トップへ ぼんち情報  通信
1月
/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/1205/1/2/3/4/5/6//7/8/9/10/11/12/06-1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/1207-1/3/4/5/6/7/8/9/10/11/1208-1/2/3/4/5/6/7/9
 まあ あわてなさんな・・・                                盆地蛙通信                                             2008年8月号
   都城    三   山之口   高城   高崎   山田  霧島盆地の仲間達
             こんちは!どげんな 元気な! たまには田舎に帰っきゃん。! 
 このページは、盆地周辺の近況やら、世事等を発信する通信広場です。また、田舎の懐かしいところがありましたら、皆様のご要望にお答えして、蛙ぼんちがそこを訪ね、簡単な報告をする場でもあります。他に知れたくない時には、メール等でお知らせします。
緑の山を広めよう!
既報:04-1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/05-1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/06-1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/1207-1/3/4/5/6/7/8/9/10/11/1208-1/2/3/4/5/6/7/9
 通信主旨 現在、わたし達の周りには、多くの情報が流れ、また容易に手に入りますが、よく気をつけていかなければ、その他大勢とし
 て知らずメデイアの提供する情報を鵜呑みにしがちになります。 しかし残念ながら、普通に生活する人々が情報を自ら入手することは困
 難です。 ならば、多くの伝からわたし達が主体的にその背景と真意を探り出し、より真実を知る努力をしていかなければと考えます。 
 そいういう訳で、この通信ページが自由な人の考えのきっかけになればと思います。 
                                                             ぼんち蛙 (2004年1月6日号より)
 
高千穂之峰。現在登山禁止は解除中です。
2008年 8月号
ぼんち蛙通信
カエロかな〜カエルのよそおかな〜
2004年1月4日PM:8:00開店
カエロかな〜カエルのよそうおかな〜
 真の言葉はフェニックスなりフェニックス 日本国憲法  人々にとって、今もこれからも力強い指針であり、普遍の心が息づいています。人の歴史の多くの経験から自ずと生まれたきた言葉があります。言葉が他者を排斥する時代へ後戻りすることは、避けなければなりません。当たり前のいい言葉をどんどん語りましよう。    
                          2008年8月7日AM01:30                


        おなじような思いにある人々が、けっこう多くあるものだとあらためて知らされた。
       また、こうした世相だからこそ、協同、連帯、モヤイ等々の言葉をよくかみしめたいものだ。
       特定の利害関係だけでなく、個々の問題と、其処の件とは、実は深くつながっていると、
       しっかりした生活者の目をもつことだろう。
        油の一件等は、こころあるひとびとには、その元凶など直ぐにわかることである。
       少し前、めずらしく官僚の口からマネーゲームに、その発端があるとゲームの悪辣さの指摘
       があったが、こんなことはいぜんから資本をもてあそぶ連中の仲間内では当たり前の
       カードの切り方だ。ここに至って、なになに準備会などの総裁、長官等の金利上げ下げ率の
       言葉の見せ金など、おかしな芝居でもある。くわえて、小さい政府のお題目のもとに、社会保
       障政策を切捨て、確定拠出年金なる手段で、人の揺りかごを左右する日常にあるのだから、
       その餌食となる企業が短期利益追求に終始するのは、至極当たり前のことである。
       こんな、人を疎外する経済サイクルを構造改革なる文言で言いくるめる政治、政策、経済界の
       思考ほど、いのちを蔑ろにするものはない。
       揺りかごは、株の配当率、先物市場の出来具合いのなかに放り込まれてしまった。
       自由化、民営化とは、人の命を縛り上げることにその根があるようだ。
        
        手に生産手段のないものには、だいたい生活政策なるものは、おおかた素通りするのが
       普通にある。しかも、ひとをやせ細らせる施策に至っては、けして人を見逃さずに、確実に
       網をかけるのが常套手段としてある。 たとえば、経済界の厚顔な言葉が言い放つ、消費税
       ラッパである。みづから使う手水鉢はまんまんと貯めてだしおしみ、いのちを洗う水には
       単純税で賄えとのたまう。
        みな、ここあたりで、もうひとつよく考えてみたいものだ。
       なぜ、特定産業だけが、その第一次産業だけが、いつも補填の第一にあるのかを。
       もちろん、ひとの実際の生きる糧のもとを生産し、獲ることに重きがあるのだから、その
       わけもわからなくもない。だが、そうしたことを問題にしているのではない。
       油の影響は、第一次産業従事者だけの問題ではない、ということだ。
       我が蒙った痛みは、みんなおなじ痛みにあることと、互いにおもいやる目をもつことが、
       大事なことだ。農産物の問題にしても同じ話である。
       声を上げても、見向きもされぬどころか、はい、コスト削減努力も限界にあいなりましたゆえ、
       今回値上げせざるを得ない、商品へ転嫁せざるを得ない、はい、つきましては何月分より
       エネルギー料金加算せざるをえなくなりました云々との申し伝えに、何一つ抵抗できる
       どころか、泣く泣くなすがままの状態を何時も強いられているのが、普通の生産手段を
       手にもたない一般消費生活者である。
        みえてくるものがあるはずだ。こうした問題へは、ひとが一緒に協同、連帯、モヤイ
       してこその解決が見えてくる。てめいだけが、一時凌ぎできても、長続きするものでは
       ない。 別に特定産業従事者だけをあげつらうのではない。
        問題の根にたいして、ちったあ、みんなで全体的に考える時にあると、知ることだ。


       *8月6日付、朝日新聞西部本社版「声」欄に触発されて。
        その一つは、東京都国分寺市の人の声であり、もう一つは、福岡市の医師の声でした。