天空山水是一如
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般若


空が墨絵にありました。余波の後、宵の口です。2005年9月7日(水)。


波



羅



蜜



多



般若波羅蜜多

般若波羅蜜多

無



後日談
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                          さかのしたのくも Ⅲ



                 いまがその時代と変わらぬ時流にあるとはあまり知れない。
                仕方のないことであるかもしれない。 徐々に時が流れていく。
                その流れがその時と似ていることなどあまりわからないのだ。
                 時が過ぎてしまってからやっと気づくのだ。もう手遅れであると。
                だが、まえと同じ懺悔の結果にあるとはだれも知りはしない。
                時は姿を色々と変えて人々におもねる。 やらんといかんと。
                なにをか・・とはすこしも考えに至らぬ気分だけがその主体だ。
                 
                 権威とは、いわずもなが人々に自然と知られていくことで
                あろう。ひとをして頭を下げさせることなどではない。
                その人のありよう、その組織の実体が生きる流れの中で、
                より人にとっていかに有益な思考、支えとなるか、それが団体
                なら、例えば有効な生産、組織体として脈絡を保持していく基盤
                であるかにある。 個も組織もおなじだ。 
                 権威が損なわれているとしたら、本来ならその行動、思考の
                礎となる基本法に対する自国のまつりの姿勢をみれば、だれが
                その権威を踏みにじっているのかと、毀損の実際をおしえている。
                道筋さえまともに読み込むことのできぬまつり人に尊敬は少し
                も集まらない。 まして懺悔の意味をしらずつくさずして同じ轍に
                あゆむ道筋など、どこに限られたいのちに対する畏敬があろう。
                 
                 願わくば、言葉に影響力ある人々は、はっきりと悪いことは
                悪い、よいことはさらに良い方向に向かうように伝言して貰いたい。
                難しいこともあろうが、けして専門分野に隠れることは避けたい
                ものだ。たとえば、科学研究の名の下に人殺し道具が作られ、
                あるいは、研究の派生で生じた悪しき方向への傾斜は避けたい。
                たくましいおおいなる日常世事の推移の中では、個人の力は
                しれたことにあるかもしれない。だがこれは危うい行程と覚える
                ならば、是非はっきりと否と伝言を発したいものだ。
                 権威とは真の理に適うことではないのか。
                
                 本当の生きる人の命のことばがあった。
                先の開戦日を和への行動の出発点とするといった人の提言で
                あった。やわらかな言葉のはしはしに人の確かな懺悔があった。
                権威とはこうした人にこそ相応しい言葉だ。(*)


                (*)印は、日野原 重明さんの「あるがまゝ 行く」にありました。
                                  2010年12月11日(土)付け朝日新聞



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                          さかのしたのくも Ⅱ



               どうしょうもない人間どものやらかす戦では仁義などありやしない。
              相手側だろうとこちら側だろうと、立場が違えば意識的にか否かに
              関わらず、その見方が変わるのは普通にあることである。
              そこには、それぞれの側の知悉されがたい偽善、或いは限定された
              人の道らしき思いがあるだけだ。

               宇宙飛行士の感性が、かけがえの無い地球、この太陽系の住民の
              いのちが棲家とする地球を破壊してはならい、環境を損なってはいけない
              云々・・・。

               容赦なく殺処分された家畜の死を純粋にいたむ学生、小さな感性、
              感受性。

               大抵のひとが、そう想うまともな思考でもある。
              なぜ、そうおもうのか。そうなら人が殺しあう戦、その殺し道具がもたらす
              イノチの破壊、環境破壊へ思いが向かうまでに、いつしかその眼差しが
              閉ざされ止るのか・・。どうしてその感性が停滞したままそう想ってしまう
              常識へと終始してしまうのか・・。

               あなたの隣の、もういまではその自覚ある人、記憶のある人々は
              少なくなり、時の流れに姿を消し去ろうとしているが、そのあなたの隣の
              善良、温厚、紳士的な表情の人々がある場面、ある時間・空間では
              他人に非常な仕打ちをし、殺しをしていたのだ。その事実がなかった
              かのように忘れられいくようである。(*)

              (*)あなたの善良な隣人が・・・加藤周一さんの見識によります。



                                  
                       
                        『帝国主義』に序す 

           人類の歴史はその始めより終わりに至るまで信仰と腕力との競争史
          なり、或時は信仰、腕力を制し、また或時は腕力信仰を制す、ピラトがキリスト
          を十字架に(くぎづ)けし時は腕力が信仰に勝ちし時なり、ミランの監督
          アムボロースが帝王シオドシアスに懺悔を命ぜし時は信仰が腕力に勝ちし時
          なり、信仰、腕力を制する時に世に光明あり、腕力、信仰を圧する時に世は
          暗黒なり、而して今は腕力再び信仰を制する暗黒時代なり。
           (あした)に一人の哲学者ありて宇宙の調和を講ずるなきに、陸には十三師団
          の兵ありて剣戟(けんげき)到るところに燦然たり、野には一人の詩人ありて民の
          憂愁を(いや)すなきに、海には二十六万噸の戦艦ありて洋上事なきに鯨波(げいは)
          を揚ぐ、家庭の紊乱(びんらん)その極みに達し、父子相怨み、兄弟相(せめ)ぎ、
          姑媳(こ せき)相侮るの時に当て、外に対ては東海の桜国、世界の君子国をもって
          誇る、帝国主義とは実にかくの如きものなり。

          ・・・・・・・・・・君は基督信者ならざるも、世のいわゆる愛国心なるものを
          憎むこと甚だし、・・・・・・・・


                       明治三十四年四月十一日

                                       内村鑑三



                        「帝国主義」幸徳秋水著  岩波文庫版



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                          さかのしたのくも



                     薄暮 まんまるいお月さんが白く笑っていた

                低脂肪乳1L入り110円 50円菓子ニ個の買い物だ

               これで一週間過ごすんですよ 乳は一回盃で二杯ばかし

                        勘定の店員さんが笑っていた
     
                いいムーブになったんだろう 先刻承知の動きである

                    あからさまな季節到来と掴んだのか知らん


                諜報活動 策動はいまじゃ言葉を売り物にする輩の身についた

                一つの汚点を下敷きに 世の動静を一つの方向へ煽るのだ

                         特殊中央情報機関と同じ狢だ

                           近い流れで見れば

                自己責任のわめき 北海道の中学生へのあくどいメール脅迫

                 特殊神社記録映画への不思議な興奮発作の焚書の煽り  

                   みずから死ぬこともできなかった哀しい男への追慕

                       さんけい流しはいうよ はんにちと

              ひとの過去をさも罪びとと危ぶその筋の言説を混ぜながら はんにちと

                 この論でいけば 島のひとびとは はんにちだらけだ

                 ジンカクなどなんとも思わぬ週間流し ブンゲイ論壇雑誌

                連中には 言葉は儲けと ある方向への途を示せばいのだ

                           世論のねつぞう 創設だ

                    ねつぞうの裏にどのような連中がいるのか

                    なにわ特捜けんさつねつぞうの裏の正体はだれか

                      そのもくてきは ムーブの醸成につきる

                      いまも特殊ちょうほう活動は蠢いている

                     週間ながし ブンゲイ論壇のうら連中は

                   たいよう派  うつくしき国派 のうごきと無縁ではない 

               おまけに 妙なかみがかりのまつりにうやうやしく頭を下げる先生

                     道学先生はいうよ ばいこくど ひこくみんと

                       憂国 ゆうこくの士はどんな人かしら


                          憂国はどこにありますか 


                   あたしには ちっぽけな いのちしかみえないけど

                      まんまるいお月さんが白く笑っていた




                



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