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 きょうもまた
              
  あとからだれが   それはわからない

 でも また みなあるくだけ

 どうしてって

  
                                  
             
             
              私は常に思ってゐる。 人生は旅である。

         我等は忽然として無窮より生まれ、忽然として無窮の奥に
 
         往ってしまふ。 その間の一歩一歩の歩みは實にその時のみ
   
         の一歩一歩で、一度往いては再びかへらない。

         私は私の歌を以て私の旅の一歩一歩のひびきであると

         思いなしてゐる。 言ひ換へれば私の歌はその時々の私の

         生命の破片である。・・・・・・

         私は私の境遇その他からいつ知らず二重或は三重の性格

         を添えて持つやうになって來た。その中には眞の我とは全然

         矛盾し反對した種類のものがある。自身にもよくそれに気が

         ついて時には全く耐え難く苦痛に思ふ。而も年の進むと共に

         四六時中眞の我に帰ってゐる時とては愈々少なくなって來た。

         稀しくも我に帰ってしめやかに打解けて何等憚る所なく我と逢ひ

         我と語る時は、實に誠心こめて歌を詠んでゐ時のみである。

         その時に於て私は天地の間に僅かに我が影を發見する。・・・・

         ・・・・私は原野にあそぶ百姓の子の様に、山林に棲む鳥獣の

         やうに、全くの理屈なしに私の歌を詠み出でたい。・・・・・

         歌を詠むのも細工師が指輪や簪をこしらへてゐるのとは違って

         、自己そのものを直ちに我が詩歌なりと信じて私は詠んでゐる。

         自己即詩歌、私の信念はこれ以外に無い。




  けふもまたこころの鉦をうち鳴らしうち鳴らしつつあくがれて行く


   いざ行かむ行きてまだ見ぬ山を見むこのさびしさに君は耐ふるや


      おのづから熟みて木の實も地に落ちぬ戀のきはみにいつか來にけむ


                                           牧水


                           「若山牧水歌集」若山喜志子選より  岩波文庫
  


 
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