指をのばすには、それなりの理由をつけ
  ねばならない。敵はいつもソウゾウしておかなければならぬ。
  争いがおこる火種をのこしておくことも肝心だ。 悪名高き
  諜報機関が活躍する所以である。昔からであるが、戦争は
  商いにとって美味い話の一つだ。不況にあっては労働力さ
  え、喜んで受け入れられ、軍人力と生産へ、生贄にされる。

   中立とは、単にその間にあることではない。力と力との間
  にたつだけなら、なんのためのそれか意味がないと話され
  る。中立:8月5日NHK九州局特集番組「未来への遺産」再放映より)
  強大な力をもった者と、なにも持たない者との間で判で押し
  たような間に立つことは、力に手を貸すことにしかならない。
  弱者にあってこその中立だ。ここの中立は、人が真に命と
  向き合った心の過程を経た人の観から流れる信を基準と
  するものです。
   また言われていた。カルテの裏側を見抜く力、それも、医
  に携わる者に必要なものであると。隠された裏側には、
  それぞれの人々の生きる日常の様があります。それが、
  社会的原因に根ざすとき、なぜこのような不条理が許され
  るのか。いったい紋切型でそのおぞましい状態が解決した
  と言えるのか。 ここには、確かな道徳、倫理観があります。
   鶴見俊輔さんが、昨年の会で話されていた。
  科学において、ひとにドウトク、リンリの欠如があってはなら
  ぬと。 ファラデーは、武器の作成要請にあったとき、きっぱ
  りと断ったという逸話があります。ヒポクラテスは、医術に
  携るひとへ、こころすべきリンリ観に根ざした言葉を残して
  います。
   これらの言葉、態度は、いまもって輝いています。
  原田正純さんは、その言葉を体現された命にありました。

                       2012年8月5日
  
  *訂正:8月6日。 上段の旋回していたヘリコプターは、
       県の緊急医療チームのものと確認しました。さっき
       ランニングの途中、市営グランドでヘリコプターが
       離着しているのに出くわしました。二、三日前の
       轟音はおそらく同じ訓練時の音と機影であったの
       だろうと思います。先入観訂正します。
   






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               「書きとめ」


    季節のさなか、はやばやと秋の気配だ。
   朝方、半開きの戸からひやりとする風が吹き込んできた。
   あらしの後の性でもあろう。人がすっかり衣更えした頃に、
   季節はあたらしい風の身繕いだ。先端モードにあった。

    きめる政治とは、都合の良いときだけに行うことらしい。
   各地で展開されつつある市民の意見を聞く場が、本当に
   政治に活かされていくのか不透明にある。官房長官が
   言うには、そこの場の意見が今後の動向を左右するもの
   でもない、といった意のことをのべていた。おかしな言で
   ある。そうであるなら、なぜ、各地で人々の声を聞く場を
   重ねるのか不思議なことである。時が経てば、少しは熱
   が醒めるとでも思っているのかしらん。 人々への税負担
   、寝返ったような公共事業への税の投げ入れ、しかも
   その財源に対する不透明な釈明などを、決める政治と
   思っているらしい。 オスプレイにいたっては、決める以
   前の問題で、既定の手続きにそって、しゅくしゅくと処理
   していく所存にあるそうだ。顔の厚さも、ここまでくれば、
   そのとおりの厚い面構えになる。一方言葉はやせ衰え
   ていくばかりだ。

    最先端の医療技術にある研究者が、不明朗な金の疑
   惑につつまれている。原子力研究者の電力会社からの
   貰い金の不思議な事情。ここには、科学の名はすこしも
   ない。あるのは、自国の利権構図が、政治、企業、研究
   者全体へ蔓延している図だけだ。 なぜだろう。
    人は皆無とは言えないかも知れないが、聖人君子に生
   きられないことだけはほぼ確かだ。 
    みなミスを犯す、知れたくない行為にある場面もある、
   破廉恥な行動にあるときもある。だが、終始嘘のなかに
   あることは、恥ずべきことだ。それが、ひとびとの命に関
   わる事ならなおさらだ。 科学者、技術研究者等が研究
   対象に対する真摯な態度にあることは、当然のことだ。
   しかし、その対象が、人々へどのような影響を及ぼすか、
   与えることになるのか、については、人々へはっきりとし
   た説明、明瞭な開かれた態度にあることです。 
    かって、いまもかもしれません、自国の研究者、学者達
   が、研究費不足、年功序列、待遇不遇等で、栄えある自由
   の国での研究成果を求めて渡米して行ったことです。
   研究に存分に打ち込める環境は、素晴らしいことでしょう。
   でも、その裏側では、巨大な軍産複合体が資金源の主な
   一つの流れでもあることなど、あまり知られてはいません。
   資金を受ける当事者が、大学、研究機関等の経営管理者
   等ですから、そうしたことには、あまり関心はなく、また知る
   よしもなかったことでしょう。しかし、著名な大学、研究機関
   から排除された、というより上層部の意に沿わない研究者、
   研究グループへの資金のながれは、殆んどないそうだ。
    研究目的が、本当に人にとって有益であれば、投資資金
   への懸念などありません。そこに、特定方向への利用手段
   、目的活用の目が潜むとき、その資金はいかがわしい物と
   変容します。 学者、研究者等は対象に打ち込む前に、先ず
   なによりも、彼らもほんのいま生きる命のひとり、一つでしか
   ない事を、心底おぼえることでしょう。真理探究は何故を追
   求すること、その結果として偽を拒否することでもありましょ
   う。その学ぶ初歩にあった幼きころの探求の思いを、いつも
   呼覚ましたい。 

    現在、自国では、科学者への信頼が失われている。
   そういったなかでの、信頼回復は如何といったインタビュー
   が載っていた。 的確な組織機関の人の声が聞こえていた。
   自国の科学者の不確実な科学に対する、人々への不透明
   な説明(それがあるほうはまだましだが、なかには説明すら
   できぬ科学者があるのが現実だ)に対する不満への問いに
   対する声でした。自国で参考にして良い中身ではあった。
   でも、そこで話す人は、EUの科学顧問にある人の話だ。 
   既にある科学施設等の存在を前提としての話である(当たり
   まえでしょうが)。
    科学が、科学としての輝きを取り戻すとしら、話にもありま
   したが、物事に対して、嘘をつかないということです。
   至極当然な言葉です。しかし、そこからあと一歩先への話は
   なかった。組織機関にある当事者の限界かもしれません。
   そこには、科学者の もらる りんり に対する声は少しも
   聞けなかった。科学の不確実性のなかにあって、なぜ、
   一部の科学者、技術研究者達は、現に欧州各地に核爆弾
   を保持し続け、無益な殺しの道具を作り続けているのか、と
   いった声までには至らなかった。 
    道は、一歩一歩、愚直に進むものだとあらためて知らされ
   たことでした。そして、ひとは虚偽の風車へヤリをかざし続け
   て行くしかないと。
   
                           2012年8月3日


  メモ:寝た子を起こすな省庁の、愚かな官吏が、予想されていたことであるが、
      昨年末、妙な策謀をめぐらしていたそうだ。 この国が、どこまでも特定
      経済界だけに視点をすえた経済施策を維持してきたかをものがったてい
      る。 野田政権になって以来、一連の自民党政権、あとになって自公政権
      来の悪の華が、ここに来て一斉に開花したかのごとき様相にある。
       政経、エネルギー問題、悪しき日米不平等同盟条約、非核三原則の反古
      、武器輸出三原則の悪しき見直し等々枚挙に暇がない。 
      自公民は、本来政策課題として議論する気なら、総選挙の後で、その道筋
      をつける課題をすべきなのに、やせ細った人々から薄くなった血さえも、
      さもしく平等に摂る見込みが立った途端、消費税への馴らしはすんだと思っ
      たのだろう、公共事業費等の錦の御旗へ、使い道の抜け穴さえ早速条文
      へ盛り込んでしまった。 連中の遣り口を眺めていると、実際人が指摘され
      ていたように、多くの自国民は引き続き侮辱されっぱなしにある。
      
       防衛大臣が愚鈍の主らしく、盟主国にて、オスプレイに試乗するそうだ。
      馬鹿もほどほどにすることだ。君が乗ったところで、どうして安全が確認で
      きると言いえるのだ。もと自衛官の航空操縦士だったからか。
      自国民、特に沖縄の人々をこれ以上侮辱するな。君にできることは、軍事
      同盟関係の早期改廃への道筋をしっかりとつけることだ。きみに大和魂が
      あればこその話だが。腹を切らざるを得なかった人士の、もう一つの詠歌を
      しっているか。そこには、すこしも武力という言葉の想起などこれっぽちもな
      い。あるのはただ家族への深い感謝の言葉だけだ。死に行く人が武を語る
      はずがないと、思うこころは、浅薄な感受性しかないひとだろう。 
      つまらぬ絆作戦等無用なものでしかない。盟主が、本来の友として、現在
      の安全保障という抑止力等の言葉へを隠すことなく、日米関係を真の
      平和に根ざした道にする気があるのなら、昨年来の未曾有の震災を
      プロパガンダの場にしないことだ。これ以上滑稽な真似を仕出かさないで
      くれたまえ。
       傲慢と侮辱は願い下げだ。 
      
      
   
メモ2:



      三木睦子さんが亡くなられたとのことであった。
     丁度、七年と四日前に東京の有明であった
     九条の会で、会場の遠くの席から初めてお目に
     した。
      三木さんの凛とした立ち姿は、平和を心から願う
     ひとの態度がひしひしと伝わってきました。
      四年前には、小田実さんの志しを継ぐの会で
     お姿を拝見しましたが、それが小生には最後の
     話とお姿でした。
      ご冥福をお祈りいたします。








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               「書きとめ」


   


暑さも なんのその



    虚しいと思うときでも、めげずに声をあげていかなければ
   と、その人自身のこころの内省と人の心の隅に隠れている
   思いの真実を照らしあわせながら、大勢の参会者へ励まし
   の話をされていた(7月16日10万人集会、瀬戸内寂聴さん
   の声:映像ドキュメントより)。
    メデイア等によれば、先日の日曜日も、多数の人々が国
   会議事堂を囲み抗議の意を表していました。
   この場をみて、自国のひとびとのりょうしきは健在だと覚え
   たことです。 しかし、ふっと立ち止まるとき、ここにある
   人々は、しっかりとした考えにある人々が主体となって集ま
   っている姿だとおぼえます。見誤ってならないのは、こうし
   た姿が果たして、自国の大勢の態度かどうかは不確かで
   もあります。 確かに、反原発、脱原発の声が、現在日本
   全体で圧倒的な声となっています。その意味で、自国の
   人の目は確かだとうなづけます。 そうであっても、自国の
   首都、浪花の都にあっては、特異な思考過程にある者が、
   堂々とその首長にあります。田舎においても、相変らず
   旧弊思考にある者が、いうところの民意によって選ばれて
   しまっているのが現実です。 国会が民意を体言してくれ
   ないからこその、民主デモです。だが、おなじことですが、
   まだ、まだ、本当に主権者の声を、しっかりと受けとめた
   国会の姿へはほど遠い過程にあります。 なにか悲観的
   な物言いになりましたが、人はみな虚しい命の中にありま
   す。それゆえ、人々がそーっとわれにあるときのオモイ、
   ムをおぼえるとき、そこにむなしゅう安住するのか否かが、
   人々の行く末、世の未来さえ決めてしまうことになりかね
   ません。だこらこそ、いまのデモにたしかな意義を見出せ
   ます。 さいわいなことに、原発1000万人署名活動が、
   粘り強く行われているようです。こうした地道な行動が
   本来の意のデモクラシーを、人々が手にする道へと導く
   動力の一つになると感じます。 

    田舎はいつまでも田舎であって欲しい。
   でも、もうちょっと垢抜けしようではないですか。ひとに
   とって悪いことは、臆せず否といった声をあげましよう。
   みやこんじよん皆さん ひゅうがかぼちゃ いもがらぼっと
   の皆さん かごっまんみなさん たねがしまんみなさん
   あまみんみなさん
    南から声を上げていきもんそう 
     こんどの世紀はヘイワでエドへ攻め上げもんそう

                          2012年7月31日
   
    
   



みあげもんそう








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               「書きとめ」


   楽しみにしていたFMの番組が、消えていた。番組案内の
  時間帯を二度目を通してみたが、やはりなかった。五輪に
  ちなんだ英国のさまざまな音楽があるらしかった。それは
  それで、ひと様々であるので構わない。 音楽が消え去る
  わけでもない。たんなる個人の時間がいつものごとく消え
  去り、もうかえりはしないということだけだ。

   経団連トップが、どの案も賛成できない、と記事にあった。
  原発が止まったら、経済停滞の責任はどう取ってくれるん
  だ、新エネルギー問題も不確かだ云々と、成長戦略のみを
  主張する、向う傷を気にするなの伝統にある主の発言だ。
   どうもこうも、責任は君等にあるだろうが、新しいエネルギ
  ーに対する即物的な構えなど、長期戦略展望と短期戦略と
  を履き違えている。経済活力の源だと自負しているなら、自
  ら、新エネルギー代替化へむけて、積極的に研究、開発へ
  先行投資してしかるべきだ。コストがかかる、愚かなことを
  いうな。すでに、従来から様々な代替エネルギーへの研究
  開発はここそこでされている。そうした研究をしっかりと調査
  し、積極的に投資支援へ行動すべき時機にある。前から、
  NHK等において、新エネルギーへ挑戦する研究者、団体等
  がとっくに紹介されている。また、TBSの日曜日に放映される
  「夢の扉+」で、規模は小さいながら、地道に各種の代替
  エネルギーへ日夜努力する研究者、企業の姿が紹介されて
  いる。時間があったら、たまにはそうした企業努力を見る
  余裕があっていいのではないのか。自国エネルギーを守り
  たければの話だが。 君等が既存思考だけに負ぶさった、
  核エネルギーは、現在ならず、子々孫々までその負を遺す
  という莫大なコストの事実を決して没却することはできぬ。
   いまの、自国の労働力の低下は、君等の効率優先の結果
  でしかない。どうして、平均労働年限を固定化するのか。
  保険等諸経費が増えるからか。だから消費税へと圧力を
  かけっぱなしなのか。違うだろう、労働力は年齢などでは
  図れはしない、そういう時代にすでに入っていると認識する
  ことだ。総体の労働力が増えれば、老若そろって、社会税
  負担に対する認識は深まる、もちろん年金等への保険料
  の増加も図られる。老若負担対峙の思考は、政府、経済界
  等既に時代遅れにあることを認識する必要がある。 
   人件コストシフトだけの他国への投資は危いという例が、
  隣国で起きている。これは、廃液処理といったあたり前の
  注意に手抜かりがあったためではないのか。他国でこそ、
  公害等へは細心の注意をもって行うべき企業倫理にある
  はずだ。 ここらで、いま復興への支援が必要な地域へ、
  工場等の自国への復帰も一つの選択肢にある。
  君等の懸念するコストの問題は、確りと話し合えば、人々
  も現在の自国の置かれた環境等はよく承知しています。
   あなたの体内脂肪酸を減らすためにも、あらためて、新
  エネルギーへの思考転換、労働力への思考転換への努力、
  頭の洗い直しを願いたい。

   沖縄で、大学校舎への米軍機墜落事故があった折り、
  現場にあった警察官は、米軍事故班から立ち入りを拒まれ
  証拠収集、調査さえできなかったとのこと。そのとき警察官
  は、どうしょうもない無力感にあったそうだ。これが、あたり前
  の人の気持ちだろう。
   例の飛行物体に関して、両国関係官吏等は、判で押した
  ごとくの物言いに終始していた。とても対等な関係とは言い
  がたい。オバマさんも選挙運動で、自国の声など聞こえない
  だろう。人の国を勝手気ままに使えるとの考えが、当然と事
  務的に処理する両国官吏等は、裏淋しい思考の人々だ。 
   オスプレイが、最新鋭の抑止に叶った武器だと、本気に言
  うのだから、かの国がいかに軍産複合の影響下に強くある
  かが解ります。
   佐賀大学の豊島耕一教授によれば、あのアイゼンハワー
  大統領が、退任の演説で、米国の行く末を、軍産複合体が
  ほしいままにその影響力を及ぼしていくことに、強い懸念を
  しめしていたとのことであった。ときの例の共和党の大統領
  である。しかも、外交において、武力を強く背景にした姿勢に
  ある党の首長が残した言葉である。
   ことばには、・・未来の豊富な資源を略奪して、今日だけの
  ために生きるという衝動は避けねばならない・・・・ともあった
  そうです。
   いわゆる、かの国独自の自由主義概念に根ざした自由主
  義の中での話ですが、それでも、中に流れる思考は、政治
  家、かっての夥しい血を目にしてきた人の一つの懺悔、倫理
  感でしよう。 
  アメリカが時折みせる、ふっと甦った良心といったものでしょ
  うか。 
   森の詩人と、到底比較はできませんが、これらの文言に
  そえば、H・Dソローの意を体言したかのごとき言葉です。
   米国の人々が、新しい希望へむけて目をさますことを、自
  国の覚醒はもちろん、ともども願うばかりだ。
  人は考える生きものだ。遅きに失することはこれっぽっちも
  ありません。

                          2012年7月28日

  *:文言の責任は一切、HPの管理者にあります。









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               「書きとめ」


    あと少し自分の自由な時間が欲しいと、おやふこうと思い
  つつ、母の介護をより効率的に行おうと考えて、いろいろと
  工夫してみた。だが、命ある人間を効率的に介護しょうとす
  ること自体むりなことと、近ごろ実感している。朝、母を起こし
  ておしめを換え、着替えをしてやり、朝食に箸をとってやり、
  入れ歯を磨き、朝の薬を服用させ、目に薬を点し、排便等を
  すませて、デイケアの方の迎えを待つ間、どんなに手際よく
  しても、母の場合、たっぷりと二時間強かかる。そして、二人
  の下着類の洗濯をすませる。さらに一時間程だ。
   サービスから帰って来てからは、軽いおやつと果汁、排尿
  、おしめのチエック等、持たせたタオル類の洗濯。落ち着か
  せたところで、夕飯の材料を買出しに出、下手な料理をし、
  二人でささやかな食事をとる。また、いつものように食後の
  薬を服用させ、排尿をみ、床へ就かせる。落ち着いてから
  水風呂を浴びその日のアカを流す。この夕べの時間も、たっ
  ぷり4,5時間が経ってしまう。まあ、どこの家庭でも、こうした
  時間はあたり前であろう。まして認知度が進んだ家庭では
  なおさらでしょう。ときには、大きなうわ言に惑わされて目が
  覚める。 老老介護譚の一席でした。
   自国の平均寿命が、これこれと発表されていた。この線で
  いくと、なにもなければあとまだ十年くらいは生きられるよう
  だ。できるかぎり、言いたいことはいって逝きたい。母より
  先に逝く事などないように心がけたい。
   そういった訳で、年齢の加算もあるが、朝は大体四時から
  五時には床を離れる。もともと夜型で、寝つきの悪い方であ
  り、無理に寝ようとすると余計目が冴えるので、十二時ごろ
  に床に臥す。熟睡というわけにはいかないが、どうにかこう
  にか、こうしてキーを押すことができる。 早起きになって、
  一番よかったことは、酒を殆んどのまなくなったという点で
  ある。まったく呑まないわけではないが、ナイトキャップとして
  の役割は完全に終えた。呑みすぎるとかえって頭が冴える
  ことを、身を持って覚えてきたからでもあるが。
   
   今朝は、高齢が主役の日なんだろう、声欄には、世間一般
  でいわれる老人の方々の声が多く載っていた。(朝日7月27日
   付け)


   福岡県の84歳の声:稼動許す経済至上主義に恐怖・・・

   埼玉県の70歳の声:納得できない政府事故調査報告

   福岡県の70歳の声:消費税分が社会保障以外にでも
    使用できる抜け道となりかねない法案の付則18条2項
    「成長戦略並びに事前防災及び減災等に資す分野に資
    金を重点的に配分する」・・条項にある言葉の不確かさ
    へ疑問を呈していられた。安全保障をいれこんだ原子力
    基本法の改正等をみても偽が垣間見えますが、同じよう
    なくくりでしょう。

   熊本県の73歳の声:生活の最低保障 政府の責任・・・
  
   毎日:記事より
  「内閣府原子力委員会が原発推進側だけで「勉強会」と称す
  る秘密会議を開いていた問題で、司会役だった内閣府原子
  力政策担当室の職員(当時)が、パソコンから大半の関連メ
  ールを削除していたことが関係者の話で分かった。内閣府
  が設置した検証チームなどが2回にわたり関連資料の提出
  を要請した後に実行しており、意図的な隠滅の疑いがある。
  事態を重視した検証チームは、内閣府のサーバーからメー
  ルを復元する作業に乗り出した。【核燃サイクル取材班】」


   同
  「古典として守るべき芸だということは分かったが、新規の
  ファンを広げるためには台本が古すぎる」と苦言を呈し、演
  出方法を現代風にアレンジするなどの工夫を求めた。
   浪花男もさすがに、芸術を反古するわけにいかぬと悟った
  のか、文楽観劇となったそうだ。確かに、時代にあった内容
  にすることは、必要なことだが、芸能の内容について一つ一
  ついちゃもんをつけるのは、古来、独善者に多い。
  きみが行うべきことは、思想及び良心の自由は、これを侵し
  てはならない(19条)。その思想を反古にしないことだ。
  君が世にうって出るキッカケをくれた、つまらぬ番組等に
  比べれば、近松の世界と君の世界との比較対象に質が雲
  泥の差にある。

   クローズアップ現代(7月26日版):
  デモの意の変遷があった。おおかたそのとおりでしょう。
  歴史の流れからすれば、やっとデモが本来の意を取り戻した
  ともいえます。ある青春の時代を過ごされた方にとって、デモ
  の意は、民衆、デモクラシーの原点でもありました。いづれにし
  ても、自分の頭で考え、その意思を表現することは素晴らしい
  ことがらです。デモが表した姿に、自国には、まだささやかな
  レイギ、謙譲、思いやりが残っていると覚えました。
  

                        2012年7月27日








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               「書きとめ」


    この国は、精神的に成長せずに歩んできた。
   石牟礼道子さんが言葉にされていた。 
   ほんとうに至極な指摘だ。 内外に未曾有の惨禍をもたら
   し、徒に戦争を長引かせ、各地に空襲死傷者を出し、挙句
   の果てに広島、長崎を原爆実験場と化した自国である。
   二度と戦争の惨禍を繰り返すまいと、基本法のもと、独立
   平和国家として足を踏み出した。隣国の朝鮮戦争をきっか
   けに復興の足がかりとして、経済成長へと弾みがついた。
   自国民のよく言われる勤勉、規律などと相俟って、経済力
   は発展してきた。しかし、大事なモノを置き忘れ、傲慢という
   成長神話をへて、今に至っています。その付けが、公害と
   いう新しい言葉を作り出し、多数の被害者を生み、最たる
   傲慢そのものである原発人災をもたらしています。
    それでも、水俣はすでに歴史の片隅に追いやられたかの
   ごとく、事件終結の幕が降ろされつつあります。そして、原
   発に至っては、なにを急いだのか原因究明、安全確認さえ
   不確かなまま、経済優先を鮮明にした政経の傲慢がありま
   す。先日の事故調査等で示されてましたが、保安院の官僚
   が、寝た子を起こすなといった文言等、命より経済が先と
   いう姿をあらためて知るにつけ、いかにこの国が傲慢に覆
   われてしまっているかを表していました。オスプレイの問題
   もそうした幾多の中での動きの一つでしかありません。
   「リスクを背負うのは沖縄。国民が『自分は関係ない』と
   いうなら、子どものいじめの域を出ない」(今朝7月26日付け
    西部本社版朝日より)
那覇市の翁長雄志市長の言葉だ。
   また、税確保の目途がついた途端、公共事業への予算
   振り分け、遅れじと旧保守党の公共投資への回帰路線が
   目立つ。そこには命への思いなど微塵もない。
    この国は、いつになったら目覚めるのかしらと、人災等で
   亡くなった無数の声が聞こえます。きこえないとしたら

   :7月25日NHKクローズアップ現代より
                           2012年7月26日

   メモ:追加午後23時40分
    七十二、三パーセントが人為的ミス、設計上は完全だ
   と、米軍高官が説明しているそうだ。従来の説明と少しも
   変わらぬ。しかし言っている言葉の不自然さ、矛盾には気
   づかない。一体全体、72,3%のミスが欠陥につながらな
   いとはおかしなことである。数字だけでもたいした危険度に
   ある。高度な電子計算システムを基とする機体そのものの
   操縦操作がきわめて敏感な操作技術を要するということで
   あろうから、けして人為的ミスにその原因を求めることは
   できぬ。その姿勢には、軍設計担当関係者、製造企業の
   正当性を弁護する詭弁としか聞こえぬ。 高額な合衆国税
   金予算を食い尽くした軍・産共同責任の、関係当事者の言
   い訳だけが聞こえてくる。
    いづれにしても、人の国を蹂躙する飛行物体に対する会
   議が、両国の形式的説明言葉の共有化、人心馴らしの説
   明文句の使い方だけに終始するような、国民を愚弄する会
   議にあってはならない。
    ここではっきりと、飛行物体の配置、飛行訓練の中止を
   求める。ここは植民地ではありません。同盟という恥ずべ
   き内容の条約等、直ちに見直し、基地等の撤退へ早く舵を
   とってもらいたい。 あなたがたの首長へ自国の人々の声
   を正直に伝えてもらいたい。 
    現在の大統領にあって、この腹立たしい戦略である。これ
   が、失礼だが、別の党へ変わったら、ますます高圧的な物
   腰で日米軍事戦略を喧伝するのが目に見えている。いましか
   機会がないと思っていればこその言いである。
    米軍当局者にあっては、明確な自国民の意思を伝えてい
   ただきたい。








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               「書きとめ」


    オバマさん、あなたならあなたの国のありかたが少しは
  変わるかしれないと期待していましたが、やはり駄目でした
  ね。あなたは、よその国の土地が、あなたの国の思うまま
  に使うことができるとでも思っているのですか。そうとは思え
  ないですが、どうですか。もし今起きていることが、当然の事
  だと考えているのなら、あなたの就任時の言葉は嘘だった、
  と言わねばならないでしょう。もし安保条約が厳然としてある
  ので、とった行動は、同盟国をまもる外的脅威に対する抑止
  力だと、あなたのペンタゴンがしきりに喧伝していることを、
  本気で思っているのですか。いったい、この地域で戦争が
  勃発するとでも、安全保障神話を言葉とおり信じているので
  すか。この狭い地で、本格的な戦争のみならず、ちょっとした
  紛争が起きれば、戦争どころではない、甚大な原発紛争災
  害さえもいとも簡単に勃発するということを。しかも自国のみ
  ならず、周辺諸国の人々さえも半永久的に深刻な被害を与
  え続けると。安全保障条約等では、決して自国を守ることな
  ど不可能です。すこし役に立つとしたら、あなたの国にとって
  でしょう。この時にあっても、大陸間弾道ミサイルが堂々と
  おぞましく貴国のみならず、中国、露国等には多数配置され
  ています。そうした瀬戸際の中でのほんの希望をたくした時
  間稼ぎぐらいになるかもしれない、といった恥ずべき待機時
  間だけです。 力対力が効を奏するとすれば、現体制を悪し
  き方向へと改変し、本各的な軍備体制国家への道のりとし
  たいとする考えの人々が、あなた方のいう抑止力という概念
  で、この自国を歴史と逆行する時代へ導くきっかけになる
  だけでしょう。そうなったら喜ぶのは、あなたの国の死の商人、
  関係する蜜月ムラの人々でしょう。 あなたは、こうした考え
  には決して組しない筈だと思っていますが、どうもそれも危く
  なりつつあります。 
   どうかあなたの決断で今回の愚行にある、つまらぬ飛行性
  物体配置を回避して下さい。 不平等条約はもちろん、今後
  両国は、真の意味における平和を基軸とする同盟関係へと
  前進しょうではないですか。頑迷なひとは別としまして、多数
  の自国民はそういう思いにあります。
   あなたに好きな言葉をおくります。 
    イエス ウイ キャン


   不良在庫品が、すでに基地へ運ばれたとのことであった。
  自国の人々が、何もできずに手をこまぬく姿は国民として憐
  れである。長年の沖縄の人々の無念が、我が事のごとく、ひ
  しひしと感じられます。
   秘密裏にされる、おろかな飛行訓練の経路が、一つだけ
  公表されていないそうだ。おそらく、ここしばらく前からしきり
  に、防衛省の施設設置等の機関がその働きを強めている
  馬毛島を基点とした、経路があるやかもしれぬ。
  いずれにしても、人の国を勝手に使用し、しかもその手先と
  して動く防衛官吏には、腹がたつ。
  鹿児島、種子島・屋久島、宮崎のみなさん、各地のみなさん
  是非、こうした配置、無謀な飛行をやめさせましょう。

    いま頃になって、安全調査に米国関係筋へ調査に行くとか
   言っているが、真面目なのかどうか不思議な人々だ。
   どうして安全だと言い張る国防総省等の連中が、はい危険
   ですというはずがないだろう。もし調査するのであれば、盟
   主関連公的調査はほぼ信用できぬので、放送伝達機関等
   ですでに伝えられている調査から阻害された人々の正確な
   分析結果等を調べる必要があるだろう。
                        2012年7月23日







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               「書きとめ」


   頭脳集団なる組織、研究集団の中で仕事をしていると、
  どうしても企業、産業中心の考えに知らずなるらしい。
  一方が、その意というか、ひごろのレッスンの慣習に沿って
  意見の多様化を尊重する。
  他方は、議論の根底に命を置いて論ずる。
  そこには、意見公聴会での発言についての異動が明瞭に
  示される。
   ことの本質を論ずるときには、その場がどういった問題を
  提示しょうとしているか、といったことをしっかりと見極める
  必要がある。 これから、産業企業の存亡を論じようとする
  とき、廃止になるかもしれないとする場にある人々の意見
  が、存続主体に終始するのは明らかである。例えば、電力
  会社の労働者が、原発反対の動きに強い反対意見にある
  のはあたり前であろう。 しかし、そのことと、今後、重大な
  問題を抱えている企業のありかたを、考えるときには、関係
  当事者を入れずに継続課題を討議、公聴することは、また
  当然にあるといえる。それは、多様性の抹消でもなんでもな
  い。言葉をすり替えない細心の注意が必要だ。関係者の意
  見を聞きたいなら弁明の場をもうけるか、別の場で個人的
  意見を聞けばよいことだ。 これは決議のときだけの話なの
  で少しニュアンスが違いますが、事件に特別の関係にある
  取締役等は、取締役会では、議決権を行使できない。
  総会の決議では、決議できるけども、その決議が著しく株主
  利益を失するときには、決議取り消し事由となる。
   繰り替えすが、その場は、いったいどういう場であるのか
  をよくよく理解することだ。単なる企業、先行きの経済浮沈
  だけの目では、根本的解決にはすこしも役立たない。
   この場は、個人的のみならず、世界、後に続く命への責任
  を根底において話されてしかるべき場である。
   カメラマンの目は本質を捉えた意識過程にあった。

   米国の方が、自国より安全性を考慮していると、人が言
  う。とんでもない話だ。自国の深刻な国内問題がこれ以上
  進展しないよう、一部政府、関係者等が盟主に働きかけた
  結果、米国自身が自国の世論を考慮せずを得なくなったか
  らにしかすぎない。 昨日の米国高官の発言などほんのい
  まになってからの発言にある。それまでの高圧、事務的発言
  を考えてみたまえ。言葉を即物的にすり替えてはならい。
  似たような発言に、いま当人にとっては渦中にあるので、
  あまり言いたくはないが、浪花男が公聴会における発言封
  じに反対の声を上げていたが、この男にしったかぶりを言う
  資格などない。人の良心を押しつぶし、お仕着せ条例は強
  行する姿勢に自由な息吹があるだろうか。ここでも、問題の
  本質を命か産業の興亡かにすり替えて、言葉を使っている
  例の一つだ。 どうも黄金の国に追随する人々、P塾系列の
  シンクタンク、先生方々には命と経済のバランス感覚が希薄
  なのかも知れない。小さい政府と二大政党の持論者も目立
  つようだ。多様性の排除でしかないのだが。

   ひとが言う。さいごに、人々が今後エネルギー、TPP問題
  などを考えるとき、深く問題の本質を考えるために、いまの
  問題を底から考える、今一歩の考え方を改めて深く考える
  努力が必要だと。おかしなことを、しかも当人が旧来の思考
  過程にあることななど、少しの疑いもなきかのごとき発言だ。
  なるほど、これが現在における頭脳集団の大方の考えにあ
  るようだ。米国との切れない核の問題など含めて、広く考え
  えよ、ということであるらしい。 
   進歩にも多様性があるということにしとこう。

   写真家のレンズが、一そう輝きますように
   
                         2012年7月22日







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               「書きとめ」


   軍意が優先する国では、民意の声は小さいものとして
  扱われる。くわえて、長年継続して戦争状態を続ける国
  にあっては、軍需産業、関連企業とのつながりは絶ち難い
  利権構図にはまり込んでしまっている。かっての自国にお
  ける軍部と関連産業、貿易産業の癒着はあまり表立って
  知らされてきたことはないが、その実体は、各陸海空軍省
  ごとに企業との癒着が根深いことであった。南方展開作戦
  における決議にあっても、各軍省の利権が深く関与してい
  たことは、報道等で知られいる。
   現在ではどうか、今朝の朝刊の一寸コラムでも、代議士
  先生なるものが、骨董的思考にある力対力の常套文句の
  抑止力という言葉を使って、オスプレイの配置を配慮無く
  賛成の意を述べていたところだ。 盟主国にあっては、軍
  産協同はあたり前のことで、利権といった言葉も無いかの
  ごとくその密着振りは深刻なものだ。各軍省の技術担当
  トップと軍需産業の関係は、予算獲得はおろか、その利の
  分け前などで互いに持ちつ持たれつにあるのが現実だろ
  う。せんじつ、英国で航空ショーがあったが、オスプレイが
  デモンストレーションをしていた。国防省の関係筋は、自国
  への配置などで、けっして売り込もうしている訳ではない、
  と説明していた。あたりさわりのない国では、商機は逃がさ
  ない、といった姿勢だろう。そうでない所ではほとぼりがさ
  めると同じ姿勢に転じることになるのかしらん。
   国防省のトップを初めとして、かの国の軍部官僚等は商
  魂たくましいものだ。なにかと言うと、抑止力と、自国の先生
  方が好んで使う言葉をもって、その人殺し兵器等の正当性
  を主張する。中国の脅威が決まり文句だ。中国が、かっての
  列強帝国主義、自国の軍事独裁帝国主義と同様な愚かな
  軍事外交戦略を展開していていようが、自国は自国だ。
   盟主の抑止は、かの国にとっての抑止にしか過ぎない。
  沖縄の狭い土地に、ゴルフ場付きの景観素晴らしい地を
  侵し続ける国に抑止といった言葉をつかう資格はまったく
  ない。 同盟条約に、全く異義さえ述べられぬと嘘ぶく政府
  、自公の狢は、自国を統治する必要はこれっぽちも無い。
   不平等同盟条約を廃止すべき時期です。深化どころの
  先見性のない思考はやめてもらいたい。 
   米国の態度をみれば、ペリー時代からの高圧的姿勢が
  普通のごとく続いています。先日の防衛副大臣の米国防衛
  関係筋との話し合いの場を見れば、その実体をあらためて
  知らされます。かれらの姿勢は、いつも彼等が正しいといった
  風にある。これも、長年、自国外交官僚が、外交裏で、自国
  政治家へは圧力が一番といった陰口等を相手側と笑い話に
  まじえて、話して来た慣習の弊害もあるのだろう。
   
   米国で、またまた銃乱射があったとのことで、亡くなった
  人々が気の毒でならない。これなど、米国の構造的問題
  だろう。いつものことながら、銃器製造企業は、ライフルに
  は少しの問題もない。人の欠陥の問題に過ぎないと断じる
  だろう。銃が少しでもなくなれば、こうした事態は大幅に減
  じるだろう。銃規制さえできぬ国に、よその国への危い武器
  配置など、到低、言えた柄ではない。
   社会構造に欠陥があるとしかいえない。

   企業にとってリスクマネージメントとは、我が身、それも利
  益のみを守るのが第一ということらしい。人命の危険など埒
  外にあるそうだ。下請け作業員の被爆線量の偽装など、その
  企業正体をあらためて教えていた。下請け会社も会社だが、
  しっかりとした安全作業点検励行にあれば、おそらく何年か
  後に表れるだろう被曝被害の実態を知ることにならない筈
  であったが、とき既に遅い。その誤った処置には、莫大な負
  がのしかかってくる。かならず、作業員の定期線量調査はズ
  −ット永続的に続ける要がある。ここでも、経済産業省、国土
  交通省等の重大な管理責任がある。もちろん東電などその
  責任は底知れぬ。

                         2012年7月21日

    
 メモ:熟語事始 [平身低頭] 反省していないとの意。現代に入ってから
                    企業の礼儀作法の慣例となった。
                    最近では、各方面で、自国の礼節を尊ぶ
                    姿を示めす方法として活用されています。
    例図   
        平身低頭: 反省していないとの意(企業の普通の礼儀)
  


   
メモ22002年11月4日(月)思い出 

              「名曲の楽しみ」を聴いて 吉田さんに寄す
                                2012年7月21日
  

                白鳥

     ほんのりと明るくなってきたわ
    こおりの妖精達が白い光を辺りにキラキラと張り
    つめていた
     なんて神秘的なところなんでしよう
     朝かしら お昼かしら 夕暮れともつかないわ
     不思議な世界だわ
     あたしのいるところは とてもやわらかなところ
     だわ
     まるで夢のお空の上にいるようだわ

     あれれ やっぱりいらっしゃるわ
     こちらに微笑みかけていらっしやるわ
     さあ おいでなさいよ おいでなさいよ 
     と招いていらっしやるわ
    少女は夢中で こんにちはと白鳥の仲間に飛ん
    でいく

     あーっと少女はため息をついた
     いままで見たことのない何ともいえない 
     とても美しい光景が広がっていた
     白鳥はそれはそれは数え切れずに舞っており
     ゆっくりと水を浴びたり 泳いだり 漂っていた

      おや〜 しーんとしている 
      鳴き声はすこしも聞こえないわ
    白鳥の群れは 優しい目をお互いに投げ合い
    優雅に羽根を身つくろっていた
    少女を目にしてもだまーってうなずくだけだった

    静寂な真っ白いベールの中には
    白鳥の群れがどこまでも遊んでいた 
    近づくとあっという間にベールの奥に隠れてしま
    いあたりは ただ白く白くキラキラと輝くだけだった
    少女はもの悲しくなって そこからそーっと離れた・・

    大人になった少女は 一人の男の子を授かっていた
    最愛の夫は男の子が生まれると 喜びに有頂天に
    なってあったかい衣服を作るんだと 獣の皮を求めて
    猟に出た
     夫はそれっきり帰ってこなかった

     村人は美しい白鳥に連れて行かれたのだと 
     悲しげに話していた
      きっと天の国で あなたの子供を見守って
      いらっしゃるわ
     村人はそう想って 母親をなぐさめた

     悲しみにつつまれた母親は寂しかったけれど
     厳しい寒さと貧しさの中で 男の子を立派に育て
     上げた
     男の子は村一番の気丈夫に 腕も一番の狩人と
     なり
     村の娘達には胸をときめかす 切ない愛しい人と
     なっていた

     ちかごろ 母親がひどくふさぎがちになり 
     物思いに耽っていた
     言葉をかけても何一つ聞こえていない様子であり
     ただ 窓から遥かにのぞまれる しろ〜い しろ〜い
     しろ〜い天地の交わりにだけに 目を注いでいた
      あなた そこで まだ獣をさがしておいでなの
      それとも 白鳥になっておしまいなさったの・・
     と小さな涙を一つ一つ落としていた
     小さい頃に見た美しい白鳥は いまでもくっきりと
     胸に刻まれていた・・
     でもその美しさに いいようのないためらいと
     微かな怒りも感じていた

     精悍な顔立ちの男の子は 小さな頃から白鳥の
     この世の物とも思えぬ美しさと 白鳥の棲む
     幻想的な底知れぬ透明な川について
     母から なにか大事そうに 幾度となく聞かされて
     いた
     男の子は その美しい白鳥を きっと母に見せて
     あげたいと強く思っていた
     母はいつも物憂げにためらっていたが 
     ありがとうと大きく目を遠くへやった

     男は父と同じように狩に出た その日も同じように
     大気が凍てついていた
     とても冷たい日に白鳥をもとめて家を出たのだ

     朝とも 昼とも 夜とも わからなかった
     どのくらい歩いてきたのだろうか
     道筋を間違ってしまったのだろうか 
     まわりはどこも真っ白な世界だ
     行っても行っても同じところにいるような気がした
     と 遠くにゆらゆらと白いすじが無数に昇るのが
     目にはいった
      いた あそこだ 男は思わずつぶやいた

     母が話したとおりのところだった
     白い光がキラキラと一面に輝き それはそれは
     数え切れない美しい白鳥の群れが
     ゆったりと水を浴びていた
     白鳥を見ることができたのはその川だけであった

     そばで白鳥が招いていた 
     男はどきどきしながら近づいていった
     男は一瞬目をつぶった
     白鳥の美しさに目をなくし その優しい柔らかな
     羽毛に身を縛られ逃れようのない甘い陶酔に
     誘われた

     いっときして我に返った男は 深いため息をした
     言葉につくせぬ 真っ白な白鳥に抱かれていた
     白鳥はやさしくうなずき 
     男を知っているような仕草をした

     男はいった
      僕と一緒に母に会ってください
      母はあなたの美しさにじかにお目にかかりたいと
      申しております
      ずーっと昔からあなたの喩えようのない美に
      ついて話してくれました
      どうか一緒に母のところへたずねてください・・

     白鳥はただ やさしく微笑むだけであった
     ゆっくりと そのながい首を左右に振った

     男は はじめて疲れを感じた
     まわりの凍てつく寒さが体の芯を突き刺した
     涙さえもつめたく凍り 顔を下に垂れたままであった

     白鳥が男をそーっと抱きしめた
     ほかの白鳥は黙って悲しんだ 
     もう引き離そうとはしなかった
     白鳥の群れはすこしずつふたりのそばから
     遠ざかっていった
     残った白鳥は男の肩を優しく羽毛で覆った

     白鳥と男は体を強く寄せ合ったまま川を離れた
     ふーっと 白鳥がふり返るとすでに川は消え去り
     氷のベールが白くまわりを閉じてしまっていた
     男は白鳥の温かさに身をゆだね一つになるのを
     覚えた
     白鳥は もう帰れないと その白い心につぶやいた


     ・・ある日 三人の屈強な狩人が道に迷った
     眼下にしーんとして 白く広がる氷の平原に
     出っくわした
     一箇所にひょろ長い裂け目があった
     裂け目の長さはおよそ七十メートルから八十メート
     ル 幅は二メートルくらいであったろうか・・
     上から見た時には まるで大きな真っ白な蛇が
     横たわっていた
     三人の狩人は裂け目を覗いてぞーっとした
     瞬間たじろいた
     底がどこまでもずーっと透明に澄み切っていた
     はかり知れない深淵へ ずーっとどこまでも続いて
     いたのだ

     母親は 窓の遥かな遥かな遠い世界を見つめて
     いた
     あたりは寒々としていた でも風はいつになく穏や
     かであった
     白い空のベールは 月の仄かな明かりにやわらか
     く身を照らしていた
       
      ああ やっぱりあなたは白鳥と一緒なのね
     女は いつものようにつぶやき ほほ笑んだ
      ゆうべ息子が 白鳥と戯れながら 飛んでいたわ
      女は まって あたしも・・
       

       
*曲想:シベリウス 交響詩に寄せて

                 







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               「書きとめ」


       
   この国が一般の人々の声を聞く耳を持たぬのは、今に
  始ったことではないが、現政権になってからますますその
  感が強まったと、感じている人々が多いようだ。
  今朝の声欄(7月19日付け、朝日西部本社版)で、東京
  の方の意見が載っていた。元JAXAの研究員の声だ。
  言われるには、衛星研究開発は純粋に世界平和のため
  のものでなければならないといった、あたり前のことを話さ
  れていた。このような確りとした倫理観に根ざした研究者が
  まだあったのだと、少し救われた気になった。 
   平和目的に限るとあった条項を、自民党などの従来の悪
  しき法改正へと足を進める動きに乗っかって、安全保障とい
  うめくらましの文言を強引に入れ込んだ姿勢、オスプレイ配
  置へのそ知らぬ厚かましさ等と絡まって、いよいよ政府の
  多数の民より盟主追随路線がその本質であることを知らし
  めている。 一方では、自国衛星打ち上げのあった時期に
  合わせて、NHKが土曜番組で、解説員らしき輩が、防衛と
  衛星といった風のパネルを掲げ、衛星と軍事目的開発は
  防衛(安全)に資するものだ、といった姿勢にのって、柔ら
  かな物腰で笑みしていた。これなどお茶の間を利用した一
  種のフラッシュバック、意ある特定事項の静かな人々への
  刷り込みだろう。この輩は、自国がどういう基本法にあるの
  か、考えも及ばぬが如しだ。ここには、人々、過去の歴史、
  、後に続く子等への思い等デリカシーが欠けてしまっている。
  同じコトを言うが、この局が震災以来、TV番組内容をガラッ
  と変えた方針には、東電の社外取締りへと転じた経営委員
  会等の指示等があってのことだろう。経営者の殆んどは自
  国経済界のトップクラスの輩で固められているのが現実だ。
   民が目をさますのは、自国にとって由々しきことだとでも感
  じたのだろう。民間局と違って企業の金ではなく、一般大衆
  の視聴料で運営しているはずの放送事業体がこの体たらく
  だ。どこに顔を向けているのか不思議な組織である。
   しかし、庶民には強く、経済界には弱腰といった構図は
  政府、その官僚組織ではあたり前の慣例にあるようだ。
  これまで、委員会設置会社等の特例の場合をのぞき、設置
  が義務付けれてこなかった社外取締役を置く旨ねの一般
  株式会社への法制化に対して、経済界の圧力の前になす
  術もなく葬りさられたようだ。政財官の一体化を見事に表
  している。このざまである。到底、自国では、横文字だけが
  先行するコーポレート・ガバナンス等看板にしか過ぎない。
  その企業理念等うら寂しい限りだ。そこにきて社外取締役等
  言語道断といのが本音だろう。証券会社の懲りない商い、
  オリンパス等の恥ずべき不祥事をもってしても、自国2%
  企業等の反省はおろか、社会貢献の看板はアカンベーの
  仮面としか見えてこない。現在の社外取締役制度も、法趣
  旨にのって、まともに運営されているのか疑わしい限りだ。
   こうした二、三点だけをみても、自国まつりが、いかに一般
  の民をなおざりにした国であるかがわかります。

                         2012年7月19日








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               「書きとめ」


    

   文化・国民性といったこととは関係のないことだ。
  外国の人、とくに白人系の皆さんは、こと野生動物の件に
  なると目をむいて論駁に転じる人たちが多い。私が数年前、
  知り合った豪州の方と鯨のことで、意見を交わしたことが
  あった。 別に捕鯨関係者のために論陣を張ったのではで
  はなかったのだが、わたしが、その地域地域の独自文化性
  等も考慮する要があると、述べたとたん、背を伸ばし目を見
  据えて確りと彼の考えを雄弁に言葉にした。 なるほどと、
  彼等の文化を感じたものだった。こちらも、私独自の考えで
  話したのだが、考えは文化・国民性の範疇からでしかない
  と、鋭く指摘されたものだ。二人の意見は決着をみなかった
  が、互いを良く知る機会となったことは有意義にあった。
   自然動物と家畜との違いはどこが違うのだろう。おなじ
  ことを、やはり何年か前書きました。愛護とは何かと。
  家畜も元を正せば自然な命の一つです。長い人間の営み
  の中で、欲しいときに、必要なだけ(現在では欲しいだけ)
  食糧を確保したい、という思いが、その本でしょう。
  そうした考えも人間の知恵として、現在常識として理解して
  いるにしかすぎないのですが。 あの人間を信じたかのよう
  なつぶらな瞳の牛が、屠殺時に上げる断末魔の喊声。豚
  等が、屠殺場が近づくにつれ悲しそうなざわざわした動きに
  なる様子。造作なく首を刎ねられる鶏の沈黙。 
   私も人間種だ。それゆえ、家畜として処分される生き物達
  の命へ対して、ただ感謝するしか能がない。
   言いたいことは、そうした自然保護団体、動物愛護団体等
  、ひいてはワシントン条約加盟国等は、なぜ人殺しにしか過
  ぎない戦争の防止、紛争地における新兵器の実験、意味な
  き核の利用等を放置したままにあるのを、見過ごすのかと、
  いった実体です。人間種の命も、尊敬されてしかるべき自然
  動物の一種です。しかもその命に対して、表向きは尊厳とい
  った言葉さえ与える始末だ。真から尊厳という意を覚えてい
  るのかどうか、はなはだ疑わしい。フランスでは、さすがに
  フォアグラはやや生産がすくなくなったそうだ。はやく鵞鳥、
  鴨達の自由な飛翔をみたいものです。フランス料理と文化。

                        2012年7月17日


 
 メモ
:いのち

 ・・弱者、みじめな者、中傷されている者、追放された
 者の弁護をするのは、わたしのお気に入りのテーマだ
 よ。強者と権力者には礼讃者は事欠かない。だから
 かれらについては、手早く片づけることもある。だが、
 見捨てられた人びとを忘れたり、見過ごされている長
 所、たいていひどいやりかたでゆがめられさえしている
 長所に光をあてなければ、一生自分を責めることにな
 るだう。・・


  これは生き物の特徴などを子供達に分かりやすく説明し
 ている場面での、おじさんの心意気を話すところですが、
 その書き手の普段の心根でもあります。
 別に困難を自らに抱えることもないですが、いつもの姿勢
 で立場の弱い人へしっかりとした目を向けて、日常を過ご
 していく態度を何気なく教えていました。

 
*本は、ファーブルの「人に仕える動物」より(原 宏 訳。岩波書店)。



  







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               「書きとめ」


    オスプレイを配置するかどうかは、盟主の自由でして、
   自国がどうこう言うことはできません。
   これが独立国の首長の言だ。 軍事同盟深化を推進する
   ためには、狭き自国が米軍訓練基地化するのも容認しな
   ければなりません。それが抑止というものです、ということ
   であろうか。なるほど、集団的自衛権を掲げる主にとてっは
   当然の帰結の言なのだろう。 
    核の平和利用の文言に、安全保障を入れ込んだ魂胆さ
   え、人々を小馬鹿にした答弁に終始したものであったが、
   底意のみえた姿勢があからさまに見えた言葉であった。
   
    一方、当の消費税へは決断の政治を念仏のごとく唱え
   ながら、原発廃止については、優柔不断な尻込み姿勢だ。
   相変らず、経済産業省・保安院の原子力ムラからの脱却
   の兆しはみえない。調査会なる参考人意見の場が、また
   可笑しげな方法によって行われていたそうだ。ランダムに
   選んだので、仕方が無かったそうだ。人々を馬鹿にするの
   もいい加減にしろ、と言いたい。どうして、調査の対象となっ
   ている事業に対する意見の場で、その利害関係者の説明
   がしゃあしゃあと述べられる場と化するのか。 あらかじめ
   事業者は意見の場での説明はできぬとしとけば言い話だ。
   これまで、いかに巨額の金が、それも利用者からの徴収金
   が関係官庁筋、地方自治団体、政治家連中、研究者及び
   関係団体へ流されていたかを、証拠だてている。

    このような政治からは、人々の生活を本気になって守る気
   概なぞ少しも感ぜられない。 目に見えるのは、企業主体の
   論理が大手を振って歩いているだけだ。自国もいよいよ盟
   主のごとく1%への道をひた走りするだけになった。
   悪弊だけが、同盟基軸となってひた走る。

                        2012年7月16日







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               「書きとめ」


   他国で作ったユニホームは、許しがたいとの議員の
  怒りの声()があったそうだ。いかにも米国らしい発言だ。
  どこの国でも、よその品が市場を凌駕する場面は、あま
  り見たくないものだ。しかし、かの国は昔から他国の市場
  へ門戸開放の名の下に、さまざまな難癖をつけて強引に
  他国の弱小産業棚を狙い撃ちし、疲弊させてきたものだ。
  自由市場であれば、廉価な商品が豊富に溢れ、そのお蔭
  で庶民の苦しい懐事情を緩和してくれる、といった口癖が
  彼等の推奨するいつもながらの骨董的自由主義貿易だっ
  た。
   いまでは、新自由主義なる名もあるが、中身は骨董の
  域をでぬ代物だ。 そうした一連の結果が我が身に押し寄
  せてきてから、雇用の場が失われるとの怒声は、本末転倒
  だろう。場が失われて利益がなくなるのは、企業の懐だろ
  う。せっせと、労働の手を切捨て、いち早く新興国等へコスト
  シフトし、労働の場を見限ってきたのは、ほかならぬ君等自
  身の資本の論理の果てでしかない。
   いまの現実を議員等は直視すべきだろう。直視する術が
  ないとしたら、彼らも企業主体の金の論理でしか物事を判断
  できぬからだ。なぜ君等の国が、1%の力だけに冨が集中
  しているかを見てみたまえ。企業の殆んどが、他国へ金を
  集中させ、自由の牙でこじ開けた弱小棚から汗を搾り摂り、
  コストシフトで得た利得等とともにとっとと、君等の資本の
  懐へと還元してしまうだけが、その本質となってしまっている
  からだ。君等はもう少し早く気づくべきことだった。君等の
  国の自由主義、とりわけ、資本自由主義の奔放な金の論理
  は、私的自治の原則とは無縁のものだと。金の資本論理の
  行き着くところは、溜まった金の投資だけにしか興味がなく
  なる。不労所得の仕事は、他国の金融政策、投資へのみ
  目が行き、挙句の果てには株の操作さえも、しかも公的操
  作・国際的操作さえ牛耳ることになる。IMF等への静かなる
  裏活動、コネクションなど枚挙にいとまがない。他国の信用
  度の格差をつける、人の褌で相撲をとる機関など、株価操
  作、国際デリバテイブの秘蔵っ子でもあろう。
   TPP問題など、そうした見過ごしてはならぬ弊害を多分に
  含んでいることをしっかりと把握すべきことだ。どこが唱えた
  かは、たいしたことでない。提唱元が東南アジアだとしても同
  じことだ。しかもいざ加わると、米国は、ここでも一番の主導
  権をあっというまに持ってしまった。
   自国でも、企業再生、活力のため、他国への進出、市場
  開放への道へ邁進といった、文言が蔓延っている。しかし、
  実態は、自国産業の衰退を後押しすれ、けっして活力経済
  等起きはしない。起きるのは数字に表れる企業の見えざる
  利得の高低に一喜一憂するだけだ。けっして雇用の活性化
  は表れない。政治家が唱え、真面目くさって言葉に乗せる活
  性化は、企業懐の活性化にしか目がいかぬ。雇用の場の拡
  大は懐事情豊かな企業が、そのときばったりで、人の手をか
  りることなんかではない。
   脱原発、企業再生ということは、だれでもいえる。
  しかし、そういってからどれくらい時間が経つか。少しも実行
  する気配がみられない。新エネルギー開発へ具体的な方策
  など、ちっぽけな予算が盛られただけだ。人殺し予算など
  どうだっていい。 しっかりと本気になって、新しいエネルギー
  産業の実現過程へ一歩も、二歩も進んでいるべきで、すで
  にそうなっていなくてはいけない時分なのに、なにが脱原発
  であろう。いまの政権は、自公と同じく、目指す方向を見失っ
  ている。
   さきに民主の議員だったかしら、フロントランナーなる文言
  を使って、野田政権の決断できる政治をほめていたが、この
  程度の認識にしかないマツリが大真面目で行われていると
  したら情け無いことである。
   第一線、先を目指す運動、活動、ひいては開拓者精神が、
  言葉の意を変えて、旧来の護国体制、しかも一段と悪しき方
  向へ基本法を変えようとする政治は後退そのものだ。
  そこには逞しい辺境への開拓者魂、真に新しい意識に根ざ
  した人間共通への思いやりなど欠片も無い。いまでこそ解釈
  改憲が当たり前のごとく、NHK始め各マスコミ等も含め、し
  らず体制翼賛の風にある。これが、あしき法へ転じたら、土
  地収用法など、時の政権の思いのままに行使されるだろう。
  そして退化でしかない、日米軍事同盟深化をうたい文句に、
  ここの島など勝手に基地として収用運用されてしまう。

   治山治水がマツリの根本理念だと人がいう。当然であろ
  う。 だが、今回の不幸な豪雨災害はもちろんのこと、脱原
  発のことも治山治水の一環にあります。どちらも決して忘れ
  ず、現在いまも、これからも、政治のありかたを監視、方向
  の基軸を誤らせることなきよう目を見開いていくことです。

   ひとが、色にそまった行動は嫌いだと、いったとか言わぬと
  か、聞いた。はなしによれば、なんのことはない。その人個
  人の生き方での、ついでの言の葉だ。人格を侮辱するとは
  気づかぬらしい。
   人は言葉を使う生き物だ。考え、生き方、行動に無色は
  ありえない。つまらぬ番組の中での発言も、その人自身の
  色言葉であろう。あまり知らぬが、この番組は人格侮辱が
  その趣意らしい。親が親ならと、いったところだ。瓦版の意
  は、ここが初めての体言をなしたそうだが、時はその本来の
  姿さえ持ち去り、恥も外聞も無い企業風土へと変転してしま
  った。
   古来、色、変革をけぎらった人々は何故か独裁者に多い。
  決めるマツリがすきなようだ。遠くでは焚書坑儒の皇帝、近く
  ではヒットラー、スターリン、マッカシー等枚挙に暇が無い。
  なにも、彼らに限らないが、多様な意見を無視することは、
  己の独裁をあたり前に認めることであろう。ひとは、私を含
  めそれぞれ意見を持っている。そのなかで、出来うる限り
  己の心の始皇帝に抗って、有限にある人間にとって、いい
  方向はなにか、とおもって行動に打って出る人々を、単なる
  色眼鏡で断ずる遊興は、それこそ色そのものだ。 
   山本さんあなたの命は、あなたのものです。
  あなたの目指す足跡は、泥んこの色です。自業自得なんか
  ではけっしてありません。普通のこころで、人がやってはい
  けないことへ、已むにやまれぬおもいで足をあげたにしか過
  ぎません。
   ただの人が行したときにこそ新しい事が始ります。

  身はたとひ武蔵野の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂
  
   時代がかった言葉を記しました。歴史を学ぶとき、その意を
  把握することは難しいことですが、けっして時の時代環境を
  知る努力を疎かにせず、その人が当時どうした階層、社会的
  位置にあったかを知ることは大事なことでしょう。
  時代の文に表れた上っ面の文言をなぞるだけでは、その人々
  の心を理解することはできません。 むしろ、表面の言葉面を
  捉えて、その時代にあっては革新的言葉を、今風に利用する
  だけに陥ります。彼等は何よりも革命家でした。当時の下層
  位置にあった、下級武士でした。
   はて、現在の動きの改革の主たち、人々にとってより良い
  方向へ足があるやなしや。 
   山本太郎さん、普段どおり、当たり前に歩んでいきましょ
  う、泥の色もいいですよ。そこらあたりのドジョウよりいい色
  です。人間、一汁一菜あれば命を全うできます。
  
  :朝日(7月15日付け西部本社版)
                          2012年7月15日

 
 メモ:灯り

六月灯
                  2012年7月15日

身を寄せている地区の夏祭りがあった。



祭り袢纏と灯
よみがえる時間


まだ上げ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき




主役が灯る




仲間が相棒を
投げ飛ばした

                      


原発震災、豪雨見舞いが
掲げられた 人の心は
どこでもあたたかい
 




昔ヨウエンな方々のフラダンス
先日、宮崎で全国フラダンス競技
大会があったばかりだ
出場されたかどうか定かでない



若い衆が気勢を上げる
小さいながらもみこし担ぎは
息が切れる










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               「書きとめ」


                わが友

     いつものとおり、わが友が集まり始めた。
    家グモは梅雨入り前から、ちょこちょこ挨拶に来ていた。
    トカゲは久しぶりだ。そろそろだなと思って、塀の下を見
    た。 案のじょう、すばっしこい動きで現れた。 
    しかもかれの登場の仕方はスリリングな演技であった。
    かれの胴体の長さの半分くらいのミミズを捕らえて首を振
    り回し、一気に呑みこむところだった。 
    ミミズはゆうに5,6センチはあったが、十秒あるかない
    かで胃袋へ押し込んでしまった。獰猛な肉食性にある。
    日頃、愛嬌ある目つきで近くに寄ってくれる友の姿は無
    かった。それでも、わが朋と感じていてくれるのか、そー
    っと近づいても、かれの黒いつぶらな目玉だけが、おおき
    な生きものの影を追いかけながら、すこしも逃げようとは
    しなかった。
     うれしかった。



家蜘蛛

家グモは一旦腰を下ろしたら
じーっと微動だにせず張り付く。
アマメをまっているのだ。

トカゲ

かれの頭の上にミミズの食い残し
が見えます。 よほど美味かったのか
赤い舌なめずりしている。




ぺろぺろと舐めまわす赤い舌が、
今しがた起きた自然の摂理をおしえていた。


            2012年7月14日







     
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               「書きとめ」


              つゆの晴れ間


          明るい陽が誘う 三日ぶり走る 

          子どもらがはしゃいでかけまわる

        わらべらの声に負けまいと音量を上げる

           しらべと子どもの声が溶け合う

        ジャニー・ギター けだるくしみわたる

        
             検証が 自国であった

            戦争の検証なんてまだない

          もとを正せば そこにつき当たる

          アフガン こうてき援助はつたえる

            こつこつと開いた灌漑 学校 
 
         一人の医者のあしあとはだれも語らぬ

 
           首長 盟主女史には微笑み

        軍事同盟深化 にこやかに決意をかくにん

          ぼうえい官僚 調査団を送る

         なに考えてるの このおばかさん

            あんぜんのため必要 
 
          なにをおっしゃる さんけいさん


            わたしの心はパパのもの

            ローマの秋 しずかに沈む

              すぎし日 ラブ・レター

          思いをかしげる ブラック・コーヒー

           ペギー・リーが晴れ間に消えた

 
                       2012年7月8日






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               「書きとめ」


                 欺瞞  


        核の平和利用    安全保障

           非核三原則変わらず 

        濃縮ウラン輸入   劣化ウラン弾

        白血病    因果関係を示す証拠ない


                傲慢


       ムラ外人材は無理 知識が誤った判断をする

       研究費 核推進 賄賂 皆でやればこわくない

       貰った人がないのがまれ 自国知識の現状

             科学モラルの水準

       もちろん支持する  労働貴族首長

       オスプレイ出荷 他国の蹂躙関係ない

       *:(核なき世界への欄 鎌中 ひとみさん 朝日7月4日付け)

                        2012年7月4日
        

     

     対象を二分の一に分割し、さらに分割して、さらに細分化
   ・・そしていま一度細分化・・そして分化・・・まだ途中にしか過ぎ
   ない。
    一メートル先の対象へ二分の一の距離まで接近して、さらに二分
   の一まで近づく、また二分の一、さらにまた・・まだ・・数字的には
   永久に細分割できる。しかし、一メートル先の壁には確実にぶち当
   たる。以前にも同じようなことを言いましたが、極大、極限の接点
   は、おなじ質量に同化してしまう次元にあるのでは、といった思い
   がしています。質量という概念さえない次元と。 現在の科学では
   ほぼ常識となっているビッグバン現象がなぜ発生したのかは誰に
   もわかっていません。その発生現象のメカニズムだけが我々に今
   知りえる知識として理解されているだけでしか過ぎません。
    科学は実証されてこその科学だ。と言われます。そのとおりだと
   思います。仮定は仮定でしかないのでしょう。検証無ければ、空論
   とまで言えなくても、空想の次元だと。しかし、空想必ずしも無駄
   ではないでしょう。考える力こそ、どうしてそうした力が人に備わっ
   たのかといった最たる点は、答えはみつかってはいません。思考を
   つかさどる脳細胞の仕組みの源と捉えられている素粒子なる概念
   まで降り、しかもそれらの相互作用仕組みを操る粒子は何なのか、
   といったことがらです。そして最近目覚しい幹細胞を有効に使った
   医療の進歩は、まだ、まだずーっと手前の、手前の最新技術にあ
   る、といった方が分かりやすい。もちろん研究者達の前人未到の医
   療技術革新は素晴らしいことに違いありません。
    ともあれ、ヒッグス粒子なる仮定の粒子がほぼ間違いないと、検
   証されたとのことで、一つの門をあける鍵といえる、とのニュースで
   あった。かって自国の理論物理学者が、鉛筆と紙だけで予想され
   た中性子理論がその草分けと思うと、ひとのあくなき探究心の思い
   をいまさらながら覚える。 願わくば、自国の理論物理学者が邁進
   された核廃絶と平和への行動、思いが、スイスに集う研究者達に
   伝わらんことを。 
     この地には、人の無知と傲慢で、虫けらのごとく命を奪われる
    人々があとを絶たない。この人々も同じ素粒子とはかりがたい
    ゲージに包まれていることを忘れてはならないでしょう。
  
  







 
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               「書きとめ」


   銃には欠陥は少しもない。あるのは使用の仕方が悪い。
   身を守るのは建国以来、私的自治の範疇であって、銃は
   その私的自治を担保するものにすぎな。 
   かの国では、銃器製造企業のおなじ文言を、人々はなん
   どとなく聞かされて、異と反応するのが馬鹿らしいというよ
   りその厚かましい驕りに辟易してしまっているのだろう。
    
    接受国通知を受け、これからも確りと進める方向で理解
   を得るように努めていく。
    自国には、盟主の行動方針を止める権限はないのです
   よ。その通知にそっていくしか方法はないのです。
    自国の防衛大臣、与党の副総理からの発言要旨だ。
   自国の地が荒らされても、国民は黙っているほか道はあり
   ません、と米国へ逆通知しているのと同じだ。
    どうして、不平等協定にある地位協定をあらためる、安
   保縮小へ舵を切ると、毅然とした態度で外交努力できぬの
   か、恥ずべき政府行政、与党の連中だ。

    ペンタゴンは、正直に説明すべきだろう。
   オスプレイ配置訓練接受通知は、兵器製造企業の在庫払
   拭、次期予算確保を基部とする、兵器更新配置戦略の一
   戦術にしか過ぎないと。
    構造に欠陥はない。人的ミスだと。本気でそういっている
   のだとしたら、短銃等銃器メーカーと同じだ。
   欠陥にあるのは、あなたがた自身のこころにあると。
   一番恐ろしい欠陥である。
    
    二大政党制の欠陥は、二%(さいきんは1%)の利益層
   のためにしか目が向かない傾向がある。
   多様な声(80〜90%)などとても届かない。
   自国の政治傾向も、盟主同様、ますますにっぱちの傾向
   へ走り出した。兵器配置、原発見切り発車など、よく見れ
   ば、まつりが何処を向いてるかがハッキリと見える。
    自国においても、識者がその前にやることがと、聞けば
   二大云々と、となえる論者・・・せんかたない、もういうまい。
    ひとびとは、もう少し目玉を凝らして動きをみつめたい。
   一票の格差をちじめることも大事なことだが、それを使う
   人々の りょうしん の格差をより小さくしたいものだ。
    漫然としている隙に こころの 格差 が、利益層の
   密度をますます濃くしていく結果をうみだしてしまう。

                         2012年7月1日





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               「書きとめ」


    他国では、現在でも普通の訓練があたり前に行われてお
   り、今回のわが国への処置通知は、盟主としては異例の
   それであります。沖縄に配置されているヘリは老朽化して
   おり、その更新が必要です。
    どこの主が発言しているのかと思いきや、文民統制の枠
   をはみ出した輩の文言であった。まるで米国の広報官その
   ままにある。軍需村同盟の文句として割り引いて聞いて
   も、いかに 安全保障 が無駄な費用を垂れ流すことか
   と、教えていた。兵器の老朽化とその更新費用、そのため
   の日常訓練、そこに起る騒音、事故発生にまつわる等々
   の巨大な費用、熱量の莫大な消費、どれをとっても人々、
   いのちの棲みかを犯し続ける迷惑至極な浪費物でしかな
   い。ここで儲かるのは、軍需産業村一族だけだ。
    盟主公報担当者によれば、配置は既定のものであり、
   訓練計画ルートなどの変更もなし、とのことだ。低空飛行で
   狭い自国の、しかも山間部稜線を飛ぶそうだから、危険こ
   の上もない。彼らが一方的に決めた経路は大部分が、国
   立公園等の森林山間地帯だ。同盟のためには耐え忍ぶ
   べきとの盟主、その後を追いかける自国の米国追随議員
   等は思っているところだろう。彼等は年に何度か呉越同舟
   で安全村関係者との定期的懇談会に詣でる輩だ。三代目
   世襲議員の元首長、その若手議員、与党の政策担当者な
   ど常連だろう、コンクリートから人へとよく言ったもんだ。
   一部の若手等しゃあしゃあと、TV番組等へ出演しながら、
   かすれた声で、やれ今日の世情等をしたり顔で吐いてい
   る。彼等の内のだれが、不平等条約そのものにある日米
   地位協定について変えようとする声をあげぬのか奇妙な輩
   である。それどころか、自国の基本法を足蹴にしてしまう。

    米国のみなさん、自国にはあなたがたの軍事基地は一
   切必要はありません。あなたがた一般国民のみなさんには
   どれほど自国の土地があな方の軍隊等に踏みにじられて
   いるかその実態を学んで下さい。自国があなたがたの国
   土のどのくらいの面積割合にあるか、すこしはご存知でしょ
   う。また、自国は貴方の植民地では決してありません。
   どうか、あなたの軍隊をあなたがたの愛する国へう呼び戻
   してください。 互いにすこしは進歩しょうではないですか。
   力ではなく、言葉と智と、相互理解で世界を変える努力を
   して行こうじゃないですか。本来のコモンセンスを目指して
   ともに歩みましょう。

                         2012年6月29日3号


   NHKに対する提言が、声欄(6月29日付け)に載ってい
  た。同じような感じにある方が多いと、あらためて思った。
  質のよさは、なにも硬いものに限ったことでもないが、それ
  にしても、昨年の大震災このかた民放とおなじような内容
  がこれでもか、これでもか、といった、一体何を人々の関心
  から逸らそうとする目論にあるのかしらんとおぼえていた。
  広告料への依存度がない放送媒体が、或る層の圧力を
  畏れるかのごとき番組編成の舵取りは、民主国家にあって
  はならない体質だ。思えば、経営委員なる人々は殆んどが
  経済界からの出身者で占められている。こうした中での
  局自体の幹部の沈黙(同新聞の識者有論)は、不気味な
  ものである。例の解説員が外務省の公報担当者へと転じ
  たりするのは、ほんの表に現れた一つの事例にしか過ぎ
  ないのかもしれないと、考えてしまうのだ。 
   この際、声の人が提言していた受信料制度のいま一度
  の見直しをする必要があるようだ。

   連合が形成された過程を思いながめてみると、今の姿は
  当初から予想されたことでもあった。なにしろ、いまから
  見れば、当時の時代環境を考慮しても、しょうしょう狭い了
  見のセクト主義にあった組織等が分裂衰退していった本は、
  愛知発生の右派なになにを元祖とする、米国労働者団体
  と軌を一とするかのごとき、単なる身入り拡大そのものを
  目的とする運動とへ転じていった、といったところに因があ
  る。すべての組織団体、あるいは個々の活動にあった人々
  が全てそうであった、というわけではない。図体の大きな企
  業、官公庁組織等を主とした組織構図にあったことも大きな
  要因でもあろう。 いまの組織幹部の発言、態度等を見れ
  ば、どこに働く者への思いがあるのか疑わしいかぎりだ。
  労働貴族へと成り下がった姿は見たくはない。

   かたや優秀な頭脳にある人、こなた路頭へ迷う道すがら、
  いつもうろうろする身にやつしている自分であるが、学齢
  だけは同じにあるようだ。原子力行政の中枢にあるひとの
  話があった(朝日:オピニオンのインタビュー欄)。
  内容は、きわめて謙虚な姿勢にある言葉の語りにあった。
  そうであるなら、けっして妙な会議における出前講義等は
  いっさい止めることだろう。情報は完全に開放公開されてこ
  そ生きたものとなる。政府の不確かな脱依存のことばの綾
  に振り回されることなく、委員会が率先して核の始末の悪さ
  を、人々へ正直に再三再四明らかな情報内容として伝えて
  いく責任義務があります。核の利用価値がまだあるといっ
  た、その筋の学識、産業意識等に陥った旧弊常識足踏みか
  らの脱却が必要なのは、あなた方に一番求められているの
  ではないのか。
   科学技術への態度、学問への態度を思いおこしてもらいた
  いものである。

                         2012年6月29日2号


   イノベーションが、経済活性化、生活基盤の底上げに
  資するならいいことである。だが、革新、改革が文明・文化
  への進歩と連なることとになるには、人間自身の思考その
  もののカイカクも必要だろう。いつものごとく早い者勝ちの器
  に乗せられたままの改革等にどれほどの進歩があるだろう
  か。宇宙への旅立ちが、もう当たり前の時代へ入ったと言っ
  たところで、手短な不便、不幸への眼差しがいかほど明らか
  にされたのか、その基軸の開明への接近、打破への思考は
  遅々として置き去りにされたままだ。 ひとは、もうこのあたり
  で、単なる技術革新に惑わされることなく、人がはかり難い
  モノへ畏敬の念をもって科学へと向かった、当初の思考態
  度を、もういっぺん取り戻すことが肝心だ。 人はそのつもり
  ではなかったかも知れぬが、言葉のついでにちらっと洩らし
  た言の葉には気をつけなければならぬコトが隠されていた。
   いつも柔軟な思考の体言にある自国哲学者が、科学者の
  対象へ接する態度として、すくなくともリンリが根付いたそれ
  でなくてはならないと述べられている。 
   科学と防衛という、両輪のなかの避けられぬ過程の革新
  だという思考過程の怠慢、既成概念から脱することだ。
  いつになったら工業科学、技術刷新が人殺し兵器に纏わり
  ついたままにあるのか、それが常識だと苦虫咬む意識には
  、しらず積もった既成の垢が脳を汚したままにある。
   広大な無窮へ思いをいたすとき、単純な物見遊山でしか
  把握できぬ目には、このちっぽけな宇宙船地球号の美しさ
  などもうとっくに忘れてしまっているのだろう。 
   ビジネスチャンス、飽くなき革新、民の活力生かせ、そう
  だ、組織だった人殺しだってすでに民営化された環境にある
  始末だ。 
   進歩は、人々を開化させてきた、しかし、悪徳も助長させて
  きた。こころの思考の発展に至っては退化した恰好だ。
  
   だれかが言っていっていた。
  コトの全体主義に気をつけろと。みながみなそう思っている
  のなら、ほんとうなら喜ぶべきことである。だが、脱何なに
  と、脱なに何と・・・それが、なぜ環境を破壊尽くす核兵器廃
  棄、核軍縮へと声を上げないのか、戦争という最大の環境
  破壊へ声が向かないのかと。しょせんまわりの世論へのおも
  ねり、いいとこ取りの世知辛い対世間への浮ついた煽りであ
  ろう。 鉄腕アトムの心意気をすこしは煎じ給え。 

   馬毛島の母艦化へ、昨年すでに二億円にのぼる調整費
  らしき金が盟主約束事で上げられていたそうだ(KTSTV)。
  外交・防衛輩の自国民への裏切り行為そのものだ。
  国家は10年もすればころりとその主張が変わりますと、人
  が言われていた。友をけっして裏切りたくはないと。
  連中は、秘密裏にことを運ぶのが得意にある。交付金を
  ちらつかせ盟主意向を貫く姿勢は、国民を裏切る姿その
  ものにある。ちいさな国土のさらに小さな豊かな環境を犯す
  行動、施策は誤っている。くわえて、愚かしい防衛産業の
  製品配置を急ぐ盟主の軍需予算迎合戦略は、ペンタゴンの
  武器製造企業のマーケテイング広告搭そのものだ。
   何回もいうが、このちっぽけな国土をおぞましいオスプレイ
  の踊り舞台とするな。もうたくさんだ。
   米国の友人へ。
  これ以上自国を滅茶苦茶にしないでもらいたい。
  自国をあなたの国の兵器産業の儲けの市場としないで
  もらいたい。 

                        2012年6月29日


  メモ: オバマさん、あなたの国の憲法があなたの医療政策を
       間違ってはいないと判断したというではないか。
       人々にとっていいことは、すこしでも実現すべきと、法が認
       めた訳だ。 あなたの国が、世界の指導者といまでも自負
       するのなら、少しずつ少しずつ、一歩一歩理にかなった道
       へ歩みを変えて下さい。 あなたならやれる。

         いえす うい きゃん

       






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               「書きとめ」


   あがぬしの肌に触れしと思えども
              はや背をむけしきみねむりたもう

   よさのひとけいざい説きて朝日発つ
              やっと成り立つめでたき陽かな

   ざいむ花みちひの珠とよろこびし
              官吏のよすがきみやなるかも

   あれこれとえらぶは邪道と断ずるは
              二つに一つ常套つづり

   国民とよべどむなしきひびきかな
              盟主尽くしは駈けずり三昧

                         2012年6月26日


 メモ: 国論を二分するときは、政治の念として一論を通す所存。
     言葉は直裁で何か御もっとも、といった空気が漂う。
     まつりの欠点は、得てして、丁か半かの誘いに乗りやすい。
     その他に選択肢はありえないかの雰囲気に民意を誘う。
     兵力増強化か、現状維持かと、二つに一つの選択肢を選挙民
     へ訴え、マスメデイアもいつしかその轍にはまり、第三の最良
     の選択肢の一つである撤退という文字には見向きもしなかった
     と、するどい指摘を、アフガンに関連して米国の詩人が謂っていた。
     男からは、恒常的有閑富裕者層、大企業等所得増への賦課に
     ついて洩らした文言を一言も聞かない。まして軍需産業への貢ぎ
     を止める事等なおさらだ。
      ざいむ花の台座にあればこその謂いであろう。 高級財務官吏が
     思考するいつもながらの手っ取り早い話であった。

      


         零−1≠−1 知ってますか・・・  <2005年の思い出>

 メモ2:どうしょうもない米国だ。横柄な言葉「接受国通報」
     といった、いかにもお上からの達しといった按配の
     強圧的な態度だ。完全に自国を属国と見なした告知
     にある。本当にペリー以来からの自国政府外交官僚
     、防衛官僚連中のぺこぺこした、へりくだった薄笑い
     にある姿勢が、目に見えるようだ。
      オスプレイの自国配置、訓練計画をどうして狭い国
     土にあるところで強行する権利があるというのだ。
     思いより予算、ぼったくり予算、いやさ見かじめ料だ、
     と考えている節がある。失礼な政府である。






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               「書きとめ」


   
ハエとりグモ

ハエとりグモ
おそれを知らず舞いわたる




   ボイジャー1号が、約180億キロの彼方を飛行中と記事に
  あった。いよいよ太陽圏から巣立ちして、遥かなる無窮へと
  果てしない旅へついたわけだ。およそ毎秒11キロの速さで
  35年間かけて太陽圏内を駆け抜けた。ちょうど、わたしの
  命の時間の半分ほどを消化して、いまなお、あてどもなく
  さ迷い続ける。あと35年経たときには、自分も既に同じ時間
  が生成交錯する真っ只中にいるはずだ。そのときは、きみに
  ひっと飛びに会えるだろう。 きみも思うだろう。ほんの35年
  かけてやっとわが太陽圏の辺境へたどり着いたが、いま振り
  返ってこの棲む銀河系からなお飛び去ろうとする時間を思う
  とき、そのめくるめく長さは言うに及ばす、近いとなりの銀河
  へ渡るのさえも、これからどのくらいの年月がかかることやら
  と。まだ、きみの航跡からすれば、一億年ならず、一億光年
  先など、目に見えぬ時間だ。しかもそれもほんの短い時だ、
  砂の命よりずーっと、ずーっと、さらにずーっと短い瞬間だ
  と、あらためて気づくだろう。
   きみはおそらく幾度となく、太陽の仲間達の星をみつめて、
  かれらが語りかける沈黙のウタに感銘を受けただろう。
  そして君が離れ去った我が地球を思いなしか遠くに望むと
  き、その美しさにはっとして、言葉に尽くせない大事なモノが
  あったと惜別の念にとらわれるだろう。そして・・・
   訓練勉学に明け暮れる、宇宙飛行士のみなさん。
  わが地球の美しさ、その命を守ることの大切なコトをしっか
  りと、人々へ伝えてもらいたい。隣国の宇宙飛行士も、狭い
  地球のしばしの宇宙空間だったとしても、そのまわりを飛翔
  して、うまれ故郷の地球の素晴らしさを、あらためておぼえた
  ことでしょう。人の生まれながらの権利を蹂躙することが、い
  かに小さな砂より、さらにちっぽけな人の驕りにあると感じた
  はずです。地球は誰の者でもないということを。
  
   しかし、ちっぽけな空間では目の明けぬ者があるのが常で
  ある。大臣が防衛相補佐官に、懲りずに制服組みを取り上
  げた。ここにも驕りそのものが息づく。 
   オスプレイの事故原因について、ペンタゴンの担当者が説
  明にあたっているとのことであるが、その相手が自国の防衛
  筋なら話にならぬ。また、説明では設計にはミスはなく構造
  上に問題はないとのこと。事故率は想定内のもので、他の
  兵器とくらべても低いとアナウンスしていた。このスポークス
  マンは兵器製造企業の代弁者に見える。彼の国では、よく
  経験されることだが、人の命の生死など、一つの部品の如く
  扱われ、ただ確率の数字の中の検証物となるだけだ。
  その首長が、自国へ一機100億円以上になりそうな戦闘機
  の売り込みでは、自国得意の談合で、かの国防衛産業村、
  ロビイストとの間では既定の事実にあったにも関わらず、念
  押しのため同盟絆の証しをもとめたものだ。自国は自国で、
  その前に、世論操作の一環にあったのか、保持する武器の
  老朽化を宣伝するかのごときタンク落下等の事故が二件ほ
  ど発生した。まさしく情報操作にあったと見られてもおかしく
  ない様相が生じたもんだ。おまけに、売り込みの主は、常々
  裏の盟主戦略で陣頭指揮にあたってきた、シーアイエーの
  首長でもあった。
   沖縄で、平和を目指し、不戦の誓いを亡くなった方々に言
  葉として述べた自国首長は、その文言を反古にしては虚言
  を弄したことになることを、深く肝に銘じる重大な責任があ
  る。
   しかし、文言にあったごとくその言葉には従来のまつりを踏
  襲するだけのものでしかなかった。安全保障の言葉を持ち
  出すその姿勢には、五十年先の軍需同盟の絆を深める態
  度をはっきりとしめしていた。
   自国首長が堂々と、自国基本法の言葉をしっかりと世界へ
  向かって宣言し、そのための施策を明確に打ち出して行け
  ば、自国の多くの主権者からはもとより、おおくの他国から
  尊敬の念で向かえられるだろう。 
   安全保障には冷徹な戦略が必要だ、といった相変らずの
  既成概念からは抜け出し、確固とした態度の言論の醸成、
  行動の必要性を強く覚えるきょうであった。

   また腕力におもねる団体等の圧力による「歴史歪曲許さ
  ず」といった、かれら特有の護国体制一家のあくどい言論
  妨害の動きがあったとのこと。どうかニコンには暴力、脅し
  には決して怯まないで頂きたい。カメラの目を恐れるのは、
  どういった連中かよく知っているはずだ。報道写真家の命
  をかけた伝達を、人々はよくしっています。 
  人は、ひとを腕力で排斥する煽り、挑発を許してはならない。

                        2012年6月23日


メモ:  人はこれからも一層、自分の頭で考えることが大事に感じます。
    われわれ一般市民は、以前から言っていますが、大事な情報を
    収集することは、難しい環境にあります。それゆえメデイア等が発
    する情報に頼ることが多くなります。しかし、それらの情報をそのま
    ま鵜呑みにするのではなく、しっかりと自らの頭で考え、取捨選択
    しながら、自らの確かな情報として消化していくことでしょう。名の
    ある人の言葉だから、あるいは一般的に権威ある伝達媒体だから
    といったことだけで受け入れるのはどうであろうかと思います。
    先ずは、己の思考過程へ、情報等を取り入れ、その仕組み、意味
    を一つ一つ吟味して、物事へ向かって行きたいものです。

     吉田秀和さんの声を聞いた。まだ録音が残っていたらしい。
    ラフマニノフの狂詩曲、パガニーニの主題によるピアノ協奏曲で
    あった。いつものとおり作曲者の曲だとおぼえる調にあった。
    おなじ曲が演奏者を変えて二度あったが、作曲者自身の響きが
    しっくり聴こえた。音がセピア色というより、あわい茶色に滲んで
    とどく。ラフマニノフ特有のロマンチックな楽章に遠くの音へ音へ
    と誘われる。悪魔へ魂を売った旋律の調が甘く広がる。突然、神
    の怒りが轟き曲想が逃げていった。まだ死にたくはない。

    





  
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               「書きとめ」


   言葉の表現された意をしっかり見定めていくことは、
  大事なことだ。 「安全保障」の文言にある意図が伏された
  かっこうの法改正にまつわる意見(朝日社説欄:6月23付
  け)があった。あとになって、あれっと思う方向へ行く道筋を
  つけて置く、あるいは言い逃れを文言の裏に託す、といった
  手管は権力行政機関の常套手段だ。その例の一つが何週
  間前だったか、NHKの週末番組のなかで、解説委員であっ
  たか、JAXAの関係者であったか知らぬが、衛星放送の打
  ち上げに絡まして、防衛と技術(或いは科学、そういった意
  の語)との文字をパネルに記して、知らず視聴者へ武器製
  造の正当性を知らしめている様子があった。これなど何処に
  目的があるのか、直ぐにわかる魂胆であり、報道姿勢の恥
  ずべきことである。 せっかく、くつろいで未知への探検にあ
  る衛星のモノガタリを楽しもうしていた団欒の場に、底の見
  え透いた当局の広報機関の代弁など驕りにあたる。
   公正中立とは、反対、賛成の意見など同じように示すだけ
  のものではない。ひとにとって、何が大事なことなのか、人
  それぞれ各自の命の終わりへと歩む道筋において、何が大
  事なことか、といった事柄を基部とする言葉、アナウンスに
  あることでしょう。 今朝の同紙の「原発とメデイア」の連載
  記事に、そうした当事者のメデイアに関わる危惧の念が示さ
  れていた。 
   ところで、余計なことであるが、原発事故発生から、情報
  のすくない中にあって、的確な言葉で人々へその危機的
  状況をより正しく伝えようとした、まだ若い解説員は、現在も
  その担当部門にあるのかしらん。一二ヵ月したらその姿が
  画面から消えてしまったが、どうなのだろう。すこし勘ぐりし
  過ぎかもしれぬが、丁度そのころから娯楽番組等が多くの
  時間帯を占め始めたころとほぼ一致するので、ひょっとして
  左遷でもと思っていたところだ。老婆心であればいい。

                          2012年6月22日






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               「書きとめ」


   広島に原爆が落とされた日に、基本法を蔑ろにする文言
  を言い放ち、機会あるごとに自国核兵器所持とその正当性
  を主張し続ける男が、挑発と扇動にしかない短絡な作文を、
  特定意にある発売元から出しているようだ。 こんな類の
  輩が防衛省中枢に蔓延っているとしたら、恐ろしいことであ
  る。 議員として登場した旧弊党のひげの政治的感覚のな
  さ、どこがベンゴシ資格者なのか情けなき特殊女史などと相
  通じるところだ。
   連中は、シ―アイエー、ペンタゴンの意のままに動いている
  としか見えない。沖縄へのオスプレイ配置、その狭い自国で
  の強行訓練計画等屁とも思っていないだろう。憂国どころ
  か、自国を盟主へ捧げる傀儡根性そのものだ。
   米国への友人そして良心へ 
  君等は、日本国の基本法がどのようにして出来たか、十分
  知っているはずだ。自国憲法の理念その基部に流れる勇気
  ある人々の心からの叫びをおぼえるはずだ。その文言は、
  過去、現在から未来への道程を照らし出す。この言葉は過
  去の愚かな夥しい血の犠牲、過去の歴史の知恵から必然
  的に生まれた言葉であることをはっきりと認識してもらいた
  い。そして、あなた方の独立宣言を良く改めて読み直して貰
  いたい。なんと生き生きとした、自由への希望と閉塞された
  権力打破へ力強く記していることか。あなた方も、その自由
  を狭い了見の自由でなく、本来の命の開放へ向けて希望を
  各自が目指してもらいたい。 そして、各地に見られる偏狭
  な護国体制、神がかり的政治体制からの脱却へ共に努めて
  行こう。本当の朋、絆は軍事同盟なんかではない。いのちの
  自由にある。 友が旧弊へ戻りそうなときには、違うと忠告す
  るのがトモダチだ。 力対力の構図から抜け出そう。

                         2012年6月21日

  メモ:企業文化がいかに大事か教えている。指導の統率力と独断・専横
      とを取り違えているところには、のびのびとした感じが無い。
      常に上役の目を窺う姿は憐れである。彼の事件もそうした雰囲気が
      かもし出したのかもしれない。マルマル日本、キリツ日本といった
      型枠でしかチーム等を表現できない幹部、選手、そこには人格とし
      ての自由が感ぜられぬ。
       ペンの驕りが目立つこのごろである。改めて各企業の理念、使命
      を見直し、一段といい方向へ企業風土をつくり上げて貰いたいもの
      である。 ダルビッシュが九勝目を上げたそうだ。こうした活躍は大
      いに歓迎である。これからも生胆をぬく激しい競争世界にあって、
      体に気をつけ活躍してもらいたい。

       スーチーさんが、母校のオックスフォード大学から名誉学位を授与
      されたとのこと。(時事通信)
      この人には似合わぬ賞は無いようだ。 きれいな人だ。
     






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               「書きとめ」


   東電の事故調査なる顛末が示されていた。
  まったく恐れ入った会社組織にあるようだ。なにか事故の
  責任を他人へ押し付ける様子は子どもじみてどこにも誠実
  さが見られぬ。当時における知見と技術と言うが、そもそも
  放射能の統制など不可能なことは、優れた物理学者なら
  知っている知識にある。使用とその廃棄の処理にいたって
  は後世へ負ばかりを残すしかない、といった事実さえとうの
  昔から認識されていたことだ。 現場の混乱の本は、技術
  水準を金で買い上げ、安全性の世論対策へ御用学者等を
  駆使して、人々を欺いてきた結果そのものである。
   一体、今回社外取締となった役員は、本気になってそ
  の腐った根を取り去ろうとしたのかと、疑問を呈さずにはお
  られない。例の国難だといって放送会長を退いた役員は、
  どういった組織悪を取り除こうとしたのか教えてもらいたい。
  まさか責任逃れの方図を示唆しただけなのか。
   東電幹部は雁首並べて深々とお辞儀するが、腹の底では
  俺達には責任など少しもないと感じているように見えていた。
   それにつけても、原発へ足を向けさせた、旧弊党の特定
  先発議員、かれらと深くかかわり原子力利用推進へ世論
  の操作へ陰に陽に導いた特定伝達媒体の責任も重大な原
  因である。 東電は、恥の言葉をしっかりと知ることだ。

                       2012年6月20日

  メモ:大飯原発で、保安院が警報機作動のあった事を半日遅れて
      その顛末を報告していた。原因は計器の作動ミスにあったため、
      深夜の発表はかえって事を大きくしかねないので明けてからの
      発表としたとの由。 つつましやかな官吏の態度だ。どこを向いて
      いるのか不思議な言い回しである。米国の放射能汚染情報の隠し
      が明らかにされたばかりである。 
      人間は過ちを犯す、しかし官吏であるより先に人としての理を自覚
      して貰いたい。

     大層な社屋にあると底辺でうごめく人は虫けらのごとく写るのだろ
      う。ペンの暴力がこのところ頻発するようだ。もうだいぶ前にも記した
      のだが、ペンの主も家庭に在る時には、子ども、あるいは既に独り
      立ちした娘、息子に囲まれている機会もあるだろう。彼らは一体
      どれくらいの力が自らに与えられていると思っているのだろうか。
      ペンは公権力が人々へ不正な関わりにあるとき、初めてその筆が
      生きるときだ。たとい公人にあったとしても、その個人的恥部の暴露
      は、それが事件等因果関係解明に必要で、しかもそれが厳然たる
      事実だ、といったときでなければ、ペンは凶器そのものでしかない。
       また、今宵、そこらあたりの飲み屋、高級スナック等で、ちょび髭を
      撫で、黒縁の目がねを掛け、へへ、今度はあいつ等を干すとするか、
      といったサモシイ談義にあるのだろう。
      





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               「書きとめ」


   
ツバメの巣立ちまじか

巣立ちまじか

 
     スーチーさんは賞の名に値する本来の一人だ。
    今後、選考委員の人達へ求めたいのは、本当に
    平和へ希望の歩みを地道に行っている人々に日を
    当てもらいたい。 多くの人々から失笑を買うような
    可笑しげな選考はして欲しくないものだ。 
     思うに、女史は文学賞にも値する人だ。
    きのう、朝日コラムによれば、「・・すくいの星に導かれ
    る砂漠の旅人・・」等と受賞の話で述べられていたと
    のこと。
     この言葉には、いのちあるものをそーっと抱きしめ、
    前に遮るものを見誤らず、おそれず一歩、一歩、地を
    踏みしめて行く人の歌と響きます。ガンディーの歩み
    さえおぼえさせます。すぐれた言葉です。
    だが、女史のおかれた立場、環境以上のことを負わす
    のは、失礼になるだろう。
     人がことばをしり、かなしみ、よろこび、かんしゃ、を
    土の壁、木簡、伝承等で表現してきた素朴な思いが
    いろいろ形を変えて、言葉の商いとしていまにある。
    言葉でしか身を立てることのできぬ、ある種の倦怠感
    にある人々の生業ともなっている。それでも、ブンガク
    は人々へ感動を与え続けている。なぜ、と問わなくとも
    、いわゆるブンガクといわれるモノには、誰でもが普通
    に、そこはかとなく感じている人の奥底にあるモノを、
    表現しているからだ。そして、いまでも人々へ営々と受
    け継がれているサクヒンには、フセイに対する拒絶、ギ
    ゼンへの嫌悪、いきいきしたセイギ感に溢れています。
     さらに、その時代、その環境における作者の不言実
    行、有言実行、言葉が悪いが偽に対するコクハツさえ
    あるからでしょう。 悪行をつみ、その真っ只中にある
    凡夫の人間ですが、薄れかけた記憶になお響く、おさ
    なき心に目覚めたあの青い正義感、不正の拒否は忘
    れたくないものだ。
     詩人のアサー・ビナードさんが二年半前、こう話さ
    れていた。 「・・言葉の嘘を見抜く力を磨くことです。
    それも壊されない確りした嘘発見器です。
    へミングウエーは、作家の条件に嘘を見抜く力だと言っ
    ています・・」
     ブンガクとシ。 その想像力はコウドウに飛翔します。
    沈黙も結構。美の彼方に遊ぶのも結構。悟性にある
    のも結構。遥かなる草原にあそぶのも結構・・・
    だが、われわれが引き継いできた語り、作品にあった
    モノ。それはつぎのように今もおぼえます。
    言葉と詩が合致したとき、そこには人の行動しか表現
    され得ない。いきかたそのものだからだ。
    賞の名に値いすものなら、そういった豊かな作品で
    あって欲しい。 スーチーさんの言葉こそ相応しい。

     立憲官僚君主 議院内閣制の姿を見事に表している。
    他国の正確な放射能汚染地域の情報の隠蔽に加えて
    もんじゅに不利なシナリオ隠蔽工作(毎日)がはっきりと
    明らかとなったようだ。
     電力会社から報酬を受けるなど言語道断だ。といって
    みたところで、むなしい気持ちになるだけだ。
    各地の原発所在地における金権まつりは、深刻な地域
    住民の心さえ金縛りにした狡猾な詐欺にある。
    いま一度、その実態をあかすため、地域市町村議会、
    県議会、知事・地場先生への電力会社の献金・交付事
    情、公聴会等への工作資金など、正直に明かす必要が
    ある。徹底的に膿みをださなければ、いつものごとく蓋を
    されて終う。
     悪い時期には、悪い事情が加わる。
    官僚の隠蔽体質が、またあらためてその正体を暴露
    した。オスプレイの自国における訓練模様だ。恥も知ら
    ぬのか、防衛官吏の情けなき米国追随の身も蓋もない
    環境調査なるよこしまな報告書を各地の自治体へ伝達
    している。外交官僚の責任が重大である。文書主義には
    隅から隅まで、その秘密主義と相俟って忠実にあるよう
    だが、自国基本法は屁とも思っていない。
     ここで、防衛官僚等の各電子機器メーカー、武器製造
    メーカー等、経済・外交官僚等の天下り先をはっきりと
    人々へ示してもらいたい。これ等の輩の手で自国の行く
    末が決められてたまるものか。

                          2012年6月19日
 
   メモ:原発関連等について関連地域住民の意見行使を求める条例
       要求等が否決されたそうだ。 
        いつも不思議に思うのは、彼の旧弊党に寄り添う党の動きだ。
       彼の党の母体である組織首長が、たまに目にすることですが、
       その唱える平和を題する書物なる本が発売されることがある。
       本当にそう思い念じているのなら、どうしてみづから率先して辻に
       たち、平和実現への運動を起こさないのか不思議にある。
       失礼だが、報酬をもって外国要人、著名な人物との会談を持つ
       時間のいくらかでも、一般庶民と対話する方へ向けたらどうだ
       ろう。 自国が危き方向性へ舵を切るとき、はっきりと否と意志
       表示するのが指導者の責任にあるはずだ。 そこらあたりの
       怪しげな宗教的組織でもなかろうに。そう思う。 
        時事通信によれば、「肥満は地球の脅威」といった論文が
       ロンドン大学の研究チームから出されたそうだ。人口爆発に匹敵
       する由。今後米国民とおなじペースで肥満が進行すれば、9億人
       以上相当の新たな食糧需要が生じ、限られた地球の食料資源に
       重大な脅威となると。 人の胃袋事情まで管理するのもあまり
       いい気分はしないが、一つの現実の話である。
       自国の腹八分、過食を戒める文化はいいことだ。かって国鉄総裁
       だったかどうか定かでないが、比較的使用者責任など自覚してい
       た一人で、その人がご夫婦で、つつましやかに鰯の煮干を食され
       ていた映像を見たことがあった。 近ごろのでっぷりとした腹をもて
       あまし気味の原発再開を唱え、集団的自衛権の行使を是とする放
       言を繰り返す財界のドンなど、少し減量へ努めたらどうだろうか。
        といった次第で、どうか人も辻にあって、せいぜい減量に励まれ
       ては如何なものかと思う。
        腹を膨らませたままの愛の言葉など虚しい南無妙・・と消え去る。






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               「書きとめ」


        それでも配備。ひとの国かの国と。
         同じ土地ではないかと、足蹴せし。

         式に則り、儀式進むや欲得尽くし。
            出るわ金縛。糞尿譚。

         法と成し選挙せまるや恥知らず。
            順序しらずの下ごころ
     
        ドン蹴っ飛ばし 厚生女史をも嵌めし罠
       世論誘う謀りなり 謳うや文春検察友の会 
 
                        2012年6月17日

 
 メモ: 反動のいちじるしい蠢きにある民主党政権が、ごたごたの
     中で、先に打ち出していた「秘密保全法制」について、県弁護
     士会が、表現の自由を侵害するおそれが非常に高いと警鐘を
     鳴らしていた(朝日の宮崎地方欄、6月17日付け)。 
      法制の @国の安全 A外交 B秩序の維持
     どの項目も時の政府権力による国民に対する情報統制その
     ものである。大本営発表へ帰る動きでしかない。
     この隠蔽体質にあっての原発稼動。文民統制の反古である。
     オスプレイの賛歌、五十年先までも軍事同盟の絆の深化等
     かっての巣鴨帰りを起点とする盟主隷属路線の踏襲だ。
     
      情けないことに、相変らずせっせとTVで訳知り顔の饒舌に
     ある主がいる。 ふるさとの事件では、優柔不断の采配が
     ことを長引かせた一因でもあった。 また、まつりへ出馬する
     そうではないか。前にもいったが、事前運動そのものにある。
     同郷のものとして恥ずかしい限りだ。
      話は違うが、<腕力組織との離別>といった法律が施行さ
     れて間もないが、いちど先生方の事務所関係の持ち主との間
     もよく調べる要があるだろう。建前と本音が交叉するやもし。
     
  





           
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               「書きとめ」


   毎日によれば、昨年四月、弘前大学が福島県で内部被
  曝調査している時に、福島県当局から検査中止の要請があ
  り、検査を止めざるを得なかったそうだ。県当局者は無用の
  風評被害を避けるためとして、その指し止め理由としている
  由。 弘前大学の当事者は、あのときしっかりと検査するこ
  とができたらと、混乱状態にあった状況のなかでの事実の
  把握喪失に残念にあるとの記事の趣旨にあった。
   県当局の指し止め理由も分からないでもない。初めての
  未曾有の事故に出っくわし、混乱していたことでしょう。
  でも、情報の指し止めは決してしてならぬことだ。恐慌に
  あったとき、情報の隠し、押さえ等が、かえって、色々な
  流言飛語が飛び交い、人々を一層混乱にさせる結果と
  なったことを、過ぎた時間が教えています。 関東大震災
  における朝鮮人虐殺事件といい、大本営発表は言うに及
  ばず、今回の当初における政府の発表が大分捻じ曲げら
  れていた事柄からみても、その情報の正しい公表が求め
  られます。 
   話は少し違いますが、いま一度各電力会社の献金事情
  を明らかにする責任が、各地の当事者にはあります。
  事故にあった地域の方々には、情けなき原発会社の裏
  切りといえる安全管理に対するごう慢な態度、その姿の
  正体をしっかりと捉えることは、脱原発のほんの基礎的事
  項の一つであり、しかも重大な事柄でもあります。
   きょう、福井の町長が発言された言葉を聞いて、一層
  その感をつよくした。いかに地域市町村を、あちらこちと振
  り回し、電力会社の各種の表裏における交付金、裏献金
  等が、地域一体に暗躍しているかを如実にしめしていたよ
  うだ。糞尿譚物語が厳然としてあることを忘れてはならない。
  
   自画自賛したそうだ。文民統制の条文さえ、まともに判読
  できぬようだ。盟主順応にすっかり馴らされ踊れされた主に
  ある。
   いつも不思議に思うのだが、妙な神がかりてき全体主義
  国家体制を国是とする人物達と、片方で自由を標榜する国
  家とがなぜ軍事的には手を握りあえるかといったことだ。
   見たまえ、不幸の党だったかどうか判然としないが、元
  防衛大臣なる女史がその後押しもあってか、妙な制度に
  のっとり、選挙で復活もしたもんだ。
   かの国の戦略家は、かの国といっしょに動いてくれさえす
  れば、後は野となれ山となれ、といったことでもあろうか。
  強権国家でも、かの国へ従順であり、しかも軍需産業が
  活性化する道に共にあれば不問といったところだろう。
   こうした間柄で、朋となることは不幸なことである。
  
   オスプレイ配置が、いかに盟主の軍需産業・軍拡ロビー
  の思惑にそって、急いで行われていたか、その理由の一
  端が明らかにされようだ。多額の国費を使用し造ったから
  には、使用しなければ、米国民の税金の無駄遣いとなる
  うえ、今後の兵器製造企業からのリベートも少なくなること
  うけあいだ。無駄ないたちごっこが延々とつづく。
   君等の広大な地で頻発する事故であっても悲惨なことだ。
  まして、小さな狭い自国に配置することは犯罪に値する。

                         2012年14日ー2





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               「書きとめ」


    よく言うものだ。原発処理の究極の責任は、政府の
   素人判断の管理にあった、と旧党が厚顔に吐く。
   原発事故の原因の最大の究極の本は、盟主誘導の
   言にただひたすら従ってきた旧弊党の米国追随その
   ままにあったとは、素知らぬ顔にある。 しかも、原発
   耐用年数の延長にご執心にある。どこにも甚大な人災
   にたいする反省の念など見当たらぬ。 従来からの
   核に対する傘を最大のよりどころとするまつりの魂胆に
   ある。沖縄の苦しみなど、例のうつくしきグループを中心
   とした三代にわたる、自国の米国への隷従政策その
   ものが、いまなお恥ずべき植民地状態をつくり上げ、
   原発の惨状を引き起こしたとは、ほんの少しも感じてい
   ないようだ。 きょも、防衛官僚がオスプレイの安全性
   の盟主軍需産業の声の使者として、おこがましく島に
   あった。   
    原子力安全規制委員会等は、省・官僚から完全に
   独立した専門家、科学者、識見者で構成されるべきだ。
   しかし残念なことに、すでに抜け穴のある委員会で落
   ち着く様相にある。大体、経済官僚等が少しでも関わ
   るそれにあるとしたら、自国の将来の世代に対する
   裏切りでしかない。国家は十年もすればころりと変わる
   と、人が謂われていた。誰のための政治なのか。
   相変らずの世界貢献、それも集団的自衛権にある、と
   するさびしい、さもしいことにあるのか。 
    どうして、あなた達は、自ら率先して、希望のある
   世界を目指そうとしないのか、どうして世界へ自国の
   独自性をはっきりと訴えていくまつりをしないのか。
    隣国が、かって自国や、欧米各国が犯した愚かな
   帝国主義にあっても、どうっていうことはない。
   いまもシリア等では、恥ずべき人民と国を奪う権力が
   厳然としてのさばっているが、こうした不条理、混迷が
   あればこその自国の役割がある。これからの政治家は
   希望を語らなくてはならない。
    現実的政治とは、不退転のまつりとは、人々を排斥
   しない、しっかりとした道を歩むことだ。すこしもおそれる
   ことはない。 他国の軍需産業など卑劣な道にある。

                         2012年6月14日

  メモ: ここで、電力会社から献金を受けた、地方議員、国会議員
       関係委員会、技術者等は是非自ら事実を知らしてもらいたい。
       別に、恥でもなんでもない。人がある時、ひょっとして陥る
       弱さの場面にあったことでしかない。 しかし、軍需産業に寄
       り添うよりは難しいことであろう。 
        





 
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               「書きとめ」


     鉛筆は溶けてしまったの なにを書きたかったの

     黒い炭のかたちだけ   おとこの子とえんぴつ

     長崎のご婦人の詩が、合唱となってふるえていた。
    今朝の九州地方のTVにあった。歌の内容は違うが
    そういう趣旨にあったようだ。 被曝された時、一緒に
    いて亡くなった少年の鎮魂の調だった。 
     沖縄では、九十一歳のご婦人が、悲惨な沖縄戦の
    体験を子ども達に話されていた。子ども達は真剣な目
    つきで婦人の口元をみつめていた。
     あたし達も、あとの子ども達へ話しを伝えていかなけ
    ればと、黒いつぶらな目を輝かせ、女の子がけなげに
    話す。 もう、語り部としての思いにあるようだ。

      以前、鹿児島の野間池へ釣りに遊びにいった折、
     杜氏の方から、あんたけっして絶対、安全、といった
     言葉をつかうものではないと、たしなめられたことが
     あった。長年、醸造元で蔵子を指導し、麹作りにある
     とき、たびたび寝ずの番で温度管理にあたったこと
     の経験を話された。素人考えで、長年の経験から
     麹造りは鍛えられた勘の判断にあるのだろうと思って
     いたが、その人はとんでもない、たしかに勘も助ける
     が、たった一つの温度計をもとに、その良し悪しを
     窺がい、できうるかぎり良質の麹をつくる、と話され
     た。今でこそ機械化された管理調整機にあるが、
     安全に麹作りができるわけではないと、一つの
     温度計がより精確なつくりを教えてくれる。それも
     絶対なものではないと。 

      現時点における水準では、安全と判断する。
     しばしば見て来た言葉の使い方だ。それはひとつ
     の言い逃れにある。 司法判断においてさえも、
     当時の科学水準、知識の程度では妥当なもので
     あった、といった識見が、これまで幾度となく常識と
     して繰り返され続けてきた。繰り返される薬害、
     アスベスト、いまの胆癌の問題等々数え切れない。
      しかし、原子力熱利用については、こうした言葉
     は全く当てはまらない。使用すればするほど、安全
     がますます細くなっていくだけだ。しかも使用しなく
     とも、ますますその処理の顛末が、幾世代へと、
     取り返しのつかない重しとなって人々を犯す。
      その因果はすでにはっきりとしている。
     安全、想定外といった言葉を使うのは、人へ対する
     不遜な振る舞いにある。
     
      なぜ、いまどき、しかも市街地で訓練するのか
     おかしな挙動だ。このところ、お仕着せの連中の
     動きが徐々に派手になってきた。
     例の、恥ずべき愚かな懸賞論文を作文した情けない
     、しかも本来なら国庫へ返還すべき退職金をぬけ
     ぬけと手にし、娯楽番組で放言したりする始末に
     あった輩といい、どうしょうもない官僚達にある。
      これも、閣下の影響かしらん。

                         2012年6月12日
  

      メモ:例の不労所得の元締めが、消費税15%とかなんとか
           いったようだ。長年、2%、いまでは1%だそうだが、
           その連中のための金儲けのための提言しか能のない
           発言はやめてもらいたい。国が破綻すれば、1%の
           投資主が美味い汁どころか、投資資金さえ回収が
           おぼつかないそうだ。たまには、飢餓に瀕したアフリカ
           の幼子のために、まじめくさってモニターの前の数字に
           一喜一憂する時間があるならば、そうした国々のため
           にお金を拠出した国の投資割合で、国の品位を計る
           基準をつくることだ。






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               「書きとめ」


       髪をカットして貰っていた。柔和な顔だ。
      手をさすると、母も息子の手をさすってくれた。
      そばにいるだけで、ほっとする。
      なにか自分の悪行が身から剥がれ落ちてゆく気がする。
      どこにすんでいるの、といった問いはこの前とおんなじだ。
      それでも、きょうは息子であると思ってくれている。
      手まねで踊りの仕草をしたら、母もいっしょになって手を
      動かした。しばらく二人で目を合わせて踊った。
      様子をじーっとみつめていらした婦人がにこにこして
      湯飲みをテーブルにちいさくことこと打たれる。
      会釈して、お元気ですねと話しかける。
      笑みされて、湯飲みをつかんだまま、話をはじめられた。
      これはこうして積み上げて、そしてまわりにはこれを
      こうしておかなければいけません、湯飲みを四角に
      描かれる。 そうですか、と何のことか分からなかったが、
      目で頷く。 また、おなじ言葉で、おなじく四角に手を
      動かされた。そした、また。そして。 
      切りのいいとこで湯飲みから、母の手に逃れた。
    
           またね。
       老いた母が、白髪交じりの子へ目をくもらせた。




    むかし、アルバイトしているとき、会社の集まりが
   あって、参会したとき、ささいなことだが、言葉の
   勘違いかどうか妙な気分になったことがあった。
   当時、会社では、会社の就業環境等についての
   盛んな議論がされていた。ある一人が働く者が
   こうした状態におかれた時は、それは労使関係に
   おける「不当労働行為となります・・」と話された。
    すると、おなじアルバイトの一人が、さも納得した
   、といった様子で、そうじゃそうじゃ、不当労働行為
   だと、顔を紅潮させて、わたしにそうだな、と同意を
   促した。かれが言うことを聞いてみると、働く者が
   会社に対して集まりなどして集団意見等をする行為
   は、まさしく不当労働行為そのものだ。そう言った。
   わたしは、ちょっときょとんとした感じで、その男を
   みつめ直してみた。 空手二段だったと記憶して
   いるが、体の頑丈な某学校の学生であった。
    その当時はもちろん、いまでも、そうした考えの
   つづく伝統にあるような学び舎の感がしてしまう。
    そこの先生なる人が、閣下となった。
    
    オスプレイの自国への配置がどうして必要なのか
   不思議に思ったが、しょせん、いつものように、
   せっかく造った商品を遊ばしていては、上院委員会
   等の今後の兵器予算獲得説明にも少なからず影響
   を受けるので、とにかくどこかへ配置して戦略の正当
   性を確保しておこうといった流れの一環だろう。
    この小さな島国への数多くの米軍基地展開、大量
   の殺戮兵器導入を、なんなく受け入れる外交官僚
   、防衛官僚の許しがたい盟主追随態度は、一体いつ
   になったら、独立国の姿勢になるのか、まったく期待
   が持てない。 
    それにつけても、基地配備といい、島の母艦基地の
   たくらみ、原子力政策等における交付金等を絡ませて
   の地方の人々の生活はもとより、その共同体の人々の
   絆さえも分断してしまう恥ずべき政府行政は、なんら
   住民のための政治とはなっていない。
   あるのは、いまでも各地にみられる糞尿譚始末が
   蔓延り、地元住民のむなしい疑心暗鬼がめぐるだけだ。
   ひとのかなしい損得・欲得を誘い水にする卑劣なまつりだ。
   
    最大の課題は、軍需産業の真の正体を明らかにし、
   、その実際の活動を、人々へ知らしていくことしかない。
   
    

     謳うよ  
          うつくしき国よ 起立日本
          
         ああ そなた盟主に身をまかせませ

 
    二世議員なる現状は、よその国でもよく見られる。
   しかし、自国の二、三世議員に見られる隔世遺伝の
   様相は、まったくその祖先の性質そのまんまの姿、
   意思にあるがままの状態で現れている。
   それゆえ、旧弊に入り込んだまま、そこから一歩も
   抜け出せずにいる。語る言葉はどこまでも時代物だ。
    心霊商売とつながるトクシュ宗教団体との懇意な
   関係、道徳先生とのしがらみ、セイネンカイギショ
   起てと発する麻縄、ああはたして新しき日本と唱えし。
   あれ、閣下

                       2012年6月10日





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               「書きとめ」

   
   官僚首長の言葉は、白々しい、虚しい。聞こえるのは
  彼が言う視点、財界のお仕着せを身に着けた目だけで
  ある。原発の輸出をはかり、武器輸出解禁を平気にやっ
  たかれのことだ。当然の帰結だったのだろう。
  容易く、国民のため、といった言葉を乱発するな、といっ
  ておきたい。 
   片や、そのまんまの姿で現れた防衛大臣は、自国の
  地を惜し気もなく大判振る舞いに勤しむ所存にある。
  恥もしらぬ態度だ。馬毛島を米軍の母艦とする言葉に
  強い憤りをおぼえる。即刻退陣を求める。
  基本法もあったもんじゃない。どうして始めっからこうした
  人物を選任するのか、現政権の厚顔さをあらためて突きつ
  けられてしまった。つまらぬ旧党の議員と出身母体が同じ
  なら、揚げ足とりにならないだろうと、いった浅薄な思惑
  にあるのなら、ここに国民のための政治など少しも無い。
   盟主の地で、親父の背中を見て軍事同盟の深化に
  邁進するといった、昂ぶった言葉のおろかな実践なのか。
   オバマ大統領には是非、これ以上他国の地をあなたの
  防衛産業ならびに、防衛戦略のために、自国を振り回す
  な、といいたい。あなたは、ノーベル平和賞の受賞者では
  ないか、たとえそれが時代時代のたんなる名誉賞であっ
  たとしてもだ。広島、長崎の人々にはあらためて裏切られ
  た感情がつよい。あなたの明晰な思考の奥に住む理に
  語りかけるのは無理なことだろうか。何れにしても、自国
  を軍需産業ムラの舞台とするのは終わりにしてもらいたい。


   鹿児島の民間TVが、甘藷澱粉の技術者が隣国で、
  その技を伝授していると報じていた。あるいは鹿児島産
  の澱粉製造に適したカライモの育成の方法だったかは
  短い放映を一瞥しただけであったのではっきりとは
  わからなかった。なんでも、先方の招いた人物は
  孔子の子孫とのことである。本当にそうなのかは定
  かではないが、朋有り遠方より来るまた楽しからずや、
  と詠って歓待にあったそうだ。
   孔丘とカライモ、面白い組み合わせだ。
    おなじへであれかし。

                         2012年6月8日

   メモ:いつのころであったか、某作家が、戦争するなら老人だけ
       ですればよい、といった趣旨のことを話されていた。

             2004年2月思い出。
      集団的自衛権をどうしても使いたし向きには、以下の規則を
      守られたし。
        一つ、戦は必ず老人だけで迎えるべし。
        一つ、戦は必ず大臣・幕僚から向かうべし。


             
              
もののふ記

    余が食料事情調査にある折り、某やんごとなきお方の廃
   墟址を掘り起こすべきか否かと苦慮していたところ、お上か
   ら、食料事情改善のためならんと、あたたかいご沙汰がお
   りた。掘り起こし、堀り返していた矢先、頑丈な箱を発掘し
   た。箱の中身は、外国の書物にあった。しかし幸いなこと
   に、それは余が命じられて習得した語であった。幸甚で
   であった。 発掘してほどなく資料書物の解読に成功した。
   墳墓の保存状態が想像以上によく、資料は当時のままの
   姿を留めていた。 どうしてこうした記録が墳墓に添えられ
   たかは現在の時点では知る由もない。
 
 * 人名は全て音読みである。片仮名表記とする。但し、
    一部名は敵とした。文言は当世江戸表記に出来るだけ
    解読し直した。

 タン:どうだろうか。このような現状となった問題の解決を計る
    のがわれわれ長老に課せられた責務ではなかろうか。
    集まってもらったのは他でもないこの子々孫々の問題で
    もあるのじゃ。
 ギ :これはわれわれの問題ではないであろう。恐れ多くも尊
    い方の御手にあることではないのか。
    いかに若人が度重なる戦で少なくなったとは言え、その
    こととわれわれがこうして生きながらえて、老いを味わっ
    ていることとは・・。確かにわれわれのいまの糧の多くを
    若人の汗に依っている仕組みとしたのも先のわれわれで
    もある。しかしそれは世代間扶助の、たおやかな思想に
    よるものじゃった。
 タン:わしもそう思っておった。しかしことは喫緊の相を呈して
    おるのじゃ。この際小事を捨て問題解決を計ろうではな
    いか。わしがいま一番理にかなっておると考えるまつり事
    じゃが、それを話そうと思う。 いかがじゃな。
 サン:なんでござる。タンの言われることには、みどもは決して
    耳を閉じはしない。存分に知らしめくだされ。
 タン:かたじけない。次第はこうだ。いまも営々と各地で勃発し
    ておる戦のことじゃ。戦はだれが考え付いたのかは余も
    知らぬ。しかも先陣はおろかありとあらゆる戦場の場面
    に登場するのは若武者と決まっておるのが世の習いと
    なってしまっている。誰が取り決めたのかは知らぬが、
    このうたがいのない先入観を捨て去る時じゃと、余は思
    うのだ。いかがなされた。そう深刻な顔つきを召される
    な。 しかし、みなどもが察知されたとおりじゃ。
    わしは戦には、この年経た生活経験豊かな我等が馳せ
    参じるべきであり、またその主力となって然るべきだと
    進言する。よしんば戦の地に斃れたとしても、その死は
    子々孫々のためにどれほど栄えあることであろうか。
    その貢献たるや、仕組みを一層堅固なものにする礎でも
    あるのですぞ。
 ギ :なんと我ら長老に戦に赴けと・・・。しかもどこの馬の骨と
    も知れぬ若輩の手に落ちろと、おぬしはまっこと言いはべ
    けるか。礼を失した道理とはおぬしの言葉そのものでご
    ざる。
 サン:ギの言われることは尤もなことである。まして戦となれば
    体力、俊敏な知力も必要となるものでござる。
    いかにして我等にその力がめぐりましょうや。
    だがタンの進言が机上の話ならず・・いや実際しらず身
    の安全のよすがとするこれまでのやりかたではな・・うむ、
    わが言もタン殿と同じ上にある。
    事態は深刻である。この際一つタン殿の意見へのって
    みようではないか。
    行く末同じ道ならばためす道ぞと踏み出すは、ますらお
    人の花ならん。
 
    
 ギ :サン殿 はよう弦を張れかし。敵は目前に迫りきよった。
 サン:慌てめかすな。まだまだ矢をかざすには間がありますじ
    ゃ。 それに相手方もタン殿の奔走があって、もののふは
    同じ老いらくの残照でござる。
 タン:方々油断召されるな。いよいよ鬨の声の機が熟しもうし
    た。いざ口上ぞ。

 敵:やーやーそこに構える者ども、近くによらずんば聞こえ
    もうさず、目にも見えもうさずぞ。それがしはサイタの国・・
 サン:なになに・・すこしも聞こえはしない。やーやーそこの老
    いらくよ、何のことやらちっとも存知しかねる候。
    戦の口上となえずんば負けたるも同じことなり。もっと近く
    においでなされもし、おいでなされ候。
 ギ :サン殿今のうちじゃ、ほれ矢はこちらだぞ。なに弓に弦が
    合わないと申すか。 わしは、このところ目が遠くなり候
    なれば、矢で脅し、接近戦で挑む所存なり候のところ、
    もはやそれも叶わぬことと相成ったというのか。
    槍はどこへやった。
    なに槍は、そなたの本意に背くとな。
 タン:やあやあ敵殿、口上式は互いに面前で行おうではござら
    ぬか。さすれば、得心のいくまで口上三昧なり候。
 敵:もうちょっと大きな声で話せ。なに。おうそうか、おぬしの
    申すとおりじゃ。面と向かって口上するのが互いの経歴
    を間違いなく残りあまねく伝える作法に則るというもの
    じゃ。おぬしの言天晴れ候也。
 
 *注:資料ではこの場面の口上が長々と記されており、当時
   の人々がいかに言葉と意の疎通を大事にしていたかが窺
   い知れるところとなっております。
   その後の記しでは、双方とも老いらくもののふ振りが記述
   されておりますが、如何せん互いに老兵のことなれば、
   人を殺めることはおろか武器を手にすることも覚束なく、
   戦は一日で終わりその場で和が結ばれたとの事が喜びの
   ことばで記されております。
    また、その後、この地では無駄な戦は一切起こらなかっ
   たと、したためてあります。
   一方で老人はますます増えて仕組みの問題は一向に解決
   しないかのようでしたが、和の効果が徐々に浸透してい
   き、農工産業が一大発展した結果、若人が大いに増加し
   たと記されております。
     
                 享保寿元年水無月 昆陽記




  
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               「書きとめ」


       
タンポポ

タンポポの出立つ

              あなたはだれですか

                    むすこだよ

                    何歳ですか

                 母さんは幾つですか

                    四十です

                    十六だよ
 
             いままであたりに張り詰めていた沈黙に
              老人達の大きな笑い声がとんだ。
 
                 戦争へ行ったのかい

                     あ うん

             戦死した弟達が記憶に錯綜するのだろう
           
                 ここはどこですか

            いつもお世話になっているところだよ

             あなたはほんとうに息子ですか

                     そうだよ


          老婆が曲がった背を一そうまるめて目に涙した

            スタッフの方に鼻紙をもらい母の目にあてる

            あたしにも頂戴と凛とした老婦人が言われる

          老人達は長円形のテーブルを囲んで車椅子にあった

         利己的な理由で、自分だけの自由な時間をもつために、
         六月の一ヶ月の間、無理にお願いしてショートステイの
         サービスを頼んだのだ。おねがいしてまだ、六日しか経た
         ないのだが、少々暴れたりしていないだろうか、と心配に
         なり、昨日昼前、介護施設へ様子を見に行った。
         おそらく食べないだろうと思ったのだが、田舎の銘柄品
         の菓子店からシホン、あるいはシナモンだったかで
         できた円筒型の生菓子を持参した。 はたして食べてくれ
         たかどうか。 スタッフの方に、母は肉食系なのですよ、
         それも松阪牛中心でね、とおどかした。
          母はここ二三ヶ月、食欲は普通どおりなのだが、やや
         やせてきた感じがする。 涙をみるとよけいそうなる。



     
     画面を見ていると、ひと際一段と高い席へ、出っぷりと
    太った人がやっとこさ座り、その前で首長が語る図が
    あった。なにか見たような構図である。
     構図は、牢名主の前で、けっして規律は乱しません
    すべて、牢名主さまのおっしゃるとおりに御座います、
    と新顔囚人が懸命にあなた様方のお好きなように物事
    を、推し進め申し上げます。そのように見えて仕方がな
    かった。 現地の人々へ二度と誤れる開発再開等は
    いたしません、といった機会を一体何度みただろうか。
    この首長には、後世へのおぞましい負の遺産を何とも
    おぼえていないようである。活力ある経済活性化がお
    先だといった風だ。真の活性化への視点などまるでな
    い。
    ま、人の表情などなんでもないことだろうが、この人物
    の言にはなんでか温かみをおぼえない。


     昨日(朝日)、日本よ核不拡散に動け、といった
    意見の記事があった。いかにもアメリカ的ちょっぴり
     りべらる の人の意見にしかなかった。再処理は、
    かの北欧ですでに実施されつつある埋設のそれと大
    体同じのようだ。そこには、後代の人々への愚かしい
    負の遺産への反省への念などなかった。これから原
    子力を持とうとしている国に対しては、他の発電手段を
    勧める、という話には賛成である。だが、世界の原発
    停止、脱核といったことへは、何等はなしの糸口が示
    されていない。そして、この人ばかりではないが、これ
    ほど、人間が造ったなかでも最悪の核と認識しながら
    核兵器などと関連づけて、その廃止への確りとした意
    見、主導権をとっていかないのか不思議にあった。
    考えても、世界には核空母、原潜等々、至るところに
    核廃棄物を海に垂れ流し続ける道具が展開している。
     天才物理学者が、唯一の過ちは、原子力爆弾へ
    舵を取ったことであると、後年悔恨の念に厳しくあった。
     自国でも、依然として、核の傘の絡み合い云々と、
    いった按配で、日米関係の柵をさして、核からの脱は
    現実的ではない、という識見があるしまつだ。
    日米安保は、廃棄しますといえる条項があることを
    しっているのだろうが。 
     やっと新発電開発事業から電力買取制度がはじま
    るようだ。新しい発電産業の開発は幾重にも関連する
    事業へ十分な刺激をあたえ得るので、いいことだと
    思う。だがその裏の買取に対する賦課金の徴収の
    仕方は人々へ十分な情報を開示する必要がある。
    消費税のごとく一律課税は、いま電力会社から賦課
    徴収されている太陽光発電奨励と銘打った徴収はあ
    まりにも行政の有力メーカー、電力会社の負担すべき
    事柄を、一般庶民へ負わすものとなっている。額は
    僅だが、一時が万事にあるかのような賦課の仕方は
    誤っている。しらぬが仏をつくることがあってはならな
    い。

                        2012年6月7日


    メモ:  昨夜、映像ドキュメントの講演をみた。
    講演者は、長年公害環境問題と取り組んでこられた
    宮本憲一さんであった。(2012年3月10日講演、
    配信:6月4日)
     話の内容は、とても示唆にとんだ話が豊富に語ら
    れていて、濃い中身にありました。
     普通先進国とは、工業が発達した国という意で
    言われるが、農業自給率が高い国ほど先進性が高
    いと指摘されている。例えば英国など120%以上
    (数字はすこし違うかもしれません)あるそうだ。
    その他の国の例も多く示されていました。
    都市農業という概念で、そうしたことへの取り組が
    必要であると、昨今の動きにたいして明晰な批判を
    されていた。また、むかし公害へ放射能も加えるべき
    と法制化の動きのなかで主張されたそうだが、その
    項目は入れられなかったとのことであった。
     いずれにしても、人の真摯ないきかたと重ねあって、
    いかに生きて死ぬかとの歩みさえ覚えさせるもの
    でした。 下記にアドレスを写しておきました。リンクは
    していません。御免なさい。
    
       追:リンクしました。

  http://www.eizoudocument.com/0636miyamotokenichi.html               


残影

残影
  




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               「書きとめ」

  
   原子力安全委員会作業部会の隠蔽体質があらためて
  明らかにされていた。あきれてものが言えぬというより、
  根強い政財官学界の絡み合いが、どうしようもない柵に
  しばられ、人々の安全など何処吹く風にあるようで、自国
  政治の主権不在を肌でおぼえる。 隠蔽体質の外交官
  等経歴の主が、防衛大臣についたのも、そうした従来か
  らの悪弊にかなうものだろう。西山さんは、腸が煮え返る
  思いであろう。旧来党よりは、ひょっとして、とおもった
  選挙民には、ああ同じか、それどころか一層嫌な方向へ
  転び始めた、と思っている人たちが多いことだろう。
  だからこそ、おなじ狢ともいえる相通じる旧弊党などと
  手を組みたがるのかもしれない。不幸な国民である。
  
   マスコミはじめ、人は忘れっぽい性質だ。忘却もすぐれ
  た生理作用の一態様であるから一概に悪いとはいえな
  。しかし、生活していく仕組み、環境に対する侵害に対
  しては、粘り強く監視を怠らず、物事の根源の下を明か
  していく継続した努力が要る。 プロメテウスの罠は、そ
  うした意味で、粘り強い記事が掲載され続けている。
  記者にはいろいろな苦労があることだろう。だが、めげ
  ずにこれからも、しっかりと人々へ情報を提供してもらい
  たい。普通の人々には、こうした情報がなければ、なか
  なか、コウヘイナな判断材料が手にはいりぬくい。

   忘却に関していえば、例の検察官と裁判官の交流禁
  止といったコウセイな道標への方向は、どうなったのか
  しらん。随分と不思議な交流だと思っていたが、その後
  是正への動きは、うやむやに沈んだのだろうか。
   日本の司法行政が、本当に正しく行われているかどう
  か疑問がわくことしばしばだ。最高裁判所長官は、実質
  内閣の指名に基いて任命される。その他の最高裁判所
  裁判官は、内閣で任命される。下級裁判所の裁判官は
  、最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣が任
  命する。この流れをしっかりと読み解けば、行政の司法
  への関わりが懸念される場面があることがわかります。
   四、五年前だったか、最高裁判所組織における矛盾点、
  裁判官の研修、裁判官の勤務先などの決定、内部監
  査等について、いろいろ参考になる新書があった。
  あらかた内容は忘却の理論にのって薄れてしまった。
  しかし、よく組織の実態が明らかにされていたことは
  いまでも、その印象が把持されています。
   
   民間の放送局等へ、願いたいことがある。
  それは、今後総選挙へ立候補がはっきりとしている人、
  タレント等の番組出演をひかえることだ、ということです。
  普通に、これから打って出ようとする人々と比較して、明
  らかに数段と優位な位置にあることは間違いありません。
  これなど、あきらかな事前運動につながるものでしょう。
  すこしは、制作担当者等にはまとまなリンリ感覚を取り戻し
  てもらいたい。 閑古鳥の鳴く相談所だったかどうか、し
  らぬが、こうした番組で勢いずいた連中が、これ以上
  出ぬことを願うばかりだ。ごう慢、おう柄は真っ平だ。

   京都新聞によれば、同志社のラグビー部に女性部員が
  入部したとあった。新島譲の奥さんが会津若松の戊辰戦争
  で官軍と戦った男勝りの女性であったから、そうなのかな
  と思ったりした。新人は柔道をしていたとのことで接触など
  は、なんともないという元気なお嬢さんにあるようだ。
  ラグビー部もこれを機に、本来のスポーツマン倶楽部へ
  進展してもらいたいものだ。従来の、語弊があるかも知れ
  ぬがいわゆる体育会系よろしく、番犬みたいな小さな起立
  日本的ろまん世界に留まらず、山下泰輔さんのような
  柔軟な知見ゆたかなフットボール選手へと伸びていって
  いただきたい。女性部員は気をつけて練習してください。

                           2012年6月5日





  
   
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               「書きとめ」


    
    あまめが台所で、チョロチョロし始めた。いままでなら
   早速、殺虫スプレー剤で追撃するところだが、ゆっくりと
   流しの下や、台の下辺りを確認してからボタンを押す。
   これまで、こんちくしょうと思って噴霧してみたところまで
   はよかったが、あとで現状をみてみると、大きな蜘蛛の
   惨状を目にすることが多々あった。自然の食物連鎖に
   断を入れるごう慢さに愚かしさをおぼえてしまう。だが、
   あまめの独り舞台を許すわけにもいかず、ボタンを押す。
   虫の息になったあまめが、じたばたしているのは忍びな
   いので、紙に包んで一気に押しつぶす。
    自分はこれまでどれくらいの生きものを殺してきただろ
   うかと思うと、数え切れない膨大な数の蠢きを押しつぶし
   てきたことだ。 腕にとまった蚊さえ殺さなかった優れた人
   の逸話が伝わっている。しかし顕微鏡で覗いた蠢きの多
   くを止めたことは、どういう風な思いにあったことだろうか
   と、唐突に思ってしまう。ひやくした思いかもしれない。
   いのちに対する深いまなざし、人々への愛情を注いでき
   た人が、ときには事業の運営資金確保のためとはいえ、
   その運営の仕方に、その腕となって働く人に対しては
   薄情な仕打ちにあった事柄も伝えられている。ささいな
   事柄かもしれない。 ある人が、若い留学生のころ、
   その逸話に対して許しがたいことであるとの思いを述べ
   られたそうだ。その一件に対して恩師から指弾の声が
   あったそうである。でも、その人はたとえ恩師といえども
   誤れることにたいしては、けっして意には従わない、と
   のことであった。人は、ともすれば名のあるひと、その名
   にしらず犯されて、その権威にしばられることがある。
   また、その方は、戦前学生時代に、当時文壇の寵児に
   あった作家を怒らした対話集会のことも話されていた。
   この集会は、学生の礼を失した場面でもあったが、その
   若さの真摯な問いかけは真実でもあったと思う。
    いのちへの態度、行動力等、人さまざまであろう。
   自分は、その若い心意気を亡くなるまで大きくしながら
   逝かれた方のいき様を、己のモノとして生かし続けたい。
     
    声欄(朝日)に、「これは人間の国か」といった声が
   あった。指摘されるとおり、時の時間の風化が進行してい
   る気がしてならぬ。なにが一番大事なことかを忘れたかの
   ごとき自国まつりの硬直した動きに腹が立つ。
    また、記事にあったが、自国の何々機構といった公共
   組織、いわば天下り先の事業団体かのごとき団体で使途
   不明金があるそうだ。こんな組織を仕切る連中がまともな
   雇用・能力開発等出きるはずがない。いつも思っていた
   が、この仕組みの説明など、典型的な官僚の文章等であ
   る。自分自身職探しの経験が何度もあるのでよくその実態
   がわかる。 
    また、核燃料処理会議にたいする献金等、
   本当に、これは人間の国か、といった憤りをつよくおぼえ
   る。


                        2012年6月4日

   追:ほんの今(午後二時10分頃)、地震があった。
     おそらく震度2くらいであろうか、数秒で感じは終わ
     った。新燃岳の自腹の波か、日向灘の断層等の
     動きかどうかしらない。自国が地震多発地帯である
     ことを実感せしめる。原電再開などおかしな決定だ。

      不退転の決意で、選んだというのだろう。民間人
     というが、ひごろから特定方向の団体へ肝いりする
     評論家のひとりである。いわば親類同士といった
     関係にあるのだろう。叔父と甥との相似にある。
     集団的自衛権を是とする、根っからの意にある
     人士だ。温厚な眼差し、衣のしたに刃をかくす者の
     一人だろう。 かって帝国軍人、陸海空軍各首領は、
     その裏では各省庁の利権に根ざした不退転の決意
     で愚かな戦争へ転じ、不退転の決意で戦争の終結
     時機をあやまり、数十万人の人々の命を奪った。
      二度と誤れる道を繰り返してはならぬ。



メモ   
   昨夜、途中から日曜美術館を久しぶりにのぞいてみた。
  人の一念にある創造の表現力の深みと抑制された凄さ
  を、ひしひしと身に感じたことです。対象をどこまでも確り
  とみつめ、その対象のとおくにあるモノを捉えつくす力、
  いのちの言いがたいモノへの昇華、存在をそのまま受け
  いれ、タシャと一体化した覚醒の静かな眼差し。
  イノリそのものでした。なにかゴッホの炎と同じうねりで
  す。
   たった一本の鉛筆で表現された力、言葉通りの芸術と
  しか言いようがありません。 
   出来うるなら、是非、地元の美術館でも開催してもらい
  たいものである。 

   N君、あなたが市長にある間、是非市美術館で開催してもらいたい。
  





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               「書きとめ」


    内田光子さんの30番から32番までの演奏のある
   CD(フイリップス版)を、久しぶりに取り出して聴いた。
   たまたま連続番の性ではない。作曲家の優れた資質が
   いつものごとく肌にひしひしと直にひびく。いつのことで
   あったかむかし女史の演奏をまだすこし足らないと言わ
   れていた吉田さんの感想の時代のそれではない。この
   指使い弾きかたはたいしたものである。 ベートーヴェン
   が曲に込めた想いが、いまさらながら強く胸のうちに訴
   える。いまでも斬新な、前衛の曲に聴こえます。いわゆる
   近代の曲が頭でっかちというより、言葉、観念で語ろうと
   した想念が、かすんでしまう。もちろん現代の音が停滞
   してしまった、と言う意ではない。曲は響くものでなければ、
   と思っている者の感じからの言いです。そういう聴く耳の
   者の一つの感想です。 ものごとを時代を区切りとした
   ジャンルで語るのも一つの理解、伝承の仕方でしょうが、
   この作曲家にはこうした物差しは当てはまりません。
   とくに、この晩年といってもいい作曲家の一連のソナタか
   らほとばしる自由な心からの弾ける音は、近現代といっ
   た時間を越えてしまっています。いま弾じる人々もあらた
   めて弾き直してみてはどうかと正直に思います。この人
   物の大きな心根がありありと迫ってくるとおもいます。
    さいごの調はまさしく消え入ろうとしても、確固として
   沈黙に音を響かせ続けます。果かない命の沈黙への
   対峙です。あまりにも人間的な寡黙な響きにあります。

                       2012年6月3日




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               「書きとめ」


     米国の公聴会等における防衛関係の話には、当然
   であろうが、いつもかの国自身側からだけの視点に終
   始している。在外基地の機能等、すべてが、かの国自
   身のためになるかどうかにかかっている。
   そこでは他国の事など一考だにしない、自国利益だけ
   の論が罷り通る。しかもそれが他国の利益にもかなうと、
   相変らずの認識にあるようだ。
    これに加えて、自国のまつりはお先棒よろしく盟主の
   意向を甲斐甲斐しく担ぐ。 大臣は言う、防衛費は今後
   増額していくと。 オスプレイは、たんなる人為的ミス、
   天候不順とみる、との政府、防衛省の不純な見解だ。
   あくまでも、ちっぽけな自国の地をご随意にご使用下さ
   い、との話にある。沖縄の人々にとって、堪ったもんじゃ
   ない見解だ。加えて、馬毛島の航空母艦化への硬軟
   織り交ぜての執拗な行動など、いったいどこの国の
   連中がやることかと、無性に腹が立つ。種子島の人の
   怒りがみにせまる。 
    この現状で、このざまである。基本法が誤れる方向へ
   歩み始めたら、傲慢な厚かましい制限法律等が目白
   おしに出てくるだろう。

    米国のソース王という記事(朝日)が載っていた。
   豪胆愉快な人の話だ。自国の大勢の人々は米国が
   大好きだ。もちろん横柄な防衛戦略等は真っ平だが。
   その人の意見が、本業のセイか、なかなかアジがある。
    社員を衆目の中で怒鳴るな。 リーダーシップ、カリスマ
   性は、やたら強制、型枠に乗せるものなんかではない。
   必要であれば、だれでも外国語など学ぶものだ。
   TPPの真相等々。
    必ずしも寄付に委ねる民生のありかたには、冨のある
   モノの一種の免罪符でもあり、小さな政府のよからぬ拠り
   どころの温床になりやすいので、ちょっとと思ったところ
   も感じましたが、それにしても、反骨と逆転の思いにある
   人のたくましい話でした。

                         2012年6月2日
   

メモ:未明に、骨董という意の話があった。例のピアニスト
   への評にまつわるものに絡ませての、吉田秀和さん
   のお話であった(きょう未明のNHKTV)。
   客観と創造の狭間の視点についての、ひごろ覚えら
   れている氏自身の考えが表現されていた。
   骨董と観られるときには、すでにモノは購買価値にあ
   り、その中身の真意とは違うといった趣旨で話され、
   骨董にはヒビが入ることがあるが、美へと衝き動かす
   モノとは異なる概念だ、といったふうに聴こえてきまし
   た。 こうした考えから思うとき、人が過去の優れた
   創造物を語るときにも、似通ったことが言えるようで
   す。 例えば、ある作品を縦横無尽に解して人々へ
   示す評の仕方は、作品を語るというより定着したモノ
   の観かたに知らず安住していて、ここはこうこうだ、
   ああだ、といった具合に鑑定しているのと似ている。
   つまり、いわば、作品、創造物等を客観的に己の
   傀儡としてしまっており、そこには美への真意への
   思いはないということです。
    えろす を覚える視点はすくない。作品、創造物の
   中身、美へといたるモノは、人自身が覚えなければ
   ならないことだからでもあるが。そこには学識、教養
   等必要はない。ただ一つ、存在をオボエルかどうか
   の違いだけだ。 歳だけ重ねて六十と九つ余りとな
   ったが、正直言って、これまであまり本は読んでこな
   かった。やせ我慢でないが、これでよかったとも思っ
   ています。わたしは、本を読むのは自分自身を確か
   めるタメのものでした。ひたすら えろす を覚える
   タメだけのものだった。 ある事象についてこうこう
   と話したり、示したりすると、ああ、あの本ね、あの
   有名な人の言葉ね、といった按配で、まるで私自身
   が初めて覚えた言葉、事象とは見られなかった。
   仕方のないことでもある。何処の馬の骨とも知れぬ
   そんじょそこらの一介の者である。また、美は既に
   命が知覚されてからこれまで、数え切れぬ人々が
   感じ、覚えてきたことである。その人にとって初めて
   でもはじめてではないといった、ビをおぼえぬ人々
   にはそういう感じがある。ま、誰の性でもなく、時の
   流れのなかではありふれたことがらだが。
    私が、一番己をおぼえた作品の一つは、骨董的
   評のなかでも、一番のクラスにはいる「白鯨」でし
   た。五十ニ三年前の鯨はいまも健在だ。
   この鯨の腹の中で葛藤したいわばヨブの声には、
   ああつ、と激しい念に打たれたことです。己自身の
   分身がいるとおぼえたことでした。 

   三段階の発想でシナリオを書かれた人も亡くなった。

        あとにある者としてご冥福をお祈りします。





    
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               「書きとめ」



クロ

ミニ ドーベルマン

           お前だけだな おい 元気か

         待ってくれたのか そうか こっちへ来い

         つるつるした毛だな さっぱりしているよ

        あつ そこかむな おれのだいじなところだ

       おまえの背はほんとうにさらさらつるつるだな

       ああこらっつ かむな いつもいっているだろう

                ク〜ン クン

          はは すねるか よしさあ こい

        そうだその面構えだ おまえは凛々しい 

          ああ まて 本気で咬むな いたい

       まったく うまれつきのファイターだ おまえは

         そいじゃな そう吠えるな こちも悲しいぜ

           ワン ワン ワン わ〜ん わん


クロ
    

                           2012年6月1日

      メモ: クロはトモダチだ。ランニングの往き還り逢瀬を愉しむ。
           小さい体躯だが、本来の種の血を受け継いでいるのか
           精悍な顔立ちでいつも迎えてくれる。 
            実際はとてもシャイな奴だ。目のあった始めは
           しどろもどろで頭を下げて、いつも上目遣いだ。
           しばし和んだところで、またなと告げると、急に飛び掛って
           手に噛み付くことがしばしばだ。だが好い奴である。





 
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               「書きとめ」


    きょうも多くの人々が亡くなって逝かれる。
   生けとし生ける物のそれぞれの道程が過ぎていく。
   夕方、用があって博多から帰って、夕飯の準備を
   しながらテレビを点けてみたらたら、著名な方が亡く
   なったと報じていた。音楽のたのしみを人々へそうっと
   教えて下さる方だった。説明は明快であったが、けっし
   てこれこれこうであるといった風ではなく、音の要点を
   一つ二つ話されると、あとは皆さんで感じてください、と
   いった様子で、どちらかといえば寡黙な示唆といった
   ほうが正しい気がする。 だが、言葉として語られるその
   評は、じつに精確な思いにあり、氏自身の豊穣な感受
   性を知らず覚えずにはいられなかった。
    昨夜、FMで拝聴した声、もちろん録音であろうが、
   それがわれわれが聴いた最後とは。かなしい。
    じっさいは四、五日前に亡くなっていたとのこと。
   吉田さんの評で、一番印象に残っているのは、数年前
   朝日に載った、ベートーヴェンのピアノソナタ第32番の
   演奏会における専門家としての言葉です。それは評、
   感慨というより、底知れね思索の人の大いなる沈黙に
   対する地の底から湧き上がる静かで激しい、人のかな
   しい命の歌に聴こえました。 
    送る曲には第32番がもっとも相応しい気がします。

                         2012年5月27日
    
                           

                 
                           
                                                        
           2004年1月あんそろじー
 
                 座長 

        ああ 過ぎた時間を弔うのはいいが・・・
        神に祭り上げるな 賛歌はやめてくれ
        一人の後を追いかけたのはたった犬一匹
        それで充分じゃねいかい 
                  
       いまじゃはかない思い出さ そうさな人並みな
       かなしさだけさ
                  
                  
       
   俺の評判もこんなところだろうと、安酒をしこたまあおっ
   て運のなさを慰めていた。

   このところ日常茶飯事の自棄の日にあった。 なにやら
   息苦しい世間となってきた。

   どうにかしてしてでも俺の舞台が拙いといちゃもんつけ
   たいらしい。

   わいせつ極まりないとの申し渡しだ。ふん、くそったれい。

   客は喜んでくれているじゃねえか。それがいけねえのか。
   馬鹿を言っちゃいけねえや。

   俺様を何処の誰だと思っていやがる。 キツネ野郎。

   てやんでえ。いま一度いってみろ。ただじゃ・・ うん・・
   しようがねえか。

   しがねえい流しの振り付け座長だ。 色事師のペテン師
   と言いくさった。 くそ。

   どこのお役人だ。 ちゃんとモッテいるのかい。

   黙っておれば、舞台裏からよだれ垂らして微動だに
   せず覗いておった。

   しかもため息さえついていた・・・

   全部見終わっての検閲だとくるか。 ふん 俺の台詞の
   何処が間違っているというのだ。

   殿様が出っ腹で、用もままならぬとの言い草か・・ 
   女に振られるのは威張りの糞か、

   俺の台詞のどこに間違いがあると・・・難癖つけやがる。 

    まあ それも今夜で終わりだ・・

   抜かしたな、お前がもうちょっと高貴な歌を聞かせれば
   まだ場を打てると。  

   ふん、やってやろうじゃねえか。

   みておれよ、高貴とくらあな。高貴と黒穴だな。

   よし。見ておれ。俺の歌は火あぶりの歌とくらあな。 
   鳥様のお通りだい。

   おっとまてよ高貴だな。  忘れちゃならねえー。

   節は誰がつける。 おれの調子じゃあい変らずだ。

   あの役人めには違いはわからねえだろうが、客の目に
   はすぐに俺様だとわかっちまう。 

   それじや俺様もおもしろくはねえや。 高貴で黒穴だ。

   難しいところだぜ。

   誰がいる・・・  まてよ。あの野郎ならやるかも知れねえ。

   みすぼらしいちいさな格好の身なりだが、うつろな目玉
   が気に入った。

   それにこの間、ドブログの肴に聞いた奴の歌の調子には
   妙な誘いがあった。

   歌声はありふれた喉ですこし濁りがあったが、言いがた
   い軽やかさに気の抜けない音がさまよっていた。
   自分の歌だと言っていたが、確かにあいつの息が感じら
   れた。

   よし、あいつと一儲けしてやるか。

   あのお歴々のなまくら目玉の目くじらを立ててやるか。

   なにせ高貴だからやつらも文句をいえまい。

   下手に言ったら奴等の誇りが埃になっちまうからな・・
   節穴目玉のまんきんたん

   台本は四、五日もすれば書き上げられる。 
   そうさ すぐにさ 俺は嘘と見栄が大嫌いさ。

   おお もう口にでてきたぜ。 

   高貴だ・・。 おおなんと高貴と呼ばれるか。

   われこそは鳥刺し野郎だい。 天下一品の鳥刺しさまだい
   ・・・パパパ・・

   忘れるな 高貴だぞ・・    

   おやじ あのみすぼらしい若い男はまだいるかい

   へい まだいらっしゃいますぜ すこし具合が悪いみて
   えいで へい

   そうかい 

   おお見えてきた 座長様の一世一代の芝居とくらあな



                         吉田秀和さんへ






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               「書きとめ」


    毎日記者のペンを待つまでもなく、この隠蔽体質の
   核ムラ段だら模様は、一体全体自国の経済利権構図の
   普通の姿をおしえているのだろう。懲りない面々である。
    
    科学技術の発達と、制限すべき利用方法、手段とを
   一緒くたにした標語・・防衛と技術発展保持・・といった
   意のパネルを示し、真面目な顔つきで終末団欒で話す
   人々がある。 衛星打ち上げの話と絡んだそれだから、
   余計陰湿だ。また、その真意がよくわかる。打ち上げた
   メーカーは、片方で武器製造と輸出に熱心な製造会社
   である。つい最近、武器輸出三原則の掟がいとも簡単に
   破られ、その殺しの道具の技術提供・開発に邁進という
   ところだ。この人々は、目つきは真面目で聡明な面立ち
   だ。しかも、自国基本法など一考だにしない様子だから
   始末が悪い。 こうした見解、喧伝等はほんの一部の例
   にしか過ぎない。自己検閲を図りながらの大衆啓蒙操作
   の日常茶飯事の一場面だろう。
    いのちにとって何が大事か否かを欠いた視点など空し
   い。 あか抜けた大本営発表など真っ平だ。 
   
    夜のしじまに、シューベルトの二つの思いと出合った。
   いい音だ。こころに青春の喜怒哀楽が浮かび上がった。
   きょうは、夕方、田舎の民放で小林出身の若いテノール
   歌手のミニコンサートの模様があった。
   素晴らしいシューベルトの節度のあるきれいな調であっ
   た。いま歌手はドイツで声楽に研鑽に努めているとのこと。
   しっかり学んで、ひとびとへ心の歌を響かせてもらいたい。

                        2012年5月27日




   
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               「書きとめ」


  
わた ほうし

もう行ってしまう

いつ生まれたのやら


いっせいに風を追う



     国難なる言葉をもって辞任の意をつたえる人士あり

        はらはらと惜別の念をのべる大臣あり

      不退転の決意をもって核に固執するものあり

     あに明日への思いあろうやすべからく目先の利のみ

        これ国益 国難乎 核にくらむ守銭奴なり

                       経済官僚顛末記
     
                        2012年5月25日

                      
      メモ:3.11以来、なぜ放送媒体の同質化が進んだのか
           すこしは理解できたことである。あたり前のことであ
           ろうが、金融・企業の熱い関係、そこから連なる
           パトロンに対する見ざる聞かざる言わざるの図なり。
           自国はどこまでも主権在官財に終始する国にある。
           核の傘は言葉さえ管理駆逐する。




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               「書きとめ」


   ここ一、二年ばかり、番組内容の変わり様に、一視聴者
  として少し疑問をいだいていたが、その一連の流れを示す
  ものであろう。 もともとマスコミの使命は、物事の核心事を
  見極め、その虚像を明かし、その実体を人々へ伝えるもの
  だろう。ひとびとの娯楽も大事だが、どこをのぞいても同じ
  程度の番組が蔓延るのは妙なことである。もっとも、嫌気が
  さしてチャンネルを切る向きにとっては、節電効果に寄与す
  るからいいのかも知れないと臍がまがる。
   九州版の金曜スペシャルは、視聴する機会が多かった。
  その番組さえ、娯楽の進出に抗し難かったのか、おそらく
  NHK自体の経営委員会によるおだやかな編集内容への
  変更意図が隠れ現れているのだろう。もとの番組では問題
  の所在とその原因への問いかけや、老炭鉱夫の画家の再
  発見等々、番組スタッフの報道陣としての心意気がしっかり
  と伝わっていた。また、田舎にある者にとって、良い音楽を
  聞く機会がほとんどない。優れた交響楽の音に会うのが
  CDばかりでは味気ない。時には、楽団の演奏振りを目で
  みながら音を捉える楽しみも持ちたい。もちろんNHK楽団
  だけでもないが、下世話に言えば、視聴料を払っている側
  としての意見である。 なぜ、今風なバラエテーものが大手
  を振ってあるくのか、その意図、理由をしりたいものだ。
  大衆はみなそれを望んでいるとでも思っているのか知らん。
  経営委員会等は、民衆は娯楽の多様多種化を望んでいる、
  難しいことや、政治的(すべて物事は、政治的なもので無い
  ものはない)なことは控えることだと思っている節があるよう
  だ。番組の自主規制(まさに政治手的手法)である。数年前
  のあからさまな編集への政治圧力を受け入れた番組改変の
  反省など何処吹く風の動きにある。原発反対の意思表示を
  したTVタレントが番組等を干された事柄をみても、マスコミ
  報道媒体が自主規制、自己検閲をしていることが明瞭に
  示されている。民主主義が埋没していく図だ。
  良質の番組、良い音の復活を願っている。
   今回の件で、すこし意外であったが、旧保守政権党が、
  その人事に問題ありと意見を発していた。この党が、その
  発意のごとく、ことに当たって人にとって何が良いものか、
  政治とはすこしでも真の理を目指すべく行動することだと、
  そういった行動原理、政治理念にある政党なら、自国に
  とって随分と希望の持てる政治が期待できるのだが、と
  思った次第だ。しかし、国民投票さえ要らぬ、議決数の数
  は法律並みでよい、といった愚かしい議員の多数の声が
  占める政党である。その真意も制限つきであろう。

   環境をよくすることは、だれも反対はしない。しかしその
  手段に妙な策は必要ない。例えば、太陽光発電の普及は
  いいことだが、電力会社が太陽光電力を買い上げる費用の
  見返りとして太陽光発電を設置するどころか、ひごろから
  何かと節約、節電を強いられている普通庶民の懐からその
  費用が知らず抜かれ補填されている。電力会社の月々の電
  力使用量明細を見れば、個々の数字としては僅かなものだ
  が、確実に差っぴかれている。消費税と同じく全て平等だ。
  その不労所得の一部としての費用等が、役員等のポケット
  マネーとして政治献金等へと化ける。 今後普及が一段と
  進むだろうから、その買取填補費用は、消費税のごとく電力
  会社が一律に徴するのではなく、メーカー等から徴すべき
  だろう。こうした歪な補填関係があたり前のごとくされるのも
  自国の環境政策がいまもって、この甚大な被害をもたらした
  事故をまともに受け止めていないからだろう。 数日前、まだ
  NHKの番組としては質の良い部類にはいる番組で報じてい
  たが、自国の今後の新しいエネルギーへの対策・研究補
  助、開発援助等に対する国の予算額の他国と比べたその
  低さに驚かされた。あの経済不況にありながら、イタリア、
  スペインが二、三位にあった。本気で環境課題に取り組んで
  いるかどうかが如実にしめされていた。 おなじ番組で、二、
  三年前だったかしら、近畿大学が海水を利用した発電装置
  の開発に努めている様子が映じられていた。おそらく漁業権
  との軋轢、費用の面などで四苦八苦しているのが現状だろ
  う。一機100億円にもなろうとする戦闘機購入のほうが、将
  来を見据えた政治より、盟主同盟絆の深化のほうが最大の
  課題というわけだ。不退転の決意は淋しい同盟のためであ
  るはずがない。希望へ転換してこその決意である。
   もう一つ、いま原子力発電に使用した燃料の処理が検討
  されているが、この問題に終わりはない。結論はいづれも
  不正なものとならざるをえない。北欧の国では、地下深く貯
  蔵するのが最善策としているが、その当事国でも、何十年、
  何十万年後の人々への汚染の影響をなくすことは無いと考
  えている。 核は安全に管理されるなら問題はないと考えて
  いる人々、国は多いが、じつのところその汚染は確実にこの
  地球を、汚染し始めてすでに半世紀以上経って、現在進行
  中である、といったことを確りと意識することだ。

                        2012年5月17日

  

         メモ  
ウイロウや 青嵐頬張る
人倫会
説くか美の国 圧力鍋




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               「書きとめ」



アマグモ

雨蜘蛛
 

    このところ、母の食欲が戻ってきた。夕べおかずに
   オリーブ油で炒た鶏のモモ肉を出した。一片も残さず
   平らげた。健啖ぶりはすこしも変わらない。肉食系で
   魚類は全く口にしないので、その日の献立を考える
   のに一苦労である。とは言っても、息子の料理の腕
   前が限られているのでつくる品は似通ったものになる。
   だから代わり映えしない品々でいかに料理するかが
   その日の献立課題にある。また、母は生野菜を殆ん
   ど食べない。これもここしばらく悩みの一つであった。
   そこで考えだしたのが、果物を野菜代わりにおかず皿
   に盛り込んで母の食指の動きを試してみたら、みごと
   に工夫が活き、全部口に運んでくれた。そして、安心
   のために、市販の安い百パーセント野菜ジュースと
   銘打ったものも添えることにした。これで、掛かり付け
   の医者が指示して下さった、カリウムも十分吸収でき
   ると判断した次第だ。デザートも心配しなくていい。
   一石二鳥だ。 昨夜の母の鶏肉は130グラムと表記
   されていた品で、炒めると、じっさいは100グラム前後
   になったと思うが、だいたい肉なるものは一週間に一
   回100グラム程度摂れば十分である、といった話を、
   あるがままに行くのコラムの方が、以前書かれていた。
   したがって母の摂取量は十分であると思う。あとは肉
   食系にあるので、その肉の種類のバランスを上手く変
   えながらつくるのが、息子の留意点である。
    前は、さほど人の栄養等の摂取量、熱量など考えも
   しなかった。しかし、おさんどんが手前の毎日の日課と
   なった今では、よく考えさせられる。手元薄ければ、な
   おさらである。あたり前のように栄養、熱量、一日の
   摂取量等というが、そのほんの一つ一つとってみても
   ひとびとのながい時間の積み重ねがあればこそである。
   新しい発見、新しい発想、新しい創造といったところで、
   そのまえ、ほんの百年前、ほんの千年前の人々の知
   の伝承、事物の継承があっての発見、発想、創造であ
   る。環境が、いまだ歴史の段差、狭間にある地域であ
   っても人々の日常の具合には、さまざまの創意工夫が
   されていることです。その根に流れるのは、少しでも
   いのちのとって良いもの、仕様のさらなるいい方向へ
   の工夫であった。自国のすぐれた哲学者が、話されて
   いたが、医学一つにしてもヒポクラテス等の思考過程
   、ファラデーの生き方における命に即したリンリの保持
   された物事への対処など、人々はゼンタイの目を忘れ
   てはならないということです。また、そうした視点、観得
   の内的経験があればこそ、いまも先人達の恩恵にある
   ことです。ややもすれば、まったく新しいことが始るとい
   った錯覚が、すぐれた科学者、工業技術者、社会学者
   、経済学者、評論家なる人々、もちろん一般の人々に
   おいてさえもであるが、その積み重ねられた知、血の
   時間過程を忘れがちにある。なんでも一朝一夕には
   なしえない。しかし、先に進む方向性を思考する時には
   過去の時間を顧みることを忘却してはならないでしょう。
    人にとって良いもの、よい理念はけっして古びることは
   ない。たかがほんの二三千年前の思考、知と血を、考え
   る力なく、なにもなかったかのごとき改革、革新をみるとき
   そこには人々を納得させる力が少しも見当たらない。
   なぜだろうか、そこには過去の時間を内包した時間、血
   と知が欠如しているからだ。つまり人にとって愚かしいこと
   過ぎたあやまれる克服すべき時間への対峙がないという
   ことです。

   
   
                         2012年5月2日


    メモ: 基本的人権をないがしろにする法案がここそこに目をだして
         いるが、その中身は同じ狢にある。 
         人々にとって良いことをどうして真正面にすえて、発想できぬ
         のか愚かしいことである。将来の国をというが、その中身は
         克服すべき旧弊時間の復刻、模様替えでしかない。
          浪速で、悪しき親権者を矯正すべきと、なにがしかの条例
         ができるそうだ。いつの時代でも表立った道徳をもちだして
         ひとの思考を束縛する約束ごとに、自由な飛翔があった
         ためしはこれぽっちもない。やがて一つが、二つ、二つが
         三つと束縛の足かせがあたり前となっていく。
          これは、ひとつの感想だが、従来から経済関係にある学者、
         役人官僚、金融機関、経済学部は、その見た目の進歩性と
         はまったく違った克服すべき旧弊、当のご本人等は気づかれ
         ぬようだが、頑迷な保守意識がつよい。それも知らぬか知ら
         ずにしてか、盟主経済の新で旧いグローバリズムに侵食され
         ているかの如しだ。ここには儲けが主役で、命の影はない。
         




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               「書きとめ」


ちょうを ちょう ちょうを ちょう 菜の葉にとまれ〜

自由にはばたけ
      

      スーチーさんの議員就任に問題があるそうだ。
     民主化を謳ってつくられた基本法が、実際は
     国を軍事暴力で奪った既得権力の支配を温存
     するためのもので、議員就任の前提として、その
     法への順守宣誓義務圧力に対する女史の強い
     抵抗があるためらしい。
     女史の信に根ざした偽への否の声をおぼえます。
      改革開放、ものごとの改良等は過去の過ち、
     時代錯誤からの脱皮にあるはずだ。とくに、改良、
     改革へ歩みだした原因、背景、その成り立ちの
     基をしっかりとただす必要がある。
      基が誤った基礎、革新が旧弊の温存の意に
     あるカイカク、とくに人権に対する束縛が明白な
     基本法は根本規範法に値しない。
      人権にたいする侵奪は、全ての人々に対する
     暴力そのものだ。そこには国家保全、内政干渉
     などとの一方的権力の言い分、国家権力の独善
     的弁明が入り込む余地はない。 
      法の成り立ち、立法事実の背景を見逃してはな
     らない、との人々の言葉がありますが、それは夥
     しい血のうえで人権が確立されたのか、反対に血
     の上でさらに血をもたらした側の権力に沿った旧弊
     の維持改革なのか、よく見極める必要があります。 
      各国政府は目先の経済優先で蜜に群がる蟻の
     ごとく、無節操に本来無法な権力の実体を見逃し
     てはならないでしょう。 それ以前に、各国は女史
     の強いメッセージを心底から受け止める義務があり
     ます。民主主義、人権を真から標榜するならばの話
     ですが。 むかし、独裁総統政権を、キョウサン勢力
     の防波堤なる政策で、一時的にせよ是認した盟主
     国があった。その国々は、その後もたびたび政策的
     利害を優先させ、是認された国々における人権侵
     奪を黙認してきた経緯がある。

      いつの時代にあっても、個の消え失せたお仕着せ、
    型枠にはめ込めた自由、旧弊的維新改革、反動的
    刷新等は、いのちの蠢きを侵奪する何ものでもない。


                         2012年4月21日

      メモ:@ メコン地域のインフラ整備も大事だろうが、
            地域の人権基盤整備が第一にあるべきだ。


         A 自国の従来の政党はじめ、竹の子政党一つ一つ
           とってみても、その基本法素案、自国行く末の案件
           等はすべて旧弊体制に伍するものだ。考えてみれば
           現政権等を含め、その胚子は現在の原子力電力問題
           を始め、駐留米軍の問題の課題を作ってきた保守党の
           胎盤で養われてきたものだ。一億総体制化が容易に
           進むのも、かなしいことだがうなづけないでもない。
           集団自殺の不用意な言葉に加え、集団的自衛権が堂々
           と防衛副大臣から当たり前に口にあがるこの頃である。
           こうした中で条文を知らない、仕組みをしらないと、ひっき
           りなしに詰問が飛び出すが、その問い詰める連中は一体
           全体基本法の理念、それに基づく条項の意味を心底理解
           しているのか甚だ疑わしい。莫大な費用を拠出し、
           地域豪族へ巨額な地代を払い、安全に守られた囲い
           の中で世界平和のために貢献してきたといった輩が
           いまじゃ赤じゅうたんの先生さまにある。軍属が闊歩す
           る世は果かない。 
            絨毯の連中は都合が良いときにだけ、低次元で憲法を
           捉えその違反を問い。じつのところ、実際は、反動の志
           しの根回し、護国安全体制の旧弊復帰の喧伝に邁進だ。
           みたまえあの動き、かの動きを、浪花節とコンクリート
           から人間へといった旧大臣の融合、連携、その他大勢。
           いまでこそ法のなぎ倒しである。これが変わればその
           先にあるのは、人権蹂躙への下部法の底上げが目に
           見えてくる。
           
           

         
         
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               「書きとめ」


        
     渦中にある時、ひとは中々その中身が見えない。
    思い出せないが、仏文学者であったか、法律学者で
    あったか、また違ったひとであったかもしれません。
    その人が、先の敗戦の時、まわりが気抜けのような
    中にあって、一人国旗を持ち出して家の前に掲げた
    とのことであった。その人にとって、日の丸はことさら
    特殊なものでなく、本来掲げるとき、ひとびとにとって
    喜ばしいときになびかせるものであったのだろう。
    戦時中は、国旗はしっかと保管されていたようだ。
    だれがために掲げるものでもない旗を互いの殺戮の
    時に、いみなく靡かせるのは、愚かしいことと思われ
    ていたのだ。渦中にそのことが知れたら、売国奴の
    印しが押されたことだろう。 その人が信とされてい
    たのは、いのちのリセイ、熱風に対するいのちの否
    だけであった。 流れるものに流れはみえない。
     司馬遷は、宮刑に処せられてから渦中に流されぬ
    人になったようだ。だからこそ膨大な史記を著した
    根が生まれたのだろう。流れに背くのではなく、流れ
    に抗しうる遥かなるモノを覚えていたのかもしれない。
     
     全体が渦中にあるときの経験はすでに知っている
    はずだ。

                        2012年4月14日

     メモ:国民の安全のため、国民の安全のため、
         国民の安全のため・・・のための展開なのだ。
         同じ意のことを何回となく語気を強める人の
         話が映像に幾度となく流れていた。

       

    
   メモ2:名曲のたのしみを聴いて

    こんな曲想もあったのかと思った。練習曲との解説で
   したが、最後の練習曲33番の九番目は人のもう一つの
   姿を彷彿させるものでした。作曲者はやさしい良心的
   人柄の印象にありましたので、こうした展開の調は少し
   意外でした。といっても、なにもランボウなそれでなく
   ホンカク的な悲しさを見事に表現していました。そう感じ
   ました。 昨年、ハイドンの唯一の歌劇を聴いた時と、
   似たような思いになりました。それまで、ハイドンといえば
   パパ ハイドン いった風でしかその印象を持ち得なか
   ったのですが、聴いた途端に、まったく違った人を覚えた
   ことでした。モーツアルトが尊敬した人の一人であった
   ということが理解できたものです。歌劇はけっして生易
   しい組み立てではなかったようです。もちろんその曲想
   においてすが。魔笛以上の素晴らしさを覚えたことです。
   言いがたいモノに立ち向かった人々の姿を身近に覚える
   時ほど、いのちを覚え、存在、いのちの悲しさを感じるとき
   はありません。   午後10時半。


      

      
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               「書きとめ」


紫陽花 2012年4月12日

           あじさいが あさつゆ汲みし 玉露かな

      国民は冷静に判断して行動してください。
     そういった政府官僚の話が報じられていた。
     官はそうはいかず、仰々しい非常事態宣言もどき
     の様相にある。マスメデイアも主が主だけにと
     いった風で諸手をあげて喧しい報道にあるようだ。
      お隣の韓国では、ニ、三日前の記事にもあったが、
     日本の官民あげたソウドウに、核心をついた韓国
     媒体による騒動分析がされていた。これなど、ほぼ
     自国官僚の行動論理の本音をついていた。放送は
     放送で、各種官民機関の安全航行の日常業務が
     この日とばかりに伝えらる。まさか、この種の事態
     だけが安全管理ではあるまい。天空からの落下物は、
     この種のものに限らず、いままで、各国が勝手きまま
     に打ち上げてきた無数の耐用年数の切れた人工衛星
     の破片等もある。そうした危険物に対する管理がいつ
     もの業務だろう。ことさら今にきて、俄か体制つくりを
     した訳でもあるまいに。だが、特定筋には絶好の喧伝
     機会到来である。公共放送も編集の一部に、そうした
     官の意をくむ内部の見えざる内規があるが如しだ。
     

      声欄(*)に、赤川次郎さんの的を得た意見が載っ
     ていた。意ある人には、大方同感の言であろう。
     おなじ要旨の話を、四年前、暉峻淑子さんが話されて
     いたのを聞く機会があった。戦時統制下で、いわば
     一挙手一投足を管理されていた女学生時代の経験の
     お話であった。頭を垂れろと指摘されて、どうしてあな
     たはあたしの姿勢が分かるのですかといった、愚かな
     指摘に対する笑い噺であったが、おぞましい時代の
     卑劣で陰湿な管理統制の笑えぬ話でもあった。
     
      通信によれば、いつものことながら、特定意向に
     ある大手メデイアが、独自の基本法なるものを起草
     するとあった。遥拝軍人跋扈復帰ならん乎。
      TV放送の番組の同化、似たもの同士の娯楽化、
     考えを代行してくれるメデイアの思考収奪化、個の
     喪失化。キラリと輝くものが姿を消していく。
      
     事大主義極まれり 翼賛の風ここそこに蔓延る


       (*):朝日新聞4月12日付け西部本社版「声」欄にあり。


                        平成12年4月12日
     






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               「書きとめ」


                     
すみれ
   
            すみれの花〜咲くころ〜

       先日、タカラジェンヌの合格発表があったそうだ。
      晴れて足を踏み入れることが許された乙女達には
      さぞや嬉しかったことであろう。ここにも悲喜こもごも
      があった。ざんこくな春ははじまったばかりだ。
       小学生のころ、姉に連れられて芝居小屋へ
      宝塚の何々組みの来演を何度か観に行った。
      そのころ、蔵原町にあった都座の名のついた小屋で
      は、日本舞踊や芝居を主体に興行をうっていた。
      小屋は香川の金比羅歌舞伎に似た趣があった。
      花道もちゃんとあった本格的な芝居小屋であった。
      花柳流の名取をもらった姉は、幼いころよく踊りの
      発表会で小屋でほかの小さな子らと舞台に立って
      いた。
       ふるい芝居小屋で、宝塚の歌劇を見るのに違和感
      はなかった。小さかった性かもしれない。
      小屋はしばらくして、映画館へと変わり、いま跡地は
      コンビニエンス店が何もなかったかのようにある。

       春めいた散歩道を走った。このところ寒かった性か
      走った後で、やくニ、三百グラムしか体を絞ることが
      できなかったが、きょうは、六百グラム減っていた。
      
       都井の岬では、御崎馬の子馬が生まれた。
      野生馬とまでいかなくとも、しづかな環境は守って
      上げたい。

             
都井岬 御崎馬


             


      メモ   
満月 4月6日


            満月だ。すこしおぼろ気味にあった。

            おろかな動静を、これ幸いと妙な展開をみせる
            官の動きが目立ちすぎる。言葉が通じぬ相手
            とみたのか、はてまた想定とおりの訓練機会と
            みたのか、言葉などすこしもない。
            震災等を口実にした危い展開には気をつけよう。
                       

                        2012年4月6日
         




       
         
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               「書きとめ」




水仙 3月24日

水仙が頭を垂れた
陽がまぶしいのかしら
つつましくかしこまっていた
季節が終わる

         反動の波が静かに確実に波打つ
         過ぎた時間は とっくに過ぎたのだ
         いまが歴史だ 主役は今の時間だ
         人権はいまがつくるものだ
         歴史などない いまつくるけだ
         人権はいまつくるものだ
         人権には自由意志などない
         人権は力が与えるものだ
         力が人権の源だ 
         定型教えは人権を育てるものだ
         力に背くのは人権の埒外だ

         時節到来
         雑誌はひとを力へ呼応すべし
         新聞は民を力へ誘導すべし
         放送は娯楽三昧に処すべし
         せいねんかいぎしょ隊起立
         同盟深化強化すべし
         改革開放はエレキギターのごとし
         ちいさな政府へつきすすめ
         民営の活性化が民を救う
         みよ自由に働く人々の姿を
         みよ職業選択の自由を
         みよ派遣労働の自由闊達化を
         みよコスト削減の王道なるべし
         

                    2012年3月24日


       メモ 
            
水仙 3月24日

全ての人へ視野広げよ*

緒方貞子さんが<私の視点>の欄で
話されていたが、これなど外交というより
まつりごとの基本であろう。他者への
視点、背景、思いやり等をしっかりその
まつりの基として政治へ携わるのが
政治家に求められる基本的姿勢でしょう。

自国のどれほどの政治家に、この資質が
備わっているのか甚だ疑わしい。哀しい
ことです。多勢に無勢のごとくマスコミ、
特定種出版社等の特定方向への民の
誘導、敵をつくる煽りの愚かな筆先が
一層人々の去勢化に力を貸している。

*印は、3月24日(土)付け朝日新聞
西部本社版のコラムより。





               「書きとめ」

    二、三週間前、<死の島>という標題の交響詩を聴い
   た。原画を音に託して表現したとの話であった。
   ラフマニノフが、絵にどれほどの衝撃、感動を覚えたのか
   はわからない。生と死を動機とする生きとし生けるものへ
   の普遍的なかなしさへの音のいじらしい肯定と存在への
   静かな異議申し立てでもあった。
    人が絵画、叙事詩・抒情詩等から受けた感銘を音に表
   すのは大変なことだろうと思う。しかし、言葉と違って音
   は多様な響きで人々の心に訴えかけ、それぞれに多様
   な思いを人々へつくりあげる。音がことばを語らずその響
   きにだけに沈黙を託するからであろう。
    でも、音は言葉をつかもうとする。
   さらに前の週に、作曲者がファウストを動機として創った
   曲が紹介されていた。どうして人はあたり前のコトに感慨
   を受けながらも、おなじ道を覚えようとするのか。
   ひとが覚えた感慨を己のものとして、自分の辿った歩み
   を確かめ、その姿に納得するためかしらとも思う。普遍と
   いう便利な言葉はそこにはない。そこには語らぬ同意が
   あるだけだ。 
    今夜聞いた前奏曲は、いつものように初めて聴くもの
   ばかりであった。最後に聴いた曲は、実に素晴らしい演
   奏であった。弾き手は女性との説明でしたが、なんとも
   いえない底力にある響きでした。

    再生へ向けてあたらしく一歩を踏み出した人々の動き
   が伝えられていた。一方、一年経って、はたして世間は
   本気になって復興への意志を固めたのかしら。どうも危
   い気がしてくる。新生とは、経験した過ち、経験した道を
   是正して二度と誤りを犯さぬ方向への道のりである筈だ。
    だが、聴けば、IAEAは、福島の経験を踏まえて一層
   原子力の安全性が強固になったといった基調にある話
   があった。先を制した非人道的核兵器の廃止への努力
   は微塵もなく、後発核の管理だけに注視するのは安全
   の意を違えている。安全な武器なるものは一つもない。
   まして核兵器は、地球環境のみならず、生きものの棲み
   かであるこのちっぽけな地球そのものを破壊し尽くす。
    
     新しい事始には、新しい前奏曲がふさわしい。
    ひとびとがそれぞれ命のおわりに・・・

        とまれ おまえは 美しい

     ・・・といえる環境にある道へ踏み出そう。


                      2012年3月10日 夜

     メモ:曲は名曲の楽しみより

        通信によれば、九条が瓦礫処理遅れの最大の
        要因だと言い放つ、どうしょうもない目の定まらぬ
        おのこがいたそうだ。
        地球とそう遠くない所にある、数千個の惑星
        のなかに、地球環境と似たような惑星が幾つ
        かありそうだ、といったニュースがあった。
        それより何億倍も時間的に我々に近すぎる
        時間に、恐竜が生きていたことさえしらぬよう
        な愚かな声だ。いきものの時間はまだまだ始
        ってほんの一時だ。その短い時間のなかで、
        組織的に互いに殺し合い、ひとの自由な考え
        、生き方を束縛する徒党の考えには、われわれ
        は不滅だといった傲慢な意識しか感ぜられない。
         また、そうした連中を煽り立てる週刊誌、人の
        ふんどし、血をなめずり回して商いとする輩に
        いたっては怒りを強くおぼえる。







       
        
     


               「書きとめ」


      真から身を切る、痛みを分かつ気があるのなら
     無報酬とすべきだろう。本当に国をよくしたい気が
     あるのなら、たかだかニ、三十パーセントの議員報酬
     の削減など、どうっていうことはない。負託に応える
     とは、選ばれた代理人が政治を人々にとってより一層
     良い方向に向かわせる活動であり、最低限の義務で
     もある。元来、負託、委任等は無報酬が原則だ。
      まさか、財をなすためや、高い手当てを受けながら
     国会期間中にゴルフに興ずるためではないであろう。
      
      財源となり得る的の方向を見誤っている。
     一機100億円を越す勢いの無用の戦闘機、巨額な
     占領軍への思いやり、隠れ埋もれた国家資産等
     への沈黙。 抑止力になる。さびしい物言いだ。

      議員を減らすのが身を切ることだという。
     一票の格差は一地域の格差ではない。自国全体
     の格差の問題だ。相変らず地方に根付く地元意識
     の議員思考にある。選良という言葉が本当に生きて
     いるのなら、議員は本来、自国主権者のために在る
     のであって、一地域に縛られるものではない。
      議員定数を考える上で、基礎となるのは政党等
     が得た投票の割合にしくはない。小選挙区制ほど
     本来の意における一票の格差の元凶にあるもの
     はない。  多数の力が少数、全体を縛る構図は
     民主主義の陥穽である。その穴の危険をふさぐのも
     民主主義が生き残るための義務といえる。
     二つの問題をどう克服するか、こころある政治家は
     信から考えてもらいたい。
      例えば、企業においては、コスト削減のために
     株主管理の方策として、単元株式なる手立てが考え
     られていまもある。これなど多数意見が有利な方策
     にあるようだが、しかしその単元には制限が法定され
     ていて、多数の横暴を抑制する手立てが講じられて
     いる。また、単元数に満たない株主にも最低限の
     権利(意見)が守られている。また、少数株主のため
     に取締役等の選任における累積投票制度など、
     幸か不幸か、資本主義の論理においても少数意見
     が生かされる工夫がされている。もっとも現況の
     自国企業の実態から、法がまともに守られているか
     どうかは疑わしいが。しかし法には厳然として少数
     意見が生かされている。

      本来の痛みは、個々の意見の抹殺、政治理念の
     堕落、希望という名のただしさの喪失にある。
     一票の格差は単に数の問題だけではない。
     こころの、りょうしんの格差の問題でもある。
      
                         2012年3月2日
                    

      メモ:ガサツな思考が蔓延する環境では、人の目さえ遠くなる。
           浅薄な歴史感想が、一瞬に積み木を崩す。
           一世を風靡した芸人トリオの方にすまないが、一人の似
           た顔にあるウイロウ首長の放言には、自国まつりの貧困
           を実感する。






               「書きとめ」


        お誕生日おめでとうございます!!
    今回は100歳の方が介護サービスを受ける人の
    最高齢であった。2月の誕生日欄には、65歳の人
    が記されていた。69歳の方もあった。自分より少し
    若い日付の誕生日を目にして少々おどろいた。
    母は来月の欄に載るだろう。
     年年歳歳新しい芽が吹き、古い枝は朽ちる。
    芽吹くも朽ちるもそれぞれである。
    世間の流れはどうであろう。
    あたらしい動きが何を押し出すのか。
    なにをトコロテンよろしく突き出すのかしら。
    あたらしい時代が芽吹くのか。
    なにを押し出すのか。
    どうも、このところの世直し策は、時代を刷新する
    どころか、時代を後ろ向きに押し出すようだ。
    突き出し棒は、我欲を纏っている。
    世を己の意向にだけ突き出す。聞く耳を持たぬ。
    駄々を捏ねる。俺さまが法だと。
     一連の動きは、阿吽の呼吸よろしく同じ狢と気脈を
    通じる。ますます我が増長する。
    さきの昔、おなじ閉塞感にあった世相環境の中に
    似たような策をもとにした動きが芽生えた。
    同じ芽吹きだ。確かに上っ面は現代風の装いに
    ある(とてもまともな刷新といえるモノでない)が
    その本質は全く同じといえる。
    
     前の昔、一人の芸人(あえてそう云う)があった。
    芸人は繊細な感性と確りとした気骨の持ち主であった。
    いまそうした生気に溢れた若い芸人はあるのかしら。
    本当に時代に背いたら、時流に逆らったら路頭に迷う
    と思っているのかしら。だとしたら新しいモノはなにも
    芽吹かないだろう。
     「独裁者」の芸人の声がいまさらながら後世への警鐘
    となっている時はない。
     小さい放浪者の嘆きが巷にかき消されそうだ。


    メモ:奇妙な動きがまた一つあったようだ。
       策の会と公明正大の徒党が選挙調整なる
       策をねったそうだ。
       大政翼賛会への歩み頻りにあり。

                      2012年2月19日




     

               「書きとめ」


             ああ 悲しまないで 

            苦いくるしみは忘れて


           時間がゆったりと遠ざかる

         手もとからそーっと何かが消える

          大切なものだったのだろうか

             つめたい夜気だ 

           音だけがしっていたようだ  


         メモ:名曲のたのしみの最後にあった歌
               に魅かれて・・・ 
                             2012年2月4日




    
    
       
               「書きとめ」


    日が照ればこっちのものさ、と思ってみたところで、
   どうしてどうして老婆の下の肌着はいうことを聞かない。
   触ってみたらまだひんやりとしている。失禁をふさぐ厚み
   の箇所の乾きが鈍い。吸収率が高いので余計、乾きに
   反比例するのだろう。冬場の洗濯おさんどんは大変だ。
    
    後の世代に取り返しのつかない負を残しているというの
   に原発啓発教育への予算が続くと記事にあった。
   彼のいう不退転の決意とはこんなところであろう。
   くわえて、大臣のいうことには、後生に残す深化した同盟
   の絆だそうだ。さらに、何パーセントのうち何パーセントは
   社会医療保険制度と一体化した予算につかう云々、後の
   パーセントは何に使うかは不言にある。非公開で話し合い
   を求める魂胆が見えている。主権者に不都合な使途があ
   るのかもしれぬ。 後世への最大の贈り物は、自国基本法
   にそった政治の目標を確りと建て、不退転の志しで人々へ
   希望をもたらすことである。 なぜ、相変らずの盟主主導
   の無差別自由貿易が強引に推し進められるのか、その
   事情があまり理解されていないようだ。彼の国はいまでは
   巨大な株主主権国家だ。金融資本と不労所得の層が民に
   のさばる地域だ。経済の活性化と無差別自由を一緒くたに
   した金権主義の地域だ。小さな政府、等しく民間でできる
   事は民間への自由をと謳う、その実体はモラルを欠いた好
   き勝手な自由だ。しかも、宗教的道徳をもって、人を貶め
   る宣伝さえあたり前に流される自由だ。格差が拡大したの
   は民間の自由が不足しているからと声をあらげる。どういう
   視点があれば、そういうつじつまがあうのか妙な言にある。
   資本のねずみ講が、進めばすすむほど、経済は外へ外へ
   と向かうしかない。残された地は、金権主権者と身ぐるみ
   剥れたあすなき民しかいないのが大方の事情だろう。
   安いコストで作った品々を、資本拠出の国の民へ還元する
   のだから均衡がとれていると錯覚しているのさえ気づかぬ
   始末だ。これが、無差別自由主義商いの実体だ。
    肝心なのは、国を証券をもって格差をつける商いさえ
   嬉々として、真面目腐ってまかりとおる資本天国である。
   ちょっと気をつければ分かることであるが、格差をつけて
   儲かるモノは誰か、いううところの逆さや、金利の上げ下げ
   で利ざやを稼ぐ連中はいったいどういうやからかと、考えれ
   ば、納得いくはずだが。 だが、原発対処の議事録さえ残
   さぬ国、監査法人の責任さえ問えぬ国、放送媒体で人気
   を博した連中を諸手を挙げて鵜呑みにする国、ならばこそ
   の優しい民の自国である。まともな意見を言うのが間違っ
   ているかの雰囲気だ。まともな意見って、ふん何よとばか
   り。

    いえる時代に言えないことほど不幸なことはない。
   ひとの意見が、もし世情に影響をあたえるとしたら、是非
   いえる立場にある人々はどしどしその意を言葉にしていた
   だきたい。その本音において妙な動きにある浪花男の声
   が一際つよまりそうな世相にありますが、それゆえ単刀直
   入に正直にものごとを提言される人の声には真実味があ
   ります。・・あるがま々行く・・の言葉には、その方の飾りの
   ない意見がいつもあります。後に続く子ども等のために
   希望をつなぐためにも、基本法の遵守の尊さ、考える力
   を伸ばすためにも自由な学びの励行、といった話があり
   ました。お仕着せの学びなどもっての外でしょう。
    またそうした発言者の一人で、失礼な言い草ですが、
   架空の人物名をその人に仮託すれば、大江匡なる人の
   発言、行動力には、いつも誠実さを覚えます。若さが未熟
   なまま続くのではなく、すでにはやく熟した思考がいまもっ
   て衰えずにあるといったほうが的確です。言いすぎれば、
   恥をおぼえても、いいことはいいと、まともに言葉にされ
   る。そこあたりに散見されるどっちちかずのちゃらんぽらん
   な言い草にはありません。信念をおぼえる人の声です。
   別に信念のための言葉ではありません。いきる声です。
   限られたいのちのいきものの声です。偽への否の声です。



    
    とは云って見たところで、とっくのむかし見えていたの
    ではなかったのか。見えていながらいうことのもどかしさ。
    なぜ、こうしてまでいうのか。 
    もうどれほど時が過ぎたと思っているのか。

    おまえの悪魔はまだ健在か。 
    おまえの純愛のひとはまだ健在か。
    
    おまえは見つめては俺を激しく難じた
    あなたは見つめては私を優しく愛してくださった
    
    おまえはにこにこして俺を信じていた
    あなたは悲しそうにして私を疑っていらした

    おれとあたしがおなじだと
    きみはしっていた

    おれとあたしをわけていたのは
    きみじしんだとしっていた
  
    
                           2012年1月23日
    



    
        
               「書きとめ」


     

      あらためて人の意思を感じる。
     曲に表された音をおぼえるとき、どのような曲でも
     この前では跪むかずにはいられない。
     いきるものの確かな勝利だ。それが人の存在に
     対するはかない大いなるこころの処世の一つだと
     してもだ。また、それを表現するおのれの深淵の
     正体を覚えてもだ。この自己矛盾に満ちたおのれ
     の哀しさをおぼえてもだ。こうして表現することさえ
     己が忘我にある とき を誰かに伝えたいとする
     人の業の深さを覚えてもだ。 
      存在の沈黙、めくるめく蒼茫を真から知覚するの
     なら、ただ黙するのみ。だが、それでも人はその
     忘我のさまを表現したいとする。それが、人によっ
     て、教えとなり、人によって、哲学となり、人によっ
     て、詩文となり、散文となる。沈黙すらできないの
     だ。その押さえがたい思いを、人々は芸術、文学
     として、ある時は、宗教としてさえ、創造してきた。
     それはただ、いま在るがためにだ。 はかり難い
     おおいなる力への怒りに似た詰問、何故、どうして、
     われわれは在るのかと。 それでも知覚は覚醒
     する。おおいなる慈悲として感じさえするのだ。
     達観である。生きるいのちのどうしょうもない心の
     処世術である。高等生物と称する生き物の究極の
     心の整理である。
      思考はどこからきたのか、淘汰の時間からきた
     のか、多分そうであろう。いったい進化とはなんだ
     ろう。知ったことからさらに知ったことへの過程その
     ものだろう。わかることは、みながみなその過程に
     あることを願うばかりだ。いやたしかにみなその道
     程にある。その過程に時間差があるにしか過ぎな
     い。この有限のいのちとはかり難いいのちが拮抗
     するのならば、合体するのが理にかなう。 ならば
     有限のいのちを有限自体が葬るのは理に反して
     いる。
      願わくば、平和が真に人の思考へ達する過程
     にあらんことを。
      
                       第九を聴き終えて。

                           2011年大晦日




  
         
               「書きとめ」


      お母さんがいつもより躁にあるみたいです
      うちでは家族が大勢待っているといわれます
      きげんが悪くお風呂を拒まれます

      そうですか ごぞんじのように要介護4です
      このところ躁鬱にあります かんべんして下さい 
      お風呂は無理しなくていいです
      
      来年もよろしく苑をご利用ください 良いお年を

      ああ こちらこそ 気を使ってくださって

      
      おいしいね このしる
      
      うんおいしい 一日早くソバをつくったよ

      なんのダシ いりこ いりこなの

      あ うん いりこだよ いりこ


      ポリ袋にはかつを出汁とあった


                         2011年12月30日


                 


下弦の月
橙に色づいている

12月30日 午後10時半ごろ





        
               「書きとめ」


             人は法治国という

        理念を維持する殺し道具輸出は合法

            将来に負担を負わせない

         思いやり予算は将来へ維持する

            
            基本法の欠片すらない


      宮崎県の人々の年間平均所得が、約205万円であった
       そうだ。平均である。その5,6割強はそれ以下が実情で
       あろう。 自国が確実に米国型の生活形態へ移行していく。
       にっぱっちの原則が大手をふるっていく様をつよく感じる。
       少数富裕者、少数企業への冨の集中が普通になって行く。
       独立以来およそ235年を経て米国型の資本優先主義が
       他国へ十分蔓延してきた。いま活況を呈する開発途上国
       が、国自体の悲哀をおぼえるのにそうたいした時間はかから
       ないだろう。大体100年〜150年ぐらいでその経済実体が
       理解できるだろう。いまはまだまだ文明の利便性へ目覚め
       たのがやっとだろう。生活水準をあげる手段として外国企業
       の誘致、資本が唱える自由貿易の眩しさにある。しかし渦中
       にある人々を難じることはできない。リンゴの味を知らぬ人
       へ、こんな味だよ、といったところで実際に手に取って食べ
       ないことには本当の味はわからない。 
        しんじつ、しんりが、確りと理解されるには時間がかかる。
       しかし、自国はもう十分リンゴの味をしったはずだ。
    
       

                            20011年12月28日
           




               「書きとめ」


    退場してもらいたい、と思っても似たような悪しき方向に
   向かう政治が後に控えている動静の国に、何も望めない
   ような感じがする。 そうした多々ある一つに、紛争地
   でなければ、武器を輸出できる、と述べる言葉など虚妄と
   言うほかない。正義の殺し道具は企業利益、絆の要だと
   自らの正体を自認している。

      どくさいは世につれ、世はどくさいにつれ。

      みんいは世につれ、世はみんいにつれ。

      ふめいは世につれ、世はふめいにつれ。

      よくさんは世につれ、世はよくさんにつれ。

    代議制民主主義とは意見が分かれているときには、
    仮に多数派に従って行動しょうという約束なのです。
    その約束の中に多数派が正しいということは入って
    いない。・・・加藤周一さんの遺志


                           2011年12月25日





               「書きとめ」


    赤ん坊は、大概、泣いて自分の意思を伝えようとする。
   まだ、生きる手段としての一つである言葉をしらない命に
   生まれたものとして精一杯の我の主張だ。やがて言葉を
   知らず知覚して、ものごとのほんの成り立ち、やくそくごと
   をおぼえていく。まわりの人の喜怒哀楽が、してはならない
   こと、喜び、かなしいことを教えていく。 いのちあるものの
   世界では、その成長過程は似たり寄ったりの生きかたが
   習得されていく。これなど文明文化の不明か開化にかか
   わらない。 ひとの社会が小さな部族社会から地域集団
   やがて国として成長する過程も似たようなものである。
   さまざまな利害関係が交錯する集団社会では、我を通して
   ばかりでは、みながみな勝手におのれの利だけが正当
   と錯覚する。流血と紛争は日常茶飯事である。
    人間は原初いらい、幸か不幸か考える力を育ててきた。
   そこでの当初、集団生活で一番先にやったことは約束事
   の決まりであったであろう。先ず、原始的腕力がその規則
   そのものであった社会から徐々に集団生活が集団社会と
   して機能して行く上では、我だけでは成り立たず、一段と
   上の規則が必要となったことである。成文か慣習かにかか
   わらず法規範への目覚めだ。地球誕生の目からみれば
   まだまだ目にもとまらない人々の短い歴史時間だが、法
   形成への過程、社会生活の最低限の生きる規則は営々
   として生まれていまにある。人を殺めるとどういうことにな
   るか、ものを盗むとどういうことになるか、不当利得すれば
   どういう処置がされるか等々、社会規範はいまもって成長
   している。そして、それらの成長は、人々にとってより良い
   方向への動機をその起因としてきたし、今後もそうであ
   ることです。いまあるひとびとが、みながみな独立した思考
   を持ち、互いの違いをしり、じゆうな大海に在るいきる術を
   備えているのならば、むせいふ主義が本来の社会かも
   しれません。だが、これなどは、人々の生まれた時代、環
   境、国・地域のまなびの時間的経過等が大いに、しかも
   極端に相対的にあることは事実ですので、いまのところ
   こころの文化・文明の話にとどまります。
    そうならば、規則をあらたに定める場合、規則は人々に
   とってより良い方向にあるものに鋭意努力することです。
   刷新は、ひとを抑圧したり、力が欲する方向へひとを導く
   ことなどではけしてない。まして後退する規則など時間に
   対する傲慢と、まえの知とやがて生まれてくる知に対する
   驕りにしかなりません。
    ひとは成長する。なぜか。だれにもわからない。わかる
   ことは、すでにある知をうけついできたという事実だけだ。
   それも試行錯誤の時間にあった知であることを知るだけ
   だ。
   それゆえ、よい知はだいじにし、一層いまに生かし続けて
   いかなければならない。
   きょうも、お金を払って、食材を買う。最低限の規則だ。
   やっと人権という言葉が、その意でりかいされる時代環境
   にある。それを葬る力は刷新と我とが混同している。
    我をとおす刷新など、おのれの赤子のときをしることだ。


                          2011年12月22日




    

               「書きとめ」


    夜十時前、桜島の空振があった。
   二、三日おとなしくなったな、と思った途端、短い爆発音が
   空振となって窓を震わした。ここしばらく断続的にうなる。
   お膝元の新燃岳は、一月末に爆発して以来警戒水準に
   あるが、これといった爆発はない。気象台、鹿大の専門家
   によればマグマが上昇しており、山の地殻は膨張気味に
   あるとのこと。でも、僚友の桜島が活発な活動時期にある
   せいか、そのマグマも桜島の勢いに魅せられ、削がれて、
   新燃岳の音なしの構えが続いているのかもしれない。
    
    文部科学省が、教科書検定で、原発安全神話の内容の
   見直しを指示したとの記事がみられたが、目の前にした
   事実、真実の前にあっては、おこった事は起こった、人間
   の過信、誤信にまともに向き合わざるを得なかった、という
   ところであろう。これが衆知の届かぬところでの事件であっ
   たなら、果たして書替えを促したかどうか疑わしいところで
   ある。過ぎた歴史の事実に対して正視するどころか、事を
   歪曲し、あったことさえ無かったことと言い含める教科書を
   まっとうな教えの材料として採用はするが、事実と確りと
   対峙した記述の教科書は、採用せず、内容の書替え、
   削除を暗に強いるばかりで、検定から恣意的に外してきた
   官庁である。くわえて過去の歴任大臣などその書替えを
   先導してきた主が大半である。 改変させられた教育基本
   法など、従来の政権党と官僚が結託した結果のものでしか
   ない。 
    ちったあ、まともな目をもったらどうだい。

                            2011年12月17日
     
                  メモ


渋柿が干してあった。
甘い干し柿への変身だ。






          
               「書きとめ」


    
   平和のための戦、正義のための戦、人道のための殺し
  等といった言葉が、どれほど人々を殺戮してきただろうか。
  いまだにこの言葉の宣伝文句は根強いようだ。
  見かけの進歩、科学技術の進歩などにくらべれば、人の
  思考、意識はまだまだだ。そのくせ、人への型にはまった
  押し付けがましい教育などが大手を振って歩いている。
  この厚かましさは何処からくるのか。学んだ教育は一体
  何だったのか。単なる人の成長過程の一段階にしか過ぎ
  なかったのか。学びと実践とは違うとでも人は考えたのか。
  理想と現実は違う、と何の疑問も持たぬ平凡な自家撞着
  に陥ってしまっているのか知らん。
   平和構築・人道目的等のためなら殺し道具の協同開発
  生産などは、輸出してもいいそうだ。どこまで人は人を誤魔
  化せば気がすむのか。言葉を糊塗してまで、ことの本質を
  骨抜きにする様は、政治の常道だとする誤った認識にある
  。人々が学んだ薫りなどすこしも見当たらぬ。これにして
  こうである。まして経済交渉への細部の言葉などあれよ
  あれよというまに、本質が見逃され、人々はその形骸化
  した自由に翻弄されることになる。
   経済人は、利得のためなら、人倫などなんの益にもなら
  ぬと学んだのであろう。かれらの学び、高学歴は算盤勘定
  のためならん。学びは出世のための単なる一道具であった
  。このところの実体からますますそう思わざるを得ない。
   政治は、なによりも先ず自国基本法に顧みて行われる
  べきだが、従来より自国政治はそれと相反する行為に多
  々ある。それゆえ、基本法改正なる調査会においての
  多数の議員が、旧態依然とした思考停止のおぞましい
  意見を述べるのだろう。有事における人権の規制、軍隊
  賛歌の趣旨の言葉など、いつごろの時代の意識発想なの
  かな寂しくなるだけだ。なかには、かって学生組織の委員
  長であった人士が、基本法といえども現実にあったものへ
  とあらためるべきだろうと、発する場面もあった。大人へ
  と成長したすがたが、学びの成長とは違う図の一つである。
  首相自身が基本法は古いとの認識にあるそうだから
  自国の行く末が一段と険しく写る。
   自国基本法のどこに新鮮味がないのだろうか。条文を
  しっかりと目を凝らして読めばよむほど、その新しさが理解
  できるはずだが。その思考範疇にある人々にとっては、
  ただ、世界(米国)の云う世界貢献へ参加する道を開けん
  がため、自由に、そうなのだ、殺しさえ自由主義にあるで
  はないか、その道筋に堂々と参画するがための一心に
  あるだけにしかすぎない。うつくしき自国とするための法
  が、厚かましいちょび髭軍隊の跋扈する世になっては末
  である。防衛官僚の暴言は、昨今のそうした自国政治
  風潮のなかでの言葉だ。施設防衛官の慇懃かつ無礼な
  土地収用の画策なども、その一環にしかすぎない。
  

  ・・進取の精神 学の独立 現世を忘れぬ久遠の理想

  ・・久遠の理想の影は あまねく天下に輝き布かん・・

    どこへいったのか きみの学びは

    稲次郎は暗殺され きみは理想を殺すのか

                           2011年12月11日

     
     ガリレイ異聞





   
 
               「書きとめ」


     幾重にも絡み合った叙情がうねりながら同じ通奏低音
    に導かれ、ひとの思いが静かに流れていった。
    夢は二つの翼をもって闇の果てから果てへと人を誘う。

      今宵はどこへいくのだ どこまでさまようのだ
      なにがひとを魅せるのか 暗い闇だ
      あとすこしで手にとどく   暗い闇だ
      ああ ひかりだ ひかりだ 暗いひかりだ
      むかしのあなたなのか そうなのか
      おさない顔のままのあなただ 
      くらべておれの顔の醜さは
      ああどれくらい時が経ったというのだ
      きれいな声だ どこまでも澄んだ声だ
      おれのだみ声 すれっからしの声
      やさしい目だ しずかに微笑んだままだ
      ああもういくのか まってくれ 
      ああ明るくなってきた あなたはかえる
      まってくれ ああ さようなら 

     月食は終わった。
    FMで、ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番を聴いた。
    みごとなラプソデイーだ。何度聴いてもいい曲だ。
    人に散らばった記憶を目にきかせてくれる。
    すこし年輪をかさねたけれど、夢はいまでも翼を持って
    いる。 夢という題のソプラノで、詩人が夢には二つの
    翼があると語っていると、吉田秀和さんが解説されてい
    た。どのような夢かは人それぞれであろう。 
    ひとは誰からも束縛されずに命をいきたいものである。
    こころの自由、良心を踏みにじる時代なぞには夢は
    ない。 

                    
月食 2011年12月10日


                         2011年12月10日

     

                

               「書きとめ」

           物言えば唇寒し秋の風 

      師走のはしりとなっても野分がはしる。
     言葉を聞いていると、その人々には一切責任は
     ないかのごとくにある。 どこに、島の人々に対する
     ほんとうの思いやりがあるのかすこしも見当たらぬ。
     相手を詰問する者、返答に窮する者、いずれにも
     沖縄にたいする歴史認識が欠如している。
      それほど沖縄の人々を傷つけたと指弾するのなら
     なぜ沖縄から米軍基地を撤廃する、時代に後退する
     軍事力を絆とする憐れな同盟政策を止める、と言わ
     ぬのか不思議である。
      君等は本当に知っているのか。
     集団自殺へと追い込んだ事実、岬から身投げした
     婦人の気持ち、赤ん坊を殺さざるを得なかった事実
     等。知っているのは従軍慰安婦はいなかった、民間
     人の首を軍刀で切り捨てたことはなかった、南京虐
     殺はなかった、侵略はなかったといった類の新しい
     歴史教科書の範疇くらいのものだろう。


      また一人の人士が、米国の意向を把握するため
     渡米するそうだ。 いつまでたっても盟主と奉る
     ところの意見を聞かなければ、自国の方向性を
     見出せないとは、これまた可笑しげな恥ずかしい
     話である。

                              12月6日






               「書きとめ」

         みよ 金色に輝く雲 歓喜の浮波を

         きけ 改革を求める民衆の波を

         みよ さかのうえの希望を

         きけ 手にする民衆の黄金を

         
         馳せ参じよ  起立日本

         取り込め    あんたの党

         大同団結   主権新党

         
         まつりは商いでっせ お客さん集めなはれ
         金を集めなきゃうそでっせ
         あきんどにまかせなはれ 
         おやくにんは知らんさかいな 使うだけや
         ちいさいまつりが一番やがな ほんま
         わてらにまかせたら なんぼでももうけまっせ
         きょういくでっか よみかきそろばんですがな
         よけいなことかんがえんこっですな
         笑いが一番 わっははは 
         

         さかのしたのくもは日さえさえぎられているわ

         くものうらはだれも気づいてくれない

         でもなんという逞しさなのでしょう

         そうなんだわ あのひとのいうこと

         きっとわたしたちを幸せにしてくださるわ

         ちいさなまつりなんですって

         おみこしあたしにもかつげるのかしら


         あれ ここもあそこも同じだわ
         番組間違えたのかしら 
         えすえすCなんとかですって わいわいHBよ
         おもしろおかしくいかなくっちゃね
         よけいなことかんがえなくてもいいのだわ
         ああ なにか眠くなったわ ねむくもないのに
         みなさん みなおなじ顔だわ おなじ口紅
         おなじアイシャドー これが平等なのね
         まかせておけばいいのね 楽だわ
         
                              11月28日
         
       メモ おかしいと思ってみても、東の田舎の現象
          西の田舎のげんじつをみつめれば少しの
          不思議もないのだろう。
          少数が理にかなうとしても、田舎全体をみつ
          めれば、圧倒的に従来のほしゅ党の支持層
          が根強いお国柄である。 出たとこ勝負の
          竹の子政党をくらべてみても、みな一様に旧
          来の保守党とおなじ狢の政策主義を基本と
          しているだけだ。 こうした同質の土壌での
          まつり改革であるからその真意を見分ける
          ことが難しいのだろう。 
          わかさ、ろうれんの清新、熟練の意見が
          その土壌をつくるのだからせんかたない。
          これがいまのところの民主主義だ。
           気づいたときには、手遅れだと思うのが
          世の常とすれば、恐ろしいことである。
           いきいきした若さを骨抜きにした原因が
          従前からのまつりの経済失政が最大の
          もとであることはだれでもおぼろげながら
          わかるだろう。だがそうしたことなどおくびに
          もださぬ放送メデイア、マスコミ媒体というよ
          り、そうした作りに仕向ける暗黙の動きが一
          層その恐ろしさを倍加している。
          なにしろ独裁を指導力と勘違いしている若者、
          本来権力を批判する立場の報道機関の人間
          が、一定方向へ仕向ける口出しは正義だ、と
          のことばがあるくらいの民度である。

          

          
               「書きとめ」
         
          透明性        不透明性

          開放性         閉鎖性

          明瞭性        不明瞭性

          外向き         内向き

          舌長          舌足らず

          明朗性         陰湿性

          株主利益       企業内利益

          短期志向       長期志向

          巨額報酬       高額報酬

          法令順守       企業慣例

          企業倫理       内部倫理

         下部階層対非常  下部階層対不知

         統治規範強化    統治規範抑制

     明白なるや、かなた法令順守というは利益追求なる
     ためのものなり。こなた法令順守は利益足かせなる。
     かたや、株主利益なる効率的実現のためなら、弱者
     への目をかけず、資本回転率向上のみめざすなり。
     その倫理は透明なれども儲けのためのみの統治に
     あり。こなたなるもの伝統的家族主義にあるにあらず。
     ただ経営の自由度がせばまると云うがごとく、その倫理
     はなはだ不純也。外様大名避けるべしとの真意なり。
      かなた開放主義は資本全体主義の透明性倫理なり。
     社会規範にあらず。資本の論理規範なり。
     こなた開放主義はご都合主義の透明性倫理也。外へ
     は自由をもとめ内では恣意的経営保身を図るなり。
     これ日本的経営にあらず。資本折衷主義規範也。
      而して、何れにも、社会性倫理、人間性倫理すこし
     も見当たらず。 金親、ひとをして自由を金しばる。
     それ自由主義と称するなり。ここにきて企業統治極まれ
     り。  理知らず木仏金仏石仏となるなかれ。   
     
                              11月26日


              



                       「書きとめ」


         環世界兵器活性化協力連携協定もどき動きがあるそうだ。
        提唱者は類推するまでもなく、いつものように米国である。
        追従者はいつものように自国もその一つにあるとのこと。
        誰が何のため誰のために恥ずべき提唱に賛同するのか、
        いつものように愚かしい場面だ。ここでも経済活性化がその
        動きの根底にあることは明白だ。兵器産業活性化経済連携村
        の飽くなき企業論理の貫徹である。殺しの効率化だ。
        一人ひとりの命を、一緒くたに束にして考える経済指標の数値
        目標のさらなる実現化だ。どこまで人は自らを貶めるのか。
        そこには対象となる生きているものにたいする思いなど微塵も
        ない。あるのは単なる企業経営の利潤獲得の意思があるだけ
        だ。 自国の賛同への動きにある人士は誰なのか。相変らずの
        外交官僚、防衛官僚、殺し兵器輸出開放を唱える企業・政治家
        連中なのか。狭い地球環境を破壊する活性化など御免を蒙る。
         米国の経済・軍事戦略の独善主義は鼻につくが、それにもま
        して厚顔なのが自国の防衛省だ。島を空母艦載機の訓練場に
        する思惑など何処に独立自尊の意があるのか。
        殺しの絆など少しの必要もない。まして末永く米国主義の経済・
        軍事戦略の術中におさまることなどありがた迷惑である。 
        クラスター爆弾など、核兵器などと並ぶ全廃すべき殺人兵器だ。  

                                        11月22日


        メモ クラスター爆弾の件。毎日新聞の通信。



  
                               
                       「書きとめ」


             地方ニュースによれば、田舎で予備隊駐屯60周年の
            催事があった。早いものだ。朝鮮戦争が始ってから一年
            後に駐屯が開始したことになる。小学校三年生だった。
            そのころはまだ小さかったけれど映画をみるのが大好き
            であった。ジョンウエン主演の黄色いリボンをみたのが
            記憶に残っている。内容は大体忘れてしまった。いまから
            思えば、米国が戦争継続の当事者であり続けていたころ
            であり、開拓者時代の騎兵隊の活躍振りをとうしてその
            時分の戦意高揚の意図も含んでいたのであろう。
            あ〜の娘の黄色いリボン〜とかなんとかいって、よく歌を
            口ずさんでいた。 小さい頃は、ライフル銃や砲身等を
            みて目を輝かせてもいた。まさか人殺し兵器等とは夢に
            も思わなかった。 今日も、催事で小さい子ども達が戦車
            や銃器等に興味津々で群がっていたようだ。なにを思っ
            たのだろう。ひと昔のように兵隊さんになるんだといった
            嬉々とした子はいなかったであろう。一つの玩具ぐらい
            としてしかそれもなかなか手にはいらないオモチャだと
            見ていたのが大方であろう。
                教育訓練は大事である

             どじょうがお土産引っさげて殿に献上したそうだ。
            大平原で育ったバイソンならぬ大型牛肉が食べたい
            といったとかいわなかったとか知らない。
            殿の侍りと、どじょうの侍りの意思疎通がうまくいかなか
            ったらしい。どじょうの侍りの驚きの様が知れる。
            密約もどきの真相が思わず明かされ、殿の侍りへ
            慌てふためいて約束が違うと取り消しに大わらわの沈静
            騒動の一幕があった。全製品撤廃などとは髭の一本
            たりともいっていないとの顛末である。
                由らしむべし、知らしむべからず
                           
                                        11月13日

             
          メモ まだまだ若輩が、人生走馬灯の如し云々といえば、
             命の先輩に失礼であろう。そうはいっても、おぼろげ
             ながら過ぎた時間があちこちと甦り、自身の周りを
             あれやこれやと不安定に廻る。
             あの時代どうしてああいった物語が出てきたのかと
             おもえば、直ぐにそうさルネサンスの曙であった。
             そう思えば少しは納得する。それにしても読者層が
             一般の民衆、それもいわゆる読み書きもできない
             女性達に多く読まれたそうだから、よほど中味が
             人間本来の命の開放をしらず示していたからだろう。
             自国ではすでに当時の知識人であった女性がとっく
             の昔にその感性に今を覚えさせる情感を表現してい
             たのだからこれなども不思議なことでないのかも知
             れない。しかし、身分はやんごとない人々に属してい
             たのだから例の時代のひとびとにくらべれば随分と
             恵めれていたのには違いない。 だが、おもってみれ
             ば、ブンガクは学問ではない。人の感情、思い、感性
             などがあれば、だれにでも通ずるものだし、喜怒哀楽
             、表現しようとする作り手の心の揺れをおぼえるもの
             だ。その相手の深みまで覚えるかどうかは人の感性
             の程度の違いだから、そこはせんかたない。でもそ
             れもたいしたことではない。
              書き手は、いわば当時の知識人である知の素養
             のあった侍階級である騎士であった。それもけっして
             素行がよかったという騎士ではない。いわば、感性
             の赴くまま思いを吐露していったといったことである。
             やはり人間の解放である。 騎士も糞をすれば、人目
             がなければ唾を吐くし、しこたま飯を食らい、女を抱く
             、気が食わなければ決闘だってけっして引かない等々
             、といった騎士作家だ。人は時代環境から抜けること
             はできない。でも言いたかったこと、物語りたかった
             コトは時間を突き抜けてイマに甦る。
              メモは四年ぐらい前に、自分にとってエンゲル係数
             と相反する域にあった高い本の買い物でした。
             ご他聞にもれずあらかた筋はぼやけてきていますが
             、セルバンテスがドン・キホーテに語らせた作品です。
             作品名は「テイラン・ロ・ブラン」、作者はジュアノット・
             マルトゥレイ(田澤 耕 訳)。岩波書店
              気が向いたら、読んでみても損はしないはずです。




                               
                       「書きとめ」


               官僚丸が出立する。ことの間際になってちょっぴり
              もらす姿勢など不誠実そのものである。
              過去の重大なまつりで、おおくの事柄が舞台裏で
              道筋の骨格がつくられ、表ではまだほんの少ししか
              進展しておらず、いままさに交渉の手始めにある、と
              いった様子で外交が進められてきたものだ。
              核密約しかり、沖縄返還交渉しかりなど枚挙に暇が
              ない。
               自由経済主義が、戦後自国を発展させてきたと
              論をはるマスコミ等は言う。とんでもない話だ。
              戦後、人々がつかんだ最大の利益は、旧護国体制
              からの脱却であった。こうしてものを自由に言える
              国の体制である。人々の心さえ恣意的に排除する
              神国国家からの脱却であった。そして人にとって
              いまのところ最大の贈り物である憲法を手にした
              ことである。
               国を二分するかのような様相を呈しという。
              それを盛り上げているのは、ほかならずマスコミ等
              である。
              農業と生産工業との問題といった単純な図式で
              しか取り上げてこなかった。いまごろになってこれ
              これの問題も含まれているといった政府もどきの
              論調である。もっとも、これも肝心要の官僚丸の
              情報開示の出し渋りが最大の因であろう。
               商いそのもは、むかしから自由であった。ただ、
              その儲け方に、時代の人の考える力、進展によっ
              てより公正な利潤の取得へとなってきたのだ。
              しかし、その公正そのものが、自由を阻害する最
              大のものだと指摘する一連の考えが、所得配分の
              公正を建国理念に反するとのたまう私的自治の原
              則を無制限に是とする開拓者精神、いまでは強欲
              放縦な自由経済を強調する国の主張が、新自由
              主義経済ドグマとして世界を席巻しているところだ。
              まさに米国主義こそがグローバリズムの真正な意
              として展開されているにしか過ぎない。
               企業にとって、新自由主義がもたらす利益の一
              端に、例えば国民皆医療保険制度における企業
              負担の低減である、さらに官僚丸が瀬戸際になっ
              て洩らした皆保険制と保険会社の医療制度の併用
              等は、さらに企業利益をますものだ。極端にいえば
              会社等は保険料の負担がまったく要らないという
              ことだ。民間にできるものは、民間へといった図式だ。
              小さな政府の声が叫ばれる所以である。民営軍隊
              さえある国の世知辛い自由主義経済の実体だ。
               アジアの勢いを取り込むという。儲けをとりこむと
              なぜ直裁に云わぬのか不思議である。よその国の
              賃金ピンはねで作った安いものが、自国民の懐事
              情を緩和するのでいいいではないかといった声も
              ある。そうであろう、糧を短時間労働、派遣労働等
              で稼ぐしかない人々には安い品々はありがたいこと
              である。これが活性化の話にもなるのだ。

               米国の建国理念と、自国の美しい国の理念とは
              本来、相反する概念にあるのだが、それが一致
              するのが経済という化け物である。
               例えば、自国の新自由主義に邁進する政治家の
              多くの実体は、一方で自国基本法の改正、それも
              かっての護国体制を現代風に脚色して改定しようと
              する人士が大勢だ。武器を露にしたい話がその基部
              である。この基部で盟主も大いに期待している。
              金のためには、手段を選ばずの図である。

               人々はもっとモノをしっかりとみつめなければなら
              ないでしょう。

               仕分けの椅子と大臣の椅子の座り心地は雲泥の
              差があるようだ。啼かなくなったカナリヤは憐れである。
                 官僚丸はあくどい世話だんまりにある。


                                        11月12日


     * ・・・政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにする
       ことを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定
       する。 そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威
       は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は
       国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かか
       る原理に基くものである。
        われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。・・・

                                         (憲法前文一部)
           ・通信によれば、近じか憲法調査会が行われるそうだ。
            改正は、基本法の理念を一層良い方向に向かわせるため
            のものならこの憲法に反するものではない。
            しかし、基本法の前文を通して流れる基調低音を、悪しき方向
            へ転換することは、けっして許容されるものではない。
            これまでどれほど普遍の原理を、自民党を中心になし崩しに
            されてきたかはよく知るところだ。
             調査会と銘うった会が公然と悪しき方向性を打ち出すのは
            人々に対する背信行為にあたる。

           ・盟主防衛村と懇意な自民、民主等の議員連中の動きなどは
            はやくから見られたことであるが、その背骨は世界貢献を
            経済同盟と集団自衛とを同視するものだ。

           ・どじょうキャラは、自国憲法は新しいモノではないとの信条だ。
            真と物質の理を弁えぬ言である。

           ○ 米国では、デモ参加者が銃で撃たれたり、いざこざで等で
              死者も出ているそうだ。あくなき金融資本の顛末の悲しき
              一端である。




                       「書きとめ」

                             
               明るい未来のために参加する   外相

               両国は連携してアジアに進出しな
               ければならない            議員

               人民の人民による人民のための政治
               政治はビジネスマンがするものだ 大統領候補
                
               もう長い間職がない 軍隊に入るしか
               道がない              自己責任人民
                                           
               あの時、タイの米需要は伸びなかったわ 評論家

               経営の規模の拡大、合理化を図らなければ 練習家

               砂糖は交渉の対象から外している    社説氏

                
               参加決定は議会が決定する
               ・生殺与奪の件はおそれおおくも盟主の言にあり
               ・真の議題は由らしむべし、知らしむべからず

               全国規模の戦闘訓練が日常的となる
               ・いなかのまちの歓迎式あり  ありがたや金也

               大阪冬の陣雄叫びの声しきりなり
               ・勝手流の動きだ          強権同好会
           
               中国は脅威とは思わない
               ・敵と思えば敵となる 話し合いこそ必要
                                  マハティール元首相

               それぞれの流れが一つの渦巻きに巻き込まれ
               一つの方向に動き出している。どこへいくのか
               不確かな中で、流れは次第に大きな渦になる。
               過ぎた時間の流れからみれば、自国が戦争へ
               舵をとった動きと似ている。違うのはその戦いが
               経済活性化と名づけた資本論理の戦争である点
               だ。そのほかは大した違いはない。経済論調、
               マスコミ論調等、いつしか既定の路線のごとく
               人民の意識啓発に躍起とみえてくる。
                 
                アメリカンドリームが辿りついたところが、
               人民の使い捨てと、基本的人権の蹂躙であった。
               その結果は、金融資本を操る一部の知能犯の
               戦略のみが、世界の経済組織を侵し、いまでは
               その本体の化体とかした政治家連中が、資本の
               はけ口を日夜求め、爪を経済的用語で擬製した
               自由を振り撒いているだけだ。

               質の向上をといった人(*)の言葉があったが、
               ものの本質を見極める力といった意見に聞こえた。
               そのとおりであろう。単なる練習でなく質の向上
               が必要だ。だが、それは時間がかかるそれゆえ、
               世事は抗し難し一つの動き、情調に傾いていく。


              メモ*TBS日曜日朝の番組み出演者で、園芸環境関係(正確では
                     ない)の教授。いつも確かな意見を出す人である。

                  
                                        11月8日


               :ムーブ
               どうつくろってみたところで弱肉強食がみえみえである
               
                        弥次郎兵衛

                 もののゆたかさ いきかたのゆたかさ  


                                    
            
                       
                       「書きとめ」


              オバマさんは、医療保険改革へ情熱を持った人
             のようだ、その国が他国の国民皆保険制度さえ
             無にする自由化を進める動きに乗るとは矛盾だ
             ろう。他国のことはしったこじゃねいといったところ
             か。そうではないであろう。むしろ貪欲な利潤追求
             に目がない巨大資本の厚かましさに、圧倒されて
             いるといった現状だろう。好意的に見ての話だが。
              こうした事柄が例の交渉の中味の一つになって
             いることさえ、国民には知らされない実情は情け
             ないことである。かっての、原発推進、沖縄返還
             時の密約、近くではやるのかやらないかの二者
             択一で自国をめちゃくちゃにし、その上国有財産
             を叩き売りしようとした目論み等、いつもその実体
             は秘して行われてきたものだ。そこにはいつも
             官僚の裏芝居、盟主企業の意向にそった開放
             政策が背骨となっていた。他国を泥で踏みにじり
             しかも結果として、多くの人々を殺して平然として
             いる顛末さえ何一つ検証されずにいる始末だ。 
              
              どじょうの腹は白いが、このくにのどじょうに
             あやかったキャラはどおも腹黒く見えてくる。
             人肌が感ぜられない。言葉の中味に真実味が
             ない。なぜか。髭一本うごかすにも官僚の甲斐
             甲斐しい櫛がかかっているごとくである。
             官僚の官僚による官僚のための政治はなにも
             いまに始まった話ではないが。

              結論 主権在官財

                                        11月3日

             
                             
                       「書きとめ」


              NHK番組によれば、福島産の米の全国価格相場
             が最低だそうで、しかも中間卸からの契約打ち切り、
             購入量の激減が顕在化しているとのことである。
             このままでは、生産者の次年度以降の生産意欲が
             衰えることは否めないとの心配の当地の声もあった。
             そうした現状のなかで、現地の米作りを販売面から
             維持してきた地方集配卸業の赤字覚悟の奮闘ぶり
             が、あきないの原点を教えていた。
              風評被害の典型が米に現れている図である。
             こうした事態を少しでも払拭するために、人々の応援
             が真に必要だと思います。 思う人は是非、福島県
             産の米を率先して買うようにしたらいいのでないで
             しょうか。例えば、インターネットをとうして福島県産
             の米を指定して買うのも一つの方法です。
             また、南九州地方の皆さん、特に鹿児島・宮崎地方
             の者は応援することが、近いむかしの戊辰戦争に対
             するわだかまりを解消するためにもいいきっかけにも
             なります。なにも昔の情感を引きずることもないです
             が、かって侍階級のために農民同士が兵隊として
             殺し合いをしたことでもあります。 あたらしい夜明け
             を迎える機会です。 当地の企業、とくに薩摩・都城
             の焼酎企業に麹用米として福島県産の米を義援とし
             て使用してもらいたい。 郷土の芋焼酎をこよなく愛
             する者として是非そう願いたい。 
             K酒造のE社長、是非率先して足をあげてもらいたい。
             おーい、O君、会議所の首長として頼む。
                                         11月1日

              ・メモ クローズアップ現代


                   
                       「書きとめ」


             彼らだけがなぜ表彰されるのだ・・・
             おれも命がけで勤務している・・・
             私企業のように労使交渉ができるのなら・・・
             労働基本権が保証された上での7.8%の引き下げ
             であれば・・・・基本権を奪ったまま賃下げを強要する
             法案には納得いかない・・・・

             おれだって家庭を守るために必死だ・・・・
             なぜ無視され続けるのだ・・・・
             年間所得が100万円そこそこの連中は、表彰どころか、
             基本権どころか、なにもない・・・
             想定外の連中っていうところだろう・・・
             想定外は中間層の厚み拡大には無縁っていうことさ

             政治家が非難されて傷ついたとは可笑しげなことだ・・
             ばかなこといっちゃいけねいよ
             おまえと非難先とは当事者じゃねいか
             しかもお前は傲慢な政府当局の当事者であったのだ
             なにが笑止だ おまえの真意がよくわかるどころか
             お前の母国米国の強引さがよくわかる言説だ・・・
             それにしても当の出版社は旧保守党の翼賛会社だろう
             戦時中のはんせいどころの話じゃねえいや・・・

             むかし 姥捨て山ものがたり
             いまじゃ 金持ちとうさん貧乏とうさん
             くわえて 慎太郎月夜盟友批評家の復刊とあいなりぬ
             陰湿な腹いせだな 
             いまじゃ うすっぺらな暴言を吐いた幕僚を手厚く
             遇する新聞、出版、放送グループだ
             買収どころ変われば、企業文化も変わるの典型だ
             むかしの気骨ある者はいなくなったのかしらん
             生活のためにただ黙するだけかしらん
             ペンが権力べったりとなった様は見られたものじやない

             明治の青年「大江 匡」の義憤は今も引き継がれている
             これからもだ

             紳士面をした兵隊がのさばる国など、碌なまつりはない
             
                                         10月27日

                   
                                 
                       「書きとめ」


                    官僚民主主義賛歌

                      人形が踊るよ 
 
             国の土を与えるそうだ
                      国の金を喜び貢そうだ
         
                      親方がいうよ

                五十年後の息子達へ絆を贈るそうだ
                  国土と金をかっさらうそうだ 
                   土の母艦は居心地がいい
                 手前どもの戦闘機は絆の証しだね
            空容器落下は演出ではなかったのかね ははは
            むかしわたしはよくそうした手法をとっていたっけ

                      人形が踊るよ

               人殺し兵器の開放を段取り中でございます
                    ぬかりはございません 
                 なにしろ経済活性化でございます
                おまけに瀬戸に貴国の兵隊様の住宅を
                   新たに建てる所存であります
                                          10月26日
                       
                       「書きとめ」


            ・・・成人した彼ら彼女らが日本を中心に、

           世界に平和をもたらしてくれることが目標です。

           しかも、核兵器を持ちながらの休戦ではなく、

           戦争を否定した非戦の平和です。・・・


           <100歳私の証し あるがまゝ行く
                     日野原重明さんのいのちの言葉>

                    2011年10月22日(土)付け朝日新聞     10月24日