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都井岬

馬 猿 サーファー  2006年5月4日(木)。

御崎馬
子馬

子馬の御崎馬。岬の下の崖っ淵には青い暖流が押し寄せます。



傾斜地の草を無心に食んでいます。



単独馬は少なく二頭以上のグループで放牧地を巡っているようです。



子馬が少しも動こうとしません。しばらく見守っていたのですが、

この姿でつ立ったままでした。

どこか具合が悪いのかも知れません。

こどものちんぽが垂れ下がったままのは不調のせいでしょうか・・




母親が傾斜地の上で草を食みながら、子供の様子を

窺っていました。どうしていつもの傾斜を上りきれないのか

けげんそうです。下の子を思うのでしょう、母馬も立ち

止まったままでした。


案内によれば、御崎馬は元禄10年(1697年)に、高鍋藩秋月家によって日向の駒がこの岬に集められ、

放牧されたのが始まりだそうだ。当時の軍馬、農耕馬、荷役馬等としての生産が目的であったらしい。

馬の飼育は、開設当初から現在まで、ほとんど人の手を加えない粗放管理で行なわれてきたそうです。

そのため、馬の特性などは日本の古い在来種の姿のままにあるそうで、野生馬といわれる所以です。




旅人、若山牧水の歌碑がありました。
訪ねた地の感想とでもいった歌いです。
何かの礼のしるしであったのかもしれません。
それでも、しずかなる眼はおぼえます。

身體は一枚の眼となりぬ、

青くかがやける海、ひらたき太陽

              牧水

        若山牧水歌集より(岩波文庫版)

交歓

愛の交歓。野生の悦び、源の営みです。子馬は何のことやら大人しげです。おおらかな風がそよぎます。

母の嘆き

事を終えて牝馬から身体をおろします。見事な早業にありました。

ことを起こす時の牡馬のちんぽは1メートルは優にあったようにみえました。

でも終えた後のちんぽはどこに消えたのかといった素早い手練ぶりです。




牡馬は歓びの雄たけびを岬に放ちます。母馬はなんでもないように草食みにもどります。

子馬は母に従うだけです。 こうした豊かな風が、空の訓練風にかき消される時世にならぬように・・。



*追記(2008年2月13日):きょうから新田原基地で戦闘機の発着訓練が始まるそうだ

国土全体が空母化した自国の姿は情けなき景色にある。無駄な意味のない訓練である。

沖縄での厭うべき事件も聞く。いまでも彼の地は軍の強制命令の犠牲が続いている。

もっと、人々は怒らなくてはならぬ。 むなしくともリソウの風車に向かうことだ。

訳知り顔の現実防衛戦略、独自核戦略保持ほどの風車ではない。


*追記2(2013年1月14日):新田原基地で、日米共同軍事訓練が始る。

原発の再稼動等について、交付金の存否で、地元の悲喜こもごもの騒動が伝えられている。

新富町でも、基地にまつわるかなしい糞尿譚物語が記事にあった。淋しい限りだ。

この国の確かな目が動ける余地など無くなってしまうかの気がする。

隔世遺伝の申し子が、見かけ選挙の勢いにのって、集団的自衛権をあつかましく

NHKで喧伝していた。彼が言う取り戻すが、欽定憲法下の神国日本にあることが

あらためて示されていた。歴史教科書を作り変える関係者主体をメンバーにした

教育再生など、かれらが良く使う言葉である自国の品位等とっくに置き忘れてきた

かの如しだ。そこには品位ならぬ貧威だけが闊歩する。

かって、専門学校の創立に邁進した、自由立憲啓蒙家の小野梓は

若くして病魔に命を奪われたが、かれが喀血したえんじ色にその無念を

わすれまいと、あとでその色、エビチャ色がスクールカラーとして残されて

いまに至った。再生委員の座長は、よくよく自らの責任について

熟考すべきだろう。自由とななにか、学の独立とはなにかと。

いま(午前十時四十分)、西郷どんがはらけた。まるで桜島の轟きが、

西郷どんがこの国の行く末に警鐘を打ち鳴らしているように聞こえる。

優性第一、学業第一、経済第一、何々第一等々 空虚な言葉だけが

飛び回る。懸命に励んだ結果としての秀逸だろう、なにもかも第一だけ

が目標などと、命の欠片すらない。

さいごうどん まだ はらわきいもさんぞ


六年前の思い出

              思い出 2007年12月25日(火)PM11:00

       やはり、将来の集団的自衛権の道筋をつけたいからであろう。

      それを教育、、もしその言葉が言い古され、しかも言い古されない

      言葉でもある、真理の探求に、その基をおく教育行政に携わる者が、

      物事の背景原因を明らかにするどころか、恣意的な政策意図の僕と

      化し、特定歴史史観に恭順するかのごとき審議とはなんであろうか。

      資料が見当たらない等との強弁、とぼけは、いかに過去の体制の

      過誤に省みるどころか、現在が過去の尊い犠牲の上に成り立っている

      と、いった歴代まつり人の常套句と同じ意識線上にある。

      いつも、その言葉に欠けておるのは、その言うところの犠牲を強いた

      国家体制の強権全体主義、統帥大権によった超法規的軍閥の禍根
   
      を絶てなかったことへの反省、思慮等が、すこしも無いという点である。 

      再修正の意見などと、どこまで人々を虚仮にするのか、審議会の

      生きるものにとっての真とはなんなのであろうか。

      就遊館の進軍ラッパに懐旧復古の思いを馳せるのであろう。


              
      ある意図が、世間的になるときには、おおくの動きが関連した現象を

      示す場面が多い。

      公共放送の経営委員会の可笑しげな行動なども一つの例であろう。

      委員長なる人物が、かの美しき国ならぬさびしきまつり人による人事

      だそうだから、なにも不思議なことでもないのかも知れぬ。

      ここでも、あしきケンテイ制度を目論む所存なのか。

       たいそうな威張りぶりである。

      自国でも、このところ弱まったとわいえ、彼の盟主の消費者の力に

      少しは見習うべき点もあるのかしらんと思うときがある。

      不買運動の徹底である。

      なにも、国民が選んだのでもないのに勝手に、公共の伝達機関を

      特定意図に仕向けるような動き、経済人の横柄な言動のあるときには、

      なんのバックボーンも持たない庶民の意志表示としての運動である。

      不買運動に限らず、人々の意志をもっと強く示すことも必要だ。

      とくに、昨今の色々な動きには、総じていわずもながの明確な意図が

      見え隠れしている。

        太い声を鍛えよう。 強い喉をつくろう。 風の季節だ。




幸島


馬と別れて幸島にあそびました。岬から大体7、8キロ先の石波浜の目の前にあります。

大潮の時には浜から歩いて渡れたそうですが、昨年の台風で浜辺の海底が抉られ、

現在はできなくなったとのことでした。きょうは渡し舟で猿の楽園に渡りました。千円也です。




猿は少しもじっとしていません。保護された島にある性か、浜辺をひと様なんか気にせず散策します。



同じところをじーっと見つめています。まさか小魚を捉まえようとの魂胆ではないでしょう。

ここの猿達は寄せる波の飛沫などにおそれる様子はありません。


台風の時には島奥の隠れ家で、群れはひとかたまりとなって身を寄せ合い、難を凌ぐのでしょうか・・。



それぞれ珍品探しに余念がありません。岩にへばりついた貝類等も食べるのかも知れません。

幸島の猿は食べ物を潮で洗って食べる習慣が、良く知られています。

恋ヶ浦


恋ヶ浦では、多くのサーフアー達が初夏を先取りしていました。波の高さは2mぐらいでしょうか。

難しそうです。小さな冒険です。




パイプラインへの挑戦。

波とらえ 潜り抜ければ 恋くだけ
                    
びっきょ


恋ヶ浦はサーフィンスポットでもあるようです。県外ナンバーの車も多く眼につきました。

中には外国の青年も何人かありました。

恋ヶ浦の地名は若者に合った響きのようです。心身のケガにはお気をつけあそばせ・・・

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