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                         さかのしたのくも74

                                     2011年10月20日(木)


                            休眠



               官僚制内閣が素顔を隠したまま通り過ぎていきます。
              中身を見れば、敗戦以来続く米国一辺倒の官僚体質があからさま
              にあります。巣鴨から救出された一官僚が政治家となって米国の
              いいなりになった政治体質があたり前のごとく慣行となってしまった
              姿です。外交文書等から原発推進策が、米国主導のもと、政治家
              官僚等により舞台裏で画策されてきた事実等、いまでははっきりと
              知られることです。その悪しき体質が、現官僚制内閣にそのまま
              引き継がれる事実は、この国がいまだ米国の傀儡にしかすぎない
              ことも示す結果です。世界貢献が米国との協調歩調をとる事にある
              とする独自性の欠如など最大の誤謬です。もっとも、金のなる木に
              侵された、資本弱肉強食自由主義の厚顔な行動理論に目くらまし
              された自国経済理論、政財界の資本自転車操業の罠に陥った姿
              でもあります。罠のつみは深く大きい。
              
               人の幸、不幸、災難、幸運、開発、環境破壊等は、じっさいそれを
              体験しないと、なかなかその実体中味は見えてこず実感できない
              ものです。例えば、以前にも何度かいったのですが、高速道路が
              開発されて地方経済が活性化されたかどうかは、甚だ疑わしいも
              のです。はっきりとしているのは、拠点都市が肥大化し、潤い、
              地方の町はほとんどが一様に衰退凋落していることです。しかも
              時間が人の感性さえもなめし、そうした事実があたり前、当然の
              時代の推移としか見えなくさせてしまっています。 失った職は
              大手連鎖店のパート、派遣社員の不定期労働者としての地位
              として職することが、人に比べればまだまだ恵まれているといった
              かなしい意識が当たり前の如しです。
               強権自由金権主義理論が、世界の常識のごとく蔓延する時代
              環境について、身近なところからその矛盾を考えていくことが必要
              なようです。これから発展をめざすところにあっては、そこにうごめく
              人々へ仕事の機会、糧をつかむために、自由を標榜する開放政策
              が、なにかしら神々しく輝くやかもしれません。またその正体を知る
              余裕もないのが普通でしょう。それゆえ先進国と自負する国々の
              責任は重大であるといえます。 とはいえ、その動きの元祖の国
              では、大統領候補が金儲けは人の自由にあり、医療・貧困の問題
              は自助努力の問題にしかすぎないと吐くありさまだ。一体いつの
              時代の意識にあるひとだろうと思うのだが、腕力で開拓地を侵し
              自由という名の私的自治経済原則を金科玉条に守り続ける停滞
              した人々がまだまだ大勢いるのですから処置なしともいえます。
              強欲自由主義は、人々に格差だけを生み出す元凶だと人々が
              早い段階で気づけばいいのですが、意識の伸展はそれぞれ相対
              的だ。最後の解放国がやっと自由がきた、とおもったときには、そ
              の最後の市場をめぐって凄惨な争いが生じるかもしれません。
              また、経済的に発展した国のなかには、その獲得争いに参加する
              力もないほど、より強大な金に犯され疲弊し、格差は当然のように
              あるでしょう。
               でも、少しは希望があります。強欲国における人々の否の声です。
              

              
               とうほう、持病悪化のため、しばらく休眠します。
              三途の川の番人によれば、身を焼かれるにはまだまだ不相応との
              断にありました。主治医によれば金欠病とのことでした。
              冬眠ではおぼつかず、休眠とあいなったしだいです。
              しばらくさらばで御座りまする。 

                                  
 貧乏旦那の供をして随分と日が経ちます。いつになったら日が射すのやら皆目分かりません。 
今朝がた拾った椎の実でも食するとします。


椎の実





               
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                         さかのしたのくも73

                                     2011年9月26日(月)


                          もののあわれ



               先月の声欄に、小学校高学年の子どもの意見がありました。
              人がいくら努力しても、いまでも各地で争いが続発しており、平和
              はとうてい望めない。理想は理想でしかない、といった趣旨の声で
              した。 この年齢における一つの理解、権謀術数の達観でした。
              しばらくして、記事に壮年研究者の考えが載っていました。
              そこでは、理想を言っているわけにはいかない、現実をみて行動
              せざるを得ない、といった要旨にありました。おとなの悟りです。
               二つのさとりは、ひとつは心の成長過程におけるある時期のそれ
              でしょう。もう一つはたくましく忙しく流れる時間における世界という
              平均的日常に追いやられる、あるいは固定化された現実の既成
              概念にしらず犯される人の対応でしょう。考えのしなやかさを失った
              ともいえるかもしれません。
               理想という言葉がなぜ生まれたのか、リソウはそもそも何者か、
              といった点にたいする問いかけは、ここにはありません。

               軍事同盟だけが同盟基軸だとする考えなど、少しの考えの伸展
              も見られないゲンジツの時間に流される官僚・政治家達の意識で
              す。基地をどこかに移すのが問題なのでなく、軍事同盟を解消する
              ことが、今後の自国が世界へ貢献する大きな目標でしょう。
              東南アジアにおける軍事バランス云々などと、相変らず停滞した
              思考過程にある政治家・官僚、情報伝達機関等は、人々をその
              旧弊に引きずるだけだ。国土は軍事力によっては決して担保され
              ない。ひとびとの考えの絶えざる伸展にこそ展望が開けます。

               大江健三郎さん達の行動をしるにつけ、人々の意思表示が確りと
              表現されることの重大さをあらためてしらされます。
              亡くなった小田実さんが、デモスは民衆でっせ、忘れちやアカンで、
              人々はもっと怒らんとあかん云々といわれていましたが、その通り
              です。そこにあるのは、思考停止した力にたいする否の声です。
              そこには語らずしてリソウの真意が示されていました。
               小田実さんの志しを継ぐの会で、大江さんが思い出として小田さん
              との間で、全体小説と全体小説家の異同について議論した逸話を
              話された。その内容は忘れてしまいましたが、カエル流に思い出し
              ますと、全体小説はいわゆる言葉通りのそれであり、全体小説家と
              は、その実践家、つまり流れる時間のあらゆる事柄に鋭敏ながら
              、しかも事においては問題に対して徹底的に対して行動する者で
              ある、といった関係です。 
               人々には過去の時間から受け継いだ理想があります。リソウが
              時間を経れば古臭くなるでしょうか。某人士が記したごとく何番目
              の憲法だから旬ではないと浅薄な論理にはなりません。
              例えば、ピタゴラスの定理が紀元前に表されたそれであり、古臭い
              定理だという人はいないでしょう。なぜなら、それは事実であり、ま
              た人が考え得る紛れのない思考過程の論理の真理であるからです。
              ひとびとが自分の頭で考え、また受け継いできた先の人々の理想、
              より多くの人々がしあわせに生きる展望が、時間の経過によって
              淘汰されることはありません。また、その理想があればこそ、悲しい
              ことですが、人類が完全に滅亡しなかった理由でもあります。それ
              は卑近にいえばひとびとの良心、思いやりでもあります。
               人は、ラマンチャの男をやめるわけにはいきません。あきらめる
              わけにはいきません。りそうは人を破滅から担保する基軸です。
              結局、なんやかんやいったところで、理想も糞もあったもんじゃねい
              、生あるもの、物体等はすべからく終局をむかえる、君の言ってい
              る理想なる代物も所詮元の木阿弥さと、いう声をおぼえながら
              人は歩いて往きます。もののあわれをおぼえる自身をおぼえなが
              ら、いきていきます。そこにはいいがたい人をつきうごかすモノ
              (エロス)があればこそです。
               
               理想はけして少数派ではありませんが、思考停止の時間の中で
              はややもすれば少数派へ、それも意識的に片隅へ追いやろうとする
              動きがここかしこで勢いをまします。殺しの道具の使用制限の緩和
              など、そうした動きの一つです。基本法の身ぐるみを盗む動きなど
              許しがたい政治家の言動です。 また、基本法が人権破壊の定め
              があるものなら、それにたいする非難の声は至当です。
              しかし、自国の基本法を定かに読んだかどうかもしれず、理解もしな
              いで、あるいは属国とみなしているのか、他国の平和への確固とし
              た理念を掲げる自国憲法を蔑視する米国の防衛官僚、防衛的経済
              アナリスト、昨今の大統領の圧力言説など恥ずべき内政干渉のなに
              ものでもありません。自国がどういう基本法にある国かしっかりと理
              解してからの言動にあるべきです。 自国があなたがたの空母で
              あるから自国が安全にあるといった認識は捨ててもらいたい。
               時間はすこしずついまも動いています。あなた方にもののあわれを
              理解する力があれば、当方の言い分がよくわかるはずです。
              米国がいまもリーダーと自負するのであれば、いま一度あらたな世
              界を目指すべく、思考する力を深め、どこがおかしいのかあなたの
              国自身のありかたを内省していただきたい。 
               それにしても、首相はじめ自国政治家・官僚連中のふがいなさに
              腹が立つ。
               
               
               





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                         さかのしたのくも72

                                     2011年9月08日(木)


                            危険



              平和と幸福 ・・・倫理 道徳 政経塾 売国奴 靖国 非戦犯 
                       在家僧 二大政党論 能力練習 米国詣で 
                       安全保障 武器輸出 殺しの技術革新・・・ 繁栄


              国際協調に積極的参加するため、協調軍を後方支援する
              軍備万端怠りなき自衛隊を集団安全保障の一環として行動
              させる環境を整える。

              兵器技術革新による最新技術開発への遅れの防止と、企業
              活力伸展のために、武器輸出三原則を見直す。

             今度は、裏でなく表舞台での、人士の演説となった。
             盟主へ敬虔な跪きにあった。自国基本法を足蹴にした言葉で
             ある。美しき国、石波のさざえ共さぞや意中の士なると褒める乎。

             アジアの絆、青年の絆に盟主絆がどうしても必要とのたまう
             敗戦後変わらぬ米国一辺倒の経済・外交官僚なることば也。

             ・ 政治家・官僚等の道徳危険と科学者・技術者・経営者等の
               道徳危険が協動する国に展望はない。
            






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                         さかのしたのくも71

                                     2011年8月27日(土)


                             言葉



              敗戦日が今年も過ぎた。喉もと過ぎれば熱さを忘れるの例え
             とおり、このところ時代が逆行するかのような様相を呈している。
             人の痛み、哀しみ、汚辱の記憶等はとっくの昔によそへ仕分け
             したようだ。起きる現象はそれぞれの地点、地域が異なり、それら
             は互いに関連性はないように見える。でも、ようく見ると其処には
             一つの点が絡み合っている。それは型枠、御仕着せだ。

              人の考え、思考、心のありようを、特定志向へ仕向けようとする
             恥ずべき地方自治体首長、議員の画策。
             
              歴史を正視するどころか、特定方向へ導こうとする厚顔な特殊
             史観の教育行政。

              維新の会なる仰々しい思考は、強権全体主義の走りだろう。
              
              文科省の検定を経たのを、可笑しいというのが不思議だと放つ
             特定党絡みの教育長。その文科省を歴任した官僚出身の大臣
             等、日頃から基本法など目にもかけない基本法遵守義務違反
             の狢であったことは、どう説明するのやら。奇天烈な言にある。
             しかも、従来委員会の事務にあった職員など除外しての教科書
             選定であったそうだ。

              じょうしき、りょうしきが、心細くなりそうな時代、それさえも
             何のことそれ、といった時代にしらず歴史が回るとき、世情は
             なにかしら強いものに魅かれるようだ。すこしは良識にある人々
             が多いだろうと考える都会、すこしは常識にある人々が多いだ
             ろうと思う府であってさえも、その風潮は人々をのみ込む。
             どうして彼が選ばれるのか、どうして彼がうけるのか。
              テレビの放言番組等で名を売った連中が、どうして選ばれるの
             か。どうして放埓な趣向、お笑いで名をうった連中があたかも
             オピニオンリーダーとしてうけるのか。 人々に考える余裕を与
             えない嗜好、というよりどうでもいい課題等で自己検閲している
             放送媒体の組織そのものに、問題が隠れているのかもしれない。
             あるいは、広告主の顔の喜怒哀楽に敏感といったところだろう。
             おそろしいことである。一億そうはくちといったら語弊があるかも
             しれぬ。これが民主主義の最大の欠点だ、といったほうがより
             しっくりするだろうか。


              キーを打ち込みながらが途中からFM放送を聴きました。
             曲のなかに、加藤周一さんの歌「さくら横丁」がありました。
             歌は日野妙果さん、ピアノは小林道夫さんで、中田喜直作曲
             のものでした。素晴らしい透き通るソプラノで感心しました。
              その後、ハイドンの最後のハルモニーミサとベートーヴェン
             の最初のミサを聴きましたが、べートーヴェンの曲は初めて
             聴きました。話にありましたが、上り坂にあった作曲家の元気
             なミサにありました。といってもそこには荘厳ミサに通じるもの
             も聴こえた気がしました。こうした曲を聴いていますと、キー
             を打つのが何かしら後ろめたさを覚えます。
             先日は、シューベルトの最後のミサ曲を聴きましたが、これも
             初めての経験で、不思議な感をもちました。ひょっとしたら
             最後、最初といった話の言葉に惑わされたのかも知れません。
             ソプラノ歌手の日野さんが印象的な話をされていました。
             ・・・日本語がちゃんとできないと何語もできない・・・と。
             加藤周一さんも、たしか似たようなことを話されていた。






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                         さかのしたのくも70

                                     2011年8月17日(水)


                             基準



              人は事柄について、自分の頭で考えることだ。そして事件の言葉の
             嘘を見抜く力をしっかりと持つことだ。アーサー・ビナードさんが、一昨年、
             講演会で話されていた。また、ビナードさんは、へミングウエーが作家
             の条件に嘘を見抜く力だ、と語っていた、とも話された。あたり前に聞
             こえる話であるが、なかなか容易ではない。まず嘘の基準はなにか、
             その基準に至るまでのひとの思考過程、心の成長過程は何にあった
             のか等によって、いろいろと変わってくる。それゆえ基準を見出す過程
             は人々にとってより普遍的なものにあることが必要であろう。つまり、人
             の態度、生き方、信条、そしてそこに到った命に対する自身の接し方
             そのものである。 しかし、人々が、それぞれ命への究極的態度、存在
             の観得を内的に体験したとしても、その経験、ガクシュウは千差万別で
             ある。そこで、人間の存在とはなにか、人間にとって他者とはなにか、
             あなたにとって家族の命とはなにか、人を殺すことはなにか、他者を排
             斥することはなにか、考える力がなぜ人に備わってきたのか、人の世の
             発展・成長とはなにか、人の必ず死す命とはなにか、そして人の尊厳と
             はなにか、といった基本的なことへの答えを探すのが、基準のもとにな
             るでしょう。
                     
             
              防衛省の天下り先への補助金、不明朗な入札、言葉の意味不明な
              言い訳・・・(この際、電子機器、理科学工業メーカー等への天下り事
              情をも示すべきだろう)

              愛国心の言葉を条例へ入れ込む算段の浪花おのこの思考基準・・・

              靖国戦犯は戦犯にあらず、と連立立ち上げ目論む人士の思考基準・・

              横浜市教育委員会の一律大判振る舞いの教科書選択基準・・・(*)

               
              時代が一巡りするのに、かって三十年といわれていたが、すでに
             第二次世界大戦、自国敗戦から六十六年が過ぎた。近ごろ欧州では
             特定思想の主が、一瞬のうちに人々を撃ち殺した。また各地では既に
             時代に逆行する狭隘な国家主義が台頭して久しい。隣国では帝国主
             義が跋扈し、米国国防・国務長官等は、殺し予算の大幅削減は太平
             洋地域を不安定にするだけだ、特に日本等はと話したとのことだ。
             外務・防衛省は自国地を保全するどころか米国へ顔をへつらい、国土
             を他国へ与えることに盲目となっている。これらの行動基準とは・・・


              自国は、世界へ目を開かせる基本法を保持している。そこに語られ
             る言葉は、命にとって普遍的な意味を考える基準を示している。
             それは、多くの人々の命を奪った事柄に対する考える力の反省を基に
             、人の生死にたいする人間の尊厳の確立をもとめ続けている。
             この意思は、世界が向かう方向も展望しているのだ。
             自国の人々はこの意思をあらためて確認することである。


             (*):8月17日付け朝日(西部本社版)声欄、山形県酒田市の方の
                 声より。



                 



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                         さかのしたのくも69

                                     2011年8月05日(金) 


                             顧みる  



                馬毛島の交付金絡みの空母訓練基地利益誘導運動が、
               始ったそうだ。これなど玄海原発等をはじめとして、自国伝統
               の典型的地元活性化を旗印とした、利益誘導の糞尿譚物語
               だ。自国の地をさらに他国の訓練基地とする魂胆と、隣国の
               愚かな軍拡路線を口実に防衛費用の積み増しを下心とする
               防衛政策の恥ずべき根回しだ。これなどお上の意向にのった
               やらせでしかない。

                辞めろ辞めない、辞任するのはそっちが先だといった地方
               市町村筋等から様々な声が聞こえる。責任ある者は誰が先
               でもあるまい、いまの原発騒動を誘致した内幕を抱える首長
               は率先して辞めることだろう。当時は、現状の惨劇が起りえる
               とは認識できなかった、といった言い訳は卑劣な言動にある。
               仮に、土建業で身内は一時でも潤ってきたのだ。そこを忘れた
               のなら、なにをもって責任とするのだ。 
                西郷どんのお膝元の首長が、九電から観劇歓待を受けてい
               たそうだ。不思議なことではない。どこでもありそうな利害関係
               の話だ。いま一度、各地の地方首長、地方議員等は原発関係
               の内幕相関図をはっきりと告白すべである。もちろん国会議員
               もだ。狢が狢を狙っても化かしあいにしかならぬ。人はもっと
               事件の核心を穿たなければ、利益誘導汚職、やらせ虚構図は
               けっしてなくならない。

                昨日、朝日(西部本社版)の声欄に、仙台の方が自国のあり
               よう、一つの進む方向性を述べられていた。
               声は、中国の事故を笑えぬ日本の原発といった、自国の報道
               のありかた等を絡めて批判されていた。
               目を避けてならないのは、他国の妙な報道規制に逃れて、自
               国の嘘を不思議なベールで蔽わないことだ。民間放送のここ
               ぞといった、何回も繰り返される他国事故の隠蔽体質告発番組
               は、確りと取り上げるべき自国原発隠蔽体質はしらぬ様子で
               むしろヤラセ等は殆んど触れずじまいであった。
               これほど自己検閲が露になったことは、実際、広告メーカー主
               等の規制意図、報道社主等の裏の画策を浮き彫りにするだけ
               であった。人は、事実、真実により近づいた問題点の情報の
               提供を望むだけだ。ことさら核心と絡めて、焦点をぼかす評論
               家、証券アナリスト、商社頭脳集団のこれぞ答えといった提案
               のしかたには問題が残る。

                この国の人々へ、なにが一番知らされていないかと云えば
               国の基本法だろう。なかでも、その規範となる前文だ。
               その法の基本規範を最も教えるどころか、教育から疎外してき
               たのは政治を担う政権党だ。その中心は狭隘な特定思考にあ
               った、そして現にある政治家達だ。
                長年のこうした傾向がしらずもたらした結果が、時代に一つの
               特徴をもたらしている。物事に我感ぜずといった気分、泥奪理
               論の防衛意識、盟主との同盟こそ今、将来にわたって絆を維持
               すべき基軸そのものだ、自国の安全は他所から守られている
               だけだといった既成概念に侵された、思考停止の気分等が浸
               透している。
                こうした現象が、おかしなことでないことが、自国にとって不幸
               である。まっ先に基本法を遵守すべき主達が、法を蔑ろにする
               始末だから、人の意識、若い意識が妙に老成するのも当たり前
               だろう。 人の命についての学びの大事さを知らされるばかりだ。
               それ故、憲法と直結した旧教育基本法は見事に葬りさられてし
               まった。大事な堀が埋められてしまったわけだ。
               心置きなく戦をする国へ向かうことは、先人に対する裏切りで
               しかない。
                自国政府、外交官は、各国に自国基本法をはっきりと告知す
               べきだ。自国憲法の中身を知らぬ国が圧倒的だろう。
               自国大使館には自国基本法の前文、あるいは自国が進む方向
               の要を条文にそって掲げることだ。それはせめてもの法の遵守を
               しめすことにもなる。できぬなら官僚を辞めることだ。







               
               
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                        さかのしたのくも68

                                     2011年7月31日(日)


                            百年の計



                物事を積み上げていく過程で、あやふやな箇所や、不明な
               点を見過ごし、こうであるべきといった一方向性で進むのが、
               どれほど誤っていることか、大抵の場合誰でもが気づく。
               重大な事件が発覚したときに、その細部にわたってその原因
               となった要因をあらゆる角度から検証していくことは当たり前の
               ことだ。しかし、これまで自国ではその検証努力が粘り強く行わ
               れてきたことはあまりない。水俣公害等は例外だ。むしろ、特定
               利益筋に遠慮してか、熟考する学習をあまり習わなかった国民
               性か、或いはよって立つ己の立場・位置を意識してか、そうした
               おどろおどろした事象から早く逃げたいという気分が漂う場面に
               遭遇することがある。きをつけねばならぬ、人々が陥りやすい
               気分でもある。 甲乙二つの議論のある選択肢の中から何れか
               を選ぶとしても、その持つ意味とその有効性が、人々にとって
               いかにすぐれているかを確りと、論理立てて示していくことは、
               論を張る人の責任だろう。その意味からして、議論の前提とな
               る経過であったはずである公聴会、説明会等における一つの
               方向性だけを導き出そうとする意識的工作は、恥ずべき論外
               な手続きにある。こうした事件は、それが何年前であったとして
               も徹底的に明らかにして、その議論内容が虚像であったことを
               人々へ示し、その方向性の論がはたして正当であったかどうか
               検証すべきだろう。こうした摘発現象を、喧しい次元だという気
               分は、一歩間違えば、重大な虚構を見過ごす意識をしらず醸し
               だす。 人々にとって、重要な問題、課題を克服する過程では、
               ちっぽけな事象、前提議論、前提説明等であっても、疎かに
               してはならない。 人々はもっと物事の現象を、自分の頭でしっ
               かりと考えていくことが大事です。そのためにも新聞、雑誌、T
               V等のジャーナリズムの真摯な的を得た情報の提供が必要と
               なります。あなた方は、その責任を心底感じてもらいたい。
               つまらぬ次元などではけっしてありません。朝日の記者が無残
               に暗殺されたような危険が、これかれも十分あるでしょうが、
               ひとびとへより事実、真実へ近づく情報を提供することが伝達
               機関の使命にあるはずです。
                 
                現象を次元の低さ、程度の低さで片付ける言葉は危うい。






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                        さかのしたのくも67

                                     2011年7月29日(金)


                     由らしむべし、知らしむべからず



                この国は、本当のことを民衆に隠したまま行政を行うのが
               習いであるようだ。これまでどれほどその恥ずべき政治等が
               厚かましく行われてきたのだろうか。
                今回明らかになった保安院の民意誘導など、いつもの恒例
               の官僚主導の政治にどっぷりつかった自国まつりをあらためて
               知らせてくれた。全くの官僚主義体制の国家である。核兵器疑
               惑の裏で、旧政府首長と一体となった甲斐甲斐しく蠢く官僚の姿
               、同盟行政における外交官僚の盟主体制に一方的に寄り添った
               嘆かわしき裏言葉等、枚挙に暇がない。旧政権の尻拭いを負っ
               た恰好の現政権であるが、どうして可笑しげな旧弊を正すことを
               はっきりとしないのか、これまた不可思議な模様である。
                
                また、誤ってならないのは、自国行政が、地方行政等をはじめ
               として、従来から利権、悪しき法で守られてきた政治献金が大い
               に利益誘導の政治の原因となってきたことは自明のことであろう。
                原発人災で苦しむのは、自国民衆のみんなである。この際、行
               政にかかわる膿みを全て出し尽くすことが、政治の責任であろう。
               確かに渦中にある人々の膿みをつまみ出すのは、気おくれする
               場合もあるであろうが、しかし玄海首長、佐賀県首長等はこれ
               までの九電献金にまつわる顛末を一切合切明らかにすべきだ。
               政治資金規正法に則っとって報告してあることが、免罪符とはな
               らない。また、原発のある地方、さらにまさに渦中にある市町村首
               長、県首長等の献金事情も詳らかにすべき時機でもある。
               これ以上妙な画策、上塗りの行政顛末など、突然聞き及ぶことは
               たくさんだ。危難に腐心する誠心誠意真面目な姿勢の下に、或い
               は一つの仮面があったことをよく自覚することである。
               
                自国が未曾有の震災にあるとき、その復興財源として人々に税
               の負担を求めるのは、理解できないことでもない。だが、まだまだ、
               その手当先としてもとめるところが多々あるではないか。
               その一つとして、無駄な消費に費やされる、盟主への思いより予
               算、自衛隊の兵器予算、政治家を含めた官僚人件費予算等々あ
               る。これなど一部の埋蔵金でもある。ない頭に求めるのは無理か
               も知れぬが、いま一度徹底的に頭を絞ることだ。
               
                財政事情の悪化にある米国ならば、自国の財政逼迫の危機が
               理解できるはずだ。盟主の危機の遠因は、止む事をしらぬ戦争への
               費用と、戦費の削減を懼れる軍需産業と一体となった軍部官僚の
               あくなき防衛予算の拡張主義がいまもって継続していることだ。
               現状の中東地域が、米国が駐留するから治安が安定しているとは
               多くの人は思わない。アフガンから米軍が撤退したからといって、
               地域が不安定になることはない。従来どおりの不安定な争いが
               続くだけだ。必要なのは、地域への弾丸ではなく、人々が不明から
               抜け出す学びの施設等設置などの地道な活動しかない。人々が
               自ら民意を表し、権利を知る行動への契機への支援こそが、確かな
               地域の生活向上への道だ。それは依然として遠い長い道のりだが、
               この外には手立てはない。
               殺しと殺しは、けっして不明を明けることはない。

                情け無い話が多い。なかでも、意気軒昂として、自説が正しい、
               あたしの言ってることが真実だ。間違いない、と吐く学者らしき人物
               の主は、どんな人だろうと思えば、なんでも学術会議の人士にある
               らしかった。これなど、保安院のやらせの系列の流れにある学者で
               もあるのだろう。自国の不明もよほど根深いようである。

                さらに、高校生等をつかった、友達作戦へのお礼があったそうだ。
               こうした場に学生等を使うとは、オペラ座では流行らない。
               怪人等の面が透けていた。

                





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                        さかのしたのくも66

                                     2011年7月23日(土)


                       暑中お見舞い申し上げます



                                                        
小夜鳴鳥 2002年アンソロジー
                           
                           


   
   灯りがちらちらしてきた。三郎太は厨から種油を茶碗に取り、行灯へ注いだ。

  ぼーっと火がのぼり、煤となって消えた。 卓袱台にあった残り酒を一気に飲み干した。
  
  歳は重ねていたが、子供に恵まれず、依然として畑に立っていた。

  耕作は豆、菜っ葉類を主に作り畑を守っていた。粟、稗、米類は別の郷士の役目であった。
  
  三郎太の役目は、任された耕作を農民達へ割り振り、決められた年貢の量を確保することであった。
  
  実際の仕事は三郎太自身が真っ先に畑に下り、みんなと一緒に野良仕事をするのが日課であった。
 
  もともと生まれてこの方、自分を侍ともお武家とも思ったことはなかった。
  
  田舎の子供として育ち、いつも鍬や鎌を遊びに野を駆け巡っていた。
  
  草むらで目の合った大きな青大将など何でもないと掴み取り、他の百姓の子供たちへ見せぶらかし、
  
  子等が逃げ回るのを面白がっていた。
 
  父は男がそんな脅かしなんかするもんじゃないと、三郎太をたしなめていた。
 
  そんななかで、読み書き、武術は他の郷士の子等と一緒に、城下の下級武士が通う伝習所で

  習っていた。 しかし、あまりその場の雰囲気に馴染めず、また下級武士子弟のいわれのない
  
  振る舞いが気に食わなかった。
  
  三郎太はいつしか伝習所から足が遠ざかった。だが寺の坊さんが百姓の子供たちに話しを教える

  小屋にはよく顔を出していた。坊さんの話は何かしら不思議な、遠い国の物語でとても興味の湧く
  
  話であった。 三郎太は、俺も大きくなったら外国へ出かけて行き、一杯珍しい物を見、子供たちに

  語ってやり、驚かしてやろうと思っていた。

  しかし段々と成長するにつけ、それは叶わぬ夢物語であるとわかってきた。

  郷士は郷士さ、野良仕事が一生の役目だと自分を納得させてもきた。だが悔しい気持ちもなかった。
  
  しかたがないと思うだけであった。俺の回りの百姓達も一生土と戯れているばかりだ。

  少しも不足はない。みんなここで嫁さんを貰い、子供を育て、土を耕し、竹を燃やして祭りを楽しみ、
 
  やがてまた生まれた土へ帰るだけだ。

   
   妙はまだ帰ってこない。
  
  野良仕事の傍ら藁や、木の蔓で編んだござ、篭を城下の商家へ売りに行き、帰りに
  
  三郎太のたっての願いであった硯と細い筆、それに安物の和紙を買って帰るはずであった。

  収穫の作物を持っていけば、直ぐに換金できるのだが、荘園主のものである。
  
  勝手な真似は出来ない。 まして百姓の頭でもある三郎太が不始末となったら、
  
  咎めがどんなにかであろうか。
 
  三郎太はそんな妙のこころやりなど思いもかけなかった。

  いつもなら、日の終わる頃には隣に居るはずだと、行灯の灯りが揺らぐのを見つめていた。

  妙は城下の大工の娘であったが、三郎太が顔をのぞかせていた寺子屋で見初めたのであった。
 
  面長な顔で笑われると三郎太は神妙な顔を保てなかった。いとおしくてたまらなかった。
 
  二人は、百姓仲間でいつも冷やかされるほどの中むつまじさであった。

  ただ二人には一向に子供が授からず、このままでは家は終わりかと覚悟していた。
 
  はっとなって目をあけると、妙が黙って和紙と硯と筆を手にしてだまってこちらを見つめていた。
 
  おお いつ帰って来たのだ。すまない俺のわがままのために苦労を掛けてしまった。
 
  妙は何も言わずに三郎太を眺めていた。
 
  三郎太は筆を見ると、人が変わったみたいであった。

  なにやらぶつぶつと口ごもりながら机上代わりの卓袱台へ和紙をひろげ、筆を走らせた。
 
  坊さんの話が頭を掠めていた。空を飛ぶ布があるらしい。
  
  そうだこれを下にして子供たちを喜ばしてやろう。
  
  空を飛べたらどんなにか面白いだろうなどと、妙と耳をそろえて坊さんの口元をみつめていた
 
  幼い頃を思い浮かべながら、筆を進めた。

  なあ妙、あの時坊さんは俺たちにウソを話したんだろうか。

  いやそうじゃない。きっと他国では人が布に乗ってどこへでも出かけるのだ。

  そうに違いない・・・そらへのぼる・・・
 
  とぶのだ・・坊さんは俺たちに夢をくれたんだ。野良仕事に遊ぶ子供等に明日をくれたのだ・・・

  
   三郎太。三郎太。おい上がるぞ。なんだこのざまは。おい起きろ。
 
  三郎太はやっと目を覚ました。 ああ、すっかり寝込んじまった。 矢田かどうした。
 
  大変なことになったぞ、お主・・・ 矢田はそう言いかけると口を詰まらせた。
 
  お主、妙さんが城下で殺されたそうだ。 それも手打ちにあってのことだ。
 
  三郎太は何のことか判然としなかった。妙が・・妙は昨夜ここに・・・
 
  町の者どもの話では、妙さんは商家や町人の家を回って一日中篭やござを買って下さいと
 
  お願いしていたとのことだ。だがいまどき篭など売れるはずもない。
 
  妙どのは、夜更けて、文具を扱う藩お抱えの店へ行き、篭等と筆、硯、和紙と交換して下さいましと
 
  必死で懇願していたとのことだ。 叶わぬことがわかると一たんは表へ出たそうだ。

  だがそうっと引き返し、筆などを胸に収めて断りなく店を去ろうとした・・・
 
  店は帯刀を許された藩公認の商人だ。盗人めと、その場で切り殺されてしまったとのことだ。

  
   三郎太は妙を迎えるため、寒々とした城下へ足を向けた。
  
  妙は願いをかなえてくれた。筆を忘れずにもって帰ってきてくれた・・・

            

                                   
                     





               

           *FM放送で、シューベルトが18歳のときのミサ曲を聴いた。
            なんともいえない明るい祈りであった。ハイドンとシューベルトをヘッドホーン
            の音に留めながら、妙の見舞いを写しました。
             音はたいてい人を慰めてくれます。






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                       さかのしたのくも65

                                     2011年7月20日(水)


                       祈りは無力だったろうか?


              台風がさった。ふき戻しの風もそれほどでなかった。
             うす曇の一日、ときおりひやりとする肌風があった。もう
             秋がひそんでいる。
              明けて今朝、陽が差し込む。夏はまだ始ったばかり
             だったのだ。 いまでも嵐は真っ最中の地域がある。
             川が氾濫したところもあるようだ。被害少なからんことを。

              米国が会議等でミャンマーの国名を使うとのことであった。
             使うことは、米国の問題であろうからなにも云うことはない。
             ただ、かの国の国益に対する姿勢には、なにか賦に落ちな
             い感がする。かの国にとって利することなら、相手が独裁国、
             全体主義体制等であっても可とするようだ。対ソ連との戦い
             なら特殊ドグマを拝するグループをつくり上げたり、かっての
             遥拝軍国体制を解体したと思ったら、対共産主義のためなら
             自国基本法などなんとも思わず、平気で軍備再配備その増
             強を強いてきたりした。アラブでは、大衆を抑圧する政府を
             油を人権とで引き換えてもきたし、いまも続いている次第
             だ。どうか姑息な外交は止めてもらいたい。いまの大統領な
             らすこしはまともになるといった、世界中のほのかな期待を
             完全に裏切らないであってほしいものだ。彼が交代して、仮
             に共和党の腕力主義者が首長の座に就いたら、再び今以
             上に暗雲が立ち込めることになりかねない。どうかあなたの
             国の良識、確りとした常識を取りもでしてもらいたい。
             今ひとつ同じような事柄だが、友達作戦を災害に絡ませて
             経済作戦なる動きがあるようですが、明確な内容と確りとした
             コンセプトにある必要があります。こうした動きにさらに絡め
             て、自国人殺し兵器の武器輸出に風穴をあける事等けして
             ないことを願う。また復興へ参加する企業等は、世界の企業
             へ窓を開けてすることでしょう。世界の企業の参加、競争こそ
             被災地への確りとした応援となるはずです。利ばかり求めよう
             とするからおかしげな人の命、権利が蔑ろにされてきたわけ
             でしょう。日米美談だけが支援ではなかっはずた。
              さらにいま一つ、自国がかっての遥拝権力体制へ後戻りし
             たら、貴国はこれ幸いと歓迎するのだろうか、巷では、みん
             でやれば怖くない遥拝面々が、戦後体制の見直しとかなんと
             か述べて旧い<起立世界>の再興を祈願している始末だ。
             貴君の利になるのなら、軍国主義国家、他を排斥する富国
             強兵国家を良しとする所存か、どうかあなたの明晰な哲学に
             戻り、いまも名実ともに世界のリーダーにとどまる貴君の国、
             米国の常識の復活を強く望みます。

              読み応えのある内容の記事があった。(*)
             知識人とは、といった題の会見記事である。坂本義和さんの
             透徹した話があった。批判力と構想力。といった基調の話にあ
             った。以下、主な主題を・・・
             ・・痛みを伴わずに批判めいたことを言うだけでは、知的エンタ
             ーテイメントに過ぎない・・
             ・・21世紀は、文化的多様性と社会的公正さが、どこでも求め
             られる世界です・・・
             ・・21世紀の市民社会では、こうした他者の命に対する感性を
             共有することを重視していくべきだと考えます。・・・
             ・・今回の原発事故で私たちがあらためて自覚したのは、原子
             力が人類の生死に関わるということ、そして『ひとつの地球』とい
             う動かしがたい事実です。地球上のすべての命とグローバルな
             正義を基盤として考えねばならない時です。
 
              前の会見記事と重なり合うような人の文化欄(*)の言葉が
             あった。
             知識人という言葉はあまり好きではありませんが、この方には
             知と体が一緒になったという意味で、至当な言葉と思います。
             ・・これだけの政府や官僚の混乱が、また財界首脳の産業用電
             力の絶対視が市民の前に露呈された以上、戦後の苦しいなか
             でも、バブルの空騒ぎにも持ちこたえた民主主義的な底力が、
             市民の小さな集まりをつなぐ大集会で、国の根本的転換を決意
             する。その国民的意志を確認させないだろうか(憲法前文が、
             その決意の言葉を二度使っているように)。・・・
              ガンジーが非暴力抵抗への冷笑に対して答えた話が、大江
             さんの作品に記されていた。ガンジーは、そうではない、と答え
             た。そして作品は
             ・・・核兵器が、事故であれ意図してであれ、爆発しないよう祈る
             ことのほか、これまで人類に実のあるなにができただろう?
             そして、祈りは無力だったろうか?・・・
              しる人は、知的遊戯、ディレッタントとばかりが生き方ではない
             でしょう。もちろん人々の置かれた環境、立場等でいろいろ行に
             あるのが難しいこと多々あります。だが。
             そのひとのできる範囲で一歩行にある日が必要な時があります。



             (*):坂本義和さんの会見記事及び大江健三郎さんの話は
                 7月20日(水)朝日新聞西部本社版より。







           
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                                     2011年7月18日(月)


                            雨足


                雨足がしきりに敷石を打つ。ガラス戸を開けて外へ出た。
               昨夜来の細い雨だが、踏み足だけは一人前だ。雨を手に
               とらえようとしてみるが、雨は私のからだから一歩離れた
               かっこうでまわりをつつむ。おやっと思いつつ、もう一度雨
               へ手をさらしてみる。まわりには不思議な透明な被いが
               かぶさっている。この中に雨が入ってこない。
                いままで、なん度か経験したことがあるが、雨のなかを
               歩いても濡れるどころか、先に歩めば雨は逃げ、さがれば
               ほんの目の前まで、雨がおどる。今朝もそうした感じだ。
                いまの感じでは、台風はすでにだいぶ右へ舵を切った
               ようだ。風はせいぜい7,8mぐらいで、強く吹いても瞬間
               15m前後だろう。もちろんあやふやな体感である。

                迎えの方に、台風接近のなかでも、介護支援サービス
               を行うのですか、と訊けば、いやひどいときには中止でし
               ようと話された。いつもの通り、母がどこへ行くのと呟く。
               おーい、といって手をふり、母をしばしセンターへ送る。

                あさのニュースで、女子が優勝したとその歓喜の様子
               が映し出されていた。たいしたものだ。しっかりしたものだ。
               勝者はいつも敗者があればこそ、といった自国独特の
               思いやりもわすれないでください。内むきでもなんでもない
               偽でもない、そうしたこころやりこそ伝統だと思います。
               ノーサイドの心はフットボ−ルだけの言葉でなく、自国柔
               道の心でもあります。もっともスポーツマンシップは自国
               だけの心ではありませんが。

                でも、言葉通りにいかぬのが、世の常でもあります。
               東京オリンピック招致に集まった面々を眺めれば、おお
               遥拝富国強兵の人士等である。不思議な感じがする。
               基本法への下克上の主導者連中の狢でもあります。
                思えば、不思議と社会福祉といった組織、そうした一
               連の活動の世話役とか、理事とか、後援者等には決ま
               って強権政治、ぶっ壊せとほざく政治家連中が名を連ね
               るのが自国の現状です。ノーサイドの心を本当に理解し
               ているのかどうか疑わしい。

                今朝の朝日の朝刊(西部本社版)の声欄に的を得た
               読者の意見が載っていました。全国版に載ったかどうか
               知りませんが、おおくの方々が納得されたことだと思いま
               した。鹿児島の方の話は、玄海<糞尿譚>についての
               不信劇への怒りの声でした。金沢の方の話は、読書会
               が脱原発決議をしたと・・・廃棄のためであれば多少の
               不便は我慢しますとのことであった。また老若の年齢には
               関係のないことですが、その方は七十代以上の国民は、
               はるかに過酷な環境で頑張ってきたのです。・・・
               とありました。
    

                馬毛島では、元自衛官幹部や、土建業の人々を主体
               に、島の空母化推進への陳情があったそうだ。まあこれ
               など、一般住民になったからといって簡単に推進に従事
               することなど、みょうなことで、一種のやらせ的行動に似た
               現象でしょう。都井の岬馬など、これ以上の騒音など真っ
               平である。






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                       さかのしたのくも63−2

                                     2011年7月17日(日)午後11時00分


                           歌川国芳


                なまあったかい。低気圧にすっぽりうまったのがわかる。
               か細い雨が、いつになく風の勢いにまくし立てられ、柄に
               もなく威勢がいい。忙しげな音の合図とともに祭りは終わ
               った。雨と風のなかで、子ども等はさぞや天が恨めしかっ
               たであろう。まだまだ夏はあるさ。祭りだってそこかしこで
               みんなを待ち構えているよ。

                再放映をみながら、大衆の逞しさと強かさをおぼえた。
               時代ははっきりと新し時を感じていたのだ。力では決して
               押さえきれない庶民のもう一つの時代への願望と湧き上
               がる精気とを感じていたのだ。だからこそ、維新への道が
               開けたのだと。もっとも、そのためには、進んだ西洋の文明
               が直に伝わる環境にあった江戸だからこその生き生きした
               文化ともなりえたのだ。進取の精神にあった浪花では、既
               に井原西鶴など戯作精神にあった作家が、色恋懺悔で為
               政者等に、彼ら流儀で楯突いていたのだが。だが、江戸
               戯作者の異議申し立ては、一味違う。ときの政権、本家本
               元のお膝元で明確な意思表示にあったのだから、庶民の
               胸のつかえもよく取れ、そのスカッとした思いに随分と鬱憤
               が晴らされたことであろう。ようつ、音羽屋、中村屋といった
               ところでもあろうか。いまの歌舞伎とは違った、まだまだ庶
               民の身近な文化にあったそれに近いだろう。
                驚かされたのは、巨大な姿の人間さまが前に横たわり、
               ちっぽけなサムライどもの列を見下す恰好の戯画にあった。
               人間さまここにありの宣言である。権威に対する精一杯の
               異議申し立てであった。
               気に入ったのは、雅号にいつも戯画としるす心意気である。
               作者は、西洋画は真の絵画なり、とのべたとのことですが、
               対象に対する尽きない興味が、そうした言葉になったのでし
               ょう。当時の浮世絵が、一方の西洋では、自国の浮世絵の
               単純な一筆書きこそあたらしい絵画の方法として注目されて
               いたことには、すこしも思わなかったでしょう。
                弁けいと、たいこもちの表裏にわたった絵にこそ彼の真骨
               丁があるように思われました。裏と表、善悪一切の表現だ。
               人間の実像を通して、時代の矛盾を見つめていたのでしょう。


               *戯作者は歌川国芳です。NHK日曜美術館再放より。


                雨がだいぶ大降りになってきた。
                            みなさまゆめゆめ油断めさるるな。





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                       さかのしたのくも63

                                     2011年7月17日(日)午後1時40分


                           台風よ・・・


               お昼の丁度一時、ドーンと花火が轟いた。しばらくすると、ピーッピ、
              ピーッピ、と囃しに子ども等のワッショイ、ワッショイの掛け声が流れて
              きた。どうやら夏祭りが、予定どおりあるようだ。 
              昨日来、東よりの風が強まってきている。大丈夫かなと他人事ながら
              思う。また時折雨もぱらつきだした。でも文字を打ち込み始めたら、直ぐ
              に晴れた。太陽さえ雲間から顔をのぞかせている。一年に一回の祭り
              だ。子ども達の夢をあっさり打ち切りること等、できないのかもしれない。
              実は、祭りを一番楽しみにしているのは、他ならぬ大人達かも知れな
              い。ひさしぶりに子どもに帰るのだ。ちいさなこどもとおおきなこども。
              祭りがみんなをのみこむ。遠い思い出と、いまの思い出がいっしょに
              なる。なにものにも変えがたい舞台が表れる。ああ、お元気でしたか、
              やあ、おおきくなったね、ええっつあなたのお孫さんですって・・・
               昨日、東北地方の合同夏祭りで事故があったそうだ。でも今日も
              引き続き行われているとのことであった。震災の重い雲がのしかかり
              ますが、ひとのふれあいが、元気の一因になればと、南の風に願う。
                
                 台風よ 今宵一夜を荒らすなかれ
                 






            
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                       さかのしたのくも62

                                     2011年7月16日(土)


                           記憶遺産



               育った環境、生活規則体験、知識体験、多様な生活体験、命に
              たいする内的体験等は、人それぞれである。生まれてきた規則一つ
              とてっても、その対応への反応は一様ではない。しかし、人々が生き
              るためには、基準となる規則がなければ、無法地帯となりかねない。
              その判断基準となるのは、今に続く人々の慣習、規則の生まれてき
              た長い人々の時間経験等を通して集約された法律でしょう。その法を
              判断する人が、多くの場合裁判官である、と我々は経験上了解してき
              た。その専門性に信を置き疑わない、といった暗黙の約束からであっ
              た。だが、その判断がいつも正当とはいえない。 おもえば、いまある
              最高裁判事の年齢の人々は、定年が七十歳であるから、自分とあまり
              変わらぬ時代環境を過ごした人々である。隣の洟垂れ小僧、青臭い
              少年がいまじゃ法衣をまとったひとかどの人物として席にあるわけだ。
              ことさら彼らの立場を難ずることではないが、彼等がはたして、本当に
              基本法に忠実にあるかどうか疑わしい。その客観的公平が法文から
              汲み取られた態度にあるのかと。
               今回の裁決など、従来からともすれば人の進歩への制限、権利への
              制限に連なる、私的自治の原則を基本的に建前とした慣例的裁決で
              しかないと思います。公平を単に言葉通り読んだ判断、自由競争とい
              った無差別平等にそったものでしかないでしょう。そこには、契約自由
              の原則を至上とする寂しき思考停止の判断しかおぼえません。
              一時代、二時代古い意識でしょう。まだ古希そこそこというのにだ。
           
               規則といえば、二、三日前の大震災がらみの放映で、隊が動くには
              三原則があると制服高官が話していた。その一つが、首相の決を経な
              ければ、動くことはできません、という文言が流れていた。当然のこと
              であった。それでは、君等はいったい基本法には忠実ではないのか、
              と問いたい。なんでも隊に詳細なゲスト解説者が、キャスターが災害等
              と話そうとする言葉を静かにさえぎり、戦災という言葉を、二度ほど間に
              付け加えていた。 戦災は、戦争の結果の場面でしかありません。
              自国は、戦争をはっきりと拒否しています。そこの視点など無視した中
              身の巧妙な話であった。
              
               山本作兵衛さんの水彩画等の記録が、ユネスコの記憶遺産に選ば
              れた意義と、その制作過程等についてのTV特集(*)があった。
              オーストラリアの歴史学者の言葉に、労働者の立場から書かれた絵
              は、弱い位置にあった人々の歴史そのものである、といった選考の
              視点を語られていた。絵は、過去にいくつか見たことがありますが、
              絵画の記録枚数に人の執念さえおぼえたことです。
              自国文部科学省の、目の付け所とは異なるユネスコのありかたは、
              すこしはまともな世界の活動があると、心強く感じました。
               自国歴史教科書から、欠落し、戦時中の闇に葬り去られた女性の、
              貶められた事実は、かき消されたままだ。
              

              (*):NHK金曜特集。沖縄九州地区特番
              
              




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                       さかのしたのくも61

                                     2011年7月11日(月)午前10時50分


                   友あり、遠方より来る、また楽しからずや



                人々からの手助け、思いやりは、何処の人、いずれの国からの
               ものであってもあり難いことです。ことさら声にださずとも、その胸
               の内を伝えられなくても、人々はみな援助にあったことに感謝して
               います。災害における支援にたいする人々の感謝の気持ちは、心
               底から言葉とおりにあると思います。 そうした人々の感情、気持ち
               を、政治的に利用し、ある活動等の宣伝目的にする動きは、感謝に
               対する負い目を感じる人々への、思い上がった絆の見せ場としか
               なりません。しかも友達作戦を、軍事同盟の一段の活性化、自国の
               集団防衛への積極的参加を促す契機とすることなど、あまりにも
               見え透いた恥ずべき両国政治外交・軍事同盟の広報の一環でしか
               ありません。 友達とは、遠来から久しぶりに友の近況をたずね、昔
               からの友諠を確かめ、ともに学び、仕事したことがらを喜び、これ等
               をあらためて知恵となすことでもあります。けっして相手側にとって
               憎悪、軍備増強の因となる、軍事同盟なる友達であってはならない
               ことです。米国は、自国がどういう基本法にあるのかよくよく知るこ
               とです。かっての某高官のごとく、憲法など改正したまえ、といった
               心根にあるのなら、植民地主義そのものでしかありまぜん。

                超党派の議員なる政治家連中が沖縄へ出向き、基地問題の件
               の解決を、盟主意向にそった線で了解することを求めたそうだ。
               以前から、美しき国の安倍議員等と米国防衛軍事村へたびたび出
               向き、盟主に従順な考えで自国の在るべき姿を語ったそうだ。
               おかしげな行動である。自国民より盟主軍事村のほうが嗜好が合
               うというところであろう。前原議員は、国土交通省の首長にあった
               時は、人々に説得ある旧来の土建行政からの脱皮をめざした施策
               方針を示しもしたものだ。
                議員連中のなかで、一番不思議な行動にあるのは、仏の教えを
               基にする人々を裾野とする党の議員である。彼らにとって憲法は
               いったいどういった位置づけにあるのか不思議でならぬ。かっての
               アフガン問題における公聴会での、人の真摯な直接的な援助活動
               に冷笑を浴びせたものだ。よくTV等でみる某議員など、不穏当な
               言い方になりますが、でっぷりと脂ぎった、なにか渡世人の出入り
               かと思える傲慢な文言、風体にみえたことである。人は殺生に非ず
               ということでもあろう。
               説法するのは、沖縄の人々かそれとも米国か、真剣に考えされたい。



               
               
               
               
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                                     2011年7月09日(土)午後9時10分


                             


                
               


午後7時頃



午後7時30分ごろ




               うそは泥棒の始まりという戒めがあるが、この教訓からすると、
              自国は泥棒国家ということになりそうだ。さきの政権におけるタウン・
              ミーテイングのやらせ、今回の九州電力によるやらせ等を始めとして、
              政治家・外交官僚による自国民を愚弄する核密約、手前では人殺し
              道具の、基本法に隠れた盟主の意向にそった輸出解禁への動き、そ
              の音頭とりに執着な経団連トップの動き、もっともこのトップの企業集
              団は、かって脛傷恐れるなといったなりふり構わぬ企業文化にあった
              ところであるので、なにも不思議なことではない。しかも、東電のトップ
              が武器輸出解禁を唱えた経済団体である。彼らのやる手口など、かっ
              て大手をふるって政権政党を中心とした政治献金なる賄賂をもって彼
              等の利便便宜を獲得してきたところだ。しかも悪いことには、法の番人
              が、その企業等の行為を是認してきたのだから開いた口が塞がらぬ。
              いまもってその悪しき判例など是正されず今日まで続いている始末だ。
              思えば、最高裁の判断等の多くに、これは、といったおかしげな裁決が
              ある。現在でも、彼らの役割は不始末な行政、企業権力、教育管理等
              の基本法に対する外堀埋め立て工事の手助けをするのがその主な役
              目といった按配にある。
               あきらかに、企業政治献金は公的に是認された恥ずべき賄賂でしか
              ない。株主に対する背任のみならず、対社会的企業性責任そのもの
              である。また、ことの重大、懸案の政策施策を滞りなく実施するための、
              交付金なる賄賂は、政治・企業ともに人々への重大な背任行動だ。
               佐賀県の首長の献金問題だけでなく、政治家此処の献金の中身を
              洗いざらい明かすことが、泥棒国家の汚名をはらすきっかけの一つで
              ある。是非君等のふところ事情を詳らかにしてもらいたい。言い訳なし
              だ。そうすれば、嘘から出たまこと、とも云うではないか。君等の背徳
              のなかで、健気に本当のことをいってしまおうかな、といった行動が、
              誠を取り戻すきっかけになるやかもしれない。そして、官房機密費のお
              裾わけの栄にあった、報道関係者等も正直に告白してもらいたい。
               誤りを正すに遅きに失することはない。恥じでもない。
              いまひとつ勇気を示してもらいたい。






              
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                       さかのしたのくも59

                                     2011年7月07日(木)午後1時50分


                         地球は青かった


                厚かましい会議である。集まった学者等など恥をしらぬようだ。
               制服組は、もともと基本法などなんとも思わぬ連中だろうし、大臣
               にいたっては、防衛官僚、外務官僚の日米軍事同盟賛歌に追随
               盲従するばかりにある。なんど繰り返すのか、なし崩しの外堀埋め
               行政、外交にある。ここには、基本法の精神の片鱗さえすっかり
               消しさられている。東北地方の大災害などやっと、その復興への
               足がかりが動き出したなかで、人殺し兵器の販売促進の真面目
               くさった会議囃しだ。 宇宙開発にある企業が、一方で武器製造
               開発に邁進していることは知られていることですが、あまりにも
               卑劣な企業活性化のうごきではないのか。高度な技術をもった
               技術者、研究者など、いったいどういった自己との問いかけが
               あるのだろうか。君等の良心とはいったいどういったかたちを
               しているのかおしえてくれたまえ。企業トップ、経済団体トップ
               連中は儲かれば、その目的、手段など不問、当然ということか。
               政治家、官僚連中は、なぜ相変らず米国のいいなりにあるのか
               属国根性丸出しだ。個人的事柄は言いたくないが、さきごろの
               米国大使館勤務の娘さんが、防衛省へ務めを変えたのも、こう
               した動き等と関連するのかと考えたくもなる。あしき伝言橋渡し
               役となるなかれ。
                優秀な宇宙飛行士のみなさんにも問いかけたい。みんさんは
               それぞれ確かな勉学、研究・技術研鑽に日夜努められての今日
               にあると思います。しかし、なにを行うにしても、まず一人の人間
               としてどういった心持、生き方にあのるかを、いま一度心にたずね
               てもらいたい。みなさんが見た地球の美しさ、かけがえの無い命
               の大切さなど、重々おもわれることでしょう。もし、その同じ技術が
               ひとのささやかな命を消し去る手立てとなるとしたら、心から悲し
               まれるでしょう。どうか願わくば、偽にたいしては、堂々と否と宣言
               してもらいたい。みなさんが宇宙から子ども達に向かっていつも
               素晴らしい地球の姿を伝えられますが、その通りの地球を常に
               保持していくことを伝えてもらいたいです。

                会議参会者は、ゆめゆめ武器輸出を開放へと誤るな。
               自国は君等だけのものではない。まして米国のものなんかでない。







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                                     2011年7月04日(月)


                            花火


                 ドーンと腹に轟く。どこの六月灯だろう。

              たった一泊二日の短期滞在介護から帰ってきた母がふるえている。
              帰ってきたのがよかったのかどうか判然としない顔つきで、息子の
              了解を求める。手をさすると、母は目に涙をいっぱいためたまま私の
              手を強く握り返す。捨てられたと思っていたのだろう。いつも母の手を
              さするとき、そう感じるのだ。 と、・・・あたしの赤ちゃんは・・・

               ものをつくり上げる人は、けっして現実から目を離さない。
              対象をとことんまで切り詰めていくのだ。けっしていまある事実から
              知らぬ存ぜぬとは云わない。四、五日前、そう造(像、作)にある人は
              いまある生活から逃げない、高みにとまらない、とぺルーの作家が話さ
              れていた。例にとって、サルトルのわかる人の現実との関わりと、その
              責任が当たり前のことと述べられていた。ことさら知識人の責任といわ
              なくとも、普通の生活にあれば、たいていの人が感じる創作・行動への
              動機でもある。そうした動機にいたるのはなぜか、といった問いかけで
              もあった。心底いまある命のはかりがたい存在をおぼえればおぼえる
              ほど、人間社会の規則が生まれてきた過程を肌に感じることでもありま
              す。 あらためて、大江さん(*)の誠実さ、ひとの弱さに対する思いやり
              と、そうした人々を誤魔化す世情の流れへの否の声を強くおぼえたこと
              です。     

               たしかに、偉大な音楽家であったかもしれない。だが、彼が死へと旅た
              ったとき、だれが嘆き悲しんだろうか。あとの逸話でしか知ることができ
              ぬが、彼を送った犬と寂しげな葬儀車にこそ彼の存在と命に対する誠実
              な生き方をおぼえるのだ。最後の交響曲の曲想にしばしば表れたそれ
              は、例の<短くも美しく>、といった協奏曲の過ぎた思い出でもあった。
              ありふれた日常に美を見出した作曲家の喜びあふれた哀しみであった。


              (*):ETV特集。NHK。 圧力なからんことを。





         
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                                     2011年7月03日(日)



                             馬毛島

                                 馬毛島は種子島の西にあるきれいな島である。
                                      野生馬が生息する日南、串間地区の都井の岬に近い島だ。

             
     

                どこに勝手に訓練場基地を造る権限があるというのだ。
               自国の地を、交付金なる釣り餌をちらつかせ、他国の人殺し
               訓練場にするとは、いったいどこに権限があるというのだ。
               西南の防衛強化云々、災害と防衛を絡ませる卑劣な行動にある。
               以前からすでに攻撃態勢の布陣となった日米軍事同盟である。
               基本法に反することなど明白にあるにもかかわらず、ますます増長
               する同盟、防衛官僚の傲慢な恣意的のさばりにある。主権者が全
               て君等の恥ずべき行動を是認しているとでも考えているのか。
               君等のやる事は、自国から他国の基地をなくすことであろうが。
               自国の意見もまともにいえないくせに、なにが訓練基地だ。
               植民地根性が居座ったのか。憐れな遥拝である。
                どこを対象とするからして、膨大な国費を無駄な訓練基地へ浪費
               するのか。隣国が愚かしい帝国主義に邁進するからといいわけする
               のか。そうであるなら、中国に聞いてみたらどうだ。貴君はいつごろ
               この植民地へ侵攻される所存かと。おろかさもいい加減にしないと
               人々は黙ってはいない。どうして平和へ邁進する行動ができぬのか。
               百年の計は、自国をこのまま情けなき米軍のいいようにする基地と
               したまま継続することにあるのか。君等は、まともに自国の法を顧み
               ることなどなかろう。米国も我が国の基本法など、彼らにとってなんと
               も思わないチャチナ法と考えているのだろう。君等にとって、君等
               の味方になりさえすれば、その国がおかしげな体制であろうと関係
               ないことであろう。君等がテロリストと喚く彼らは君等が対ソ連戦略
               として拵えた連中ではなかったのか。君等の矛盾はいったいどこから
               くるのか、よくよく考えることだ。なんの罪も無い人々を殺す飛び道
               具、戦略小型核兵器などをつくるより、人々がより平和へ近づく思想、
               産業へ転換することが、軍需産業から脱する転機となり、真の世界
               貢献へと寄与する国家になるはずだ。米国の友人に告げる。
                自国から、基地を撤廃する行動へはっきりと転換する政策を強く望
               む。真の日米修好は、他国を尊重し、和へむかって共に世界にある
               ことしか希望はない。これ以上無駄な互いの国税浪費と世界の罪の
               無い命を侵奪しないことだ。
                自国にはすでに進むべき展望がはっきりと基本法にある。

                




             
 
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                                     2011年7月01日(金)午後9時30分


                                  
ともしび

午後七時三十分
               2011年7月1日





             衣の下の鎧は隠しようもない。中身が同じなのだから予期されていたが。
            それにしても、よくもまあ、スーチーさんの行動を制限、再拘束等と脅迫で
            きるものだ。いったい、民主的選挙で選ばれた女史を銃砲と暴力で反古に
            し、ビルマの人と国を奪った連中にどうして彼女の自由な行動を制限する権
            利があるというのだ。しかも監視つきの上であってさえも、なを彼女等をおそ
            れるのだ。泥棒共がいつ追っ手に捕らえられるかすこしの安息もなく、びくび
            くしている証拠でもあろう。
             ひとのささやかな命の権利はクニを超えるものだ。こころある人々、国々、
            伝達等はけして目をそらしてはならないでしょう。その土地の資源に魅かれ、
            言うべきことをやんわりと避け、他国の後塵をはいすることを避けたいとの
            外交は愚かな行為にある。
            
             片言隻句、排他的文言、強圧断言・・・どれもタカイ民度にある。
            特定都市の生活経済拠点化こそ、じつは彼が日頃から吐く地方分権化の
            目論見であったようだ。短気経済さきがけと短気遥拝経済の会合は味気な
            い。テレビ放談のあくどい場面がよぎるだけだ。席をもうけた主がぬしだ。
            短気尾張経済と重ねあわせれば、万々歳の新党ならぬハイと右手が上がる
            群集が目にうつる。

             残念ながら、わが日向でも法の下克上が、たんなる多数党の論理により
            基本法を蔑ろにすることと相成った。教えの型枠礼賛である。
            ひゅうがかぼちゃと芋がらぼっとののどけき唄が白々しく嘆く。
            まあ、このところ腰の落ち着かぬ、ちょこまかちょかまかする首長騒ぎから
            逃れられたと思っていたのだが、いもサムライもなかなか負けじとちょろちょ
            ろと走る。ぶっ壊すと虚勢を上げた、キリツ日本の狢のふるさとでもある。
            さびしきこと限りなき日々にある。