トップへ ぼんち情報  ぼんち蛙通信10/4./5/6  春の祭典100501  梅雨の走り100524   雨に歩けば100616


  生まれて 死ぬ 


                                       20010年6月21日(月)送信



雀の子そこのけそこのけ・・

いやさ おいらの餌だい





まったく人間ってやつら

 あいつらのことしか考えていねえんだから・・にやん




情熱 輝き 敬老(愛) 井上ひさしさんの志しを受けついで 九条の会 井上ひさしさん
       2010年6月19日(土) 日比谷公会堂

大江健三郎さん

                     大江健三郎さん

加藤周一さんの言葉と重ねながら、井上さんはいう・・・
友を裏切ってはならない
九条と二十五条に対して裏切らないように・・・
ひとはよわいものだ。大江さんも、心うちではいつも
「内面のせめぎあい」にあるとのこと それでも人は行う
ひと いのち を裏切ってはならない

光るさんの曲「卒業」を歌うとき、ニ短調でコブシを効かす
べきところを、長年ニ長調で歌い、だいぶ不評をかって
いたが、やっとニ短調でこなすことができるように
なった・・・とユーモアをまじえて話された・・・・


奥平康弘さん

                    奥平康弘さん

「父と暮らせば」 「ムサシ」 感動します
文学的感性をもって物事を平坦に奏でる ひさし節

オバマ大統領は まんざらでもない
話しのしようでは 展望の開ける相手かもしれない
そのためには自国のはっきりとした今後の道程を
示し、自立した姿勢にあることが必要だ、
といった含みの話しにあった。


井上ユリさん

                    井上ユリさん(奥様)

ありがとうございます 日常が平安に続く

井上さんのいつもの心であった



佐藤修三さん

                       佐藤修三さん

小松座主宰の川西にある生活大学校の教頭にあるとのこと。
「吉里吉里人」の一節より朗読
憲法九条が地元訛りにのって会場に
ほろ苦く笑いをさそう・・・

おーい ひさしさ〜ん


伝 言 その一
 
 このたびの井上ひさし氏のご逝去は私にとって大きなショックでした。
小田実、加藤周一氏に次いで井上氏が亡くなり、「九条の会」呼びかけ人のうち三分の一が不帰の人になりました。特に井上氏とは四十年以上の親交があり、ひときわ哀悼の念にたええないのです。私が呼びかけ人の一人になったのは井上氏などの要請に応えてのことですが、私のようなどちらかといえば保守的といわれる人間も呼びかけ人に加わったほうが、「九条の会」が国民的運動として活動を広げられるのではないかという思いからでもありました。  
 私が旧制高校一年のときに徴兵延期が撤廃され、学徒出陣が始まりました。ときに私は十九歳でしたが、学業半ばで軍隊に行かなければならない運命を深く悲しみました。当時、すでに戦争は末期的状況で、私たちにも日本の敗戦はほぼ確実と思われました。そして、この負けるに決まっていると思われる戦争で自分の一つしかない命をなぜ落とさねばならぬか深く疑ったわけです。私が哲学を一生の仕事として選んだのも、そのような戦争体験がきっかけの一つです。 
 私は、三年制の旧制高校を二年で終えて京都大学に入り、入学式を終えて家に帰ると、赤紙が届きました。そして五か月の軍隊生活を経験し、まったく思いがけなく命永らえて、帰ってくることができました。このような経験をもつ私は、無謀な戦争に突っ込み、敗戦が確実であると分かっても戦争を続け、結果的に約三百万人といわれる日本人、及び約二千万人にのぼるといわれるアジアの人々を殺すことになった戦争指導者に対する嫌悪の心を今も失ってはいません。
 西洋哲学を研究していた私が日本研究に入ったのは、若い私たちを戦争に駆り立てた国家主義的な日本の伝統思想の理解はまったく間違っていて、世界の平和に通じる考えが日本の伝統の中に存在するにちがいないという思いからでした。五十年間、日本思想を研究してきて、今、日本の伝統思想の本質がようやく分かりかけてきたようです。日本には平和主義の伝統が根強くあります。オオク二ヌシ、聖徳太子、紫式部、世阿弥などの思想です。戦後の平和運動の欠陥は、このような伝統思想を、平和を守る運動に結びつけられなかったことだと思います。
 現在の憲法は外国から与えられたもので、日本独自の憲法を制定すべきという俗論がありますが、憲法九条には日本の伝統思想に通じる思想があり、かつカントの永久平和運動とも一致する精神があります。「九条の会」のさまざまな賛同者がそれぞれに異なる信念によって団結して運動を続け、憲法改悪の動きを封じるべきと私は思っています。

                                                    梅原 猛
渡辺 治さん                         *<九条の会講演会 記載メッセージより
             

 代読 渡辺 治さん。

               

                人の主義主張は、その地域地域、時代時代によって色々と姿、
                   形を変えていきます。しかし、いのちにとって良いものは、いつも
                   人の心に通奏低音として響いています。
                   梅原 猛さんのメッセージにあります。


伝 言 その二

      井上ひさしさんがなくなりました。作者の名前も知らずに『ひょっこりひょうたん島』にひきこ
     まれたときから、始めから終りまで、井上さんの作品にひきこまれていきました。
  
      小田実、加藤周一、井上ひさし。その終わりのしらせを受けて、この九条の会は、これからの形
     を考えてゆくことを迫られています。

      九条の会の目的は、すぐさまに実現できることではありません。

      私たちはなくなってゆく。その名前を忘れることなく、未来の人たちに結んでゆきたい。

      井上さんの『頭痛肩こり樋口一葉』の最後の場面。なくなった母親と姉一葉のはげましを受けて
      、重い仏壇を背負って、妹が立ち上がって歩いてゆく。そのように、私たちは、なくなった先達の
     あとを歩いてゆくようでありたい。
      そう思います。

      井上さん、加藤さん、小田さん、ありがとう。
                                                     鶴見俊輔
                                        *<九条の会講演会 記載メッセージより
高田 健さん 
 代読 高田 健さん。

                だれひとり永遠に生きながらえることはできません。
                   理想、平和など、あすにもその化けの皮が剥がされるのでは

               自分の思弁さえどうにもならぬ欺瞞にあるのでは、おおいなる虚無
                   の前では所詮いいと思うことさえ奈落の底へと落ちる・・・
                   そうであっても、「せめぎあい」のなかで、立ち上がる、ひるまない

                     かなしいこともあるだろう くるしいこともあるだろう 
                     だけどぼくらはくじけない なくのはいやだ わらってる
                 すすめ ひょっこりひょうたん島 希望の島へ  



かたりべ
澤地久枝さん

                      澤地久枝さん

みなさん こうしてまた会えてよかったなあ・・そういった気持ちです
草の根がいまでは、各地に根を張り、もう引き抜くことが難しい
かのようです。まるでモグラがあちこちに巣をつくり、あっちに
頭が見えたと思ったら今度はこっちと、叩く主をからかうようです。
それゆえ、横の抜け道、連携、つながりが大事と思いますわ。

昔は軍人、いまでは戦争で殺されるのは、圧倒的に民間人です。
例えばベトナム戦争では軍人が5%、民間人95%です・・
20008年現在、イラクでは米軍4,000人戦死、
イラク人15万人犠牲、難民1、500万人・・・
人の都合で死ぬを止める・・・


小森陽一さん

             小森陽一さん

今後の九条の会の継続等について
セミナー等は引き続き行うが、講師等
あらたに見直ししていきますと結ばれた。




*当日の詳しい模様は、後日DVD等で
調べられたらと思います。 http://www.9-jo.jp




                        備忘録              20010年6月19日

富士山

宮崎空港の出立ちは雨だった。富士が頂に残雪を見せている。



楽町のビルで、関東地区の野菜等が展示即売されていた。
テーブルの一角には、宮崎県の口蹄疫被害義援金の
募金箱が置いてあった。



野菜の後ろには、三省堂書店のテナントがあった。
しばらく書店内で時間を遊んだ。

義援金活動を目にして、同郷人として人の善意を感じる。





ランニング中の人に出っくわした。
豊洲(?)からかけてくるとのこと。
大体往復18km走るそうだ。
私も走りますといった。私は約8kmといった。
どこからですか。    都城からです。
九条の会に参会します。
 にっこりされ、元気に走りましょうといって分かれた。






ビルの涼しい谷間に妙なオブジェがあった。

何だろう 蚕の卵

なんらかの卵には違いない

あらゆることを想像させるのだから・・・












青さぎがじーっとしている。 動かない

忍耐強い



大ミミズ。

17,8CMはゆうにある大物だ。

よほど公園の土地が肥えているのだろう。


都の森だ。

犬猫等捨てぬことと注意書きがあった。
人間どものわがままのせいだ。



花屋

昨年11月に日比谷店が再築されたとのことであった。
店の基本理念を示しているのだろう。
妥協しない現代花といったところか。
無機質と花 組み合わせは悪くは無い。




青いバラと思いきやトルコ桔梗であった。

一本の投げ入れが好きだ。無駄な造作は好きでない。
花は和む。 和があってこその平常だ。

辻セッポウ花が枯れるぞ店を去り。




いつものとおり

いつものように腰おろし筆をとる





都の静けさ

構図はもう頭に入っている

色がきまると自然に画紙が染まる





また 会いましょう さようなら







トップへ ぼんち情報  ぼんち蛙通信10/4./5/6  春の祭典100501  梅雨の走り100524   雨に歩けば100616