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 まあ あわてなさんな・・・                                盆地蛙通信                                             2010年7月号
      8月号
     
 
   都城    三   山之口   高城   高崎   山田  霧島盆地の仲間達
             こんちは!どげんな 元気な! たまには田舎に帰っきゃん。! 
 このページは、盆地周辺の近況やら、世事等を発信する通信広場です。また、田舎の懐かしいところがありましたら、皆様のご要望にお答えして、蛙ぼんちがそこを訪ね、簡単な報告をする場でもあります。他に知れたくない時には、メール等でお知らせします。
緑の山を広めよう!
既報:04-1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/05-1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/06-1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/1207-1/3/4/5/6/7/8/9/10/11/1208-1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12 /09-1/4/5/6/7/8/9/10/11/12/01-1-2-3/4-5-6/
 通信主旨 現在、わたし達の周りには、多くの情報が流れ、また容易に手に入りますが、よく気をつけていかなければ、その他大勢とし
 て知らずメデイアの提供する情報を鵜呑みにしがちになります。 しかし残念ながら、普通に生活する人々が情報を自ら入手することは困
 難です。 ならば、多くの伝からわたし達が主体的にその背景と真意を探り出し、より真実を知る努力をしていかなければと考えます。 
 そいういう訳で、この通信ページが自由な人の考えのきっかけになればと思います。 
                                                             ぼんち蛙 (2004年1月6日号より)
 
高千穂之峰。現在登山禁止は解除中です。
2010年 7・8月号
ぼんち蛙通信
カエロかな〜カエルのよそおかな〜
2004年1月4日PM:8:00開店
カエロかな〜カエル   〜
 真の言葉はフェニックスなりフェニックス 日本国憲法  人々にとって、今もこれからも力強い指針であり、普遍の心が息づいています。人の歴史の多くの経験から自ずと生まれたきた言葉があります。言葉が他者を排斥する時代へ後戻りすることは、避けなければなりません。当たり前のいい言葉をどんどん語りましよう。     
                        2010年8月14日(土)午後9時20分 


           声を上げていかなければならないことに事欠かぬ日々が過ぎていきます。
          国庫から分けの解らぬ金を分捕りどのように使ったのかさえ、まことしとやかな
          言葉遣りで誤魔化す官僚の感覚。何に対する国益なのか。料亭三昧のあそび
          さえ国益なのだろう等々・・・
           何が自虐なのだろうか、勝手にそう思い込んでいるようだ。それもそうだろう、
          朝鮮動乱のおかげで、巣鴨から引っ張り出され息を吹き返した連中の孫社中だ。 
          なぜ、自国が政治・文化面においてはっきりとしたおろかしい護国体制を検証で
          きぬままここまで歩んできたのか、その最大の因がここにある。 
          また、戦時文芸・論壇も、ここをさいわいに生き返ったのだ。しばらくひっそりして
          いた、人をペンで殺した評論家等の颯爽とした復活宣言でもあった。
          いまの厚かましい文壇・論壇、特定宣伝週刊誌類の活況をみれば直ぐに解るこ
          とだ。 盟主の責任は考えられる以上に重い。てめいの国益のためなら戦犯等
          を登用することなどどうってことはないのだ。なにしろ赤と闘わなければならい。
          その連中がどんな戦争役割にあったかなど関係ない。とうざ、盟主のためになる
          のなら誰でもよかった。そのながれのまま、いまにある。まだ占領されたままだ。
           と、まあ言った具合で自国の犯した事態に対するあやふやな無責任な認識の
          一端が、はっきりと見えています。
          孫社中の自虐の意が明らかになります。 誤の正当化と言うことでしょう。
           
          
           ところで、かえるの都合なのですが、しばらく送信を中止します。
          どのくらいの人に読んでもらえたか知りませんが、ありがとうございました。
          またお会いしましょう。  さようなら


          なお、ウエブサイトはこのまま残します。暇なおりのぞいてください。






                        2010年8月6日(金)午前01時30分


              随分と長い間変哲の無い動きに覚えるから不思議なものだ。
             マンネリの意味を教えているようだ。実務的、官僚的模様しか見えない。
             まだニ、三ヵ月にしかずぎないのだが、どこにも新鮮な芽がない。
             あるのは、どうしょうもない倦怠だけだ。 なぜだろう。自分の言葉がない
             からだろう。本気で改革する気があるならよそがどうだろうと、おのれの考
             えをはっきりと伝えることだ。悪しき専断は言語道断だが、おのれの指針を
             示さずして、他者の動きを見据えての、或いは同調を促す言など自家撞着
             の最たるものだ。  ここにきてトラストミーの人が新鮮に見えてくるのは、
             多くの人の期待を裏切ったことを別とすれば、曲がりなりにもその人の言葉
             で話した、ということであろう。政治には、明確な展望が必要であることを
             おしえていた。

              海兵隊の役割の重要性、日の丸礼拝の形式的所作の重視等の質問に
             その政治姿勢を問い、自らの本質を剥き出す政党には少しの希望もない。
              日米同盟の絆を危惧する外務官僚等、どこをみているのかこれまた時間
             が停滞したままだ。自国が同盟を軽視すれば、他国が増長するとのご託宣
             など相も変らぬ思考過程にある。そう考えるのなら、そう思う他国に聞いて
             みれば良いではないか。政治外交は誰が相手であろうと明確な言葉にしか
             ない。 自国の意見も持たずに何が同盟、友好であろうか。まして人の国の
             基本法を見過ごし、蔑ろにするどころかその盟主の意にかなう方向へ改変
             を仕向ける軍事戦略専門家集団の見え透いた思惑など無礼なことである。
             これ以上、人の土地を我がもの顔に伸し歩くことは止めることだ。
              いつか、米軍が撤退すれば、本当の恐ろしさが分かるだろうとの盟主関係
             筋が述べていたが、その程度の同盟意識など、ありがた迷惑である。
              米国は、国民自身が、戦争、軍備、防衛産業等について真から考えてみ
             ることだろう。先日もあった乱射事件に対するいつもの開拓時代感覚にある
             私的自治の原則にのったままの、拳銃製造企業等の自意識にとどまる限り、
             かの国の口癖の世界貢献は、薄ら寂しい言葉に沈むしかない。






             
                       2010年7月27日(火)午後10時00分


                この前、報によれば米国の世論はオバマ大統領の再選は由とせず
               との声が大方の体勢となっていると伝えていた。色々な要素がある
               だろう、骨抜きの感のある医療保険改革でさえテイーパーテイー団体
               の異議申し立ての壁、その背後の保険会社、企業政治家、利害企業の
               世相風づくりへの巧妙なマスコミ対策・操作等、いまさらながら資本自由
               主義の危うさ、厚かましさを教えていた。いまの政権を以ってしてもなお、
               盟主国に巣くうと言うより政官業もたれあいを是とするお国柄である。
               これがまた、政権交代となれば、いままで以上に政官業癒着体勢が強化
               され、相も変らぬ軍産業力を背景とした世界貢献政策が優先課題となる
               ことだろう。 声に聞けば、かの国の南方領土は、まだまだインフラ整備
               が追いつかず、とても移転どころの話しではないそうだ。まして思いやり
               予算の言葉は盟主を侮辱する言葉にあるそうだ。その言たるや愚か
               しい傲慢な政府高官のものだ。ひとの国をさんざん盟主国防衛のために
               長年軍事基地、航空母艦として使いっぱなしのうえ、一方側の抑止力
               効用を当然のごとく我が国の益にあると説くのだ。こうした言説はなにも
               いまさら不思議なことではない。いかにかの国が、数十年来戦争をこりな
               く継続し続け、それがかの国の隠れた冨を生み出す一つにもなっている
               証拠でもある。いくさは儲かるのだ。トップと最下位のおりなす歴然とした
               格差は、いくさでも変わらぬ。儲けは自由だ。ピラミッドを磨くのみ。
                おろかなことは伝播するものだ。それが自由をよくも把握せず、経済
               市場主義に追随する自国の経済界の米国主義への傾斜、賛歌、思いや
               りの提言など最たるものだ。 軍需産業勃興賛歌、核抑止力賛歌等々
               いつのまにかその本音を吐き出し、また来た道をめざすと言う趣意だ。
               そこには、自国基本法の姿など少しもない。考えてみれば、経済界なる
               指導者達の年齢は平均いくつだろうか。おそろらく若くて六十歳から年
               経て七十歳代であろう。わたしは早生まれの六十七と四ヶ月だ。この齢
               なら所謂どこそやぞの学び舎の名誉教授としても可笑しくない齢だ、その
               力があればのお笑いだが。 いいたいのは、この年頃の連中が、同じ戦後
               教育を受けてきたのに、その育った時代を忘れてきたかのような振る舞い
               をする。きみは忘れたのかこの前のことを。 最高裁判事等の、過ぎた
               判例に対する真摯な読み直しの欠如、基本法の主意を没却したかのごと
               き触らぬ神に祟りなしの法文解釈、なにも分からず へいヤンキー 
               キャンデイーキャンデイー といって駐留軍にまとわりついた坊主ども・・・
               いまじゃひとかどの恰好で、国の在りかたを提言する御仁になってしもうた。
               それもかたよった利にあることさえきずかぬ恰幅の姿にある。






                       2010年7月26日(月)午後8時40分



                      薄暮 カラスが二羽西へ飛んで行く 
                      このなかに真意ありと 人が詠った

                      いま時分満ち足りぬ月はまだ現れぬ
                      闇をひとり占めする気だ
                     
                      手術ね 齢も考慮しなくては
                      費用と効果 輸血が要るかもしれません

                      長生きね いのちある人がいった
                      ながらえる のこるものよ さらにのこるものよ





                       2010年7月25日(日)午後9時40分


                           終わりました 


                          おわりました・・・ 

                      あっ まだだ 母ちゃん まだだ  

                         ゴロゴロ ゴロゴロ 

                      あっあっ あっあっ 濡れてしまう 

                       ごーっつ ごーっつ ざーっ ざーっ

                        ああ あ あっ ずぶ濡れだ

                           おわりました

                            ごーっつ

                            ひどい雨だ
 
                       こっちはまだだ 母ちゃん 

                       なつの雨だ 間に合わない

                        すっかり濡れちまった

                           おわりました

                       なつの雨 だれも待ちはしない

                          洗濯ものが台無しだ


                           終わりました

                              あ

                        母ちゃん お尻りふいた

                       おしりかえして 汚れてないね

                          おわったよ 母ちゃん


                       

                                                 
                        20010年7月3日(土)01:20

   
                死ぬまでに腹の立つことが、どれくらいあるのだろう。
               おそらく、数え切れぬほどあるだろう。数をかぞえることが
               難しいことが、その証しだ。また、人には健忘症という優れた
               生理的自浄作用がある。どんな苦しみ、苛み、痛みにあって
               さえ、人は束の間我が命に残された哀しみをみつめる豊かさ
               を備えている。涙はそうしたはかないいのちへのささやかな徳
               だ。
                いやなこともまた多い。だが、幸いにひとは考える力を育てて
               きた。いやなら、きらいならそれを見なければいい。また、どうし
               て見なければいいのかと思うのか、その嫌な因は何なのか、ど
               のような思考にあればそうなるのか、と想うことさえ考えることが
               できる。
                自らの真が、はたして他者に対しても真かどうかは、相対的な
               関係にある。絶対的見方があるとすれば、ひとはうまれてしぬ。
               こうして思弁するいのちには限りがある、という点でだろう。
               そのひとの思考、考える力を遮断、排斥することを真とする意識、
               考え方は、焚書にある。問答無用の思考行動にある。

                意識的に醸成された言葉は、評する対象の時間的経過、そこ
               にいたった対象に対する歴史的内容などには一瞥さえしない。
               ただ、その記号となった、意図された特定評価の言葉だけが
               真であるかのごとき思考指標となり、評価対象を偽、悪と貼り付
               ける。 こうした現象は、おそらく裁判内外にて思っている以上に
               官吏・吏員、人々、世論に浸透している。
                会場貸与拒否に対する起訴猶予の判断を示した国家権力、労働
               組織を悪とレッテルを張る政党、特殊伝達、意にそわぬ記録映画
               に対する焚書の思考・行動は、ささやかな徳にたいする暴力と
               いえる。